第千二百六話 大会議
ガンディアが現在の版図を得てから最大規模の会議が開かれたのは、大陸暦五百三年一月十六日の午後のことだった。
王宮大会議室で行われる大会議に参加したのは、召集令によってガンディア全土から呼び集められた有力者であり、ガンディア軍からは大軍団長以上の幹部が顔を揃え、有力貴族の中からも選ばれた十数人が列席した。
大将軍アルガザード・バロル=バルガザールを議長とし、左右の席に副将ふたり、ジル=バラムとガナン=デックスが並んでいる。そして、さらにその左手には左眼将軍デイオン=ホークロウがいて、右手には右眼将軍アスタル=ラナディースがいる。左右将軍の近辺に大軍団長たちが配置されており、アスタル将軍の隣にはログナー方面軍大軍団長グラード=クライド、ザルワーン方面軍大軍団長ユーラ=リバイエンが、デイオン将軍の隣にはガンディア方面軍大軍団長マーシェス=デイドロがついている。
ガンディアのふたりの領伯も当然、会議に参加している。セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルドは大将軍から見て右手の席に座り、その前列には彼の親衛隊ともいうべき黒獣隊長シーラとシドニア戦技隊長エスク=ソーマが陣取っている。当初はセツナひとりで参加するつもりだったらしいが、箔をつけるために、レオンガンドがふたりの隊長を同席させた。それは、もうひとりの領伯、ジゼルコートの陣容に対抗させるためでもあった。
ジゼルコート・ラーズ=ケルンノール・クレブールは、セツナとは対面の席に座している。まさにガンディアの双璧をなすというに相応しい位置関係だった。そして、ジゼルコートの席の近くには、彼の親衛隊長たちが座っていた。ひとりは、よく知っている顔だ。
ゼルバード=ケルンノール。ジゼルコートの二男であり、ジルヴェールの実弟である青年は、どこか好戦的な顔つきをしている。昔から喧嘩っ早かったのは事実だが、いまもそうなのかはよくわからない。ゼルバードもジルヴェールとともに疎遠になっていた。もっとも、ゼルバードは、ジルヴェールのような理由でレオンガンドの元を離れたわけでは出ない。彼は、立派な戦士になることを自分を鍛えるためにケルンノールに籠もっていた。年に一度は王宮に姿を見せることがあり、年々体格が良くなっていく彼からは頼もしさしか感じなかったものだ。
あとの三名は、武装召喚師だ。グロリア=オウレリア、オウラ=マグニス、アスラ=ビューネル。以前、ジゼルコートから直接紹介された人物たちで、そのうちオウラ=マグニスはガンディア軍が欲した人材だったが、彼がガンディア軍に入ることは望まなかったため、泣く泣く諦めたという経緯がある。それがなぜジゼルコートの元にいるのかはわからない。ジゼルコートの元にいてもガンディアに貢献できるというオウラ自身の発言は理解できるのだが。
グロリア=オウレリアはルウファの武装召喚術の師であり、アスラ=ビューネルはザルワーン五竜氏族出身の武装召喚師だという。どちらも、ジゼルコートの配下になった経緯はよくわからない。が、いずれにせよガンディアの戦力になるのは間違いなく、喜ぶべきなのだろう。
(ジゼルコートが裏切り者でなければな)
国王レオンガンド・レイ=ガンディアは、会議室にはいるものの、大会議そのものには参加していなかった。国王の発言ひとつで左右される会議ならば、開くひつようもない。レオンガンドは、大会議参加者がなにを考え、なにを企み、なにを望み、なにを願うのか、参加者それぞれの言動から窺おうとしていた。
レオンガンドの側近たちも大会議に参加している。彼らにも、レオンガンドの意志とは関係なく、思うままに発言しろと厳命している。忌憚のない意見を聞きたいという想いに嘘はないが、本当のところは、側近の中の内通者がだれなのかを明らかにしたいということが大きかった。もっとも、このような会議で尻尾を出すような内通者ではないだろうし、大会議そのものに意味は無いのかもしれない。
が、たとえ会議そのものになにも意味がなかったとしても、こうしてガンディアの要人が顔を揃える機会を設けることができたのは、無駄なことではなかった。
ガンディアはこの二年という短期間で急速に巨大化してしまった。各地方、各都市の行政や運営は司政官に任せているとはいえ、軍団長以上の幹部は王都を離れていることが多く、領伯でさえ任務がなければ領地に赴いていることが多い。こうして顔を揃える機会がめっきり減ってしまっていた。それだけガンディアの国土が広がり、小国家群統一が順調に進んでいると見てもいいのだろうが、それはそれとして、全体の意思統一を測るためにも、こういう機会を設ける必要はあった、
当然のことだが、王立親衛隊の三隊も、会議場にいる。《獅子の牙》、《獅子の爪》、《獅子の尾》の三隊のうち、《獅子の牙》と《獅子の爪》は隊長と幹部が顔を揃え、《獅子の尾》は副隊長以下三名がレオンガンドの手前に陣取っている。《獅子の尾》隊長セツナは、領伯として会議に参加しているからだ。
そのセツナの様子をみやる《獅子の尾》隊士の顔はどこか不満げだった。おそらく、澄まし顔のセツナが原因ではなく、彼の側にいる元王女が原因だろう。ミリュウもシーラもセツナに好意を寄せている。
