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第千二百十二話 一月十七日(二)

 王宮内通路でのユノとの談笑を終えたあとは、王宮を出て、《獅子の尾》隊舎に向かった。

 群臣街にある隊舎は、セツナたちが不在の間もゲイン=リジュールを始めとする隊舎の住人によってしっかりと管理されていた。隊舎の住人といえば、以前は、《獅子の尾》専属の調理人ゲイン=リジュールだけしかいなかったが、セツナたちが王都を空けることが多いこともあり、隊舎の維持のための人員として使用人を五名、雇っていた。レムは使用人としての役割を取られてしまうと憤慨していたが、使用人たちが彼女の支配下にあるというと、今度は仕事が捗ると喜んだりしたものだった。

 そんな使用人たちによって隊舎の状態は維持されており、庭の手入れも行われていて、以前よりも綺麗になっていた。

 隊舎に入れば、昨日のうちに戻っていたマリア=スコールがセツナを出迎えるとともに抱擁したことで、ミリュウとの間で火花を散らし、ファリアとシーラは後難を恐れてそそくさと中に入っていった。

 隊舎には、シドニア戦技隊と黒獣隊の皆も滞在していた。黒獣隊の隊員数は数倍に膨れ上がったものの、隊舎の収容可能人数にはまだまだ余裕があった。元はナーレス=ラグナホルンの屋敷なのだ。百人くらいまでなら余裕で収容可能だといい、いかにナーレスが豪邸に住んでいたのかがわかるというものであり、そんな屋敷をたった三人の部隊の隊舎として利用していた時期があったことにも苦笑するほかない。

 自室に荷物を置いてから、食堂に向かうと、ファリアやミリュウと合流した。もちろん、レムとラグナは常にセツナについてきていたし、ウルクも同じだ。

 ちなみにだが、ミドガルドは王宮区画に残っていて、隊舎にはついてこなかった。彼は日夜研究に勤しんでいるのだ。しかしながらセツナの持つ特定波光についての研究は進んでおらず、解明するのは困難だという。それでこそ研究者は燃えるのだともいっており、なんだかんだで充実した日々を送っているということだった。そんなミドガルドを見るウルクの目は、どことなく優しい。無論、魔晶人形に表情などあるわけもない。セツナの勝手な思い込みにほかならない。

 食堂では、ルウファとエミルが待っていた。

 そう、待っていたのだ。

 ゲイン=リジュール特製の豪勢な手料理群とともに、セツナたちの到着を待ちわびていた。食堂内に満ちた芳しい料理の香りが空腹を刺激する中、ルウファが満面の笑みを浮かべて、セツナたちを食卓に案内した。

「お帰りなさい、隊長。ゲインさんが腕によりをかけた料理の数々、腹いっぱい召し上がってくださいな」

「わたしも少しだけお手伝いしたんですけどね」

 エミルが気恥ずかしそうにいった。エミルがゲインに調理法を学んでいるという話は聞いたことがあった。おそらくもなにもルウファとの結婚を視野に入れての行動だろう。ゲインも快く応じたに違いない。ルウファとエミルが結婚を誓い合っていることは、周知の事実だし、だれもが応援していた。

「あ、エミルの手料理は俺のですからね」

「ルウファさん……」

「ああ、エミル……」

 熱烈に見つめ合うふたりに対し、ミリュウが投げやりに告げる、

「あーはいはい、あんたたちが愛し合っているのは十分わかったから、どっかすみっこのほうでやっといてくんない?」

「ミリュウさんひどいですぅ」

「そうですよ! エミルが泣いたらどうするんですか!」

「あんたが慰めりゃいいでしょ」

「ああ、そうか」

「そこは納得するんだ」

 どうでもよさそうなファリアの発言を横に聞きながら、セツナは、食堂内の食卓に並べられた様々な料理を見て回った。ゲインお手製の料理の数々は見て回るだけでも十二分に楽しめるものだ。色とりどりの野菜や果物によって飾られた多種多様な料理。セツナの説明によって生み出されたガンディア風料理と和食の折衷料理も、当然のように食卓を彩っている。セツナのために調理してくれたに違いなく、セツナはあとでゲインに直接感謝しようと思った。

