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第千二百二十五話 彼らの運命(十三)

「ああ、終わりだ」

 左手を裂いたことによる空間転移が終わったとき、セツナは、ニーウェの背後を取っていた。ニーウェの拳は空を切り、破壊された大地を貫いていたが、彼は瞬時に反応し、こちらに向き直ろうとしたが、その刹那を逃すわけもない。セツナの黒き矛は、ニーウェの翼を貫き、見事に破壊していた。セツナは、彼の翼こそ、エッジオブサーストなのだろうと考えていた。エッジオブサーストが消失してから翼が生えている。たったそれだけのことから判断したのだが、おそらく間違ってはいないだろう。

 ばらばらに砕けた翼の破片が舞い散る中、ニーウェは、立ち上がり、右の拳をこちらに伸ばしてきた。異形化したままの右拳。光熱を帯び、セツナの頬を掠る。皮膚が裂け、熱を発した。よけきれなかったのは、セツナが消耗し尽くしているからにほかならない。

「まだ、だ……!」

 ニーウェの怒声が聞こえた。振り抜いた拳を構え直す彼の表情は、凄惨というほかない。翼は折れたものの、彼の心は折れてはいない。左目の輝きがそういってきている。

 セツナは、エッジオブサーストを完全に破壊しきっていないのかもしれないと考え、矛を再び構えた。こちらの余力はもはやほとんど残されていない。対するニーウェは、どうなのか。先の拳、セツナの頭を捉えきれていなかった。ニーウェも余力がないのではないか。

「終わるんだよ、これで」

 セツナは、言い切った。終わらせなければならない。黒き矛とその眷属たちのくだらない茶番など、さっさと終わらせるべきなのだ。数多の人生を弄び、嘲笑うものが紡ぐふざけた運命など、終わらせなければならない。そのためには、エッジオブサーストに止めを刺すべきなのだが、そのためにはどうすればいいのかがわからない。ニーウェを殺さず、エッジオブサーストだけを破壊する。本当にそんなことができるのだろうか。

 翼を破壊するだけでは駄目なのか。

 それさえも確定してはいない。

 だからこそセツナは気を抜かず、ニーウェと相対しているのだが、彼の残り少ない力を振り絞った一撃さえもかわしきれないほど消耗していた。ニーウェが異形の目と人間の目でセツナを睨んでくる。迸る激情が殺意を帯び、苛烈なまでにセツナを責め立てるのだが、セツナも負けてはいられなかった。

「終わらない……君を殺すまでは、終われないんだ……!」

 ニーウェの握りしめた右拳が発熱し、光を帯びる。歯噛みする彼の表情は、残る力のすべてを絞り出そうとしているようであり、実際、彼に残された力のほとんどすべてが異形の右半身の表層に光となって現れ、異形化をさらに推し進めた。腕や肩、背中から黒い角とも牙とも言いようのない突起物が現れ、尖端に光が灯る。翼は失われたものの、彼の右半身はより悪魔的に異形化しており、翼があったころよりも禍々しく、破壊的ですらあった。

 まるで、黒き矛を擬人化したような姿だとセツナは思ったが、彼もまたただニーウェの変化を見守っていたわけではない。残る力のすべてを黒き矛に吸い上げさせ、黒き矛の力を喚起させんとした。

「ニーウェ!」

「セツナ、君にだってわかるはずだ。これが俺と君の運命!」

 ニーウェの右半身に集う力が、爆発的に増大していく。セツナも負けじと気張るのだが、精神力の消耗ではセツナのほうが遥かに多いらしく、力負けしそうだった。そもそも、精神力の総量においてセツナがニーウェに敵う理屈がない。ニーウェは純粋な武装召喚師であり、セツナは、武装召喚師と名乗っているだけの素人に過ぎない。精神力の鍛え方からして違うのだ。

(だったらなんだってんだ)

 胸中で吐き捨て、ニーウェを見やる。

 血のように紅い目が滾っている。右眼から漏れる紅い光が、赤々と燃えている。その目に渦巻く怒りはだれに向けられたものなのか。セツナか、それともニーウェ自身か。あるいは、彼のいう運命そのものに向かって、怒りを発しているのか。

「運命だって?」

「そうさ。同一存在である以上は、全存在を賭けて戦わなけれならない。生き残るのはふたりにひとり。それが運命……!」

「そんなもん、知ったこっちゃあないね」

 セツナが唾棄した瞬間だった。

 ニーウェが地を蹴り、セツナが対応した。爆光を発しながら猛然を突っ込んできたニーウェは、振り被った拳をおもむろに叩きつけてきた。なんの策もないただの正攻法。だが、そうするほかないくらいに追い詰められているのは、セツナも同じだ。故に、セツナも真っ正直に黒き矛を彼の右拳に叩きつけた。殺すのではなく、倒すために。

 矛と拳が激突し、光が爆ぜた。

 起きたのは、絶大な力の衝突による爆発。爆発的な光が洪水のようにセツナとニーウェを包み込み、破壊の衝動がすべてを貫く。肉体を、精神を、意識を、あざやかに貫いていく。視界が真っ白に染まった。塗り潰される。白く。明く。網膜が焼かれ、聴覚があらゆる音を拒絶した。痛覚も嗅覚も、あらゆる感覚が途絶え、思考が溶けるような感覚だけがあった。なにもかもが白く、無意味になっていくような、そんな無常感がある。浮遊感。なにもかも、あらゆるしがらみから解き放たれ、自由になったような気がした。

 戦わなければならないという使命感も、強迫観念も、恐怖も、消えてなくなる。

 ようやく、安心して眠れる。

(眠る?)

