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第千二百二十四話 彼らの運命(十二)

 無数の闇の手がセツナの全身を包み込んでいく。まず両手首を掴まれた。闇の手は、セツナの手首を掴んだ瞬間実体化したようだった。まず手首を掴んだのは、黒き矛を振るわせないためだろう。つぎに足首を掴まれ、首や腰、頭などあらゆる部位が闇の手に掴まれた。闇の手が目隠しをして、視界が闇に覆われた。声が出ないのは、首を絞められているからというよりは、闇の手が口の中にまで入ってきて、舌を掴んでいるからだ。全身、あらゆる場所が闇の手に掴まれてしまっていた。

『なんとも情けない姿よな』

 憎たらしい聲は、黒き竜のものだった。

 黒き竜とは、黒き矛の化身のことだ。夢と現の狭間にだけ姿を表し、セツナに何事かを告げて消えていく。それだけの存在。現実に干渉してくることなどまずありえない。しかし、いまは確かに彼の聲を聞いていた。

(うるせえ)

 セツナは、闇の中で苦悶に身を捩ろうとして、そういう反応さえも封じられていることに気づいた。なにもかも、ニーウェの闇の手に支配されている。身動ぎひとつ許されない。

『しかし、情けないのは事実だ。眷属如きに無様な姿を晒しているのは、おまえ自身なのだからな』

 聲が脳裏に響く。この闇の世界が夢と現を繋いでいるのかもしれない。ふと、そんなことを考えたが、あながち間違いではないのではないか。

(黙れよ)

『エッジオブサーストなどと名付けられ、いきがっているあれを破壊するのではないのか? そうすることがおまえの夢を叶える方法ではないのか?』

(そりゃああんたの望みだろ。俺には関係ねえ)

『よくいう。おまえが力を欲しがっているのは事実だろう』

(……ああ)

 冷ややかに、認める。

 が、エッジオブサーストを破壊しなければならないのは、黒き矛の都合だ。黒き竜の都合なのだ。黒き矛は、いまでも十分強い。少なくとも、現状でも最強の名に相応しい召喚武装なのだ。これ以上強くなることに意味があるのかどうか。

 あるのだろう。

 完全な黒き矛ならば、ニーウェとエッジオブサーストに苦戦するようなことはなかったかもしれない。無論、黒き矛が完全体ならばエッジオブサーストなど存在せず、この仮定に意味はない。

『人間とは貪欲よな。際限なく積み上げる。もっと、もっと、と渇望する。愚かで、故に愛おしい』

(なにが……)

 セツナには、黒き竜の考えがまったくもって理解できなかった。当然だろう。端から理解するつもりもないのだ。理解しようとしなければ理解できるものも理解できるわけがない。が、黒き竜の場合、そういった次元の話ではない。まず、黒き竜にセツナに理解させようという気がないのだ。大抵、一方的に話してくるだけだ。会話が成り立つことなどほとんどない。だから、セツナもつい邪険にしてしまう。

『さあ、セツナよ。我が主よ。さっさとエッジオブサーストを破壊し、力を取り戻すのだ』

(うるせえよ。できたらやってるっての)

『できぬのか?』

 黒き竜は不思議そうだった。できて当然とでもいわんばかりの反応に、セツナは憤りを感じずにはいられなかった。

(見てわかんねえのかよ……この状況)

『ふん。おまえが力を使えていないだけではないか。我が力、この程度のものか?』

(力を貸しもしないくせに、ふんぞり返ってんじゃねえよ)

『ふむ……』

 なにか思い当たることでもあったのか、黒き竜は納得したかのような反応を見せる。

(エッジオブサーストを破壊して欲しけりゃ、俺に力を貸せ!)

『良かろう――』

 声が途切れた瞬間、何かが弾けた気がした。

 視界を覆っていた闇が消え失せたかと思うと、眼前にニーウェがいた。彼の両目が驚愕に見開かれる。

彼は、右腕をいまにもセツナに叩きつけんとしていたようだった。おそらく彼の考えはこうだ。闇の手でセツナを拘束し、完全に動きを封じることで反撃の可能性を消し去り、その上で確実な止めを刺すつもりだったに違いない。

 だが、突如としてセツナの全身に絡みついていた闇の手が剥がれ落ちた。どういう理屈なのかは、セツナには、まったくもって理解できなかった。理解できたのは、ニーウェの右腕がいまにもセツナの胸を貫かんとしていることであり、即座に黒き矛を旋回させ、柄で受け止めることに成功した。手刀のようにしたニーウェの右手が矛の柄に激突し、轟音を上げる。弾かれたことで後ろに下がりながら、セツナは間合いにいるニーウェを逃すまいと矛を再度振り抜いた。高速の斬撃は、しかし、たやすくかわされる。ニーウェは、斬撃よりもずっと早く後ろに飛び、そのまま上昇している。こちらに向けたままの右手を開いたかと思うと、光の槍を放ってくるが、セツナは直撃を恐れず、飛んだ。光の槍を矛の一閃で切り裂き、真っ二つにする、光の槍はセツナの目の前で左右に分かれると、流れ落ちていった。爆音を背後に聞きながら、ニーウェに追いすがる。だが、ただの跳躍では、上空へと逃れるニーウェに追いつくことはできない。矛の切っ先をニーウェに向ける。光線を発射。光の奔流は吸い込まれるようにしてニーウェに殺到するが、黒き翼に阻まれ、消滅した。セツナはそのまま落下する。ニーウェが驚きの表情を消した。冷静さを取り戻した彼が、翼を開く。無数の刃のような羽が展開し、射出される。まさに黒い刃が無数に放たれたのだが、それらはニーウェの後方から大きく迂回しながら、セツナに向かって軌道を修正した。まるで追尾機能を持っているようだった。闇の手もそうだったが、どうやらニーウェの能力にはそういうものがあるらしい。