「ラグナはなにが食べたい?」

「わしはなんでもよいぞ。そもそもドラゴンは食事など不要なのじゃから、好き嫌いもなにもないのじゃ」

「そういやそうだったな」

 この世界イルス・ヴァレにおいて万物の霊長と謳われる規格外の生物であるドラゴンは、ラグナのいうとおり食事を必要としない生き物だった。それはもはや生物という枠に囚われた存在ではないのではないかと想うのだが、ラグナのことを考えれば、実際にそのとおりなのだから笑い話にもならない。ラグナは、何万年にも渡って生と死を繰り返してきた転生竜であり、その時点で人間や他の動植物と同じ生き物とはいえない気がした。そんなことをラグナにいったとして、ラグナはむしろ当然とふんぞり返るのだろうが。

 とはいえ、食べなくても構わないのだが、食事を取ることもできたし、セツナたちの食事に付き合うようになにかを食べるのは通例だった。しかし、ラグナは排泄を行わない。食べたものを体内で完全に消化してしまうからだ。純粋な生命力に変換して取り込めるというのだから、やはりドラゴンという生き物はすさまじいというほかない。

「おぬしの魔力が一番のごちそうといえば、ごちそうじゃな」

「いいなー」

 と、ラグナの発言に口を挟んできたのは、ミリュウだ。彼女はルウファとエミルを追い散らしたあと、小皿を手にセツナのあとをついてきていた。セツナと同じものを食べるつもりなのだろう。いつものことだ。そして、和食は口にあわないと言い出すに決まっている。

「なにがじゃ?」

「セツナの魔力、あたしも欲しい」

「はあ?」

 セツナがミリュウを振り返ると、彼女がにやりとしていた。そして、手をセツナの首に向かって伸ばしてくる。彼女の指先が首筋に触れたかと思うと、なにかを探るように動いた。

「血でもいいのよ? マリクのやつ、セツナの首に噛み付いてたんでしょ?」

「そりゃそうだが……」

「うらやましい」

「そんなこと、羨むなよ」

 呆れ果ててものもいえないという気分ではあったが、なんとかして告げた。血も魔力も簡単に上げられるものではない。いや、魔力はともかく、血ならばわりと簡単に上げられるかもしれない。が、レイヴンズフェザーの補助を受けていないミリュウがセツナの血を得たところでどうなるものでもない。衛生上問題がある。

 ミリュウは、なにを思ったのか小皿を手近の食卓に置くと、さっとセツナに歩み寄ってもう片方の腕を腰に絡みつけてきた。つまり抱きしめられた格好になったのだ。どこからかシーラの声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。

「うう……じゃ、じゃあ、セツナの愛を頂戴」

 ミリュウがなぜか涙ぐみながらいってくる。ここのところ、彼女の感情の振れ幅は大きすぎるきらいがある。なにが原因なのか、なんとはなしにわかる。武装召喚術の研究のために何日もの間、旧リバイエン家本邸に籠もっていたことが理由なのだろう。昨年末も、ほとんど天輪宮に姿を見せず、本邸に篭っていることが多かった。ラヴァーソウルの能力の可能性を見いだせたことが嬉しかったらしく、その能力を安定させるために研究を続行していたのだ。さすがに年越し直前には天輪宮に戻ってきたが。

