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第千二百十五話 彼らの運命(三)

 演武の開始とともに、セツナ以外の三人が彼の周囲から飛んで離れた。

 ルウファが翼を羽撃かせて上空に消えると、セツナの右側から咆哮とともに雷光の帯が殺到した。オーロラストームの雷撃は大気を震わせながらセツナに殺到したが、黒き矛の一閃が雷の帯を断ち切り、彼はかすり傷ひとつ負わない。そして矛を振り抜いた姿勢のまま、瞬時に後ろに飛ぶ。大気の渦が訓練場の土埃を舞い上げる。小さな竜巻は、シルフィードフェザーの能力だろう。観客となった生徒や参列者一同から驚きの声が上がる。オーロラストームの雷撃にせよ、シルフィードフェザーの竜巻にせよ、超常の力というほかない。まさに魔法だ。魔法合戦が繰り広げられているのだ。

 竜巻を回避したセツナだが、そこへ一瞬にして跳びかかったのがミリュウだ。振り被った真紅の太刀を勢い良く叩きつけようとしたものの、セツナの斬撃のほうが早く太刀を捉えている。旋回する矛がなぜか半ばで折れていたラヴァーソウルの刀身に激突し、破壊音を響かせたかと思うと刀身がばらばらに砕け散る。ミリュウが笑ったように見えた。彼女はセツナの体を蹴って、後ろに飛んだ。その速度たるや凄まじいものがあり、レオンガンドの目には終えなかった。黒き矛が、だれもいなくなった虚空を切り裂く。セツナが一手遅れている。それくらいミリュウの移動速度が早いのだが、それがラヴァーソウルの能力なのだろうということは、なんとはなしにわかる。

 再び雷撃がセツナを襲う。つぎは直線の一撃ではない。蛇行する複数の雷光がつぎつぎとセツナに向かっていた。セツナは初弾を黒き矛で切り裂くと、頭上から落ちてきた二撃目は後ろに飛んでかわし、右手から迫ってきた雷撃は石突きを叩きつけて破壊した。さらに怒涛の如く押し寄せてきた多数の雷撃に対しては矛を高速で振り回して尽くを破壊してみせた。雷光が無数に弾け飛び、強烈な破壊音が響く。歓声が上がる中、セツナの頭上から無数の羽弾が降り注ぐ。シルフィードフェザーの羽を矢のように飛ばすというルウファの攻撃に対し、セツナは後ろに大きく飛ぶことで対処しようとしたようだった。実際、彼は飛んでいた。だが、彼の足が地面を離れた瞬間、彼の体はなぜかあらぬ方向に飛んでいた。物理法則を無視した動きに仰天していると、彼の向かう先にミリュウが待ち受けているのがわかった。ミリュウがラヴァーソウルの能力でセツナの体を引き寄せたらしい。結果、ルウファの攻撃は全弾地面に突き刺さって終わったが、かといってセツナは気の抜けない状況にあった。空中でまともに動けない状態のまま、ミリュウに急接近しているのだ。ミリュウは刀身のごく短いラヴァーソウルを構えている。

 ラヴァーソウルは、その名称からは想像もつかないが、磁力を操る能力を持っている。刀身そのものが磁力を帯びた無数の刃片によって構築されており、刃片同士を磁力によって結びつけることで鞭のように振り回すこともできれば、刃片を差し込んだ対象を磁力で拘束することも、また、セツナのように引き寄せることもできるのだ。レオンガンドは、その能力によって命を救われているからよく知っていた。

 セツナは、しかし、まったく動じていないようだった。引き寄せられながら、黒き矛の穂先をミリュウに向けた。漆黒の穂先が白く燃え上がり、膨張したように見えたつぎの瞬間、光が生じた。視界を灼く光の奔流がミリュウが寸前まで立っていた地面に突き刺さり、爆発を起こす。爆音と衝撃が会場そのものを震わせる。そのときにはセツナはその場に着地していた。ミリュウはセツナの引き寄せを諦めざるを得なくなったのだろう。引き寄せようとしても攻撃されればどうすることもできない。会場からどよめきが上がる。近距離でも無類の強さを誇る黒き矛が遠距離攻撃を備えているという事実には、驚きを禁じ得ないのが普通だ。

