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第千百七十五話 ファリアとファリア(二)

 空中都市リョハンは、ワーグラーン大陸北部一帯を支配下に置くヴァシュタリア共同体の勢力圏、その中心部に聳え立つリョフ山という峻険な山そのものを指す。

 リョフ山の麓に広がる山門街、リョフ山の中腹に設けられた山間市、そしてリョフ山の頂に作り上げられた空中都の総称であり、それぞれ異なる行政機関によって掌握されている。すべてを統合する運営組織が護山会議であり、護山会議を構成するのは、各行政機関の代表と、《大陸召喚師協会》の武装召喚師、リョハンの武装召喚師、リョハンの有力者などである。リョハンにおける護山会議の発言力は絶対的であったが、ときには戦女神の意見に左右されることがあった。

 戦女神は、絶対的である。

 リョハン独立の象徴であり、自由意志の女神としてリョハン中の人々から尊崇を受けている。ここ三十年内に生まれたものは、物心付く前から戦女神の素晴らしさを教えられて育つため、だれもが戦女神をリョハンという天地を支える柱であり、リョハンのすべてであると認識している。しかし、真の意味で戦女神を尊敬しているのは、ヴァシュタリアとの戦争を経験し、実際に戦女神の戦いを目の当たりにした人間であり、高齢者であるという。

 つまるところ、リョハンのすべての民が、戦女神ファリア=バルディッシュを心から尊び、敬い、信奉していると言っても過言ではないのだ。

 その戦女神が倒れたという話は、山門街ではついぞ聞かれなかった。

 山間市に至っても、ファリア=バルディッシュに関する話題といえば、クルセルク戦争における戦女神の戦いぶりや、リョハンへの帰郷後の振る舞いについてのものばかりであり、最近の話はほとんど聞かれなかった。

「彼女の現状を知っているのは、ごくわずかだけなんだ」

 山間市を移動中、ファリアの疑問を察したのか、マリクが囁くようにいってきた。

「君もよく知っていると思うけど、戦女神の体調不良なんてどんな些細な事だって、公表されたことなんてないだろう?」

「ええ……確かに」

 ファリアは、子供の頃のことを思い出しでうなずいた。祖母が風邪を引いたときも、戦女神は元気に仕事をしているという話を聞いたことがあり、疑問に思ったものだった。祖母が苦しそうにしているのを目の当たりにしているのに、世間は、なにも知らなかったからだ。といって、当時のファリアが祖母の体調が悪いということを言いふらすわけもない。家の中のことは外で話さない。子供の頃からの不文律だった。

「この小さな楽園においては、戦女神の存在があまりにも大きすぎる。ちょっとした体調不良でさえ、リョハン中の人々に不安を与えるほどにね」

 マリクが深刻そうな表情で、告げた。

 その通りだった。

 リョハンは、戦女神を中心に回っている。

 リョハン全体を統治運営しているのは護山会議であり、その下に各都市の行政機構があるものの、リョハンの人々の中心には常にファリア=バルディッシュがいた。いや、ファリア=バルディッシュという個人ではない。

 戦女神という存在が、君臨しているのだ。

「彼女にもしものことがあったら、リョハンがどうなるものかわかったものじゃない」

 ファリアは、ぼそりとつぶやくマリクの横顔を見つめながら、胸が痛むのを感じた。

 それは、近い将来、起きうることだった。

 祖母が倒れた理由は、病などではない、病ならばまだ回復する余地があり、健康に戻る可能性も大いにある。しかし、老いによる体調の悪化の場合、止める手立てなどあるものでもない。

 老いは、だれにでもくるものだ。

 ゆっくりと、しかし確実に、死を運んでくる。

 暗澹たる気分になりながら、ファリアは、マリクとともに空中都に急いだ。

 山間市は、リョハンの三つの居住区の中で唯一空が見えない場所だった。山中の洞穴を元に作られた居住区であり、山門市とはまったく色合いの異なる町並みが広がっているのだが、そんな岩肌に囲まれた風景を堪能する暇は、いまのファリアにはなかった。

 これから先も、そうあるものではないだろうが。

 山間市を抜け、山中の洞窟内を登っていく。外側には山道もあるのだが、安全かつ近いのは、山の内部を進む経路だった。外側の山道は、リョハンの武装召喚師達によって徹底的に整備されているとはいえ、必ずしも安全とは言い難く、利用されることは少なかった。だれだって安全な道を使いたがるものだ。

 山間市から空中都までは、天道と呼ばれる通路をひたすら歩き続けるだけだった。途中、いくつかの休憩地点を挟んだものの、ほとんど休む必要もない。ファリアもマリクも武装召喚師だ。武装召喚師は体が資本といっても過言ではない、体力のない人間に召喚武装は使いこなせないのだ。山中の道を突破することくらい、なんの問題もなかった。

 やがて、空中都に至るころには、夜を迎えていた。

 天道を踏破した先に待つのは、天門と呼ばれる壮麗な門であり、筋骨隆々たる門兵たちである。門兵は、リョハンの軍隊ともいえる護峰侍団から選ばれた屈強な戦士たちで構成されており、そのほとんどが武装召喚師だった。武装召喚師ということは、ファリアの顔見知りである場合もある。リョハン出身の同年代の武装召喚師の多くは、ファリアのことを知っているし、ファリアもまた、同じように知っていた。

