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第千二百二十七話 彼らの運命(十五)

 灰色の世界。

 夢でもなく、現実でもなく、その境界に位置する淡く不確かな領域。空も雲も大地も吹き抜ける風さえも、目に映るすべてのものが色を失っているかのようであり、その結果灰色として認識しているのだろう。そんな灰色の世界にあって、ただひとり別の色彩を帯びている存在がある。灰色の中に不自然に浮き上がる黒装束に青ざめた肌、真紅の瞳を持つ男。どこかニーウェに似ているような気がするが、年格好が決定的に違う。いや、年格好だけではない。似てはいるのだが、根本的に別人だということは一目でわかるはずだ。しかし、ニーウェに似ているということは、セツナに似ているということであり、だからこそ奇妙な感覚を抱きもする。

 もっとも、相手の性格を考えれば、わざと似たような姿を見せているだけかもしれないのだが。

 男は、黒き矛の化身だった。

 黒き竜として現れるときもあれば、男として現れることもある。その違いはよくわからない。男から感じる迫力も圧力も威厳も畏怖も、竜と対峙しているときと感じるものと同じものだ。同一の存在だということが、はっきりとわかる。彼が明言しなくとも、だ。わからないわけがない。黒き矛がセツナを弄んでいるだけだ。

 黒き矛の性格の悪さは今に始まったことではない。

「全部、あんたの仕組んだことなのか?」

 全部とは、ニーウェとの戦いに関するすべての物事だ。黒き矛こそが、自分と同一存在であるニーウェがエッジオブサーストを手にし、相対するように仕組んだのではないか。そんなことはありえないはずなのだが、異世界の存在であり、超常の力を持つ黒き矛ならば、それくらいのことだってしうるかもしれない、とふと思ったのだ。思った瞬間、問わずにはいられなくなった。

 そう思ったのは、彼がまるですべてを知っているかのようにセツナの意識に干渉し、夢と現の狭間に連れてきたからだ。彼がもしなにもいわず、黙り続けていれば、そんな疑問を抱いたりはしなかったかもしれない。

「まさか」

 彼は、鼻で笑った。冷ややかな笑みには、ただ寒気を覚える。黒い男から感じる威圧感が以前よりもずっと増している気がするのは、気のせいではあるまい。エッジオブサーストを破壊したことが影響しているのだ。

「俺がそのような酔狂なことをすると思うか?」

「あんたなら、するかもしれない」

 セツナは、彼を見据えながら、いった。可能性は皆無に等しい。が、ないとは言い切れない。黒き矛の力は絶大だ。運命にだって干渉しうるかもしれない。でなければ、セツナの同一存在がエッジオブサーストを手にするなどという都合のいいことが起きるだろうか。都合がいい、というのは、黒き矛の戦いとセツナトニーウェの戦いの決着が同時につけられるという意味でだ。

 決着はついた。

 先ほどの彼の言葉によれば、セツナが勝ったのだ。

「俺はそこまで暇じゃない。いや……暇は持て余しているが、な」

「どっちだよ」

「どちらでもいいさ。ともかく、俺のいまの力では、因果律を操作することなど不可能ということだ」

「因果律……運命ってことか?」

「まあ、そういうことだ」

「いまの力では……って、本来の力ならできるとでもいいたげだな」

 半信半疑、つぶやく。

 もちろん、最初に運命操作を疑ったのはセツナだが、彼の口から語られるとどうも嘘くさい。黒い男にはどこか詐欺師じみたところがあった。黒き竜のことばならばまだ信じた可能性もあるのだが。

 男は、平然と言い放ってくる。

「たやすい」

「はっ……」

「なにがおかしい?」

「あんた、なにもんだよ」

「おまえには、俺の力がどれほどのものか、多少なりともわかっていると想っていたのだが、どうやら買いかぶりだったようだ」

「……知ってるさ」

 セツナは、彼を見つめながら、うんざりしつつもいった。認めない訳にはいかない事実がある。それは、彼が圧倒的な力を持っているということだ。黒き矛は、最強最悪の召喚武装だ。現代最高峰の武装召喚師集団であるリョハンの四大天侍が認め、戦女神が認めるほどの代物。そこに秘められた力は絶大で、比肩しうるものがないほどだという。にも関わらず眷属たるエッジオブサーストに苦戦したのは、エッジオブサーストの能力と相性の問題であり、また、セツナが黒き矛の力を完全には引き出せていないからだろう。

