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第千二百二十一話 彼らの運命(九)

 ふたりとも、呼吸が荒い。

 どちらも消耗し尽くしていた。

 度重なる能力の行使に凄まじいまでの攻撃の応酬が、セツナとニーウェ、両者の精神力、体力を奪い尽くしていたのだ。まだ戦えるとはいえ、余力はほとんど残されていない。セツナの場合、二度も全力攻撃を使ってしまったのが痛かった。二度目の全力攻撃さえなければ、もう少し余裕を持てたのだろうが、いまさら後悔したところで遅い。あの能力に対抗するには、ほかに方法がないのだから仕方のないことだ。視界から消えた瞬間至近距離に現れるという能力には、瞬間的に全周囲を攻撃するほかないのだ。

(しかし、それもここまでだ)

 セツナは、心の何処かで安堵しながらも、緊張は解かなかった。

 ニーウェの目は、冷ややかにこちらを見上げている。左手のエッジオブサーストは、刀身を破壊され、もはや使い物にならなくなっている。召喚武装は、破壊されればされるほど、原型から遠ざかれば遠ざかるほど、その力を失うという。短刀の召喚武装が刀身を破壊されるということは、その力の大半を失うに等しいのではないか。右手の短刀は残っている。しかし、二刀一対の召喚武装の片方が失われたのだ。エッジオブサーストは全力を出すことはできない。ましてやセツナを追い詰めた能力は使えなくなった。負ける要素は皆無に等しい。

 片方だけで黒き矛のセツナと戦えるというのなら、使者の森に転移してきたとき、そのまま戦ったはずだ。片方だけではまともに戦えないことは、彼がエッジオブサーストを再召喚したことがなによりの証拠だった。

 ニーウェが地面に座ったまま、つぶやいてくる。

「勝ち……か」

「ああ。俺の勝ちだ。あんたは負けるんだ」

 セツナは辛辣な口調になるのを自覚したが、止めようがなかった。相手に敗北を植え付けなければならない。でなければ、彼はまた襲いかかってくるだろう。召喚武装は、送還さえすれば、いつか修復されるのだ。

「負ける? 俺が?」

「そうだろ。エッジオブサーストは二刀一対の召喚武装。その片方が使い物にならなくなったんだ。あんたが俺に勝てる見込みはなくなった」

「……確かにね」

 ニーウェが、静かに認める。

「確かに、エッジオブサーストは二刀一対の召喚武装だよ。二刀揃ってはじめて真価を発揮する。だから再召喚が必要だったんだ」

 ニーウェの説明は、セツナの推測が正しかったことを証明するようなものだった。

「まさか破壊されるとはね」

「これで。終わりにしよう」

「……どうして?」

 彼が冷ややかに疑問を浮かべた。

「俺と君は、同じ存在だ。同じ世界に存在するはずのない、同一の存在。姿形だけじゃない。魂までもが同質のものだ。それは、君にもわかるだろう?」

「……ああ」

「君がどうしてこの世界に存在するのかは知らない。どうやってこの世界に来たのか。なぜ、この世界で生きているのかなんて、どうだっていい。確かなことは、君を殺さないことには、俺は存在さえしていられないってことだ」

「ニーウェ……」

「逆もまた然りでね。君がこの世界で存在し続けようというのなら、同一存在である俺を排除する必要がある。でなければ、いずれかが世界から排斥されるか、両者がこの世界から消え去ることになる。それはできない。俺は消える訳にはいかないんだ」

 ニーウェが目を伏せた。

「あのひとのためにも」

 あのひととは、彼がもっとも大切に想っている人物のことだろう。それがだれなのかセツナにはわからないが、彼がその人物のことをこの上なく大事に想っていることは、彼の言動から痛いほど伝わってくる。

「だが、あんたにもう勝ち目はない」

「そうだね。その通りだ。君が矛を突き入れれば、君の勝ちだ」

 ニーウェの目は、黒き矛を見ていた。セツナは、黒き矛の切っ先をニーウェの首筋に突きつけている。わずかでも動けば触れるほどの距離。ニーウェが微動だにしないのもそのためだ。動けば、セツナが彼を殺すかもしれない。

 ニーウェが、笑う。

「だが、君にはできない。君が俺を殺せないのは、君が一番良くわかっている。そうだろう?」

 なにもいわず、認める。それもまた、事実だ。セツナは彼を殺せない。彼を殺すのは王命を無視することであり、王への裏切り行為そのものにほかならないのだ。帝国のこともある。ニーウェがいくら帝国に関心を持たれていないといったところで、彼が帝国皇子だという事実まで覆せるものでもない。帝国が皇子の死を黙殺するとは考えにくいのだ。たとえ全軍を挙げての軍事行動を起こさずとも、なんらかの報復措置を取るのはまず間違いない。

 故に、殺せない。

 殺せるのなら、とっくに殺しているのだ。

「だから、降参しろっていってんだよ」

「降参?」

「そうさ。俺が勝ちで、それで終わりにする」

「……それで俺が納得するとでも?」

「エッジオブサーストを破壊すりゃ、納得するしかないだろ」

 セツナは、ニーウェが右手に持っている短刀を一瞥した。左の短刀こそ破壊することに成功したものの、右の短刀は無傷で残っている。セツナの目的は、元よりエッジオブサーストの完全な破壊であり、それによる黒き矛の完全化なのだ。ニーウェに敗北を認めさせることが目的ではなく、そちらはむしろついでといってもいい。

