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第千二百二十話 彼らの運命(八)

「やるじゃないか」

 ニーウェが話しかけてきたことが意外に思ったのは、戦闘の真っ只中であり、会話をする機会など訪れないと思っていたからだ。

 セツナはともかく、ニーウェはセツナを本気で殺しにかかってきている。そんな相手が話しかけてくるなど、余程の事のように思えた。いや、単なる時間稼ぎかもしれない。離れた距離から一瞬で間を詰めるエッジオブサーストの能力は、おそらく連続で使えないのだ。そのために時間を稼いでいる。最初に一撃を叩き込んでから即座に逃げの一手に入ったのも、きっとそれだ。

 能力を再度行使するための時間稼ぎ。

 そうとわかっている以上、相手の策に乗りたくはなかったが、セツナとしても時間を稼ぐ必要があった。こちらの消耗も著しいのだ。いま、ニーウェの能力対策に実行したのは全周囲攻撃だ。ラグナを撃破した黒き矛の能力であり、周囲の地形を変えてしまうほどの破壊の力を解き放つそれは、消耗が激しい上、威力の調整ができなかった。調整ができるのであれば、消耗も抑えることができるのだろうが、しかし、威力を抑えた攻撃を先ほど放てば、セツナの首のほうが切り落とされていたかもしれない。

 ニーウェが退避するという判断を下したのは、セツナの攻撃の破壊力を察したからだ。これがもし、大したものではないとわかっていれば、首筋への攻撃を続け、セツナを殺しきっていただろう。左手で首筋に触れる。浅く切り裂かれている。幸い、致命的なものではなかったが、斬られる場所によってはこの程度の傷でも致命傷になり得ただろう。

「あんたの能力がなんであれ、こうすりゃどうしようもねえだろ」

「死にかけた」

 そういって、彼は右腕を差し出してきた。遠いが、いまのセツナならば余裕で見ることができる。服の袖が破れ、あらわになった右腕が焼け爛れていた。それでもしっかりとエッジオブサーストを握っているところを見ると、彼の精神力の異常さがうかがえる。普通の胆力ならば、握ってなどいられないはずだ。しかし、彼はエッジオブサーストを手放すまいとしている。二刀一対の召喚武装は、二刀揃って始めてその力を発揮するのだ。

「あんたに死なれたら困るんだがな」

「殺し合いでなにをいっている?」

「あんたは帝国の皇子様だろ」

 セツナが突きつけるように告げると、彼は怪訝な表情を変えた。

「……なるほど。帝国の報復を恐れているのか」

「ガンディアは大国化したとはいえ、所詮は小国家群の中でのことだ。本当の大国たる帝国を敵に回すことなんてできるわけがないさ」

 帝国の戦力は二百万といわれている。二百万。現在のガンディアの総戦力が二万から三万くらいだという話から考えれば、三大勢力がいかに強大なのかがわかろうというものだ。いくらセツナと黒き矛が勇を振るったところで、二百万の敵すべてを薙ぎ払えるはずもない。多勢に無勢とはまさにそのことで、あっという間に力尽き、押し負けるのが目に見えている。帝国が全勢力を差し向けてこずとも、だ。

 しかも帝国が動き出せば、他の大勢力が黙っているとも考えにくい。ヴァシュタリアもディールも帝国一強になることを望まず、戦力を小国家群に寄越してくるだろう。帝国と均衡を築く三大勢力の戦力だ。それぞれ同程度の戦力を有していると考えるのが自然だ。つまり、三大勢力が全軍を小国家群に差し向けてくるようなことがあれば、総勢六百万もの戦力が小国家群を蹂躙し、ガンディアをも飲み込むのだ。