 よくわからない。

 しかし、ひとつだけ確かなことがある。

 それは、ひどく寂しいということだ。

 ひとりは、寂しい――。


『ニーウェ』

 声が、聞こえた。

 低く、重々しい声音。聞いたこともない男の声。遥か頭上から降り注いでくる。安心感に包み込まれるようでいて、全身が泡立つような恐怖を感じる。畏れ。なにが恐ろしいのかわからない。声が恐ろしいのか。声の主が恐ろしいのか。なぜ、恐怖を感じる必要があるのか。

 そもそも、誰の声なのか。

『そなたの名はニーウェだ。たったいま、そう決めた』 

 視界が眩しい。

 光り差す世界が見える。なにもかもあざやかな輝きに包まれた世界。見たことのない風景なのに、なぜか懐かしさを感じる。

『我が子よ』

 顔があった。

 こちらを覗き込む男の顔。決して若くはないが、年をとっているという風でもない。顔面に刻まれた皺と白髪交じりの黒髪がその男の人生を垣間見せる。様々な苦労の果てにいまの地位を手に入れたのだろうことは想像に難くない。額に輝く冠は、その男の地位を示しているに違いなかった。

 シウェルハイン・レイグナス=ザイオン。

 断定できたのは、その男が、この視点の持ち主をニーウェと呼び、我が子と呼んだからだ。

 つまり、これはニーウェの記憶なのだ。

 ニーウェ・ラアム=アルスールの記憶。

 きっとそうだ。そうに違いない。それしか考えられなかった。

 セツナはこれまでに二度、こういった現象に出くわしてきた。

 それは、黒き矛の眷属との戦いの最中、生じたものだ。

 一度目は、ウェイン・ベルセイン=テウロスの記憶を垣間見、二度目はレムの記憶を覗き見た。なぜ、どういった理由で記憶を見ているのかはわからない。ミリュウが遭遇した逆流現象と同じようなものなのかもしれない。

 黒き矛と眷属は本来同一のものだ。どういう理由でが幾つかに分かたれた。それがランスオブデザイアであり、マスクオブディスペアであり、エッジオブサーストなのだ。カオスブリンガーがそれら眷属と接触したことによる影響なのだろうか。

『我が子にして、運命の子よ。そなたは生きねばならぬ。なんとしても生き延び、生き続けなければならぬ。それがそなたのさだめ。それがそなたのすべてと心得よ。死んではならぬ。生きて生きて生き続けて、運命を全うせよ。それがそなたが生まれ落ちた理由。それこそが、そなたが存在する意味なのだ』

 それが、生まれたばかりの我が子に投げるような言葉ではないことくらい、彼にもわかった。そして、シウェルハインの超然としたまなざしが、子供に向けられる視線でないということも理解できる。愛情がないのだ。いや、愛情どころの話ではなかった。

 シウェルハインの表情にも、声にも、態度にも、感情というものが感じられなかった。

(運命……?)

 シウェルハインが発した言葉の中で、一番気になったのがそれだった。

 運命の子。

 ザイオン帝国皇帝は、ニーウェのことをそう呼んだ。

 だが、セツナが知るかぎり、ニーウェの帝国での扱いは、決して良いものではなかった。闘爵という地位にあるらしく、領地も与えられているらしいのだが、中央から遠ざけられているというのが現状だった。名ばかりの地位であり、名誉なのだという。

(運命の子……)

 風景が、めまぐるしく変わる。

 シウェルハインの顔が消えたかと思うと、美々しく着飾った少年少女がこちらを見て笑っていた。視界が低い。ニーウェは倒れているらしい。広間のようだ。きらびやかに飾り立てられた空間は、王宮を想像させる。獅子王宮や龍府天輪宮よりももっと古風な建物。きっと歴史のある建物の広間なのだろう。ニーウェの記憶だということから想像するに、ザイオン帝国帝都のどこかなのかもしれない。

『無様だね。さすがは穢れた血を引くだけのことはある』

 ひとりが、口を開いた。黒髪に青い瞳はほかの少年少女と同じだ。顔立ちもよく似ている。兄妹に違いなかった。そしておそらく、ニーウェとも血の繋がりがあるのだろう。だが、少年少女たちの目には、侮蔑の色が浮かんでいた。ニーウェを明らかに疎んじている。

『まったく、なげかわしいことですわね』

『父上は、なにを考えておられるのでしょうね』

『本当だね』

 少年少女たちの会話は、囁くようでいて、ニーウェの耳に確実に届くような声の大きさであり、セツナは、怒りさえ覚えた。そして、ニーウェのほうに感情移入してしまっている自分に気づき、愕然とする。まるで、自分のことのように想ってしまっている。

 それはそうだろう、と考える。

 それはそうだろう。

 ニーウェは、もうひとりの自分なのだ。



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