 数多に殺到する刃を回避するにも捌くにも空中ではいかんともしがたく、セツナは、咄嗟に黒き矛を回転させ、左太ももを浅く裂いた。吹き出した血の中に景色が浮かぶ。破壊され尽くした森の景色。奇妙な遺跡のようなものも見えたが、それがなんであるかを考えたころには転移が始まり、終わっていた。血を媒介にした空間転移は見事成功し、セツナは空中から地上の、森の奥地に移動していた。ニーウェから離れてしまったが、刃の雨から逃れることには成功した。

 かと思いきや、セツナは、感知範囲内の上空を殺到する殺気の群れにはっとなった。

「嘘だろっ!?」

 思わず声を上げたのは、無数の黒き刃が凄まじい勢いでセツナに接近してきていたからだ。遠く離れたことで加速したかのように高速度で接近する刃の群れは、僅かな誤差もなくセツナを目指している。

(が……誤差はない、ということはだ)

 セツナは、遥か上空のニーウェを意識しながらも、刃の群れが迫ってくるのを待った。空間転移による消耗を気にしている場合ではない。とにかく、刃の群れが殺到してくる恐怖に耐えながら、待つ。

(限界ギリギリまで引きつけ――)

 黒き刃がセツナに触れる寸前のところで後ろに飛んだ。が、セツナの思惑通りにはいかない。黒き刃は、一瞬にして軌道修正し、地面に刺さることなくセツナに向かってきたのだ。セツナの予定では、ギリギリまで引きつけてかわすことで地面に激突させ、それで黒き刃の追撃を終わらせるつもりだったのだ。しかし、セツナの考え通りに事が運ぶことはなく、彼は黒き刃に当たらないよう、後退し続けなければならなくなった。限界ぎりぎりまで引きつけたのが仇になっている。

(……こうなりゃ自棄だ)

 セツナは、矛を両手で握ると、左に飛んだ。さらに左前方に移動し、黒き刃の群れを誘導する。弧を描くように移動し、黒き刃ができるだけセツナを包囲してくれることを祈る。そして、黒き矛の力を解き放つ。全周囲を破壊する力の奔流。精神消耗のことなどいまさら考えてはいられなかった。矛による攻撃で黒き刃をすべてを叩き落とすというのは、論外だ。数十の刃ならまだしも数百もの刃を尽く叩き落とすのは不可能に近い。ひとつひとつ順番に接近してくるのであればそれもありだったが、そうではなかった。いくつかはセツナの体を掠り、突き刺さり、致命的なものとなるだろう。致命傷を負うくらいならば、消耗が激しかろうとすべてを消し飛ばしたほうがましだ。

 きっと、ニーウェはそれを狙っている。

 セツナが全力攻撃で黒き刃を消し飛ばし、ついでに消耗し尽くす瞬間を待っているのだ。そのときこそ、ニーウェはセツナを殺すべく最後の手を打ってくるだろう。

 だからこそ、セツナは全力攻撃を放ち、全周囲、ありとあらゆるものを破壊した。大地を破壊し、木々を破壊し、迫り来る黒き刃の尽くを消し飛ばす。破壊の奔流が吹き荒れるのはわずかな時間。三度目の全力攻撃。精も根も尽き果てるとはまさにこのことだった。全身から力が抜けきるような感覚が訪れる。わかりきっていたことだが、あまりにも消耗しすぎている。

 やがて、破壊の余韻が消えると、ニーウェが至近距離にいたことがわかった。全力攻撃の最中迫ってきたのだろうが。

 振り向く。

 ニーウェが滑空しながら迫ってくるのが見えた。凄まじい速度だった。黒き矛の力を持ってしても避けきれないだろう速度。おそらくニーウェの全身全霊であり、彼がこの戦いに勝利するための最後の攻撃だろうことは疑いようがなかった。翼はもはや形をなしてはいない。羽は刃として飛ばしたのだから当然だ。その刃はすべて、先の攻撃で破壊し尽くした。ニーウェの攻撃手段のひとつは潰したということだ。

 セツナは、黒き矛を構えもせず、彼が来るのを見ていた。このときを待っていたのだ。超上空にいる彼を攻撃するには、彼が接近してくれるのを待つほかない。そしてそのためにはどうすればいいのか。方法はいくつかあった。ひとつは、彼の飛行能力を奪うという方法。ひとつは、彼の限界を待つという方法。ひとつは、セツナが隙を見せるという方法。このうち、飛行能力を奪う方法は、彼の飛行原理がわからないこともあって却下となり、彼の限界を待つというのも論外だった。彼の残された力がどれほどあるのか不明だからだ。

 残るは、セツナが隙を見せるという方法だが、これも難しいところだ。ただ隙を見せるだけでは、ニーウェに高高度から狙撃されるだけで終わる可能性がある。ニーウェが止めを刺しに来るだけの状況を作る必要がある。

 それには、三度目の全力攻撃ほど好都合のものはない。

 全力攻撃の消耗の激しさは、破壊力を見れば一目瞭然だ。これだけの破壊をもたらしながら消耗の少ない攻撃など、常識的に考えてあり得ない。

 セツナが力尽きかけていることくらい、ニーウェにもわかるだろう。

 だから彼は来る。

 高高度からの狙撃という不安定な方法ではなく、確実にセツナを殺すために。

「これで終わりだ、セツナ」

 叫び声が聞こえたとき、セツナは、黒き矛を旋回させていた。



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