 ニーウェが黒き矛にはエッジオブサーストでなければ対抗できないと踏んでいるのならば、エッジオブサーストさえ完全に破壊し、黒き矛が完全体となれば、彼は二度と襲い掛かってくることはなくなるだろう。殺せない相手に戦いを挑もうとはすまい。

 もちろん、策を弄せば、セツナを殺すことは不可能ではない。しかし、ニーウェの性格から考えて、そのようなことはしないだろう。

 今回だって、王立召喚師学園にいるひとびとを人質に取れば、セツナを殺すことくらい容易かったはずだ。セツナもレオンガンドやファリアたちのためならば、喜んで命を差し出しただろう。だが、ニーウェはそれをしなかった。黒き矛のセツナとの命がけの戦いを望んだ。戦うことにこそ意味があるとでもいわんばかりに。

「……そうだね。まったくその通りだ。エッジオブサーストが破壊され、黒き矛に取り込まれれば、それで終いだ。そうなれば、俺の勝ち目は消えてなくなる。たとえ君に生かされても、だ。どれほど強力な召喚武装を呼び出すことができれば、完全化した黒き矛に敵うのか。想像もつかないね」

「だろう。だから、負けを認めてくれ」

「……そうだね。それもいい」

 ニーウェがそういったのは、セツナをわずかでも油断させるためだったのだろう。セツナがほっとした瞬間だった。彼は、セツナのわずかな気の緩みを見逃さず、右手を動かした。セツナは即座に反応したが、遅かった。彼は、右の短刀を自らの胸に突き刺したのだ。セツナは、衝撃のあまり、一瞬、彼がなにをしたのかわからなかった。

「なにを……!?」

「さすがに痛い……な――」

 ニーウェは、胸に深々と短刀を差し込みながら、苦悶の声を漏らした。そしてそのまま、前のめりにくずおれた。

 セツナは、黒き矛を握りしめたまま、ただひたすら茫然とした。そうするほかなかった。ニーウェは、自殺したのだ。負けを認めるためになのか、どうか。理由はわからない。わからないが、彼がみずからの胸に短刀を突き刺したのは事実であり、彼の呼吸が止まったのもまた、事実だ。

「死んだ……のか?」

 セツナは、愕然とするしかなかった。セツナが彼を殺したわけではない。わけではないが、彼がセツナと戦って、その末に死んだという事実は変わらない。この事実が帝国本土に伝わればどうなるのか。帝国による報復があるのではないか。いやそんなことよりも、どうして彼は死を選んだのか。たとえこの戦いに負けたとしても、生きていればいいのではないか。セツナは予期せぬ事態に混乱していた。思考が定まらない。

 漠然とした喪失感がセツナの心に大きな穴を開けていた。

 もうひとりの自分が、目の前で死んだ。それをどうすることもできず見届けるしかなかったという事実に震えるしかなかった。

 ふと、ニーウェの体がわずかに震えていることに気づいた。

(生きている……?)

 まさかとは思ったものの、セツナは、耳を澄ませて、彼の鼓動を聞いた。心臓が動いている。心臓への一突きが届いていなかった、とでもいうのか。セツナは信じられない面持ちで彼の様子を見ていた。そして、変化が訪れた瞬間、矛の切っ先を彼に向けたものの、躊躇した。殺せない。殺してはならない。いや、殺すべきだ。殺すしかない。殺せ。いますぐ殺し、この世界に自分はひとりだと証明しろ。でなければ消える運命。運命に抗いたくば、ニーウェを殺せ――。同一存在を殺さなければならないという衝動が、いまさらのように押し寄せてくる。抗いがたい誘惑。だが、抗わなければならない。彼を殺せば、すべてが台無しになるかもしれない。水の泡となるかもしれないのだ。レオンガンドの夢。レオンガンドの夢を叶えるというセツナの夢が、泡の如く弾けて消えるかもしれないのだ。

 それが、判断の遅れに繋がった。

 ニーウェの肉体に起き始めた変容を見届けることになったのだ。ニーウェの変容は、彼の右半身に起きていた。右半身が黒いなにかで覆われはじめ、その黒い物体が鋭角的な外骨格を形成していくと、彼は静かに起き上がった。そのときには、彼の変容は終わっていた。異形化したのは右半身のみであり、左半身は以前の彼のままだった。そして、胸に刺ささったままのエッジオブサーストが、胸の中に吸い込まれるように消えた。彼が前のめりに屈む。苦しそうに震えたかと思うと、背中の外骨格が隆起した。一気に膨張したかと思うと、一枚の黒翼を形成する。

「甘いな、甘いよ、セツナ」

 それは、先ほどとほとんど変わらない口調で告げてきた。

 右半身が黒き悪魔と化したニーウェは、こちらを見つめ、冷笑を浮かべている。異形化しているのは右半身だけだが、セツナの脳裏には、ウェイン・ベルセイン=テウロスと、クレイグ・ゼム=ミドナスと名乗ったあの男の末路が思い浮かんでいた。ふたりに起きたものと同じ現象が起きている。つまり、異形化だ。

 ランスオブデザイアもマスクオブディスペアも黒き矛の眷属だった。

 同じく黒き矛の眷属であるエッジオブサーストが、同様の能力を持っていたとしてもなんら不思議ではなかったのだ。

「その甘さが、いつだって命取りなんだ」

 ニーウェが翼を広げた。

 力が爆発して、爆風がセツナを吹き飛ばした。


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