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第千百九十五話 穏やかな変化

 龍府での日々が続いている。

 アバードでの戴冠式が終わり、ミリュウのために滞在することになってから一月以上、セツナたちは龍府に留まり、平穏極まりない日々を送っていた。

 その間、様々なことがあった。ひとつは、ファリアのリョハン行きであり、彼女が十数日ほどで往復して帰ってきたことには驚きこそすれ、喜びもした。ファリアはリョハンに戻り、実の祖母であり戦女神と謳われるファリア=バルディッシュ、祖父であり護山会議の評議員であるアレクセイ=バルディッシュとたっぷり話し合ったということだった。彼女の祖母の体調は決して良くなく、回復の見込みはないらしい。ファリアは最期まで祖母の側にいてあげたかったというのだが、リョハンの事情がそれを許さなかったのだ。

 リョハンは、戦女神を支柱とする都市であり、ファリアは、現在の戦女神ファリア=バルディッシュの後継者と見られていた。彼女が現在の戦女神の死に立ち会うということは、戦女神の継承と受け取られるだろうし、リョハンの人々が彼女に戦女神の座を受け継ぐことを望み、願い、求めること請け合いだ。そうなった場合、ファリアは自分の目的よりも、周囲の声に耳を傾け、戦女神になることを了承してしまうだろう――彼女の祖父母の考えは、セツナにもなんとなくわかるところがあった。

 そういう理由から、ファリアは祖母の最期まで立ち会うことができなかったのであり、彼女はリョハンに戻るマリクに自分の想いを託したのだった。マリクは、ファリアの言葉と想いを受け止め、リョハンに帰るべく、飛んでいった。

 ファリアは、自分がやらなければならないことを他人に任せなければならないという事実に悔しがり、悲痛な顔を見せた。祖母の最期を看取ることもできないという状況ほど辛いものはあるまい。なにかを捨てればそれも可能だから、余計に辛いのだろう。しかし、彼女はガンディアにいることを選んだ。ガンディアで生きることを選んだのだ。

 セツナは、そんな彼女を迎え入れてからというもの、重大な責任感を持つようになった。ファリアは、リョハンでの立場や、戦女神の後継者としての役割をすべて捨てて、ガンディアに戻ってきたのだ。それもこれも、セツナのせいなのではないか。セツナがファリアのリョハン出発前に色々吹き込んだから、そのせいでこちらを選んだのではないか。そんなことを彼女にいえば、笑われるかもしれないが、セツナはそんな風に想い、だからこそ、彼女を幸せにしなければならないという使命感にも駆られた。具体的にどうすればいいのかはまだわからない。

 ファリアにとっての幸せとはなんなのか、日夜考えていた。

 考え事をする時間が増えたのもある。

 セツナは、マリクに血を吸われてからというもの、血液がある程度回復するまで動くに動けない状態が続いたからだ。血が回らないと頭も回らないものだが、無想無念でいるということもできず、ファリアのことやミリュウのこと、周囲のひとたちのことばかり、考えてはうなったりした。

 うなるたび、ラグナやレムが心配そうに声をかけてきたものだった。

 そんなうなされる日々を抜け出したころには、セツナを取り巻く状況に変化が生じていた。

 まず、ミリュウが帰ってきたのだ。

 旧リバイエン家本邸を手に入れてからというのも、その屋敷の中に籠もりっぱなしだった彼女は、ファリアの証言から、ラヴァーソウルの新たな力を模索するためにオリアス=リヴァイアの研究資料を当たっていたのではないかと考えられていた。

 天輪宮に戻ってきたミリュウは、セツナを見つけるなり、人目も憚らず抱きついてきた。

『逢いたかったよー! セツナ、大好き! 愛してる!』

 熱烈過ぎる抱擁の中、セツナは気恥ずかしさに身悶えしたものだった。場所は、天輪宮の庭であり、ちょうど彼女の実兄であるリュウイ=リバイエンが龍宮衛士の部下を集めて訓練を行っているところだった。リュウイは、ミリュウのセツナに対する言動や態度に目を丸くし、また、ミリュウの言葉遣いが立場上不適当ではないかと慌てたりしていた。ミリュウは、そんなリュウイの反応を気にもせず、セツナが強引に引き剥がすまで、セツナの体に絡みつくようにしていた。