 そうなれば抗いようもない。

 ただ飲み込まれ、藻屑と消えるのを待つだけなのだ。

「安心するといい。俺が死んだところで、帝国が動くことなどあり得ない」

 ニーウェがどこか他人事のようにいってきたことが気になった。

「……本当かよ」

「俺は皇位継承争いに敗れた惨めな存在だからね。皇帝陛下にも期待されてはいないんだよ。爵位こそ頂いたが、俺の生死が帝国の方針を変えることなんてありえない」

「爵位を頂いたってことは、期待されてるってことじゃあないのか?」

 セツナは、ニーウェの動きに注目しながら問うた。会話を続けながら、隙を見出して攻撃してくる可能性は十分にある。逆もまた然りで、攻撃する隙があれば飛びかかるべきだった。相手は殺し合いをしているつもりなのだ。こちらにその気はなくとも、相手がこちらを抹殺するつもりでいるのなら、こちらもそれ相応の覚悟で挑まなければならない。ただし、ニーウェとは違い、セツナが相手を殺すわけにはいかず、全力で戦うというわけにもいかない。その点だけが不利なのだが、仕方のないことだ。相手が帝国の皇子でさえなければ、三大勢力の要人でさえなければなんとでもなったことかもしれないが、現実として、彼は帝国の皇子であり、故にセツナは彼を殺すわけにはいかなかった。

 たとえ彼が本当にそう想っていたとしてもだ。ザイオン帝国が、彼の考えている通り、彼の死を黙殺するとは限らない。彼が考えている以上に、帝国が彼の存在を重く見ていることだってありうることだ。彼の口車に乗せられて本気を出して彼を殺した挙句、ガンディアが滅ぼされては意味がない。

「どうだか。辺境に派遣された以上、もう中央に復帰する見込みはないよ。そして、そんなことはどうだっていいと思える」

「あんたがどう思っていようと、帝国があんたの死を黙殺するとは考えにくいだろ」

「帝国の事情を知らないものからすれば、そうだろう。だが、本当のことさ。俺は不要な存在なんだよ。俺も姉上も、ね。ほかの皇子様方からすれば、どこへとなりとも消えてくれればいいのにと想っていることだろうよ」

「……だから本気で戦えって?」

「そうさ。でなければ、意味がない」

「生憎、命令なんだよ」

「命令?」

「王命さ。あんたを殺すな、って」

 ニーウェが怪訝な顔をするのを見て、セツナは、矛を構え直しながら告げた。会話のおかげで体の調子が戻りつつある。全力攻撃で消耗した精神力が戻ってくるようなことは当然ありえないが、荒くなった呼吸は元通りになり、いつでも動けるようになる。

「くだらない」

「なんといわれようと、俺は王命を順守するだけだ」

「殺しかけるような攻撃をしておいていうことか?」

「あんたを信頼したんだよ。あんたなら、判断を間違えたりはしないとね」

「だったら本気を出すことだ。でなければ、意味がない」

 彼が意味がないというのは二度目だった。彼がなぜ本気で戦うことに拘っているのかは、なんとなく理解できる。それが運命を超克する唯一の方法だからだろう。

(運命)

 同一存在が同じ世界に存在した場合の運命。

 どちらかひとりしか存在できないという運命。

 セツナは、ニーウェとの戦闘中、そんな強迫観念に襲われる自分を認識していた。異世界の自分を抹消しなければ、セツナはこの世界に存在し続けることはできない。どちらかを抹消しなければ、どちらも消滅するという運命を突きつけられている。そう感じるのだ。なぜか。ニーウェがほかならぬセツナ自身だからだろう。異世界に存在する自分自身との接触という、本来ならばあり得ない事が起きてしまった。その結果、運命を感じているのだ。

 そしてその運命を超克するには相手を殺すしかない。

 もうひとりの自分を殺し、自分がこの世界にひとりだということを証明するしかないのだ。

 ニーウェは、セツナにもそれを望んでいる。セツナは、ニーウェにとってももうひとりの自分だからだろう。もうひとりの自分に、いかなる理由があっても手を抜いてほしくないのだ。

 そこまでわかりながら、セツナはニーウェに問うた。

「本気で殺しあうことに意味があるとでもいうのか?」

「そうさ」

 ニーウェが笑みを浮かべた。双剣の刀身を触れ合わせる。瞬間、セツナは全周囲攻撃を繰り出した。ニーウェが視界から消失するのを見届け、同時に黒き矛の力がセツナの全身を通して噴出する。爆発的な力の奔流が球状に膨れ上がり、全周囲に破壊の嵐を巻き起こす。破壊した大地をさらに抉り、半球形の地面にさらなる穴を空ける。吹き上がるのは土砂ばかりであり、なんの手応えも、なんの痛みもなかった。無駄に消耗されるだけだった。セツナは舌打ちしながら、多大な精神力の消耗を認識した。