『一年の終わりと始まりくらい、愛しい人と一緒に過ごしたいじゃない?』

 ミリュウの何気ない一言には、セツナはなんとも言いようのない感情を覚えたものだった。

 愛されている。

 それがどうしようもなく嬉しい。

 だから、セツナは彼女の想いに応えたいと想うのだ。

「いつもあげてるだろ」

 セツナはわざとぶっきらぼうに告げて、彼女の頭を撫でてやった。すると、ミリュウの全身が電流でも浴びたように痙攣して、セツナから離れる。

「はい!?」

「なんだかんだでミリュウ様の扱い方がうまくなってまいりましたね」

 と、満面の笑みを浮かべながらいってきたのは、もちろんレムだ。両手に持った小皿には大量の料理が積み上げられている。レムは、その小柄な外見に似合わぬ大食いだったのだ。もっとも、生命力をセツナから供給されている身である彼女は、ラグナ同様、食事を取る必要がない。外部から力を取り込まなくとも、セツナから供給され続けているからだ。しかし、食事を取り、自分自身で生命力を生み出すことで、セツナからの供給量を減らすことができ、セツナの負担を少なくすることができるということもあって、彼女は率先して食べることにしているようだった。気を使われているのだ。

「……そりゃこんだけ年がら年中くっつかれりゃな」

 セツナは、顔を真赤にして凍りついているミリュウを見つめながら、レムに言い返した。ミリュウの体中が赤く燃え上がっているのは、彼女の衣服から露出した肌を見れば一目瞭然だ。彼女は自分が熱烈なまでに積極的なくせに、セツナが積極的な言動を行うと、途端に思考停止する。ミリュウのそういうところは、彼女がセツナの仲間になってから一切変わっていない。関係が進展しないのだから、変わりようがないのかもしれない。

「嫌でも対処法が身につくって?」

「ああ」

 ふと気配に気づいて振り向くと、シーラがにやりとしていた。

「ま、だろうな。しっかし、ミリュウのやつ、とんでもなく幸せそうだ」

「そりゃ幸せでしょうよ。幸せすぎてなにも考えられなくなってるんだもの」

 ファリアはすでに席についていて、小皿に取り寄せた料理に取り掛かろうとしていた。手元には果実酒の入った容器があり、食事を楽しむ準備は万端といったところだった。

「いいなあ」

「いい?」

「隊長、いまなんていいました?」

「なにもいってねえよ、てめえら席に座ってろよ」

「座ってまーす」

「隊長待ってるんですけど」

 シーラが顔を真赤にして否定しながら周囲を見回すが、彼女をからかうことに定評のある黒獣隊幹部たちは、すでに小さな円卓を囲んでいた。ウェリス、クロナ、ミーシャ、リザ、アンナの五人だ。ほかの黒獣隊士たちはというと、食堂に入りきれないということで庭に出ていた。隊舎の裏庭では立食会が開かれているような状況であり、それもゲイン=リジュールが用意したものだということだった。黒獣隊士のためだけでなく、シドニア戦技隊の隊士たちのためでもある。人数が人数だ。さすがの食堂も、六十人も入れるような広さはなかった。

「待つなよ、もう食ってろよ」

「食べてます……」

「くっ……なんなんだよ、こいつらは」

「おまえの部下だろ」

「そうだけど!」

 セツナが告げると、シーラは口惜しそうに叫んできたのだった。


「なんとも賑やかだねえ」

 エスク=ソーマは、《獅子の尾》隊舎食堂の片隅にふたりの部下とともに陣取っていた。食卓の上には様々な料理が並んでいる。食堂全体が立食会の体をなしており、裏庭の状況共々、ひとりの調理人の手によるものとは思えなかった。もっとも、その調理人の腕前は、アバードの宮廷料理人をも凌駕するほどのものだということは、すでに知っている。腕前だけでなく手際の良さも凄まじいのだろう。約六十人分の料理を(エミル=リジルが手伝ったとはいえ)たったひとりで作りきるなど、並大抵のことではない。

 賑やかなのは、もちろん、料理のことだけではない。この食堂内で繰り広げられている人間模様そのものが賑やかで、華々しい。

「悪くないですな」

「まったくだ。花があって、目のやり場に困らない」

 華々しいのは、女性が多いからだ。男のほうが圧倒的に少ない。エスクを含め、四人(当然、トカゲの化け物であるラグナは除外している)しかおらず、それに引き換え、見目麗しい女性の数は圧倒的だ。この中で非力な女性といえばエミル=リジルくらいで、マリア=スコールを含めた残る全員が並の男よりも遥かに腕っ節が強いことを除けば、楽園といってもいいような光景だった。

