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第千百九十四話 救いの道を(二)

 シド・ザン=ルーファウス、ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコート、ロウファ・ザン=セイヴァスらアバード担当組がベノアガルド首都ベノアに帰還したのは、九月半ばのことだった。

 そのころには、アバード全土を巡る騒動が収束し、アバードがガンディアの属国になったという報告はとっくに騎士団本部に届いており、シドらの報告書によって、アバードの騒動がどのように推移したのかも、細部に至るまで知ることができていた。

 シドらアバード組が三千人の騎士団騎士とともにアバードに入ったのは、アバード政府からの依頼によるものだった。

 アバードは、王女シーラ・レーウェ=アバードの扱いを巡り、国中を巻き込む大騒動に飲み込まれた。シーラ姫の独断専横から始まり、シーラ派の過激化、シーラ派の武装蜂起、そしてシーラ派と王国軍の激突などによって、アバードは激しく消耗した。アバードは失った戦力を騎士団に頼ることで誤魔化そうとしたのだろう。ベノアガルドとしては、救援を頼まれた以上、断る理由もなかった。救いのためならば、どんな国だろうと力を貸すのが騎士団の理念だ。その結果、多くの人々が苦しむようなことになる、ということが見えているのであれば、断ることもあるのだが、基本的には、相手を選ぶことはなかった。 

 救済こそベノアガルドの騎士団の理念だ。

 アバードに赴いたシドたちは、現地でリセルグ王、セリス王妃の願いを聞き入れるために行動した。それがシーラ元王女の殺害であり、そのためにあらゆる手段を講じたが、結果的には失敗し、むしろ依頼者であるセリス王妃およびリセルグ王を死に至らしめることになってしまった。そのうえ、アバードがガンディアの庇護下に入るという選択をしたため、騎士団は本格的にアバードに関わる必要がなくなってしまった。それでも戦後から二ヶ月近くに渡ってアバード王都バンドールに滞在し、王都復興に尽力したというのは、騎士団の理念に基づく行為であり、そのことでシドらを責めるものはいなかった。むしろ、復興に協力したことは、賞賛に値するものだとして騎士団長フェイルリングから直々に発言があった。

 騎士団の活動理念は、救うことにある。何度もいうようだが、それがすべてだ。そのためだけに騎士団は存在しているといっても過言ではない。アバードに援軍を寄越したのも、シーラ姫を殺そうとしたのも、それが救いの道だと判断したからだ。結果的に騎士団流の救いはならなかったが、シドいわく、それでよかったのだという。

「しかし、ルーファウス卿ともあろうものが遅れを取るのだ。やはり、セツナ=カミヤ、注目に値する人か?」

「はい」

 シドが臆面もなくうなずくと、テリウスが彼を一瞥した。

 神卓の間には、十三騎士の大半が顔を揃えていた。マルディアに派遣中のカーライン・ザン=ローディス、アルマドール滞在中のフィエンネル・ザン=クローナを除く十一人が神卓を囲み、シドたちの報告を元に会議を行っていたのだ。神卓会議を開くのは、余程のことがあったときくらいであり、今回もその余程のことがあったということだ。そしてそれは、シドの報告者がフェイルリングの目に止まったということであり、シドが報告書内で言及した可能性にフェイルリングは惹かれるものを感じたらしい。

 シドによるセツナ評がそれに当たる。

「ケイルーン卿は、セツナ=カミヤは救済者に相応しくないというが、ルーファウス卿は、どう見た? その目で見、その心で感じたことをそのまま教えてくれたまえ」

「では、閣下。恐れながら、わたしシド・ザン=ルーファウスがアバードで見たことをお伝えいたしましょう。ただしこれはわたくし個人の心証であり、同行したラナコート卿、セイヴァス卿とは意見の異なるところもあることをご了承いただきたい」

「わかっている。わたしは、卿の意見を聞いているのだからな」

 シドは、フェイルリングの言葉にうなずくと、彼がアバードで見てきたことを語った。

 その殆どは騎士団に提出された報告書に記されているようなことであり、この場にいないふたりを除く十三騎士には既知の情報が多かった。しかし、無味乾燥な報告書とは違い、シドの肉声を通して語られるセツナ=カミヤこと、セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルドは、鮮烈な光を放ち、熱を帯びていた。