 レオンガンドも、ただ唖然としている。

 セツナたちの強さについては理解しているはずだった。

 これまで、何度となく彼らの戦いを見てきている。とくにセツナについては自分以上に彼の強さを知っているものなどいないという自負さえ、なぜかあった。しかし、いまになってそれがただの勘違いであり、見当違いも甚だしいことに気づく、結局のところ、レオンガンドはセツナの実力については風聞以上のことは知らないのだ。本当の彼の戦いを目にしてきたわけではない。

 本当の戦い。

 たとえば守護龍との戦いだって、結果だけを聞いている。巨鬼との戦いもそうだし、クルセルク戦争における万魔不当の戦いもそうだ。ラグナとの戦闘もまた、結果だけだ。彼が本気で戦う姿など、見たこともないのだ。

 もちろん、いま目の前で繰り広げられているのは演武であって本当の戦いではない。しかし、四人の攻撃は次第に苛烈さをましており、吹き荒れる破壊の嵐は、まだだれも使っていない野外訓練場に深い爪痕を刻みつけるのではないかと心配になるほどだった。実際、ルウファとセツナの攻撃が訓練場の地面を抉り、穴を開けている。このまま戦闘が激化し続ければどうなるものかわからない。

 とはいえ、激化し続ける演武をずっと見続けていたいという気持ちもあった。

 昂揚しているのだ。手に汗握るとはまさにこのことであり、レオンガンドは、周囲の視線も気にならないくらいに熱中している自分に気づきながらも、その感情に素直であろうと思ったりした。

《獅子の尾》の演武は、白熱している。

 オーロラストームが雷撃を放てば、シルフィードフェザーが竜巻を起こし、それをかわしたセツナにミリュウが矢のように襲いかかり、ふたりの間に無数の火花を散る。息つく暇もなければ、歓声を上げている暇もない。怒涛の戦闘演武は、これぞ武装召喚師の戦いというものであり、この場にいるだれもが納得し、満足出来るだけのものだった。

 そして、演武が最高潮に至ろうとしたときだった。

 光芒が、セツナの目の前の地面を貫き、大爆発が起きた。轟音が響き渡り、世界そのものが揺れるかのように震撼した。レオンガンドは咄嗟にナージュを庇ったものの、不安はなかった。演武の過程だろうと思ったのだ。だが、上空にいたのはルウファだけであり、シルフィードフェザーの能力にはない攻撃だということに気がついたとき、彼は嫌な予感に囚われた。

「いまのはいったい……?」

 ナージュが怪訝な顔をしたのは、彼女もレオンガンドと同様の疑問を持ったからに違いなかった。レオンガンドは顔を上げ、爆煙の立ち込める訓練場を睨んだ。目を細め、煙の中でないが起きているのかを探ろうとするも、会場と演武が行われている場所は離れていてよくわからない。離れているのは、参列者を演武に巻き込まないための配慮なのだが、こういうとき、その配慮が邪魔に思えてならなかった。無論、必要不可欠な配慮であり、文句をいう道理もないのだが。

 爆発によって生じた煙が消えると、演武会場には四人の人物がいた。だが、それは《獅子の尾》の四人ではない。ファリアとミリュウと、見知らぬふたりの人物。

 セツナは、いなくなっていた。


(いま一瞬、隊長が連れ去られるのが見えた)

