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第千二百十三話 彼らの運命(一)

 大陸暦五百三年一月十九日。

 王都ガンディオン新市街は、あきれるほどの人出で溢れかえっており、新市街建設以来の人出ではないかという話も聞かれるほどだった。

 この日、新市街に建設され、竣工したばかりの王立召喚師学園の敷地内にて、開校式典が執り行われることが発表されていたからだ。開校式典には、学園の代表である国王レオンガンド・レイ=ガンディアが出席するほか、ガンディアの要人のほとんどが出席するということも知られていた。大将軍アルガザード・バロル=バルガザールに左右将軍、王立親衛隊の三隊も参加すれば、参謀局、傭兵局、術師局の三局の代表者も顔を見せるということだった。それだけ大々的な式典ともなれば、ひとびとの注目も高くなり、王都中だけでなく、ガンディア中からひとが集まってくるのも当然だった。

 中には、年賀行事に参加するために王都を訪れ、そのまま王立召喚師学園の開校式典を見届けようとするものもいるという。

 式典には、数十倍の難関を突破した五十人の入学予定者も参列する。入学予定者のほとんどはガンディアの人間だが、同盟国や従属国の人間もいる。ガンディアとまったく関係のない国からの入学希望者は書類選考の時点で落とされたが、ガンディアと友好的な国々からの応募者は様々な点を考慮した上で判定がくだされた。

 結果、合格者五十名のうち、外国籍の生徒は十人ほどに絞られた。残り四十人はガンディア国籍の生徒である。生徒の中には、貴族の子女もいれば、一般人もいる。貴族にも一般人と一緒に学ぶのを嫌うものがいるが、そういったものは選考の段階で除外された。武装召喚術の才能に貴族も下民も関係ないというのが、選考者たちの考えであり、その考えが優先されるのは当然のことだ。生徒たちに術を教えるのは選考者本人なのだから。

 この日、王都の空は、鉛色の雲に覆われていた。

「生憎の天気だが……雨さえ降らなければ問題はあるまい」

 王宮を出発する際、レオンガンドは空模様を見て、つぶやいたものだった。

 雨は降らなかったが、日光がないことによる気温の低さはいかんともしがたく、式典は寒さとの戦いになると、彼は気を引き締めた。

 式典には、レオンガンドのみならず、ナージュも参加することになっていた。出産以来長らく公務に顔を見せなかったナージュが久々に人々の前に姿を見せたのは、王都で開かれた年賀行事のときであり、そのときの王都市民の熱狂ぶりは、いまもレオンガンドの目に焼き付いている。レオナを抱き、国民の前に姿を見せたナージュの姿も、だ。その姿は控えめにいってもまばゆく輝いていて、レオンガンドは、彼女という妃を持てたことを天に感謝した。

 さすがに今回の式典にはレオナは連れて行かなかった。レオナはまだ数ヶ月であり、公務とはいえ、そうそう連れていけるものでもない。レオンガンドとナージュが不在の間、レオナの面倒は、彼女にとっての祖母であるグレイシアが見てくれるだろう。グレイシアは、すっかりレオナの虜になっていて、ナージュが妬くこともあるほどだった。グレイシアにとっては待望の孫なのだ。とろけるほどに甘くなるのもしかたのないことかもしれなかった。


 開校式典の会場は、当然のことながら、王立召喚師学園の敷地だ。校舎と呼ばれる建物内ではなく、校舎の前方に設けられた訓練場なのは、生徒五十人と生徒数よりも多い式典参加者を集めた上、《獅子の尾》による演武を行うための空間が必要だったからだ。特に後者の影響が大きい。校舎内で演武を行うことは不可能ではないが、建物内で建物を傷つけないように演武を行うとなれば、微妙なものとならざるをえないだろう。それでは生徒たちの度肝を抜くことはできず、奮起させることはできない。

 もっとも、王立召喚師学園の生徒たちは、みずからの意志で入学を希望したものばかりであり、国のため、自分の将来のため、なんとしてでも武装召喚術をものにしようという気概くらいはあるはずだ。発破をかける必要などはないのだろうが、しかし、武装召喚術が実際にどういうもので、どれほどの力があるのかを知っている人間のほうが少ないだろうし、演武という形で見せるのは悪いことではあるまい。