 シドは、セツナに救済者の可能性を見た、と報告書にも記していた。騎士団幹部であり、十三騎士のひとりとしてこの世を救うことに命を賭けている張本人が熱弁するほどの出来事とはいったいなんなのか。それについても、彼は報告書と、会議の場での熱弁で明らかにした。

 セツナは、シドたちが殺すことで救おうとしたアバード元王女シーラを、生かすことで救ってみせた、という。

 アバード動乱のあらましについても報告書は雄弁に語っている。シドたちがアバード滞在中の数ヶ月、いったいアバードの地でなにがあり、なにが起き、なにが失われ、なにが救われたのか。騎士団はだれかを救うことができたのか。はたまた、だれひとり救えなかったのか。救えなかったとしたら、なぜ救えなかったのか。そういったことまで、報告書は考察し、言及していた。

 そして、騎士団が救えなかったものを救ったのがセツナであり、救うことに全身全霊を注いだ彼こそ、騎士団以外の救済者である可能性がある、とシドは熱弁を振るった。

 シドたちの失態の尻拭いをしただけではないか、という意見を挟んだのは、ドレイクだ。辛辣な意見だが、そういいたくなるのもわからないではない。シドたちは、任務に尽く失敗している。アバード国王夫妻の頼みによってシーラを殺そうとしたが失敗、さらに依頼者である国王夫妻を死なせてしまっている。それによってシーラは召喚武装の力を暴走(シドはそう見ている)させ、王都バンドールが壊滅するという大惨事が起きた。その後もシドたちはシーラを殺すことで任務だけでも完遂させ、さらにはシーラの魂を救おうとしたというのだが、シドの話を聞けば分かる通り、シーラはセツナによって生かされたまま救われている。シドたちのやること為すこと裏目に出てしまっており、テリウスがあきれるのも無理はなかった。

 しかし、そんな意見に対しても、シドは持論を曲げようとはしなかった。

「最後までシーラ姫を救うことを諦めなかったセツナ伯に救済者の片鱗を見たのは、事実です。わたしどもの失態についていくら言及されようとも構いませんが、それだけは曲げようがありません」

「救済者の片鱗……か」

「ガンディアの英雄という偶像を信じるというのですか?」

「俺たちゃ実際に英雄様を見てるんでな。競技試合の内容を斜に構えて見ただけのだれかさんの評価とは一緒にしてほしくねえわな」

「それはわたしのことをいっているのでしょうか?」

「さあねえ? ただ、どこぞの副団長殿の腰巾着の目は節穴だってこたあ、あの一戦でよぉーくわかったぜ。なあ?」

「まあ、腰巾着かどうかはともかく、ケイルーン卿のセツナ伯評は実際の彼とは異なるものだったというのは、事実です」

 ベインに同意を促されたロウファが、冷ややかな目をテリウスに注いだ。シドたちとテリウスの折り合いの悪さは昔からだ。ベインの発言にあるように、テリウスはオズフェルトの腰巾着のように想われているフシがある。それもそのはずで、テリウスは騎士団長ではなく、オズフェルトを信奉しているからだ。そうなった原因も理解しているし、信ずるべきは騎士団長であると言い聞かせているのだが、頑固者のテリウスは、たとえオズフェルトの言葉であっても理に適わぬと断ずれば、従おうともしなかった。そういうことが積み重なった結果、一部の騎士とテリウスの間で明確なズレが生まれており、それが軋轢のようになっているのだ。

 もちろん、テリウスとて、騎士団の理念は知っているし、遵守する覚悟も決意もある。だからこそ十三騎士に名を連ねているといっていい。

「カオスブリンガーを手にした彼は強い。少なくとも我々の幻装では、太刀打ち出来なかった」

「それはあなたがたが失敗続きで功を焦っていたからではないのか?」

「はっ……んな馬鹿な話があるかよ」

「功への焦りで変動するような力ならば、そもそも救済のための力にはなりえない。そうでしょう? 閣下」

「ルーファウス卿のいうとおりだ。我々の力は、救済のための力。この世を救うためのな。その力が、功への焦り、個人的な感情の変化で大きく変わるものだろうか。否。そのような不確かなもので変わる力で救えるほど、この世界は小さくはない」

