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第千二百二話 王女の覚悟(一)

『今回の招集、マルディアに援軍を送るべきかどうかを大会議によって問うためのものだ。通常、国の方針を定めるためとはいえ、ここまで大規模な会議を開くことはない。クルセルク戦争ほどのものでもない限り、わたしや側近、将軍らと話を進めればいいのだからな。大軍団長まで呼ぶ必要はない』

 寝台に備え付けられた天蓋の内側をぼんやりと眺めながら、セツナは、レオンガンドとの会話を思い出していた。

 レオンガンドとのふたりきりの密談を終えたあと、仲間たちが待機する部屋に戻ったセツナだったが、そののち、王宮の使用人たちによって別室に案内されていた。今日は王宮で一夜を過ごすといい、というレオンガンドからの計らいだった。セツナは普段、王都での宿は《獅子の尾》隊舎を利用しているが、隊舎に行くためには王宮区画をでなければならず、少しばかり距離があった。王宮内で寝泊まりできるなら、これほど楽なことはない。旅の疲れを取りたくもあった。

 セツナには個室が充てがわれたが、ほかの皆には、所属組織ごとの部屋が割り当てられたようだった。《獅子の尾》には《獅子の尾》の、黒獣隊には黒獣隊の、シドニア戦技隊にはシドニア戦技隊のみの部屋であり、エスク=ソーマなどは不満を漏らしていた。いわく、なにが悲しくて野郎どもと一緒の部屋で寝なければならないんだ、ということだが、セツナが決めたことではない。文句があるなら陛下に直訴しろ、というと、彼はセツナを睨んできたものだ。

 ちなみに、エスクは、男ばかりの部屋でレミルが可哀想だということで、彼女だけは黒獣隊に預けていた。レミル本人は気にしていなかったようなのだが、エスクには我慢ならなかったのかもしれない。一方、シーラはレミルをあっさりと受け入れている。シーラはエスクと折り合いが悪いものの、レミルとは女戦士同士、気が合うところがあるらしい。

 ミドガルドは、ディールからの客人ということもあって個人部屋が用意されていた。本来ならウルクもミドガルドと同室に入るはずなのだが、彼女自身の希望によって、セツナの部屋に入っていた。セツナの部屋には、ほかにレムとラグナがいる。レムとラグナの従者組がセツナの部屋に入ることをだれも見咎めなかったのは、もはや見慣れた光景だったからだろう。

 もっとも、それぞれ充てがわれた部屋は王宮内の各所にばらけており、使用人にその話を聞いたミリュウは、セツナの近くがいいと駄々をこねて使用人を困らせたものだったが。

 もちろん、ミリュウはセツナの部屋にはいない。彼女はファリアに連れられて《獅子の尾》の部屋に向かったからだ。

『大会議などという耳慣れぬものを行うことにしたのは、救援への賛否でなにかしらわかるかもしれないからなのだ』

『だれが敵で、だれが味方か……ですか?』

『もちろん、マルディアへの救援の賛否ではっきりとわかるものではないがな。どちらにも理屈がある。マルディアへの救援は、ベノガルドの騎士団との戦いになるのは明らかだ。騎士団は強いのだろう? 騎士団との戦いを避けるのならば、ここはマルディアを見殺しにするという考えもありうる』

 レオンガンドの言葉を思い出しながら、考える。

 自分は、どうなのか、と。

 マルディアの救援に賛成か、反対か。

 いままで、セツナはそういった会議で発言らしい発言をしたことがなかった。当然だ。セツナはレオンガンドの臣下であり、レオンガンドの意向に従うだけだった。レオンガンドの命令に従って敵を滅ぼすだけの存在だった。それでよかったのだ。これからもそう在り続けるべきだとさえ想っている。しかし、ここのところ、セツナはみずからの意志で考えて行動することが増えてきた。シーラを匿ったのも、黒獣隊の結成も、アバードへの潜入だって、セツナ自身の意志だ。ナーレスに確認を取ったとはいえ、すべての始まりはセツナの意志そのものだ。セツナが行動を起こしたからこそなのだ。

 だから、セツナは考える。

 レムとラグナの話し声を聞き流しながら、レオンガンドの言葉を思い出すのだ。

『小国家群統一を少しでも早めるためにマルディアに救援を送るということも、当然ありうる。反乱軍および騎士団を撃退し、マルディアが国土を取り戻せば、マルディアはガンディアへの協力を惜しまなくなるだろうからな』

 なにも支配だけが小国家群統一の方法ではない――ということは、耳が痛くなるほど聞いてきたことだ。強い絆で結ばれた友好関係、同盟関係でも十分だと、レオンガンドは考えている。もちろん、ジゼルコートのように交渉によって従属させるという方法もありだ。戦争など最終手段であり、方法としては最低のものだという。だからといって戦わないわけにはいかないのが、戦国乱世に生きるということなのだが。

