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第千二百三十四話 真なる黒(一)

 戦いが終わったことは、直感的にわかっていた。

 激しく、苦しい戦いが主の勝利によって終わったこともだ。

 しかし、すぐには動けなかった。動き出せば、彼らを刺激してしまうのは明らかだ。彼らの主の敗北がわかっていたとしても、それを告げることすら憚られる状況だった。そんなことをいったところで信用されるわけもなく、一笑に付されるか、冷笑されるだけだろう。

 だから、状況が動くまで待たなければならず、待っている間の沈黙が彼女には耐え難かった。

 すぐにでも走りだし、主の居場所に向かいたかった。しかしながら残念なことに、彼女には主の居場所を特定することはできない。主が勝ったのだろうということがわかっているだけで、主がどこで戦い、現在どこにいるのかも不明だった。

 やがて、状況が変わる。

 会場を制圧していたザイオン帝国の武装召喚師たちが突如として会場から走り去り、会場を包み込んでいた緊迫感と沈黙が一気に解放されたからだ。一瞬にして騒然となる会場内にあって、彼女はさまざまな声を聞いた。中でも多かったのが彼女の主であるセツナの身を案じる声だった。セツナはガンディアの英雄と呼ばれる。実際、ガンディアの躍進は彼の活躍によるところが大きいのだ。英雄と呼ばれるに相応しい人物であることは疑いようがない。そんな人物が突如として攫われ、それ以来音沙汰がないまま、長時間、沈黙が強いられていた。

 セツナがだれによって連れ去られたのかは、会場のひとびとも知ることとなっていた。王都の巷を騒がせた偽セツナであり、召喚武装でもって会場を制圧した武装召喚師たちは偽セツナの配下であるということまで、知れ渡っていた。彼らが帝国の武装召喚師であるというところまでは周知されていなかったところを見ると、情報統制によるものだということがわかる。

 沈黙を強いていた武装召喚師らが消えたのは、偽セツナとセツナの戦いに決着がついたかどうかしたからだということくらい、だれにだって想像できるだろう。偽セツナは、一度セツナに重傷を負わせている。だれもがセツナの身を案じるのは当然のことだ。

 英雄を失えば、ガンディアの躍進は一気に停滞するとだれもが信じているからだ。実際にはそうはならないにしても、だ。

「どいつもこいつもセツナのことを心配しておるが……どうなのじゃ」

 不意に問いかけてきたのは、彼女の腕に抱かれた小飛竜だ。ラグナシア=エルム・ドラースと名乗るワイバーンは、いつからかレムとともにセツナを主と仰ぐ従僕仲間となっていた。いつもはセツナの頭に乗るなりして彼から魔力の補給を行っているのだが、式典のような行事の間は、レムが彼の面倒を見ることが多い。

 ちなみに、レムたちは式典会場の関係者席に座ることを許されていた。シーラたち黒獣隊とシドニア戦技隊が警備に回されたことを考えれば、破格の扱いといってもいいだろう。もちろん、シーラたちはセツナ配下の戦力であり、レムとラグナはセツナの従者という違いがあるためだが。

「御主人様の無事は確認できていますよ、ラグナ」

 そもそも、セツナが死ねばレムも死ぬのだ。確認をするまでもない。もちろん、レム本人にはわからないことだろう。死ねば、意識もなにも消滅するだけだ。死を実感する間もなく消え去るのだから、確認しようがない。逆をいえば、レムが自分を意識していられる限りセツナは生きているということでもある。

 ラグナが、レムの腕の中でふんぞり返る。

「やはりな。わしのセツナが負けるわけがない」

「いつからあなたのものになったのです?」

「そうです。セツナはわたしのセツナです」

「なんじゃと!」

「ウルク様まで……」

 レムは、相変わらず無表情の魔晶人形の言葉になんとも言えない顔をした。感情表現も乏しく、声に抑揚さえない彼女だが、言動を見る限り感情があるのではないかと思うのだが、本当のところはどうなのだろう。確かに人形としかいいようのない姿形ではあるのだが、どこか人間めいたところがあるのが不思議だった。