 フェイルリングが断ずると、テリウスも己の意見を即座に引っ込めた。それに対するベインたちの反応も、慎ましやかだ。騎士団長の前では、だれもが緊張し、私情を持ち出せなくなるのだ。それはフェイルリングにとって大いなる悩みだったりするのだが、他の十三騎士にはわかるはずもない。オズフェルトだけが理解していることだった。

「幻装をもってしても太刀打ちできぬ黒き矛の力、興味深いな」

 フェイルリングが顎に手を当てながら、低く響くような声でつぶやいた。フェイルリングがその姿勢になると長考に入ることは、この場にいるだれもが知っていた。だからだろう。すぐさま、シドが口を開いた。

「閣下。ひとつ提案があります」

「提案? なにかね」

 フェイルリングが目を開き、彼を見据える。超然たるまなざしは、フェイルリングが騎士団長になる以前からなにも変わっていない。彼はいつだってだれよりも遠くを見ていた。ただ、騎士団長になる前と以降では大きく違うところがある。見ている方向とでもいうべきか。

 以前は、彼はベノアガルドのことだけを考えていた。ベノアガルドの民の困窮に苦悩し続けた末、革命を起こしたくらいには、ベノアガルドのことばかり考え続けていたのだ。それが、革命が成功し、騎士団長の座についてからというもの、変わってしまった。視野を広げたというべきか。

 フェイルリングは、この世界の行く末に視線を投じているのだ。

「彼を……セツナ伯を同志に引き入れてはいかがでしょうか」

 シドの発した言葉は、神卓の間を騒然とさせた。同志とはつまり、救世の同志ということだろう。

「セツナ伯を我々の同志に?」

「正気ですか? ルーファウス卿」

「おいおい、冗談だろ?」

 シドたちと折り合いのよくないテリウスのみならず、シドと常につるんでいるベイン、ロウファさえも、さすがに当惑を隠せないようだった。

「正気だよ、セイヴァス卿。セツナ伯の強さは、卿らもよく知っているだろう? 彼が同志になってくれれば、これほど心強いことはない」

「それはそうかもしれませんが……」

 ロウファは取り付く島もないといったように頭を振った。彼としては、受け入れがたい提案だったのだろう。

「ねえ、ルーファウス卿、なにか変なものでも食べたんじゃないの?」

「騎士団外部の同志か。面白いことをいうものだ」

 困ったような顔をしているのはルヴェリス・ザン=フィンライトで、皮肉めいた笑みを浮かべたのはドレイク・ザン=エーテリア。ルヴェリスは、十三騎士のだれとでも軽口を叩き合えるような立ち位置に立っていて、こういう場でもその立ち位置を上手く活用していた。

「悪くない案だと想いますけど……」

「セツナ伯が世界的視野を持ってくれるのならば、な」

 ハルベルト・ザン=ベノアガルドにたしなめるようにいったのは、シヴュラ・ザン=スオールだ。彼は昔からハルベルトの保護者のような役回りを演じている。そして、そんなシヴュラにハルベルトは懐いているようだった。傍目に見ると親子のようだが、年齢的にはそこまで離れてはいないのだが。

「どうです? 閣下」

「わたしはいい案だと想う」

 フェイルリングがシドを見つめながらいうと、騒然としていた神卓の間が一種にして静まり返った。反論の余地はないとでもいうような空気が室内を包み込む。無論、フェイルリングに異論をいってはならないという決まりはないし、むしろ、フェイルリングは議論を戦わせることを好んでいる。しかし、フェイルリングの意見は往々にして筋が通っているため、反対意見を述べるものが現れにくいという事情があった。

「しかし、彼が真に救済者に相応しいか否か、知る必要がある」

「それは当然です。いまのところ、わたし個人の意見でしかないのですから」

「そして近い将来、その機会に恵まれよう」

「近い将来……ですか?」

「ああ」

 フェイルリングは、厳かにうなずくと、続けていった。

「そのときこそ、わたしは彼に問おう。汝、救済者たるや?――」

 フェイルリングの口から発せられた言葉が幾重にも響き、無数に反射した。神卓の間にいただれもがその言葉に魅入られるような感覚を抱き、フェイルリングの言葉だけが世界の真理であるかのように思えた。それは気のせいなどではなく、その瞬間は、実際にそれが真実だったのだ。

