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第千百八十九話 マルディア事情

 マルディアは、現在、国を二分する騒乱の真っ直中にあるという。

 二分する勢力のひとつは、マルディア王家擁する王国軍であり、もうひとつは、聖石旅団を中心とする反乱軍だということだった。

 マルディア王家は、建国以来今日に至るまで、大きな問題もなく国を運営してきたことで知られている。ベノアガルド、ジュワイン、アバード、シルビナ――近隣諸国との小競り合いこそ絶え間なく続いているものの、それはこの戦国乱世という時代の問題であって、マルディア王家擁する政府が一概に悪いわけではなかった。たとえ政府に問題がなくとも、国土の拡大を望む国があれば攻めこまれるだろうし、小競り合いが勃発するのも当然の道理といっていい。特にマルディアは様々な宝石の原石の産出地としても有名であり、それら採掘場を手に入れようと考える国があっても不思議ではなかった。しかし、マルディアは、それら外敵を見事に払い除け続けてきており、国民の生活が危機に曝されたことは歴史上ほとんどなかった。

 マルディアの軍事力は、周辺諸国に比べても突出しているということだ。そして、その突出した戦力を外に向けず、外敵から国土を護るためだけに使うため、無駄に消耗するということがない。マルディアは、現在の版図を獲得してからというもの保守的であり、国土を切り取り合う戦国乱世の流れに飲まれることなく、自分たちのやり方を貫き通していた。

 その結果、マルディアは数百年の長きに渡って現在の国土を維持し続けることに成功し、国民に平穏と安息を約束し続けることができていたのだ。

 だが、その安息は、マルディア軍の最高戦力と呼ばれる聖石旅団が王家に反旗を翻したことで壊れ始めたという。

 聖石旅団は、マルディア軍に所属する戦闘集団であり、国土防衛のため、マルディア国内を旅するように移動して回ることから旅団と呼ばれるようになったという話を聞いたことがある。旅団の頭目であり、反乱の首謀者でもあるゲイル=サフォーは、隻眼の王狼の二つ名で知られる豪傑であり、護国の天騎の異名を持つスノウ・ザン=エメラリアとともにマルディアの双璧として有名な人物だった。

「聖石旅団がなぜマルディア王家に反旗を翻したのかはわかりません。ゲイル=サフォー、ミラ=ルビード、ヌァルド=ディアモッド、皆、王家に忠を尽くしてくれていましたのに」

 ユノが心苦しそうに目を俯ける。

 彼女のいうように、ゲイル=サフォーはマルディア王家への忠誠心の塊のような人物として知られ、彼がいる限り、彼が聖石旅団を率いている限り、マルディアは安泰だろうというのがガンディア側の評価だった。そのゲイルが反乱軍の首魁となった以上、マルディアの安寧が崩れるのは当然の結果とも言える。

「わからない? まったく、ですか?」

「皆目見当もつきませぬ。父上にも、なにがなんだかわからないとのことで、彼らがなぜ王家に反乱し、軍を起こしたのかも、まったく理解できないという状況なのです」

「聖石旅団……いえ、反乱軍はなんと主張して、王家との対立を正当化しているのです?」

 レオンガンドが気になるのはそこだった。聖石旅団が反旗を翻し、反乱軍を起こしたというのならば、王家や政府に対しなんらかの主張を行っているはずだ。でなければ、聖石旅団の反乱に応じるものが現れるはずもなければ、反乱そのものが長期に渡って国を悩ませるわけもない。

「反乱軍の主張は、マルディアに真の平穏を、というもので要領を得ないといいますか、なんともいいようがないというべきものでございまして」

「真の平穏……」

「わたくしにも、父上にも、ゲイルたちの主張がまったく理解できないのでございます。マルディアは、平和そのものでした。近隣国との鬩ぎ合いこそありましたが、それ以外のことで国民に不安や不満を与えるようなことはなかったはずです。父、ユグス・レイ=マルディアは、国民の声を拾い上げ、政策に反映させることこそ為政者の務めであると、常日頃から仰られ、その通り実行されております。国民にとっても、父上ほど素晴らしい為政者はいないはずなのです」

「姫様の仰られることに嘘偽りはありませぬ。陛下は、臣民の声に耳を傾け、必要ならば手を差し伸べることに躊躇いがないお方。陛下ほどの名君は、マルディアの歴史を振り返ってもふたりとはおられますまい」