 なにより、レオンガンド自身が楽しみだった。

「《獅子の尾》による演武、楽しみでございますね」

「ああ。セツナたちの戦いぶり、目に焼き付けんとな」

 馬車での移動中、レオンガンドはナージュとそんなことを話し合った。

《獅子の尾》の実力は、わかりすぎるくらいに理解している。セツナがガンディアの英雄であり、彼なくしてはガンディアの躍進はなかったことをこの世で一番理解しているのは自分だという自負さえ、ある。セツナと黒き矛の圧倒的な力も、ルウファ、ファリア、ミリュウが優れた武装召喚師だということも把握している。故に《獅子の尾》にはなんの不安もないし、彼らに任せておけばどんな戦いだろうと万事うまくいくだろうとさえ想っている。

 そんな《獅子の尾》の武装召喚師たちが一堂に会して演武を披露してくれるというのだ。これほど心震えるものがあるだろうか。

(あるまい)

 レオンガンドとナージュを乗せた馬車は、人出でごった返す新市街を駆け抜け、やがて王立召喚師学園の正門をくぐり抜けた。厳重極まる警備は、ゼルバード=ケルンノール指揮下の都市警備隊によるものだが、都市警備隊はアヴリル=サンシアンの代で徹底的に鍛え直されていることもあって、警備上の問題はなさそうだった。もしどこかに穴があったとしても王立親衛隊の三隊が対応してくれることだろう。

 

 式典はなんの問題もなければ、事件の起きようもなく進行した。

 親衛隊三隊が勢揃い、セツナ軍の黒獣隊とシドニア戦技隊が警備にあたっていることもあって物々しい雰囲気に包まれてはいたが、式典そのものは穏やかな空気の中で進んでいったのだ。

 竣工したばかりの真新しい校舎は二棟あり、どちらも曇り空の下でもあざやかに輝いているかのようだった。校舎の大きさや敷地の広さ、学園そのものの規模は、開校時の生徒数全五十名に比較すると大きすぎるといってもいいのだが、王立召喚師学園は、十年、二十年、いや百年先の将来を見越して建設されたものであり、二棟の校舎は、今後の生徒数の増加を考慮している。さらに将来的な校舎の増改築も考えられており、そのために広い敷地を新市街に確保したのだ。それもこれも軍師ナーレス=ラグナホルンの仕事であり、この一事だけで、彼がいかに小国家群統一事業が困難なものだと認識していたかがわかるというものだ。

 現有戦力では小国家群の統一には物足りないというのだ。故に、十年先、二十年先には戦力の大幅な強化が見込めるであろう武装召喚師の育成機関を作り上げることを考えた。武装召喚師が強力なのは、《獅子の尾》の例を見ずともわかりきっている。

 たとえば十年後、学園出身の五十人の武装召喚師がガンディア軍に所属すれば、それだけで戦力が大幅に引き上げられるだろう。戦力が増強されるということは、小国家群の統一が加速するということであり、また、一部の戦力への負担が減るということでもある。ナーレスはそういうことまで見越して、武装召喚師を国で育成するべきだと考え、育成機関の創設に尽力した。武装召喚師たちの登用を推し進め、術師局を発足、術師局に武装召喚師育成機関の創設に全力を挙げさせた。その結果誕生したのが王立召喚師学園であり、ナーレスが健在ならば、彼こそ、代表として挨拶したことだろう。軍師ナーレスには、その価値がある。


 王立召喚師学園の代表責任者としてレオンガンドが挨拶し、続いて術師局の局長にして学園長ハンナ=エンドーウィルが挨拶と訓辞を行った。大将軍アルガザードが未来の武装召喚師たちに期待すると告げると、生徒たちから歓声が上がり、参謀局の副局長オーギュスト=サンシアンは、武装召喚師の戦術的価値を熱弁し、生徒たちを高揚させた。

