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第百十六話 歓談

 レオンガンドと《白き盾》の契約交渉は、マイラム市郊外にある屋敷で行われていた。

 話によると、ログナーの名家テウロス家が所有していた屋敷であり、老騎士が余生を過ごしていたことがあるという。自然の緑を移植したかのような庭では、老騎士がよく孫と訓練していたらしい。

 セツナは、その話を聞いたとき、因縁めいたものを感じた。

 テウロスの家名を背負った男と、戦ったことがある。それもこのログナーの地で。

 ウェイン・ベルセイン=テウロス。飛翔将軍の魔剣として知られた武装召喚師であり、同時にログナーの青騎士の異名があった。赤騎士グラード=グライドとともにアスタル=ラナディースの双翼を為した男は、ガンディアのログナー攻略戦において圧倒的な力を見せた。ガンディア軍本隊を半壊させたのは彼であり、セツナが間に合わなければ全滅は免れなかっただろうと、戦後、デイオン将軍が述懐していた。

 しかし、そもそもそれは、セツナの甘さが招いた事態だった。セツナがウェインを見逃してしまったがために、彼を暴走させ、本隊に損害を与えてしまった。セツナは自分の愚かさを痛感し、それ以来、甘さを捨てた。

 ウェインとの戦いを思い出すと、いまでも寒気がした。一瞬の判断の遅れが命取りになる、苛烈な戦いだった。まさに死闘と呼んでもよかった。ウェインの召喚武装は、セツナの黒き矛に引けをとらなかったし、その圧倒的な力の前にねじ伏せられかけたのだ。

 それはルウファによってランスオブデザイアと名付けられたはずの、ファリアの武装召喚術だった。ルウファが黒き矛のセツナになりきるという無茶な作戦のためだけにファリアが用意した術式は、黒き矛とは似ても似つかないながらも、強力な召喚武装を呼び出した。ルウファはそれを一度しか召喚しなかった。あまりの凶悪さに封印しようと思っていたらしい。

 だが、その召喚武装は、ウェインの手によって召喚されていた。理屈は不明だが、彼が召喚し、セツナの黒き矛とぶつかり合ったのは事実だ。そして、撃破し、ランスオブデザイアが黒き矛に取り込まれるのを目撃した。それはとてもおぞましく、奇妙な光景だったが、納得もした。ランスオブデザイアは、黒き矛の分かたれた一部だったのだ。黒き矛は、ランスオブデザイアを取り戻したことで、より強力な武器となった。それは、ガンディアに取っては好ましいことだろう。

 もっとも、どこまで報告するべきなのかわからず、ファリアにさえ話していないのが現状だったが。

 そんなことを思い出したのは、やはりこの屋敷の話題になったからだ。

 ウェイン・ベルセイン=テウロスという名は、テウロス家のセインの孫ウェインというほどの意味らしい。つまるところ、この屋敷の庭で老騎士と訓練していた孫とはウェインであり、セツナが彼のことを考えてしまうのも仕方のない事だったのかもしれない。


「あなたが、王宮召喚師のセツナ・ゼノン=カミヤ殿?」

 セツナが話しかけられたのは、交渉が始まって三十分が経過したころだろうか。

 セツナたちは、交渉の席にはついていない。当然だ。彼らはただの護衛であり、主役はレオンガンド王だった。側近のふたりも同席しているが、彼らには交渉の席での役割があり、そのために同行してきたのだ。セツナたち《獅子の尾》隊とは、最初から請け負う役割が違うのだ。

《白き盾》から契約交渉に参加したのは、団長クオン=カミヤと、副長スウィール=ラナガウディという老人だけであり、セツナの視界には、《白き盾》の団員が三名、写り込んでいた。

 交渉は応接室で行われており、セツナたちは広間で主の帰りを待っている。クッションの効いたソファの上、居心地は決して良くなかった。監視の目が光っている。まず、並んで座った《獅子の尾》隊の三人の対面に、《白き盾》の三人が座っていた。女がひとりと、男がふたり。最初にレオンガンドに斬りかかった女の姿はない。

 話しかけてきたのは、女だ。彼女は、柔和な笑みを浮かべており、敵意がないことを示している。

「は、はい、そうです」

「クオン様とお知り合いなのだとか?」

 聞いてきた女に確信はなかったのだろうが。

 その問いを耳にした瞬間、セツナの脳裏をあの時の記憶が閃光のように駆け巡った。

(クオン……!)

