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第千二百二十二話 彼らの運命(十)

 敗北を認めることは、できなかった。

 わかりきっている。

 手練手管を尽くした結果、相手に上を行かれたことくらい理解している。しっかりと認識した上で、それでも負けを認めるわけにはいかないのだ。ここで敗北を認めれば、これまで築き上げてきたものすべてを失うことになる。今日まで積み上げてきたものすべてを崩すことになる。

 それになにより、あのひとに合わせる顔がなくなる。

 敗北を認めるくらいならば死んだほうがましだ。

 だが、死ねない。

 死ぬわけにはいかない。

 いまここで死ねば、生を諦めれば、もっとあのひとを悲しませることになる。

『わたしたち、ふたりきりになっちゃったね』

 あの日、涙を流す彼女の姿を見たとき、彼は決意した。彼女を二度と悲しませてはならない、と。そのためにも、彼女を悲しませる世の中を変えるのだ、と。そのためにはどうすればいいのか。どうするのが手っ取り早いのか。手っ取り早い方法などあるわけがない。ひとつあるとすれば、彼が皇帝になることだ。皇帝になれば、帝国を変えることなど容易い。しかし、それは困難を極めた。彼も彼女も皇位継承とは程遠い場所にいた。皇帝も、彼ら姉弟に目もくれなかった。どうすればいいのか。どうすれば、一歩でも皇帝に近づくことができるのか。皇帝の価値観を変えることができるのか。

 力を得ることだ。

 だれよりも強大な力を得て、皇帝に示すことができれば、考え方を変えることもできるかもしれない。

 皇位継承戦線に返り咲くことができるかもしれないのだ。

 渇望――。

 それがすべてだった。

 だから、彼は聲に身を委ねた。

『力をくれてやる』

 聲の示すまま、彼はエッジオブサーストを自分に突き刺した。世界を司る召喚武装の究極は、世界を超える能力。

 つまり、エッジオブサーストは、彼の肉体に異世界を召喚した。

 異世界の力がもたらすのは変容。肉体の変化と力の拡大。圧倒的かつ暴力的な力が彼の意識を苛み、彼の世界を変えた。視界が広がる。使者の森だけでなく、大地が見渡せる。空を飛んでいるからだ。たった一枚の翼。しかし、なんの問題もなく空へと至ることができたし、滞空することだって簡単だった。消耗を気にする必要もない。力は、無限に近く流れ込んでくる。

 遥か上空から見下ろす世界は、やけに広い。使者の森には巨大な破壊跡が二箇所ある。一箇所は、以前からあるものだ。もう一箇所、眼下の破壊跡は、セツナが作り出したものであり、その巨大かつ深い穴はなにかを露出させているようにも見える。古い建造物のようなものが見えた。柱の一部。古代文字が刻まれていることから、古代遺跡であることは間違いない。使者の森の地下に遺跡が埋没していたということだろう。が、いまはそれよりもこの圧倒的な力でもって、セツナを殺すことに集中するべきだった。

 これだけの力があれば、彼を殺しきることは不可能ではない。

 力があるのだ。

 何十人もの兄や姉でも持ち得なかった力が、いま、この体を流れている。セツナを殺し、黒き矛を破壊すれば、力はさらに増大することだろう。そうなれば、帝国に戻った彼を止めるものはだれひとりとしていなくなる。皇帝でさえ、彼に膝をつくのではないか。支配者となって君臨することも難しくはない。

 そして、あのひとを迎えに行くのだ。

 あのひとが泣かなくていい世界を作るのだ。

 そのとき、眼下で光が走った。光条がニーウェに迫り来る。ニーウェは右手を差し出した。黒い外骨格に覆われた右腕が視界に入るが気にもならない。エッジオブサーストの能力に過ぎない。戦いが終われば元に戻せばいいだけのことだ。

 光条は手のひらに直撃したが、ニーウェに痛みさえ感じさせることもなく霧散した。超上空に向けた放たれた黒き矛の光線。ニーウェに到達する頃にはその破壊力が弱まっていたとしてもおかしくはないが、それにしても右手で防ぎきれたことには、彼は奇妙な感動さえ覚えた。そして、セツナの真似をする。