 オーギュストは、年末に王都に戻ってきている。ナーレスはまだ療養中ということで通しており、参謀局はオーギュストを局長代理として扱う方向で話を進めている。ナーレスの復帰はしばらく不可能だという話は、ガンディアにとって多大な損失として受け止められており、マルディアの救援要請に関する大会議において、反対派に回った側近たちの表向きの意見はそれだった。もちろん、側近たちはナーレスが死んでいることを知っている。そして、側近の中にジゼルコートへの内通者がいるということは、ジゼルコートもまた、ナーレスの死を知っている可能性が高い。ジゼルコートに与しながら、ナーレスの死だけを秘匿するのは奇妙なことだ。

 ナーレスがみずからの死を秘匿したのは、内外の敵を牽制するためであり、ジゼルコートだけを対象としたものではない。当時のナーレスはジゼルコートが疑わしいと想いながらも、レオンガンドの味方であって欲しいと常に想っており、レオンガンドに対してそう口に出してもいた。ジゼルコートがレオンガンドを裏切り、ガンディアを裏切っている確たる証拠がない以上、疑いは疑いのまま、深度を深めることはなかった。つまり、ナーレスはジゼルコートの真実を知ることがないまま逝ったのであり、それはある意味では幸福だったのかもしれない。

 当時の状況では、ジゼルコートが味方である可能性のほうが高かったからだ。

 現在は、どうだろう。レオンガンドとしてはジゼルコートが裏切っていないことを信じたいのだが、エイン=ラジャールとアレグリア=シーンは彼を疑っていて、レオンガンドに警戒を呼びかけていた。無論、内通者かもしれない側近のいないところでだ。

 レオンガンドがそんなことを考えている間も式典は進み、いよいよ本式典の目玉ともいうべき《獅子の尾》による模擬演武が始まろうとしていた。

 学園の野外訓練場に設営された式典会場には、五十名の武装召喚師見習いの席と、教師陣の席、そして関係者各位の座席に、貴賓席と分けられていた。レオンガンドは当然、貴賓席にいる。隣にはナージュがいて、彼女は久々の王宮外での公務にはしゃいでいて、常に笑顔を絶やさなかった。褐色の肌と漆黒の髪がいつにもまして美しく見えるのは、ナージュが心の底から楽しんでいるからだろう。

 貴賓席には、大将軍や参謀局の面々が座り、演武の行われる訓練場の中央に注目している。空席はひとつ。本来ならばジゼルコートが座っているはずの席だ。彼はいま、王宮の私室で療養中であり、安静にしていなければならないのだ。襲撃事件で傷を負ったのだから、致し方ないことだ。学園生も教師たちも、二領伯揃い踏みでないことを悲しんでいた。

 ジゼルコートは、元より高名な人物だ。英傑王シウスクラウドの実弟であり、シウスクラウドが病に倒れ伏したのち、ガンディアの政を一手に担い、ガンディアを守り続けた人物として知られていたし、国民からの人気も信望もあった。セツナが流星の如く出現してからは目立たなくなっていたものの、王宮に復帰してからというもの、再び政治家としての辣腕ぶりを発揮し始めたことで注目を集めていた。特に昨今、アザーク、ラクシャの二国を従属させたという外交手腕によって高く評価され、セツナに次ぐ英雄ではないかという声も聞こえ始めている。ガンディア人が大半を占める生徒たちがジゼルコートの不参加を悲しむのも無理はなかった。

 不参加の原因となった襲撃事件を、エインとアレグリアは自作自演だろうと睨んでいるのだが。

 なんのためにそんなことをするのかというレオンガンドの問いに、ふたりは異口同音にこういってきたものだ。

『それはもちろん、マルディアに行かない理由を作るため、ですよ』

 ジゼルコートは、マルディアへの派兵に賛成した。大賛成といってもいい口ぶりであり、反対派を痛烈に批判する言葉を発している。

『姫君みずから求めてきた救援要請を黙殺するなど、人の道にも悖る行いであり、小国家群を大義の名の下に統一しようというのであれば、すべからく救いの手を差し伸べるべきである』