 やはり、ミリュウはリュウイが苦手なのだろう。リュウイの話では、元々仲がよく、子供の頃からずっと一緒に遊びまわっていたというのだが、十一年前の出来事が関係を裂いてしまっていた。リュウイが悪いわけでもなければ、ミリュウが悪いわけでもない。だれが悪いかといえば、まず間違いなく魔龍窟なる地獄を作り出した当時のザルワーン国主であり、つぎに魔龍窟の地獄をさらに酷烈なものへと変えたオリアン=リバイエンなのだろう。ミリュウももちろん、そんなことは理解していて。だからリュウイが天輪宮にいることも認めているし、リュウイに話しかけられても無視したり、黙殺するようなことはなかった。もっとも、リュウイはリュウイでミリュウの心情を察しているのか、積極的にミリュウに関わろうとはしなかった。そういった心遣いができるだけ、無神経な人物ではない。

 セツナは、リュウイとは上手くやれていた。リュウイは、龍宮衛士という天輪宮専用の警備部隊の纏め役であり、龍府の領伯であり天輪宮の主でもあるセツナの配下に当たる。直接言葉を交わすことも少なくなく、リュウイと天輪宮の警備について話し合ったり、世間話をすることもあった。また、リュウイからはミリュウのことを頼まれていて、彼が彼なりに妹のことを想っているということもわかって、少しばかり心が暖かくなったりもした。

 ミリュウには、ほかにふたりの兄弟がいて、シリュウ=リバイエンとリュウガ=リバイエンという。ふたりとも龍宮衛士に所属し、天輪宮に住み込みで働いており、リュウガのほうは末っ子ということもあるのか、ミリュウに対して遠慮がなかった。年の頃はセツナと近く、そのこともあってセツナに対しても親しげだったが、リュウイに注意されて以来、セツナには遠慮がちになっている。もっとも、ミリュウに甘えるように接するのは変わっておらず、ミリュウはそういうリュウガが鬱陶しくてたまらないらしい。

『セツナならいいんだけど』

 彼女がそんなことを漏らすのを聞いたものの、セツナはミリュウに甘えるつもりもなかった。


 天輪宮に起きた変化とは、龍宮衛士が発足されたことも入るだろう。

 ミリュウが帰ってくるよりずっと前の話だし、ファリアがリョハンへと飛び立った直後のことであるため、随分昔の話のように思えるが、実際は発足してから一月ほどしか経過していない。できたてホヤホヤの新設部隊なのだ。

 先もいったように、天輪宮専門の警備部隊であり、リュウイ=リバイエンを隊長としている。

 天輪宮の警備にまで都市警備隊の手を煩わせるわけにはいかないというのは、予てから抱いていた考えだった。最初、黒獣隊がその役割を担う予定だった。少なくとも、黒獣隊発足当初はそのように機能していたはずだ。しかし、いつごろからか黒獣隊は龍府の部隊というよりは、セツナ直属の親衛隊のような立ち位置になってしまっていた。いまではシドニア戦技隊、従者とともにセツナ軍と一括りにされることもあった。こうなっては黒獣隊を天輪宮警備に専念させるわけにもいかない。そういう理由から新たな天輪宮警備部隊の設立を考えていたのだが、そこにミリュウからの話があったのだ。リバイエン家本邸を手に入れたいというミリュウの望みを叶えつつ、天輪宮警備部隊を結成するというまさに一石二鳥の妙案こそ、リュウイ=リバイエンを巻き込んだ龍宮衛士の発足だったのだ。ユーラ=リバイエンの台頭によりリバイエン家の当主としての面目を失っていたリュウイには、龍宮衛士でもなんでも、とにかく出世の道が欲しかったに違いなかったからだ。ミリュウの思惑通り、リュウイは龍宮衛士に飛びつき、リバイエン家本邸を手放した。ミリュウは屋敷を手に入れることができ、セツナはリュウイという人材を手に入れることができたのだ。