 クルセルクにてマリク=マジクが黒き矛を用いた際、彼が放った光芒は未だに目に焼き付いている。セツナにはあれだけの威力と射程を伴った光線を発射することはできない。それは純粋に武装召喚師としての技量、実力がマリクに遠く及ばないというだけのことであり、そのことが黒き矛の力を引き出せていない原因となっているのだ。

 あれから修練を続けているが、それでもマリクには遠く及ばないのは、仕方のないことでもある。セツナのような凡人が、リョハン始まって以来の天才児が何年もの厳しい修行の末に身につけた武装召喚師としての実力に追いつくには、その何倍もの修練を乗り越えなくてはならないのだ。もちろん、そのときにはマリクは武装召喚師としてさらに先を行っていることだろうし、永遠に追いつくことはできまい。

「あんたがどれほど強くて、どれほど恐ろしいのかくらい、身に沁みてわかってる。けど、それとこれとは別の話だろ?」

「同じだよ。俺の力の本質を知るということは、俺の正体を知るということだ。しかし、おまえの話を聞く限り、おまえは俺の力の本質に触れてさえいない。おまえはまだ、俺を扱いきれてはいないのさ」

「……あれでまだ扱いきれていないってのか」

「当たり前だ。完全な状態ではなかったのだからな」

「そうかよ」

 吐き捨てるようにいうと、彼はにこりとした。その覚めた笑顔は、彼がセツナの悪態などなんとも想っていない証拠であり、黒き矛の度量の広さを示すようでもあった。実際、黒き矛の心の広さは異常といってもいいのかもしれない。これまで、散々セツナのわがままに付き合ってくれたのは事実だ。セツナは、彼のためになにかをしたということはない。いつだって自分のためだけに黒き矛を使ってきた。黒き矛の眷属との戦いだって、結局は黒き矛のためというよりは自分のためにすぎなかったのだ。自分のための戦いが結果として黒き矛の目的を叶えているだけのことだ。それなのに、彼は不満を漏らすことはあっても、力を出し渋ったりはしなかった。いつだって、セツナの要求に応じ、力を解き放った。さっきだってそうだ。ニーウェの拘束を振り解けたのは、黒き竜に力を使わせたからなのだ。黒き竜が助力を惜しめば、セツナは無事では済まなかっただろう。あのとき、ニーウェは目の前にいた。

「そうだよ」

 そういって、彼は肩を竦める。

 灰色の世界。

 夢と現の狭間。

 なんともいいようのない静けさは、この世界の特徴ともいえる。

 しばらくしてから、彼が口を開き、思わぬことをいってきた。

「しかし、セツナ。見事だったぞ。エッジオブサースト、我が力の半分は持っていたのだからな。よくもまあ、倒せたものだ」

「半分……?」

「およそ、な」

 彼がセツナの言葉を訂正する。セツナは、彼がなにをいっているのか、よくわからない。彼は、セツナの気持ちがわかったのか、静かに説明を続けてくれた。

「俺はかつて七つに分かたれた。分かたれたまま、おまえに召喚された。それがおまえが黒き矛と呼ぶ俺だ。残る六つのうち、おまえは二つの俺を倒し、俺に統合した」

 ふたつとは、ファリアが術式を編み、ルウファが召喚し、なぜかウェインの手に渡ったランスオブデザイアと、クレイグ・ゼム=ミドナスが何年も前に召喚していたというマスクオブディスペアのことだろう。どちらも黒き矛の眷属であり、その破壊がセツナの使命となったものの、両方を破壊することは、黒き矛関係なく必要なことだった。もっとも、マスクオブディスペアは、クレイグがセツナを殺し、黒き矛を破壊しようとさえしてこなければ、こちらから闘いを挑むようなことはなかっただろうが、黒き矛とその眷属の関係を考えれば、いずれ戦うことになったのは間違いない。