 ルウファは、王立召喚師学園の遥か上空を漂いながら、いま見た光景を脳裏に浮かべていた。

 光芒がセツナの立っていた場所の手前の地面を貫き、大爆発を起こした。爆発の光が吹き荒び、土砂が舞い上がった瞬間、咄嗟に飛び退いたセツナに急速接近したものがいた。ルウファの記憶が確かならば、セツナそのものの姿をした人物であり、であれば、まず間違いなくニーウェ・ラアム=アルスールなのだろう。そして、ニーウェはセツナに触れると、どこへともなく消えた。消えたのだ。忽然と、爆発の中で消滅した。空間転移能力によって、別の場所に移動したのだろう。どこへ転移したのかはまったくわからない。少なくともルウファの感知範囲外に転移しているのは間違いなかった。感知範囲ならばすぐにわかったはずだ。だが、わからなかった。セツナは、ニーウェにどこかへ連れ去られてしまったのだ。

 ともかくその一連の出来事からわかる事実はひとつだ。

 ニーウェがセツナを殺すための状況を作り出したということだ。

(やばいな)

 セツナは万全の状態とはいえ、一度ニーウェに敗れ去っているのだ。一度目は相手の能力がわからなかったから敗れたとはいえ、いまもその能力は正体不明のままであり、また戦っても同じ結果に終わるかもしれない。そして、そうなれば今度こそ殺されてしまうのではないか。今度も、ウルクの救援のような幸運があるわけがない。また、ニーウェがセツナを連れ去ったのは、そういう横槍が入らないようにするために違いなかった。

 ルウファは、地上の様子を見やりながら、先ほどの光芒がニーウェの部下であるらしいランスロット=ガーランドのものだということを確認した。ランスロット=ガーランドの召喚武装が光線を吐き出すのは、ファリアの報告から判明していて、当のランスロット本人が召喚武装を手に訓練場に現れていた。想像するに、彼は校舎の屋上から訓練場を狙撃したのだ。それがニーウェたちの行動の合図であり、ニーウェはセツナを連れ去り、彼の三人の部下が会場を制圧する。

 ランスロットは、巨大な弓銃のような召喚武装を会場に向けていた。ファリアたちが一歩でも動けば会場を攻撃するとでも警告したに違いない。でなければ、ファリアたちが微動だにしない説明がつかない。いくらファリアとミリュウが強力な武装召喚師であっても、あれだけの破壊力を見せつけられたあとにランスロットの警告を無視することなどできないのだ。たとえランスロットと、シャルロット=モルガーナ、ミーティア・アルマァル=ラナシエラを倒すことができたとしても、そのために会場に集った生徒や参列者が殺傷されては意味がない。ましてや貴賓席には国王夫妻をはじめ、国の要人がいる。セツナを救援するためにニーウェの三臣を倒した結果、レオンガンドが殺されるようなことがあってはならない。

 最悪、セツナが死んだとしても戦力の穴を埋めることはできるが、国王夫妻の死はどうすることもできない。

 もちろん、ファリアたちの気持ちとしてはいますぐにでも訓練場を離れ、セツナを探したいに違いない。だが、そんなことをすれば、会場は阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わるだろう。逆をいえば、ランスロットたちの警告に従う限り、ファリアたちを含め、会場にいる人間に手を出されることはないということでもある。

 ニーウェたちの目的は、ニーウェとセツナの戦闘だということは、彼らの言動からも明らかなのだ。セツナ以外の人間を巻き込むつもりはなく、そういう考えが徹底されているからこその今回の行動なのだろう。

 ルウファは、自分はどうするべきかと考えた。ランスロットたちはルウファの存在も認知していることだろう。ここでルウファが離れるということは、彼らが会場を攻撃する理由を与えることになりかねない。

(しばらくは様子を見るしかないか)

 ルウファは、上空を漂いながら、暗澹たる気分になった。セツナに助勢するにしても、まずセツナの居場所を探しださなければならず、現状、それは不可能に近い。どこへ飛んだのかも見当がつかないのだ。エッジオブサーストの転移可能距離がどれだけあるのかもわからない。国外へ転移してしまった可能性だって、少なくはない。

 そうなればお手上げだ。

 セツナが生きて戻ってくることを信じるしかない。

 この際、セツナがニーウェを殺したとしても、だれも文句はいわないだろう。

 その結果、帝国がガンディアを滅ぼすために軍勢を送ってきたとしても、だ。



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