 右手を眼下に翳したまま、力を込める。右半身に満ちた異世界の力を凝縮していく。セツナの居場所はわかりきっている。上空からでは砂粒以下の小ささで、森の中に隠れているのだが、いまのニーウェにわからないはずがなかった。エッジオブサーストと一体化し、なおかつ異世界を召喚している。使者の森上空から王都ガンディオンの光景が見えるくらいの感知範囲と精度がある。新市街、王立召喚師学園の訓練場の様子もわかった。三臣はひとりも欠けることなく場内を制圧している。だれひとりとして三臣に立ち向かったりはしていないようだ。さすがは王立親衛隊《獅子の尾》の隊士たちと褒めるべきだろう。彼らがわずかでも動けば、三臣は躊躇なくレオンガンドや観衆たちを攻撃しただろう。その結果自分たちが死ぬことになったとしても構わないという覚悟がある。もちろん、三臣を失うことはニーウェにとっても大きな痛手だが、ニーウェにはセツナを殺し、黒き矛を破壊するという大いなる使命がある。そのためならば彼らの命を捧げることも厭わない。そのために自分の人生も捧げたのだ。それくらいの覚悟はとうに決めている。でなければ、勝てる戦いも勝てなくなるだろう。

 右腕に凝縮した力を、黒く異形化した手のひらから撃ち放つ。力の奔流はまるで光の槍となって降り注ぐ。セツナが黒き矛から放つ光条を見よう見真似で再現した光の奔流は、あっという間に木々の海へと吸い込まれ、大地に激突した。爆発が起きる。ニーウェを殺すまいと威力を絞らざるを得なかったセツナとは違い、ニーウェのそれはまったくもって抑えられていない。力の爆発は、着弾点とその周囲の木々を根こそぎ吹き飛ばし、大地を抉る。

 圧倒的な破壊力に満足しながらも、ニーウェはセツナが爆発の範囲外に逃れるのを見ていた。彼を殺すのは、やはり簡単なことではない。エッジオブサーストの最終手段を用いても、圧倒的優位に立てているとはとてもいいがたいのがわかる。相手は黒き矛のセツナだ。セツナは黒き矛の扱い方に習熟している。集めた情報を鑑みる限り、彼は歴戦の猛者も頭を垂れるような地獄の如き戦いを潜り抜けてきている。まず間違いなく、ニーウェよりも実戦経験が豊富で、ニーウェよりも多くの死闘を超えてきている。経験が戦いにどれほど左右するものかわからないものの、油断ならないことは確かだ。

 ニーウェは、眼下の森を移動するセツナを目で追い続けながら、彼の姿が木々の間に現れる瞬間を待った。なにも正面切って戦う必要はない。

 もはやここまで追いつめられたのだ。形振り構ってなどいられない。

 なにより時間がない。

 エッジオブサーストによる異世界召喚は、ニーウェに圧倒的な力をもたらす反面、消耗が激しすぎるのだ。こうしている間にも急速に限界に近づいている。限界が来れば戦うことができなくなるのは当然だし、そうなればセツナに負けるだろう。そうなったとしても、セツナがニーウェを殺すことはあり得ないのだろうが、だからといって余裕があるわけではない。負けるということは、エッジオブサーストを失うということだ。

 そして、エッジオブサーストを手に入れた黒き矛は手を付けられなくなるだろう。ただでさえ凶悪極まりない召喚武装は、この世で最強の存在となりうる。そうなれば、ニーウェがいかに強力な召喚武装を呼び出せるようになったところで、セツナを殺すことは不可能になる。

 ガンディアを人質に取れば無抵抗の彼を殺すことも可能かもしれない。

 しかし、それでは意味がないのだ。

 全存在を賭けて戦い、その上で相剋しなければならない。

 運命を超克するには、そうするよりほかない。

 ただ彼を殺すだけでは意味がないのだ。

 だから、ニーウェは彼が木々の緑の間に姿を見せた瞬間を見逃さなかった。

 右眼が疼く。

 強烈な痛みは、右眼の力を駆使したためだ。

 そして魔眼がセツナを捕捉した。


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