(人気者は大変だな)
レオンガンドは、シーラとエスクの後ろで緊張気味に会議に耳を傾けているセツナをみやりながら、他人事のように思った。レオンガンドはその生涯において異性に持て囃されたことはないが、だからといって彼を羨ましくは思わなかった。英雄としてのセツナには羨望を覚えるのだが、女性関係に関しては気の毒とさえ思う。
とはいえ、彼を放っておかない女性が多いということは、彼が結婚相手に困らないということだ。しかも、妻はひとりでなければならないという法はない。むしろ子孫を増やすためにも多妻が推奨されているのがこの戦国乱世だ。特にセツナのような立場の人間はすべからく若い内に結婚し、子を成すべきだという風潮さえある。
そこまで考えて、レオンガンドは、マルディアの件が終わり次第、セツナに結婚を勧めようと思ったりした。ガンディアの領伯にして英雄たる彼の正妻となると、凄まじいまでの政治的価値がある。政略に使えなくはないのだが、レオンガンドはそこまで彼の人生を支配しようとは思わなかった。戦場に立ち、圧倒的な戦果を挙げてくれるだけで十分だった。それになにより、彼の正妻の座を政治利用するとなれば、彼に嫌われるかもしれない。
セツナは、レオンガンドの命令には従うだろう。たとえば、どこかの国の王女とでも政略結婚しろと命じれば、悩んだ末に応じるに違いない。彼を取り巻く女性陣は納得しないかもしれないが、セツナ自身が決めたことには反対のしようがないのもまた、彼女たちだ。しかし、セツナは、結婚までもガンディアのために利用しなければならないことに疲れるかもしれない。少なくとも、わずかなりともレオンガンドへの感情をこじらせるだろう。
レオンガンドは、セツナにこれ以上嫌われたくはなかった。アバードであんなことをしてしまった。どうしようもなく愚にも付かぬ振る舞いをしてしまった。あれからというもの、レオンガンドは彼に嫌われていやしないか、内心びくびく震えていたものだった。王都への帰還後、話し合った限りでは彼がレオンガンドのことを嫌っているような素振りは見えなかったものの、そう見せていないだけかもしれない。人間の感情など、どこでこじれるものかわかったものではない。
自分がそうだった。
セツナへの嫉妬が、なぜ、あのときになって爆発したのか、自分でもよくわからなかった。
気がついたときには、手が出ていた。そして、彼の首を締めながら、自分の愚かさを認識したものの、どうすることもできなかった。危うく彼を殺すところだった。そういう自分の凶暴性については自覚してはいるのだが、普段、心の奥底に息を潜めているそれをどうにかすることなどできなかった。忘れていたほどだ。ここ数年、その片鱗さえ現れなかった。
敵か味方か。
そんなことばかり考えているから、気でも狂ったのかもしれない。
とは思うものの、危うく彼を失いかけた事実には変わりなく、彼に嫌われても仕方のない所業だとも思う。だからこそ、これ以上彼に嫌われるようなことはしたくないのだ。彼に見限られれば、それこそ、小国家群統一事業は雲の彼方まで遠のくだろう。彼という人材があってはじめて、ガンディアの小国家群統一は軌道に乗っている。彼がいなければ、ここまで急速に国土を拡大することなどなかったのだ。
彼を手放す訳にはいかない。
もし仮に彼がガンディアを去った場合、彼を手にした別の国が、ガンディアに近い速度で国土を拡大させることだってありうるのだ。そうなれば、レオンガンドの夢は脆くも潰え去るかもしれない。そうならないためにも、レオンガンドはセツナを失うわけにはいかないのだ。
会議場内には、軍人以外にも文官や有力貴族も顔を揃えている。参謀局からは副局長オーギュスト=サンシアン、第一作戦室長エイン=ラジャール、第二作戦室長アレグリア=シーンが参加しており、局長ナーレス=ラグナホルンの不在については事前に説明してあった。ナーレスは長期療養中で、いまもエンジュールに滞在しているということになっている。
温泉地として有名な都市としてバッハリアもあるが、ナーレスがエンジュールを選んだのは、まず間違いなくエンジュールがセツナの領地だからだろう。セツナの領地ならばナーレスの死を隠すのも難しくはない。なにより外部の人間が無茶をしにくい土地だろう。だれであれ、セツナを敵に回すような行動は取れないはずだからだ。
そうこうするうちに、会議が始まった。
レオンガンドの右手前方には、マルディアの使節団が会議の成り行きを不安そうな面持ちで見守っていた。
ユノ・レーウェ=マルディアもその中にいて、彼女はセツナに視線を投げかけているようだった。アーリアの報告によれば、二日前、ユノがセツナを訪ね、なにやら話し込んでいたということだが。
おそらく、ユノはセツナに賛成票を投じてもらおうと持ちかけたのだろう。
セツナがどのような判断を下したのかはわからないが、彼のことだ。遥々マルディアから訪れたユノを邪険にするようなことはないだろう。
彼はひとが良すぎるところがある。
もちろん、それが悪いわけではない。
むしろ、望むところだった。