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第千二百四十四話 来訪者、彼方より

 マルディアに派兵するための軍容が定まり、発表されたのは、一月三十日のことだった。

 レオンガンド・レイ=ガンディアを総大将とする大軍勢の発表には、マルディア王女ユノ・レーウェ=マルディアを始めとするマルディア使節団は歓喜し、むせび泣くものも現れるほどだった。使節団の人々にしてみれば、マルディアを救援するためにガンディアを訪れたはいいが、ガンディアが協力してくれるかどうかもわからなかったのだ。大会議によって決議されたとはいえ、派遣される戦力によってはマルディア領土を奪還できるかどうかも不明だったりする。そんなとき発表された大戦力は、マルディアから反乱軍とベノアガルド騎士団を排除し、マルディアを奪還してみせるというガンディア側の強い決意と覚悟が伺えるものだった。マルディア使節団が歓喜に涙を零すのも無理はなかった。わざわざガンディアの王都まで足を運んできた意味があったというものであり、これで胸を張ってマルディアに帰れるというものだろう。

 特に王女の喜びようは凄まじく、彼女は《獅子の尾》隊舎を訪れると、何度も何度もセツナに感謝の言葉を述べ、マルディアの奪還が成った暁には、セツナになんらかの形で感謝を表すと約束した。セツナは当惑した。マルディア救援軍の詳細を定めたのはセツナではないし、その会議に加わったわけでもない。救援軍の軍容を整えたのは参謀局の室長たちであろうし、許可を下したのはレオンガンドだろう。セツナがそのことを告げると、ユノはそんなことくらいわかっているといった。

『それでも、わたくしはセツナ様に感謝したいのです』

 ユノの嬉しそうな表情を見ているとなにもいえなくなり、どうすることもできなかった。

 そのころになると、セツナとユノの親密性が新聞などに取り上げられ、王都で話題になったりした。ユノは、ガンディアのマルディア救援軍とともにマルディアに戻るつもりであり、救援軍の軍容が決まっただけという現在、ガンディオンの獅子王宮で日々を過ごしている。王女様ということもあり、王宮内の後宮で太后グレイシア・レイア=ガンディアや王妃ナージュ・レア=ガンディア、それ以外にも後宮を出入りする貴族の女性たちと話しあったり、戯れたりしていることが多いのだが、暇を見つけると王宮を飛び出し、《獅子の尾》隊舎を訪れた。最初こそ護衛の侍女たちを連れて来ていたが、日数が立って王宮での暮らしに慣れてきたのか、最近では護衛も連れずに隊舎を訪ねてくることが多くなってきた。そのたびに侍女たちが血相を変えて隊舎に飛び込んでくるのだが、ユノは侍女たちに叱責されても反省ひとつ見せなかった。それよりも、セツナと話がすることのほうが大事だといいはる王女の姿に侍女たちも説得を諦めざるを得ないといった様子だった。そうなると、侍女たちの怒りの矛先はセツナに向けられる。まるでセツナがユノを誑かし、隊舎に誘い入れているかのような文言をぶつけられたりもしたが、無論、セツナがそのようなことをするわけもなく、途方に暮れた。

 そういった日々のの出来事を獅都新報などは面白おかしく記事にして、国内に流布していく。王都市民を始め、獅都新報の記事を目にした国民の多くは、記事の内容を鵜呑みにし、記事の見出しだけで判断するだろう。民衆とはそのようなものだし、そのことが問題になるわけもない。これまでもくだらない記事は散々出ていたし、それによってセツナが不都合を被ったことは一度だってなかった。

 獅都新報は、下世話な記事に載せることも少なくないが、基本的にセツナの印象が悪くなるような記事はほとんど載せなかった。セツナをガンディアの英雄と賞賛し始めたのは獅都新報であり、むしろ必要以上に持ち上げているのではないかという疑惑さえある。セツナだけではない。現在のガンディア政府に肯定的な記事が多く、否定的な記事も、紙面の均衡を保つためのような気配さえあった。それがどうしたということもないし、セツナの日常に大きな変化はないのだが。

 マルディア救援軍と銘打たれた軍勢の中には、当然、セツナも入っている。筆頭といってもいい扱いで発表されており、セツナはただひとりでガンディア軍を代表する存在となっていた。王立親衛隊《獅子の尾》隊長としても、セツナ軍の軍団長としても名を挙げられており、公式の場でセツナ軍の呼称が用いられる最初の戦いとなる。ルシオンの援軍に際しては、セツナ軍という呼称は用いられなかったのだ。