 リュウイは、さすがにリバイエン家当主ということもあって、強い影響力を持っていた。龍宮衛士の隊士の大半は、リュウイが連れてきたのだ。彼がいなければ、龍宮衛士の発足は簡単にはいかなかったかもしれない。

 隊士には、シリュウ、リュウガ以外にも元五竜氏族の子女が多く参加しており、全五十人の龍宮衛士が一堂に会すると、それだけで華々しかった。一年と少し前までザルワーンの特権階級にいたひとびとだ。貴族然とした立ち居振る舞いは、天輪宮の守護者に相応しいものがった。龍宮衛士の隊士の多くは、次代の変化に取り残された元貴族であり、彼らはリュウイともども、ようやく日の目を見ることができるという喜びに満ち溢れ、また、ザルワーン人にとって特別な存在といってもいい天輪宮に住み込みながら働けるということに歓喜の声を上げるものも少なくなかった。

 龍宮衛士の設立は間違いではなかったということだ。

 


 龍府にいる間に、黒獣隊の増員もあった。

 黒獣隊は、元々、現在の龍宮衛士のような性格を持って発足された私設部隊だった。シーラとその侍女団の隠れ蓑的なものとして結成したことも、その性格付けに影響している。しかし、アバード動乱以降、黒獣隊はセツナの近衛部隊としての性格が色濃くなり、ルシオンへの救援にセツナ軍として運用されたときから、龍府の戦力として運用するのではなく、セツナ軍の戦力として運用する方向に固まっていったのだ。

 そこで天輪宮の警備部隊の必要性が生じたわけであり、龍宮衛士の誕生へと繋がる。

 とはいえ、現状、黒獣隊は戦力といえるほどの人数はいない。隊長のシーラは召喚武装使いであり、召喚武装を抜きにしても優秀な戦士だ。ウェリス=クイードを除く四人の隊士もそれぞれ歴戦の猛者といっても過言ではない実力の持ち主であり、小隊としてならば戦力不足とはいえない。むしろ十分すぎるといっていいだろう。しかし、セツナ軍の戦力として活用する場合、人数の少なさは致命的であるともいい、エイン=ラジャールなどは、黒獣隊とシドニア戦技隊の拡充を優先するべきだと口を酸っぱくしていってきたものだった。エインは、セツナ派の結成といい、セツナ軍の充実といい、セツナが考えてもいないことに気を回しているのだが、それもこれもガンディアのためだといわれれば、セツナとしてもなにもいえないし、納得せざるを得ない。

 セツナが納得し、後押ししたとあれば、シーラが黒獣隊の増員に積極的になるのも当然だった。シーラは、セツナの近衛部隊の隊長という身分に甘んじている。主の望みを叶えようとするのは、配下として当たり前のことだ。

 黒獣隊の新隊士は全部で二十五人、全員女性だった。黒獣隊を女性のみの部隊にするというのは、もちろん、セツナの願望などではない。隊長であるシーラの望みであり、アバード時代、侍女団を率いていた経験を鑑みてのことだろう。男よりも女の方がシーラには扱いやすいのだ。

 新隊士の多くは、ザルワーン人であり、中には龍宮衛士と悩んだ末に黒獣隊を選んだ元五竜氏族の女性もいた。さらにアバードからシーラを追いかけてきたものもいて、シーラを慕うその女性の熱意は、シーラをしてあきれさせるほどだったという。

 内訳はというと、ザルワーン人十七名、アバード人一名、ガンディア人四名、ログナー人三名であり、ガンディア人とログナー人は黒獣隊に参加するため、わざわざ龍府を訪れている。なんでも、黒獣隊が新入隊士の募集を考えているという噂を聞き、龍府を訪れ、いまかいまかと待ち受けていたということだった。

 応募数はその五倍に及んだが、シーラたちの厳正な審査の中で大半がふるい落とされた。選ばれた二十五人は例外なく二十歳以上であり、即戦力として期待できる女性ばかりだという。