 彼の姿を目の当たりにしたとき、セツナは目の前が真っ白になるほどの衝撃を受けた。可能性はずっと考えていた。クオン=カミヤという名前の人物が、セツナのよく知る少年と同一人物であるという可能性。否定する材料は少なく、むしろ肯定する材料のほうが多かったのだ。異世界から召喚された同じような年格好の少年。同じ名前の別人という可能性もなくはなかった。しかし、その可能性のほうが低いと思った。珍しい名前だった。元の世界にいたときも、同じ名前のひとはいなかったように思う。

 だからこそ、本当は確認なんてしたくなかったのだ。

 彼の実在が、セツナの劣等感を呼び覚ますのだ。

 一目見た瞬間から、彼は、敗北感に打ちのめされかけていた。これは心の奥深くに刻まれたものだ。脊椎反射に近い。どう足掻いても消すことのできない心の傷。それはセツナの一方的な思い込みに過ぎないのかもしれない。だからこそ拭い難く、消し去れないのだろうか。

 そう思っても、無意識は反応した。いつの間にか呪文の末尾をくちずさみ、召喚した黒き矛でレオンガンドを守っていた。自分が矛を召喚したことに気づいたのは、剣と矛の激突音によって現実に引き戻されてからだった。

 無意識の召喚と防衛。レオンガンドには褒められたものの、嬉しさはなかった。自分の意志ではない。そして、自分の意志ならば反応できたのかどうかすら怪しいものだ。

 神速の一撃。

 無意識に反応できていなければ、レオンガンドは殺されていたのだろうか。想像するだけでも恐ろしいことだ。安堵に胸を撫で下ろすこともできなかった。思い出すたびに震えがくる。レオンガンドを失うということは、セツナの足元が崩れ去るということにほかならない。せっかく見つけた居場所だ。こんなところで失いたくはなかった。

 そして思い出すのは、黒き矛を掲げたセツナを見るクオンのまなざしだ。青い瞳。こちらの心の底まで見透かすかのような視線は相変わらずで、数秒も見つめ合っていられなかった。目をそらしたセツナを、彼は内心笑っているかもしれない。

「セツナ?」

「隊長? どうしました?」

 ファリアとルウファの呼び声が、セツナの意識を旧テウロス家別邸に戻した。問いかけてきた女の子待ったような顔が、視界にある。セツナは、慌てた。

「あ、いや、すみません。ちょっとぼーっとしてしまって」

「それは構わないんですが……」

 女は、こちらの体調を気遣っているように思えた。隣の席の男が口を開く。

「で、どうなんです? 《獅子の尾》隊長殿」

 筋骨たくましい大男だ。《蒼き風》団長シグルドにも引けをとらないほどの体格で、身につけている服がいまにもはち切れんばかりだった。しかし、その体格とは不釣り合いな知性を、その目に宿している。

「……クオンは間違いなく知人ですよ」

 セツナが認めると、《白き盾》の三人は一様に目を輝かせた。

「ほう!」

「そうだったのですね!」

「どういうご関係だったのでしょうか?」

 三人目が問いかけてきたのは、クオンとの知り合いだと判明したからだろうか。金髪碧眼の美丈夫で、貴公子然としていた。ほかのふたりとは明らかに雰囲気の違う男だ。同じ意匠の服を纏っているが、彼だけが浮いて見える。

「それは……」

 セツナは、どう答えるべきか迷った。答えにくい質問だ。大した関係ではないともいえるし、そこそこの関係だったともいえる。数年来の友人、という事にはなるだろう。彼の庇護下で過ごした数年は、セツナにとって泥の海にいるようなものだったが、クオンに悪意があったわけではない。彼は善意の塊で、だからこそセツナには眩しすぎたのだ。太陽は遠い方がいい。隣で輝かれても、迷惑なだけなのだ。

「まあまあ、話をするにも、互いのことをなにも知らない状況では話しにくいものではありませんか?」

 そういったのは、《白き盾》の微笑みの女性だ。答えあぐねているセツナを見て、助け舟を出してくれたのだろうか。そうやってセツナが困っているとき、ファリアはむしろ突き放してくることが多い気がする。それもファリアなりの優しさなのは、セツナには身に沁みるほどに理解していた。どちらがどう、という話ではないのだ。今回は、女性の助け舟に感謝した。

「そういえば、自己紹介がまだでしたな」

 筋肉の男が、うっかりしていた、とでもいうように笑った。ファリアが同意する。

「ええ、そうですね」

「では、わたくしから」

 と、微笑みの女性が姿勢を正した。栗色の髪が揺れる。豊かな胸はファリアといい勝負をしているのだが、彼女の着ている衣服のほうがより強調されているだろう。ファリアが《協会》の制服姿ならば、軍配はファリアに上がるはずだ。

(馬鹿か俺は)

 セツナは、クオンのことを考えないようと、ほかの物事に意識を働かせていた。その結果が、女性陣の胸の大きさを脳内で比べるという愚行なのだが、哀しい男のサガと割り切るべきなのだろうか。