 ジゼルコートの言葉は、マルディアの王女ユノ・レーウェ=マルディアを喜ばせ、その後の賛成派の大攻勢へと繋がるのだが、そこまで大見得切っていった以上は、ジゼルコートも私設軍隊とともにマルディアに向かうのが道理だろう。ジゼルコート自身がそう宣言している。しかし、負傷し、安静にしていなければならないとなれば、ガンディオンに留まるほかなく、彼の私設軍隊も彼のために残しておかなくてはならない。彼の軍隊は彼のものであり、レオンガンドの支配下にはない。もちろん、軍隊だけを同行させるということも不可能ではないが、ジゼルコートの身の安全を考えれば、ありえないことだ。ジゼルコートはガンディア政府における最重要人物のひとりだ。他国の暗殺者などに狙われる可能性だって十分にあるのだ。

 そしてそれこそ、ジゼルコート襲撃事件の実態をわかりにくくさせるものだ。襲撃犯がジゼルコートを殺そうとする理由は、必ずしもないわけではない。襲撃犯の正義感からすれば、ジゼルコートを殺そうとしても不可思議ではないのだ。また、ジゼルコートには政敵が多数いる。彼の政治家としての有能ぶりが数多の敵を作るのは当然の成り行きだ。恨まれた末に襲撃されたとしてもおかしくはない。さらにいえば、ガンディアを疎ましく思う国がジゼルコートを亡き者にして、ガンディアの政治を停滞させようとしたという可能性だって、考えられた。

 もっとも、ゼルバードらに取り押さえられた際負傷した襲撃犯が一命を取り留めたため、襲撃犯がなぜジゼルコートを襲ったのかが明らかになり、ジゼルコートを恨んだ政敵の犯行という線も、他国の思惑による犯行という線も消えたのだが。

 謎は、残った。

 襲撃犯カリム=ニズンが、どうやってジゼルコートとベノアガルドの諜者の繋がりを知ったのか。

 ジゼルコートの手のものがそれとなく教えたのだろう、というのが、エインたちの推測であり、ジゼルコートの自作自演であるならば、それが正解に違いない。

 ではなぜ、ジゼルコートはわざわざ自分に致命傷を与えてまでガンディオンに残らなければならなかったのか。

 こちらは、極めて簡単な答だった。

『マルディアの救援には、敵勢力から考えて、ガンディア軍の主戦力を投入しなければなりません』

『マルディアの反乱軍だけならば、セツナ様の私設軍隊に《獅子の尾》、ログナー方面軍辺りをつけるだけで十分でしたでしょうけれど』

『反乱軍の後ろには騎士団がいますからね。全力を投入せざるを得ない』

 半端な戦力を投入した挙句、雪解けとともに騎士団が全力を投じて来た場合、目も当てられない結果になるだろう、と軍師候補たちはいうのだ。

 ベノアガルドの騎士団は強い。圧倒的な強さであり、生半可な戦力では太刀打ち出来ないかもしれないというのだ。少なくとも、《獅子の尾》の武装召喚師がふたりがかりでも倒せない実力者が十三人はいるらしい。世に言う十三騎士のことであり、十三騎士と対峙したものは皆、口を揃えていうのだ。

『彼らはとても常人とは思えない』

 と。

 超人染みた武装召喚師たちがそういうのだから、本当に恐ろしい実力者の集まりなのだろうし、エインがいうようにマルディアには主力を派遣しなければならないのは明らかだ。

 そしてそのときをジゼルコートは待ち詫びているのではないか。

 主戦力が出払い、王都ガンディオンががら空きになる瞬間を――。

「それでは、王立親衛隊《獅子の尾》の皆様による武装召喚術の演武の時間です。訓練場の中央を御覧ください」

 進行役を務めるのはゼフィル=マルディーンであり、彼は慣れた様子で司会を務めていた。

 もっとも、会場の人間は、彼に促されるまでもなく、野外訓練場の中央に視線を集めていた。

《獅子の尾》の武装召喚師が四名、訓練場に姿を見せていたからだ。


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