「セツナ伯様には悪いけどさ」

 シーラの口頭による報告の際、クロナ=スウェンがそんな風にいってきた。

「黒獣隊は領伯近衛。将来有望な若い子よりも、今日にも戦場に連れていけるような連中で揃えたいんだ」

 それはクロナ個人の考えではなく、シーラを筆頭とする黒獣隊全体の考えであり、セツナが口を挟む余地はなかった。無論、戦力の増強だけを考えるならば、性別など拘らず、有能な人材を手当たり次第入隊させるべきだろう。が、黒獣隊は、セツナの近衛部隊であると同時に、シーラの部隊なのだ。シーラに取って

 報告を受けたのは、泰霊殿の二階、セツナが執務室として利用している一室だった。クロナ=スウェン以外の黒獣隊幹部も勢揃いしている。つまり、隊長のシーラ、副隊長のウェリス=クイード、リザ=ミード、アンナ=ミード、ミーシャ=カーレルら小隊長たちだ。二十五人の新入隊士が加入したことにより、黒獣隊の古参隊士たちは小隊長へと昇格されたのだ。

 ウェリスは戦闘能力は皆無だが、侍女長として鍛えぬかれた事務処理能力などがシーラの隊長業務を補佐する上で重要だと考えられ、副隊長に任命された。セツナにおけるファリアやルウファだが、ふたりと違うのは戦闘能力がまったくないという点であり、ウェリスが戦場に出ることはないだろう。

「それでいいと思う」

「本心ですか? 若くて可愛い女の子のほうが、嬉しかったりしませんか?」

「それも悪くないが……」

 本音を口に出した瞬間、セツナは激しく後悔した。室内には、黒獣隊の幹部以外に、セツナを取り巻く女性陣がいたからだ。ファリア、ミリュウ、レムに、ラグナとウルクまでいる。マリアとエミルはいない上、ルウファもいないのだが、なぜかエスク、レミル、ドーリンのシドニア戦技隊幹部も勢揃いしている。

「セーツーナー……!」

 怒気を含んだ声を上げてきたのは、ミリュウだ。彼女は肩を小刻みに震わせ、こちらを睨んできていた。その隣では、ファリアが冷ややかな表情をしている。

「君も若くて可愛い女の子のほうがいいってわけね……」

「幻滅しました」

 レムがいつもの微笑でいってくると、彼女の肩に止まっていた小飛竜がどこか偉そうにふんぞり返った。

「わしは生まれたてじゃぞ」

「数万年も生死を繰り返してるじゃねえか」

 シーラが皆が思ったことを口走ると、ラグナは平然とした顔で言い返す。

「じゃがのう、肉体は若いのじゃ」

「若くてもその体じゃなあ」

「なんじゃと……」

「ドラゴンじゃあ、セツナは靡かねえだろ。なあ?」

「なあ……って」

 セツナは、同意を求めてきたシーラにはなんとも言い返しようがなかった。ラグナが難しい顔をする横で、ウルクが小首を傾げている。極めて精巧に人間に似せて作られた魔晶人形は、その挙措動作の隅々まで人間にそっくりだった。似すぎているから奇妙に感じることも多いのだが、見慣れてしまえば、どうということもない、無表情も無感動も、彼女の個性として受け入れられている。

「若いということがどういうものなのか理解できませんが、製造されてからの時間であれば、わたしも若いといえるのではありませんか?」

「人形も駄目だろ」

「セツナ、そうなのですか?」

「なんで俺に聞くんだよ」

 セツナは、ウルクの淡く輝く目に見つめられて、少したじろいだ。無表情かつ無感情に、そしてただ純粋に尋ねられれば、なにも想っていなくともそうなる。すると、レムがラグナの頭を撫でながらいってくるのだ。

「元はといえば、ご主人様が悪いのでございます」

「なんでだよ!」

「御主人様が若くてぴちぴちした女の子と遊び回りたいと仰られるから」

「だれがそんなこといったよ、おい」

「せえええつうううなああああ……!」

「だから怖えって」

 セツナは背後を振り返って、告げた。実際、ミリュウの声は、怖気が走るほどにおどろおどろしく、真に迫っているといっても良かった。彼女がいつのまに背後まで迫ってきていたのかはわからない。おそらく、ラグナやウルクに気を取られている隙を付かれたのだろう