 ウルクが貴賓席のミドガルド=ウェハラムの隣ではなく、関係者席のレムの隣の席に座っているのは、彼女がそれを望んだからだ。ウルクにとってミドガルドは開発者であり、セツナこそ主という認識があるのだ。ミドガルドはウルクがそういうことをいうたび少し悲しそうな顔をするのだが、ウルクをガンディアに連れて来て、セツナと対面させたのは彼であり、セツナの護衛をし続けるという彼女の行動を許しているのも彼なのだからどうしようもない。

 ウルクの登場によってレムは一時期自分の立場を危ぶんだりしたものの、いまではウルクも従者のひとりとして数えられるくらいの余裕は抱いていた。ウルクは従者というよりは護衛であり、セツナを守ることだけを考えているらしいこともあり、レムとはまた違った立場といってよかった。

「ところで、セツナを迎えに行かなくてもいいのですか?」

「迎えに行きたいのは山々なのですが、現在の居場所がわからないので、なんともしようがありませぬ」

 だからといって、騒然とする会場に居続けたくもなく、レムは席を立った。ウルクが彼女の真似をするように椅子から立ち上がる。

「なんじゃ、先輩にはわからぬのか」

「はい。とても残念なことに」

 命は、繋がっている。その温もりを感じることはできる。彼の命。セツナから供給され続ける生命力。生命力だけではない。レムが使う力も、セツナから借り出しているといってもいい。セツナと黒き矛の力の一部を間借りして、レムはこの世に存在し、力を振るうことができるのだ。しかし、一方的に借りだしているだけであって、レムからセツナになにかを送っているわけではないためなのか、セツナの居場所を把握することはできなかった。セツナがどこにいて、なにをしているのかまでわかれば、従者としてこれ以上ないのだが、どうやらそこまで上手くはできていないらしい。

 関係者席を離れ、会場を移動しながら考えていると、ウルクが予期せぬ事をいってきた。

「セツナの居場所ならわかりますが」

「え……!?」

「なん……じゃと……」

 レムは、愕然としながら抱きかかえている飛竜を見下ろした。ラグナもまた驚愕に目を見開いている。宝石のような目がきらきらと輝き、美しい。

「セツナ伯は特定波光を発する唯一無二の存在。ウルクに搭載された波光計測機能を利用して特定波光を辿ればいいだけのことですよ」

 などと横から口を挟んできたのは、ミドガルド=ウェハラムだった。レムは口から心臓が飛び出そうなほど驚きつつも、彼の説明に心底納得した。

「なるほど……そういうことでございますか」

 魔晶人形ウルクを活動させるためには波光が必要なのだが、波光を供給する心核を安定的に動作させるためには、特定波光と呼称されるセツナ固有の波光が必要なのだという。波光とは生命そのものが持つ波長のようなものであり、魔晶石を研究する際に解明されたものであることから波光と命名されたらしい。魔晶石の発光現象と結び付けられたのだろう。

 なぜセツナの特定波光だけが魔晶人形の心核に使われている黒魔晶石を安定させることができるのかは不明で、その解明のためにミドガルドはガンディアを訪れている。そして、その研究のためにガンディア政府と取引し、魔晶人形ウルクをガンディアの戦力として貸し出している。つまりウルクはガンディアの戦力なのだが、彼女はセツナの護衛を務めることに全力を注いでいたりする。

 奇妙なことだった。

 そこまで考えて、レムは胸中で苦笑した。セツナの周囲で奇妙なことなどありふれている。死神がいることも、ドラゴンがいることも奇妙なことというほかない。本来ならば異世界の住人であるセツナがこの世界に溶け込んでいる事自体、奇妙なのだ。

「現在位置は既に特定しています。行きましょう」

「ウルク様、なんと頼もしい」

「うむ、さすがよな」

「ふふふ……わたしの最高傑作たるウルクが頼りにならないわけがないのですよ」

 なにやら勝ち誇るミドガルドを微笑ましく思ったりしながら、レムはウルクのあとをついていった。



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