 ニーウェは、エッジオブサーストの能力を目の前で使うことにより、セツナに先と同じ攻撃を誘発させた。ニーウェは武装召喚師だ。召喚武装の能力を行使するには、精神力を消耗するということをよく知っている。そして、強力な能力ほど多大な精神力を費やすということをよく理解しているのだ。だから、セツナに全力攻撃を無駄撃ちさせた。精神力の消耗による疲弊を狙ったのだろう。

(だがそれは相手も同じ!)

 セツナは、そう思い込もうとした。ニーウェの能力も消耗が激しいに違いない。どういう能力かはわからないが、一瞬の時間差もなく間合いを詰めたり、長距離を移動することができる能力だ。常識的に考えて凄まじいといっていい能力であり、発動のための精神消費が少ないとは考えにくい。黒き矛の全力攻撃と同等とはいえないまでも、そこそこに消耗しているはずだ。それもこれで三度目。ニーウェもそれなりに消耗しているのは疑いようがない。

 力の奔流が周囲の地面を破壊し尽くし、さらに低くなった大地に着地したとき、殺気が左前方から降り注いできた。黒き矛を振り抜いて応戦する。弾いたのは一発の光弾。飛び退く。さらに三つの光弾が、セツナの立っていた地点に突き刺さり、小さく爆発した。瞬間、背後に気配が生まれた。振り向きざま、矛を横薙ぎに払う。激突。金属音が激しく鼓膜を叩き、火花が視界を彩る。横薙ぎの斬撃は、右のエッジオブサーストで受け止められている。左の短刀が閃く。

(早いっ!)

 痛みは右脇腹に生じたが、深手ではない。咄嗟に飛び退いたことが功を奏した。ニーウェの突きが、切っ先だけを掠めたのだ。しかし、掠めただけで頑丈なはずの鎧の胴回りが破壊され、脇腹に傷を負ったのだから、エッジオブサーストの破壊力には驚くしかない。もちろん、驚いている場合でもない。飛び退いたものの、ニーウェも追いすがってきている。斬撃の応酬。ニーウェの双刀による連続攻撃を一振りの矛だけで捌く。打ち下ろしを矛先で受け流し、胴を薙ぐ一撃を柄で受け止めて、弾く。足払いを跳躍でかわし、畳み掛ける連続攻撃を矛を高速回転させることで弾き返す。さらに飛び退く。距離を取るのは、自分の間合いを作るためだ。こちらは矛。相手の短刀よりは距離を保って戦うことができるのだ。そして、相手の間合いで戦い続けるほどの無意味さはない。

 ニーウェの息をつかせぬ猛攻を見る限り、彼の間合いで戦い続ければ、いずれこちらが押し負けるのは目に見えている。だが、ニーウェはニーウェで己の間合いを押し付けてくるのも、当然だ。セツナの間合いで戦えば、ニーウェのほうが不利となる。武器の射程は黒き矛のほうが遥かに長い。ニーウェが踏み込み、間合いを詰めてくる。さらに連撃。捌ききる。隙をついて攻撃するよりも、逃げに徹する。相手の間合いでの攻撃は自殺行為にほかならない。距離が離れた。追ってこない。瞬時に閃く。地を蹴り、逆に間合いを詰める。ニーウェが双刀を重ねようとした瞬間、セツナは黒き矛を全力で突き出した。猛烈な突きが左のエッジオブサーストの刀身に突き刺さり、打ち砕く。黒の刀身が無残にも砕け散り、エッジオブサーストの能力の発動は阻止された。

「なっ……!?」

 ニーウェが愕然と目を見開くのが見えた。刹那、セツナは彼の足を払った。動転したのだろう。ニーウェは避けられず、転倒した。すかさず起き上がろうとする彼の首筋に矛の切っ先を突きつける。

「俺の勝ちだ」

 セツナは、冷ややかな視線を相手に投げつけた。

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