「たしかにあたしは若くなんてないけど……セツナへの愛情はだれにも負けないんだから!」

「あ、ああ……」

 ミリュウに抱きすくめられて、セツナは生返事を浮かべた。こうなる未来は見えていたが、止めようがなかった。ミリュウが妙に思いつめられたような表情をしていたからだ。以前、レムが女性がセツナの弱点だといった意味が、痛いほど理解出来だ。確かに、弱点かもしれない。

「ああっ、ミリュウ様だけずるい!」

「セツナはわしのものじゃ!」

「なんでドラゴンのものなんだよ!」

「隊長、いまこそアバード人魂を見せつけなよ!」

「任せろ! ってなんでそうなんだよ!」

「セツナ、外敵はわたしが打ち払います」

「敵じゃねえし!」

 てんやわんやの大騒ぎの中、セツナは、エスクがにやにやとこちらを眺めているのを認めた。彼らだけは、執務室の騒ぎに入り込んでこなかったのだ。

「まったく、うちの大将はいつももてもてだな」

「英雄ですから」

「それもそうか。ま、悪くはないさ」

「はい」

 などという会話は、シドニア戦技隊長とその副長によるものであり、セツナは、エスクを睨んだ。

「見てないで助けろよ!」

「やですよ」

「なんだと!?」

 セツナは愕然とした。まさか、あっさり断られるとは思ってもいなかったからだ。いくらなんでも即断即決が過ぎた。たとえエスクが根っからの皮肉屋で、セツナにも従順ではないとはいえ、逡巡くらいはすると考えていたし、その迷いの時間がセツナにとっての助けとなるはずだったのだ。あてが完全に外れた。

「俺ァ、大将に忠誠を誓いましたが、痴話喧嘩に巻き込まれるのは御免被りますわ」

「薄情者……!」

「ひゃはは、薄情者結構。このエスク=ソーマ、なんと謗られようと、我が道進むのみ!」

「待ちやがれ! てめえも巻き込んでやる!」

 セツナは、ミリュウの拘束から抜けだすと同時に机を乗り越え、目の前で仁王立ちに立ち尽くすウルクを飛び越えた。その瞬間、エスクがこちらを見て嘲笑した。

「だれが待ちますか! いくぞ、レミル!」

「はい!」

 レミルが妙に嬉しそうにうなずき、ふたりして執務室の外へ飛び出す。ドーリンが慌ててその後を追う。セツナがシーラら黒獣隊幹部の身をかわしながら扉に辿り着いた瞬間、執務室と外界を繋ぐ唯一の扉は固く閉ざされた。エスクが閉めたのだ。声が聞こえてくる。

「ドーリン! てめえは扉を塞いでろ!」

「え!?」

「大将には地獄を味わってもらおうじゃねえか」

「は!?」

 唖然とするドーリンの声を掻き消すように、エスクの哄笑が響く。

「ひゃーははは!」

「エスク、楽しそうですね」

「ああ、楽しいねえ! こんなに爽快な気分は久々だ!」

「てっめえ、覚えてろよ!」

「ひゃーはははー!」

 エスクの哄笑は、扉の向こうに消えていき、セツナは閉ざされた扉の前で立ち往生するしかなかった。扉の向こう側にはドーリンがいて、押しても引いてもあかないのだ。ドーリンの巨体が持つ膂力は、素のセツナでは太刀打ち出来ない。シーゼルで彼に勝てたのは、彼が酩酊状態にあったからにほかならないということだ。

「セツナ、どこへ行こうというのかしら?」

「ファリア……落ち着けよ」

「落ち着いているわよ。別に怒ってもいないし」

 ファリアが、にこりとして、いってきた。

「ただ、君の真意を聞かせて欲しいな、って思ってるだけよ」

 ファリアの声音の持つ迫力に圧され、セツナは、笑うしかなかった。

 そんな風にして、セツナたちの五百二年は幕を閉じていく。

 なんの変哲もない、しかし、確実に変わりつつある状況が、セツナたちの日常を包み込んでいた。



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