 フェイルリングの発する真実の言葉が十三騎士の心をに染み入る。

 オズフェルトは、自分を除く十三騎士たちがフェイルリングの声にすべてを委ねるのを見ていた。意志の統一は、そのようにして図られる。


 シドらアバード派遣組を交えた神卓会議は、そのようにして終わった。

 要するに、シドが救済者の可能性を見出したセツナの扱いをどうするかというものであり、結論は、今後の対話次第だということで先延ばしにされたということだ。それそのものが結論といってもいいのだろうが、その場では結論にはならなかったのだから、そういうほかない。

「つまり、マルディアの戦いは、ガンディア軍を呼びこむための戦いということだったわけだな」

 ドレイク・ザン=エーテリアは、地図を見下ろしながらいった。マルディアの領土内に騎士を表す駒が三つ、オズフェルトの手によって配置されている。カーライン・ザン=ローディスと反乱軍の手によって制圧された都市のおおよその位置だ。北半分、反乱軍の手に落ちている。南半分は依然マルディアの領土だが、騎士団が全力を発揮すれば、休戦期に入る前に制圧しきることができていただろう。しかし、それでは意味が無い。

 それでは、フェイルリングの望みが果たせない。

「そういうことです。そして、そのためにも我々は当初から全力を差し出さなかった」

「なるほど……ローディス卿に一任したのには、そういう理由があったんですね」

「ローディス卿にエーテリア卿、アームフォート卿のお二方を加えればマルディアの戦いは反乱軍の勝利でとっくに終わっていたでしょうが、そうするわけにはいかなかった」

 カーライン・ザン=ローディスに加え、ドレイク・ザン=エーテリア、ゼクシス・ザン=アームフォートが出撃したとあれば、マルディアの正規軍などひとたまりもあるまい。“迅槍”のカーラインひとりでも十分強いのだ。そこに“神武”のドレイク、“烈火”のゼクシスが加わるというのは、過剰戦力といっても言い過ぎではないくらいだった。マルディアは、外に援軍を頼むこともできぬまま反乱軍に全土を掌握されたことだろう。

 無論、そうなってからでもガンディア軍をマルディアに呼び込む方法はある。マルディアの王族のひとりでも生き延びていればいいのだ。マルディア王家の人間が諦めさえしていなければ、国土奪還のため、ガンディアに頼ったことだろう。ただし、その場合、ガンディアが首を縦に振るかどうかは疑問の残るところだ。国土すべてが反乱軍によって支配され、騎士団の大戦力が出張っているとなれば、ガンディアも簡単には軍を差し向けようとは思うまい。

 反乱軍を鎮圧するだけならばまだしも、マルディア全土を奪還するとなれば話は別だ。時間もかかる上、相応の損害を覚悟しなければならなくなる。

 ガンディアの目的が小国家群の統一ということを鑑みれば、マルディアもいずれ手に入れる必要があり、マルディア王家の生き残りの声に耳を傾けた可能性も高いかもしれない。が、現状のほうが余程ガンディアが援軍を出しやすいだろう。

「出し惜しみされた理由、ようやく理解したよ」

 ドレイクが心底納得したように微笑んだ。ある種戦闘狂といっても過言ではないドレイクは、戦場に出て戦果を上げることが救済に繋がるものだと信じているのだ。そしてそれはあながち間違いない。騎士団の強さを知らしめることもまた、救済のために必要なことだった。

 この世を救うには、ベノアガルドの騎士団がいかに強く、頼りがいのある存在だということを広く認識させる必要があった。

「マルディアからの報告に目を通すだけの日々は退屈で仕方がなかったが、それなら納得もできる。ガンディア軍との戦いには、当然、わたしも出してもらえるのだろう?」

「戦力配分の相談は、そのためでしょう?」

「ふむ……そうれもそうだな」

 ドレイクは、納得すると、再び視線を地図に戻した。

 マルディアでの戦いは年明け以降、ベノアガルドの休戦期が開けたころになるが、そのころにはマルディアのいくつかの反乱軍拠点はガンディアとマルディア正規軍によって落とされているかもしれない。

 そしてそれは問題ではない。

 騎士団が反乱軍に手を差し伸べたのは、反乱軍を救うためなどではないのだから。




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