「わたくしはマナ=エクシリア。傭兵集団《白き盾》に所属する武装召喚師ですわ。得意料理はパンケーキ。クオン様には好評なのですが、ほかの方々は口にしてもくださらないのが最近の悩みです」

「あんなもん食えるかよ。クオン様の舌がおかしいんだ」

「なにか……いいましたか?」

 隣の筋肉男を見るマナの笑顔が微妙に引きつっているのが、セツナからもはっきりと見えた。和やかだったはずの空間に緊張が生まれる。

「俺は、ウォルド=マスティア。《白き盾》結成初期からの団員で、こう見えても武装召喚師だ。よろしくな、《獅子の尾》諸君」

「わたくしの声は聞こえませんか、ウォルド殿?」

「……それについてはあとでゆっくりと話そうじゃないか。客人を前にするべき話じゃないと思う」

「……それもそうですわね」

 ふたりの間で飛び交っていた見えない火花は、一旦消えたようだった。セツナは多少はらはらしたものの、さすがにこの場で喧嘩に発展したりはしないだろうと高をくくっていたし、実際その通りになってほっとしていた。この場で喧嘩でも起きたら、交渉がぶち壊しになる可能性もある。無論、《白き盾》内での争いだ。首を突っ込まない限りはこちらになんの落ち度もないのだが。

 最後に、貴公子が口を開く。

「わたしはグラハム。《白き盾》に参加したのは一月ほど前のことで、いわば新入りです。お見知り置きを」

 うやうやしく頭を下げた彼には気品があり、セツナは、グラハムが貴族かなにかなのかと推測した。だから家名を明かせないのか、とも考えた。貴族の身にありながら傭兵集団に所属するなど、余程の物好きか酔狂だろう。

「つぎはこっちか。じゃあ、隊長からどうぞ」

 ルウファに振られて、セツナはどきっとした。湧き上がる緊張感は、皆の視線が自分に集中したからだ。好奇の目、好意の視線、疑惑のまなざし。さまざまな目線が、セツナに集まっている。たった五人。されど五人だ。考え方はそれぞれで、セツナの捉え方も様々なのだ。

 注目を浴びるのには慣れたつもりだった。王都ガンディオンにいるときは、常に注目を集めている。《市街》を歩くときはなおさらだ。一挙手一投足、気を抜くことができなかった。しかし、いまでは王都での生活にも慣れ、視線にも慣れた。そして、市民もまた、セツナという人間に慣れてきている。普通の少年なのだという認識を持ってくれたのかどうかはわからないのだが。

「……俺はセツナ・ゼノン=カミヤ。《獅子の尾》隊の隊長を務めている」

「王宮召喚師という肩書もあるわね」

「うん」

 ファリアの補足にセツナは小さく頷いた。ゼノンという称号は王宮召喚師を示すものだが、そもそもレオンガンドが考えだしたものなのだ。他国人に馴染みがないのは当然だったし、ガンディア国内でも一から説明しなければならなかった。ガンディアの歴史上初めての称号だったし、他国にも存在しないらしい。見知らぬ国が使っている可能性もなくはないらしいが。

「わたしは隊長補佐のファリア=ベルファリアよ」

 ファリアがそっけなく自己紹介すると、マナとウォルドが反応を示した。ふたりは武装召喚師だ。《大陸召喚師協会》に所属していてもおかしくはないし、彼女の名の意味を知らないわけもないのだ。ファリアの孫ファリアという彼女の名前は、一部のひとびとにとってはわかりやすい自己紹介になるのだろう。

 最後に、満を持したようにルウファが口を開いた。

「で、俺がルウファ=バルガザール。副長って肩書だけど雑用みたいなものです」

「しかたないじゃない。三人だけの部隊なんだもの」

「それを部隊と呼ぶおこがましさよ……」

「文句があるなら陛下に進言なさい」

 ファリアが悠然と告げると、ルウファがびくっと背筋を正した。彼のレオンガンド王への忠誠心は、セツナに引けを取らない。いや、純粋培養といっていい分、彼のほうが濃度も純度も濃いだろう。そんなものを競い合う必要はないが。

「冗談だよ、冗談」

「わかってるわ」

 ファリアの一言に彼はほっとしたようだった。

「まあ、こういう部隊なんだ」

 セツナが纏めると、マナが愛想のいい笑顔で相槌を打ってきた。

「楽しそうでなによりですわね」

「うちも似たようなもんだ」

「真面目なのはスウィール殿かわたしくらいですからね」

「しれっとした顔でよくいうぜ」

 グラハムの一言に、ウォルドはあきれたようだった。

 こうして、交渉の間の待ち時間は潰れていき、セツナたちが退屈することはなかった。

 しかし、セツナの胸中には、漠然とした不安が広がっていた。

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