 もっとも、その楽園を享受しうるのは、この楽園の主催者であるひとりの少年くらいのものだが。

 セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルド。長たらしい名前の少年は、この国の英雄であり、シドニア戦技隊の支配者にしてエスクの主だ。英雄と謳われるだけの実績と実力を併せ持つ少年は、その名に相応しく女性にもてていた。彼の周囲には常に女性がいて、彼を取り合っている。もっとも、エスクはそういう境遇が羨ましいと思ったことは一度たりともない。むしろ、セツナのために哀れんだ。セツナは、心休まる瞬間さえ訪れないのではないか。

「隊長?」

 レミル=フォークレイの視線が痛い。

「レミル、物騒な目をするんじゃあないよ」

「物騒な目? だれがですか?」

 彼女は自分の表情に気づいたのだろう。即座に笑みを浮かべて対応した。しかし、その笑みの冷ややかさには、エスクも冷や汗を感じずにはいられない。普段、主導権を握っているのはエスクのほうであり、傭兵団にあるかぎり、その立場が変わることなどありえなかったはずなのだが、傭兵団が戦技隊へと名前を変えた時から、関係が変化しつつあった。そしてそれは喜ばしいことだった。エスクが惚れたレミルは、エスクと対等な関係の彼女だったからだ。

 とは想いながらも、いいたいことはないではない。

「あのなあ」

「仲がよろしいのはいいのですがな」

 などと口を挟んできたのは、ドーリン=ノーグだ。緋毛のドーリンの二つ名で知られる彼は、口元と顎にたっぷりと蓄えた髭が特徴的な大男だ。生まれつき赤毛の彼は髭も赤く、緋色の髭が転じて緋毛のドーリンと呼ばれるようになったのだ。そんな彼だが、シドニア戦技隊の幹部として十分役立っているし、彼がいるからこそ、エスクも安心していられる。

 が、いまは彼が口を挟んでくる状況ではないだろう。

「なにがいいたいんだ?」

「そうです。なにがいいたいんです?」

「いやはや」

 ドーリンは、困ったように頭に手をおいた。



「そういえば、明後日ですね」

 ルウファが唐突に話題を振ってきたのは、食事が進み、食堂内の料理をあらかた片付けてからのことだった。満腹中枢が刺激され、もうなにも食べられないし、なにも考えたくないという状態でのことであり、セツナは彼がなにをいってきたのか見当もつけられなかった。眠くもあった。ラグナなどはセツナの膝の上で丸くなっていた。定位置ではないのは、食事中ということを考慮した結果だろう。ラグナは空気を読む達人でもある。

「ん?」

「王立召喚師学園の開校式典ですよ」

「え!? 明後日だっけ!?」

 セツナが素っ頓狂な声を上げたのは、想像もしていなかったことを突きつけられたからだ。眠気が吹き飛び、思考回路が加速度的に動き出すのがわかる。

 無論、王立召喚師学園の存在は知っている。《獅子の尾》も多少関わりがあることなのだから当然だ。忘れるわけもない。新市街に建設中だった学園の校舎が完成したという話も聞いていたし、入学者が決まり、発表されたという話も耳に入っている。しかし、開校式典の開催日のことだけはすっかり頭から抜け落ちていた。セツナもしっかりと関係していることであるはずなのにだ。