 黒き矛は完全になろうとし、眷属もまた、黒き矛に成り代わろうとしていた。

「では、エッジオブサーストと命名されたものは、どうだ。あれは、残る四つの俺の集合体だった。主となったのが双刀だったというだけで、な」

「……そうだったのか」

 だから黒き矛に拮抗しうる力を持っていたのだと納得する反面、こちらよりも多くの力の集合体だったという事実は、セツナの肝を冷やした。そして、思い出す。ニーウェの記憶の中で見た数々の戦いを。あれこそ、黒き矛の眷属との戦いであり、ニーウェの強さの証だったのだ。

 ニーウェは、黒き矛の眷属との戦いを乗り越え、あれだけの強さを獲得したということだろう。

「つまり、エッジオブサーストのほうが強かったってことか?」

「いや、そんな単純な話ではないさ。もしエッジオブサーストがあのときの俺よりも強ければ、おまえが勝てる道理はないだろう? ニーウェは、おまえよりも余程鍛え上げられているのだからな」

「やっぱり、あんたのほうが強かったってことか」

 いってからセツナは安堵ともなんともいえない奇妙な感情を抱いた自分に苦笑した。結局、自分は黒き矛の力に頼ることでしか勝利を掴み取ることができないのだ。その事実ほどセツナにとって重いものはなかった。自分の実力ではなにもできないといっているようなものではないか。

「当たり前だ。七つに分かたれたとはいえ、主である俺がもっとも大きな力を持つのは、当然の話だ。まさかおまえのような半端者に召喚され、酷使されるとは想像もしていなかったがな」

「悪かったな」

「ふん。反省するだけ可愛いものだ」

「うるせー」

 悪態をつくも、彼がそのことでなにかを感じるわけもない。苦笑している。彼の度量の広さは一体何なのだろう、と考えて、考えるまでもないことに思い至る。黒き矛なのだ。だれよりも強く、なによりも強大な力を秘めた存在なのだ。セツナなどという矮小な存在がなにをどういったところで、なんとも思わないのは、当然といってもいいのかもしれない。

「しかし、俺を召喚したのがおまえでよかった」

 不意に彼がいってきたことは、セツナにとって寝耳に水といってもいいような言葉だった。正直、彼がそのようなことをいってくるとは想像もしていなかった。目が点になる。

「ん……?」

「おまえじゃなければ、ニーウェに負けていたかもしれない」

 彼が肩を竦めながら、いった。

 セツナは自分とニーウェの戦いが彼の仕組んだことかもしれないと疑ったりしたものの、冷静に考えればセツナの黒き矛の召喚と、ニーウェのエッジオブサーストの召喚が直接的にも間接的にも関係がないのは当然のことだった。

 ニーウェは、武装召喚師なのだ。最低でも数年は武装召喚術を学んでいる。通常、一線級の武装召喚師になるには十年の修行が必要だといわれている。十年かけてようやく一人前なのだ。ニーウェは、セツナの同一存在。年齢も同じか、似たようなものだろう。十年もの間武装召喚術を学んでいたかはわからないが、少なくとも武装召喚術を学び始めて一年や二年といったところではあるまい。つまり、セツナが黒き矛を召喚するよりずっと前にエッジオブサーストを召喚していたのだ。そして、黒き矛の眷属を破壊し、力を増加させてきたに違いない。

 セツナ以外のだれかが黒き矛を召喚していた可能性があり、その場合も、力をつけたエッジオブサーストと戦っていただろうということを、彼はいっている。そして、その場合、負けていた可能性があるとも、いっているのだ。

「……そうなったら、あんたはどうなってたんだ?」

「エッジオブサーストの主となる意識に統合され、消えて失せただろうな」

 彼は、あたりまえのことのようにいってきた。彼ほどの我の強い存在が消えてなくなることなどありえるのだろうか。そもそも彼は黒き矛の主人格ではないのか。

「あんたほどの力をもっていてもか?」

「摂理には抗えない。それだけのことだ」

「摂理」

「そうだ。摂理だ」

 彼の目が冷ややかに光る。

「選択しろ、セツナ。おまえには選ぶ権利と義務がある」

「選ぶって……なにを?」

「ニーウェをどうするかだよ」

 そういって、彼は右腕を横に伸ばした。黒衣が翻り、長い腕が掲げられる。手の先の空間が奇妙に歪んだかと思うと、虚空に変化が訪れる。出現するのは少年。

 セツナと同一存在である少年だ。

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