 天門の門兵たちは、マリク=マジクの命令によって門を開き、ファリアを空中都へと招き入れた。門を潜り抜ける際、恭しく頭を下げる護峰侍団の侍たちの様子になんともいえない気分になったりした。ファリアにとって知った顔だったからだ。先を急ぐという理由もあって声もかけなかったが、相手もわかっていることだろう。

 護山会議の命令を無視したファリアが抜け抜けとリョハンに戻ってきたことを、なんと思っているのだろうか。ふと考えてしまう。裏切りものと罵倒されるのではないかと心の中で身構えたりしたものの、考えすぎだった。そもそも、リョハンに辿り着いてからというもの、ファリアはリョハンのひとびとに歓迎されるばかりであり、その熱烈といっても過言ではない歓待ぶりには、どうすればいいのかわからないほどだった。

 皆、ファリア・ベルファリア=アスラリアがどういう人物なのかを知っているのだ。

 戦女神にして大召喚師ファリア=バルディッシュの孫娘であり、ファリアの名を受け継ぐもの。継ぐのは、名ばかりではない。役割も、受け継ぐものだと想われている。戦女神という重要極まりない役割と立場を継承し、リョハンの支柱として在り続けてくれるものだと、だれもが思っている。ガンディア術師局の武装召喚師たちがそうだったように、だ。

 ファリアが戦女神の後継者であることをほとんどのひとが認識していて、それに納得しているのだ。

 リョハンのひとびとから声をかけられる度、ファリアは、その事実を突きつけられるようで生きた心地がしなかった。真綿で首を締められるような、そんな感覚。外堀はとうに埋められているのだということに気づく。護山会議がファリアをアズマリア討伐から外したのも、きっとそのためだ。アズマリア=アルテマックスというこの世で最強の武装召喚師に戦いを挑み、ファリアに万が一のことがあっては困るのだ。アズマリアにしてみれば、ファリアがどうなろうとしったことではあるまい。本気で殺しかかってくるものに手加減するような、そんな温い世界で生きている存在でもない。最悪、殺されるだろう。そうなってからでは遅いから、ファリアを討伐任務から外した。なぜいまさらになって、とあのときは思ったが、いまならわかる。

 ファリア=バルディッシュの体調が、既に思わしくなかったのだろう。

 それでもファリア=バルディッシュはクルセルク戦争では、若く優秀な武装召喚師たちさえ圧倒するような力を見せつけ、戦女神の所以を連合軍と魔王軍に知らしめている。

 無理をさせたのかもしれない。その結果が、祖母の体調の悪化に繋がったのだとすれば、自分は、どう祖母に恩返しをするべきなのか。

 頭の中で考えが回る。


 


 空中都市リョハンの代名詞ともいうべき空中都は、リョフ山の頂に位置している。

 峻険な山の頂から見上げる夜空は、透き通るような闇色で、煌く星々に手が届きそうなほど近く感じられた。少なくとも、地上よりはずっと近いだろう。決して届くわけもないが、届きそうな気がして、子供の頃はよく手を伸ばしたものだ。そして、父に肩車をしてもらって、それでも届かないことを不思議に思ったりした。

 そんなことを思い出してしまうのは、ここが彼女の生まれ育った故郷で、目的を果たすまでは戻ってくることはないと心に誓ったからでもあるだろう。

 誓いは破られた。

 ファリアは、空中都の遺跡染みた町並みに視線を戻して、嘆息した。なにもかも、中途半端なまま、戻ってきてしまった。アズマリアを討伐するどころか、護山会議の決定を無視し、リョハンとの繋がりをみずから断ったというのに、戻ってきてしまった。

 仕方のないことだとは、思う。それでも、リョハンに帰ってくるときは、胸を張っていたかったと思うのも事実だった。

「どうかしたの? あなたにとっての庭みたいなもんだろう?」

「庭って……まあ、確かにそうかもしれませんけど」

 生まれ育った街は、確かに庭のようなものかもしれなかった。変わらない町並み。変わりようがないというべきだろうか。新たに建物が建つことはなく、遺跡のような風景に変化はない。ということは、どこになにがあるのか、子供の頃もままなのだろうし、迷うことなどありえないように思えた。

「さあ、行こう。大ファリア様が待ってる」

「はい……」

「もうここまで来たんだ。引き返したいなんていわないでよね」

「いいませんよ、そんなこと」

 ファリアは頭を振った。決意とともに顔を上げる。空中都のそこかしこに街灯が立ち並び、魔晶石の冷ややかな光を発散しているのが見えた。変わらぬ町並みが、その冷たい輝きの中に浮かび上がっている。そこにマリクの白い息が浮かんで消えた。冬の夜の空中都は、とてつもなく寒い。山門街に到着してからさらに着込んでおいたのは正解だった。

「それならよかった」

 魔晶灯の光の中、にこりと笑うマリクが印象的だった。



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