「大会議のこともあって当初の予定より数日遅れて、明後日になったんですよ」

「そうだったか……すっかり頭のなかから抜け落ちてたぜ」

「だいじょうぶ? 式典では、わたしたちが模擬演武をすることまで忘れてないでしょうね?」

 ファリアが冷ややかな目で聞いてくる。

「それは覚えてるけどさ」

 開校式典では、ガンディア所属の武装召喚師を代表して、《獅子の尾》が召喚武装を用いた演武を行うことになっている。これから学園で武装召喚術を学ぼうという生徒たちに、武装召喚術とはどういうものなのかを見せつけ、発破をかけようとというのが演武の目的らしい。演武の内容については、龍府にいる間に決めていたし、何度か練習してもいる。当然、武装召喚術の演武ということもあって、レムもラグナも参加しない。ウルクもだ。そもそも、レムたちは《獅子の尾》に属してはいない。セツナの従僕に過ぎない。

「式典には陛下を始め、国のお偉方が参加するのよ。間違っても黒き矛の全力なんて出しちゃ駄目よ」

 当たり前のことだ。黒き矛の全力――たとえばラグナを撃破したような力――を用いれば、学園の敷地そのものが更地になってしまうかもしれない。それくらいのことはわかりきっている。

「そうですよ。うちのロナンもいるんですし」

「そういえば、そうだったな」

「きっと楽しみにしてるでしょうね」

 本当に嬉しそうにいうルウファの隣で、エミルがにこにこしていた。エミルはすでにバルガザール家に馴染んでいるという話だったし、ロナンとも仲良くしていることが彼女の表情からも窺える。

 ロナンはアルガザード大将軍の三男であり、それだけで将来を嘱望される人材だったが、彼は騎士よりも武装召喚師になりたいと言い出していた。そんなおり、国が武装召喚師を育成すると宣言し、そのための学校を作り出したこともあり、ロナンは入学を熱望した。定数五十名に対し応募者は膨大であり、いくらバルガザール家の人間とはいえ受かるかどうかはわからなかったのだが、どうやら高難度の倍率を制することに成功したということを随分前に聞いていた。

「まあ、喜ぶべきなのかどうかはわかりませんが」

「なんでだよ?」

「学園の教師陣はこれまで弟子を育てた実績も、教鞭を取ったこともないようなひとたちばかりですからね」

「あら、実力は折り紙つきよ?」

「それは知ってますよ。その点では心配していませんし」

 ルウファが取り繕うようにいったのは、ファリアの機嫌を損ねたくなかったからだろう。学園の教師となる武装召喚師たちは、リョハン出身者ばかりであり、ファリアの知人だったのだ。知人を悪くいわれれば、ファリアとていい気分はしないだろう。

「ま、ロナンが武装召喚術を物にできたとして、十年先のことでしょうけどね」

「気の長い話だけど、育成なんてそれくらい長い目で見るものよ。そして、そういったことがガンディアの将来に繋がっていくわ」

「ガンディアの将来……か」

「十年後どうなっているかなんて想像するだけ無駄だけどね」

「十年……確かにそうね。十年前のあたしに、いまの境遇を伝えたって、信じてくれないに違いないわ」

 ミリュウは苦笑するとセツナの左腕に腕を絡めて、左肩に頭を載せてきた。いつの間にか自分の椅子をセツナの椅子に隣接させていたらしい。そんなミリュウの様子を見て、ファリアが肩を竦める。ファリアはセツナの右隣に座っているのだが、当然ながら、ミリュウほど接近してはいない。別段、距離感があるわけではないが。

 ミリュウが苦笑したのは、十年前の彼女は魔龍窟の地獄に囚われているからであり、それから十年後の自分が、地獄とは無縁の日々を送っているからなのだろう。そして、セツナのことばかりを考えているからでもあるのかもしれない。

「十年なぞ、あっという間じゃがな」

 ラグナがあくびを漏らしながらいった。寝ていたと思いきや、いつの間にか起きていたらしい。

 確かに何万年もの記憶を持つドラゴンからすれば、十年など、一瞬に等しい出来事なのかもしれない。

(十年……)

 セツナはふと、十年後も戦い続けている自分を想像して、頭を振った。将来を想像したところで、なんの益もない。いまは、目前のことを考えるのが一番だし、精一杯だ。



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