「……それはわかった。しかし、聖石旅団の反乱程度で、姫君みずからガンディアに救援を求めようなどとは考えますまい。ほかになにかありましたね?」

「はい」

 ユノは、深刻そうな顔をさらに苦痛に歪めた。

「聖石旅団率いる反乱軍は、なにを思ったのか、ベノアガルドと手を結んだようなのです」

「ベノアガルド……」

「なるほど」

 レオンガンドは、ユノの言葉で、彼女たちマルディアの使節団がガンディアを頼ってきたことに得心した。

「ベノアガルドは、我がマルディアの北に隣接する国。ベノアガルド王家が倒れてからというもの騎士団によって統治運営されていて、マルディア領土が脅かされることはなかったのですが、ベノアガルドが各地に騎士団を派遣しているという事実だけは知っておりました」

 とは、ユノの言葉だ。彼女の言葉を次ぐように、文官のひとりが口を開く。

「ベノアガルドの騎士団は救済の二字を掲げ、他国の紛争に介入することこそ正しい行いだといって憚りません。ジュワインの女王戦争しかり、アバードの内乱しかり、ベルクールの騒動しかり――まさか、我が国までベノアガルドの介入を受けることになるとは、想像もしていませんでしたが」

「反乱軍と騎士団が手を組んだことで、マルディア政府に取って大きな脅威が生まれたというわけですね。それで、我が国に救援を頼みに来られたと」

「はい。聖石旅団を中心とする反乱軍程度ならば、我が国だけでもなんとかできたのです。しかし、彼らがベノアガルドの騎士団をマルディアに引き入れたことで、そうもいっていられなくなりました。騎士団は強い。圧倒的といっていいほどに」

「聖石旅団の売国奴どもめ……」

 文官のひとりが吐き捨てる。王女もほかの文官たちも彼を窘めようとはしなかった。実際、政府を叩き潰すための戦いを起こしたとはいえ、異国の戦力を招き入れるなど、売国行為でしかない。売国奴のそしりは免れ得ないし、それによって反乱軍が瓦解することだってありえたはずだ。なにせ、反乱軍の掲げる大義は、マルディアに真の平穏をもたらすというものであり、平然と他国の力を借りるのはおかしな話というほかない。

「騎士団の助力を得た反乱軍は加速度的にその勢力をまし、いまではマルディアの北半分を占拠してしまっているのです。エメラリア卿やタークス将軍閣下の活躍もあって、南半分は死守していますが、このままではいつまで保つかどうかといったところでございまして」

「こうしている間にも存亡の危機は迫っているということか」

「いえ……幸い、時期が時期ですので、反乱軍の攻勢は止み、一時休戦状態といったところなのです」

「時期?」

「秋から冬にかけては、ベノアガルドの騎士団が活動を控えるのが恒例となっているのです」

「ほう。そのようなことがあるのか」

「おかげで、反乱軍はその勢いに乗って南下するのを取り止めざるを得なくなり、我々も陛下とお会いすることができたのですが」

「ふむ」

 そういうものか、と納得する。

 秋の収穫期に戦闘行動を取りやめるというのは、よくあることだ。資源がなければ戦うものも戦えない。特に食料は重要で、食料を確保することは命を繋ぐのと同義であり、収穫期を無事に過ごすことは国にとっても軍にとっても大切なことだからだ。

「しかし、なぜ、ガンディアに助けを求められたのだ? 我々がベノアガルドとの衝突を避け、あなた方を見離すことだって、ありえることだ。ベノアガルドは、その領土に比べて極めて強力な軍勢を持っている。我が国があなたがたのために戦う道理はない」

「無論、考えました」

 彼女は、微笑を浮かべた。

「ですが、ベノアガルドの騎士団に対抗するには、ガンディアを置いてほかにはないのですから、ガンディアを、陛下を頼るしかないのです」

 ユノの身振り手振りを交えた訴えに、レオンガンドは、なんとかしてやりたいという気分にはなった。ユノ・レーウェ=マルディアという少女には、レオンガンドにはないものがある。それは見ているものの保護欲を駆り立てる魅力のようなものであり、魔力のようなものといっても過言ではないのかもしれない。長い髪が揺れ、髪飾りがきらめく様さえも美しく、見とれかける。

「王女殿下、それにマルディアの皆様方、話の内容はわかりました。しかし、即断即決というわけにはいきません。まず、皆の意見を聞かねばなりませぬ故……しばし、お待ちいただけるだろうか?」

「もちろんでございます。わたくしどもといたしましては、陛下に直接お話しさせていただけただけで喜ぶべきことであって、いますぐ返答を寄越せなどとは思ってもおりませぬ」

 ユノは強く言い切ると、絨毯の上に額を叩きつけるような勢いで平伏した。

「ただ、できるだけ早いお返事と行動をお願いする次第でございます」

 レオンガンドは、ユノの気迫に圧倒されようとする自分に気づき、同時に彼女の覚悟の程を理解した。

 彼女は、この交渉に生命を賭けている。ガンディアがマルディア救援に応じなければ、マルディアは反乱軍と騎士団によって滅ぼされるのだから。

 


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