 セツナ軍とは、セツナの従者であるレム、ラグナシア=エルム・ドラースのひとりと一匹に加え、黒獣隊二十五名、シドニア戦技隊二十五名を加えた合計五十二名のことだ。そこに今回は特例としてウルクも加わっている。もちろん、ウルクが神聖ディール王国の魔晶人形だという事実は伏せられており、セツナ軍の期待の新人というような扱いを受けていた。ついでというのもなんだが、ミドガルド=ウェハラムもセツナ軍の一員として、マルディア救援に同行することになっていた。当然のことだが、ウルクの躯体を調整することができるのがミドガルドだけであり、魔晶人形は、定期的に調整しなければならないためだ。たとえ戦闘行動がなくとも調整しなければならないのだから、激しい戦闘が予想されるマルディアに向かうとあれば、ミドガルドが同行するのは自然の成り行きともいえた。

 ミドガルドは依然セツナの調査研究を続けていて、解明するまではガンディアに居続けるつもりらしかった。未だ解明の糸口も掴めていないことから、当分の間はガンディアで世話になると公言しており、ウルクはそのことを喜んでいる風だった。無表情かつ無感情な彼女の心情など理解することはできないが。

 ミドガルドがガンディアにいる間は、ウルクを戦力として利用することができることもあり、ガンディア政府としては、ミドガルドがガンディアに定住してくれてもなんら問題はなかった。むしろ、ウルクが並の武装召喚師以上に強力だということが判明しているいま、ミドガルドに帰国されるのは多大な損失であり、ミドガルドの研究が進まないことを祈っているようですらあった。

 ミドガルドもそういうガンディア政府の意向というか空気がわかるのだろう。彼は苦笑気味にいってきたものだ。

『たとえ研究が進んだとしてもすぐには帰りませんよ。セツナ伯サマを研究することの代価として、ウルクを貸し出す――そういう約束ですからね』

 ミドガルドは律儀な人物なのだ。

 だから、セツナも彼の研究に協力するのも吝かではなかったし、彼に調べられるのも悪くはなかった。

 

 セツナは、セツナ軍の軍団長としてだけではなく、《獅子の尾》の隊長としても、参加する。むしろ、そちらのほうが役割としては強いだろう。セツナ軍はシーラに任せることになっている。

 王立親衛隊《獅子の尾》は、国王の親衛というよりは、戦場を自由自在に飛び回る遊撃部隊としての側面が強く、マルディアでの戦いにおいても、戦場の各地を飛び回ることになるかもしれない。セツナ軍の指揮をとっている場合ではないし、そもそも、軍団の指揮など、セツナにできるはずもない。そういう意味でもアバード王女として長年侍女団を率いてきたシーラにセツナ軍を任せるのは理に適っているはずだった。

 彼女にセツナ軍を任せるに当たって、シーラに微妙な感情を抱いているエスクのことが心配だったが、彼は異論ひとつ浮かべることなく受け入れてくれた。彼は、それがセツナの意向ならばなにもいうことはない、といったのだ。

『俺は大将に拾われたんだ。大将の命令ならば、死ぬことだって厭わないさ』

 死ぬことが平気なのだ。シーラの指揮下に入ることくらい、どうということはないらしい。

 レミルとドーリンも彼の意向に反対することはなく、部下の元傭兵たちも同じだった。シドニア戦技隊と黒獣隊の間に不和が生じているということもない。黒獣隊幹部はアバード王女の元侍女たちであり、シドニア戦技隊の前身であるシドニア傭兵団はアバードに雇われていた。そういう意味では黒獣隊と戦技隊の親和性は高く、隊長同士の不和さえ解消されればなんの心配もなかった。もっとも、エスクがシーラの指揮下に入ること受け入れたからといって、不和が解消される見込みが立ったというわけでもないし、ふたりに仲良くしろなどというつもりもなかった。

 戦場で互いの足を引っ張り合いさえしなければ良いのだ。

 そして、シーラとエスクならそういう心配はないだろう。

 不安も問題もなにひとつなかった。

 少なくとも、セツナの周囲では、だ。

 そして、日々、賑やかに過ぎていく。

 賑やか過ぎて目眩がするほどだった。

《獅子の尾》は、セツナ軍の拠点となっていることもあって、人の出入りが激しかった。セツナ目当てにユノとその侍女たちが訪れれば、エリナが修行のためにミリュウを訪ねてくる。セツナをからかいにルクス=ヴェインが傭兵ともども訪問してくることもあったし、黒獣隊や戦技隊の隊士たちが出入りすることも多い。また、彼らの武器防具の調達のために武器商人が何度となく出入りしたし、ガンディア政府の関係者が訪れることもあった。

 セツナが心休まる時間ははとんどなかった。

 そんな日々、大事件が起きる。

 王都ガンディオンが巨大な影に覆われたのだ。


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