『結局、大会議ではわたしの敵味方は判別できないかもしれない。が、大会議に伴い、この王都には各大軍団長、左右将軍、両領伯が勢揃いし、有力貴族も顔を揃えている。たとえ大会議そのものに意味はなくとも、これだけの人数が集まることに意味があるのだ』

 レオンガンドはそういって、表情を消した。アーリアを解き放っているのは、そういう理由からだという。姿も見えず、音も聞こえず、気配すら持たない彼女ならば、堂々と諜報活動を行うことができるからだ。

 いままで息を潜めていた反レオンガンド派貴族がこの大会議を機に動き出すかもしれない。

 ジゼルコートが本当に暗躍しているかもしれない。

 側近の中の裏切り者が明らかになるかもしれない。

 ほかにいるかもしれない敵が動き出すことだって、十分にありうる。

 そのための大会議。

 そのための召集令なのだ。

「御主人様」

「……大会議か」

 セツナは、寝台の上で寝返りを打ち、ラグナとレムの姿が間近にあることに気づいた。相変わらずのメイド服と緑柱玉のように美しい外皮に覆われた飛竜の小柄な体が視界を彩っている。

「御主人様」

「セツナよ」

「大変だなあ」

 セツナは、ふたりの声を上の空で聞きながら、再び寝返りを打った。すると、目の前に闇の少女の顔があった。

「うわ」

 びっくりして反射的に起き上がり、すかさずレムを睨む。闇の少女は、レムの“死神”であり、彼女がセツナを驚かせるために出現させたに違いなかったからだ。しかしレムはなぜか、引きつったような笑みを浮かべていた。

「御主人様」

「セツナよ、聞いておらんのか」

「なんだよ、俺はいま忙しいんだよ。びっくりさせんなよ」

「なにが忙しいのじゃ」

「そうでございます。ひとりでぼーっと考え事をしておられることのどこが忙しいのでございますか?」

「傍からみりゃぼーっとしてるように見えるかもしれねえけどさあ」

 確かにぼんやりしていたのは事実だが、大事な考え事をしていたのもまた、事実なのだ。

「傍から見ずともぼーっとしておったわ」

「ぬう……」

「そんなことはどうでもよいのでございます」

「どうでもいいってなんだよ」

 セツナは、レムのぞんざいな扱いに抗議したくなりながら、彼女を睨んだ。レムは涼しい顔で、いつもどおりの笑みを浮かべている。

「御主人様、お客様にございます」

「客? 俺に?」

「はい。御主人様の御返事がありませんでしたので、部屋の外でお待たせしておりますが……」

「それを早くいえよ」

「いいました」

「いったのじゃ」

「悪かったよ」

 セツナは、レムとラグナの間髪入れぬ猛攻に降参するよりほかはないと判断した。言い争っている場合ではなかったし、聞いていなかったセツナが悪いのもまた、事実だ。

「お通しして、よろしいのでございますね?」

「ああ。って、待て、だれだ?」

 うなずいて、即座に問い直す。客人がだれなのか聞いていなかったことを思い出したのだ。セツナを尋ねてくる客人などいくらでもいることは、セツナ自身よくわかっている。セツナの立場が立場だ。王立親衛隊長というだけで、セツナに関わりを持とうとする人間は少なくなかった。領伯に任じられてからというもの、そういう人間はさらに増大した。さらにエインが作り上げたセツナ派は、セツナ派に加わった人物にセツナと接触する口実を与えることになったはずだ。

 つまり、考えだしたらきりがないということだ。

 レムは、しれっとした顔でいってくる。

「お客様はお客様にございますが?」

「いや、そういうことじゃなくてだな」

「先輩よ、セツナも反省しておる。意地悪せずに教えてやったらどうじゃ?」

「そうですね、後輩のいうことももっともです」

 レムがうなずくと、ラグナもうんうんと首を縦に振った。レムとラグナの先輩後輩関係はいつも奇妙に想うのだが、彼女らが納得しているのならなにもいうことはない。むしろ、そのおかげで上手く回っているといっても過言ではないのかもしれないのだ。

 レムが、静かに告げてきた。

「お客様は、マルディアの王女殿下にございます」

「マルディアの王女殿下……!?」

 セツナは、レムの発した言葉が衝撃的過ぎて、反芻した瞬間、その場で凍りついたのだった。

 そして、レムが扉を開き、客人を招き入れる様を見届けるよりほかなく、あざやかなまでに着飾った少女が室内に入ってくるのをただ茫然と見守った。

「ユノ・レーウェ=マルディアでございます。セツナ伯様、どうぞお見知り置きのほどを」

 見目麗しい少女が恭しくお辞儀をしてきたので、セツナは戸惑いの中で彼女を見つめるほかなかった。



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