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第千百六十八話 獣と人形

 ハートオブビーストは、強力な召喚武装だ。

 一般的に斧槍と呼ばれる武器種であるそれは、主な使用者であるシーラの戦闘能力を引き出し、彼女を獣姫と呼ばれるに相応しい存在へと昇華する。突き、切り払い、打ち下ろし、袈裟斬り、足払い――繰り出されるあらゆる攻撃が一撃必殺の威力を持っているのも、ハートオブビーストに秘められた力の大きさ故であることは間違いない。

 しかし、その真価が発揮されることは、この実戦形式の訓練ではありえないだろう。

 ハートオブビーストの能力にはある種の制限がかかっている。

 血が必要なのだ。

 戦場に流れる血こそ、ハートオブビーストの力を引き出す鍵となり、流れる血が多ければ多いほど、ハートオブビーストはその獰猛な力を吐き出し、シーラを凶暴化させる。つまり、血の通わない人形相手では、ハートオブビーストの能力が発揮されることなどありえないのだ。そもそも、ウルクの体を損壊させるような攻撃はしないだろうというのもあるが。

 一方、ウルクの戦闘能力は未知数だった。

 一度、ウルクの戦闘力を測るためか、シーラが彼女と木剣による訓練を行おうとしたことがある。ガンディオンの王宮区画、練武の間でのことだ。シーラは、ウルクとの訓練に喜び勇んだものだが、結局、ふたりの木剣がぶつかり合うことはなかった。ウルクが突如として内蔵兵器である波光大砲を用い、練武の間を破壊したからだ。なぜそのようなことになったのかはまったくわからなかったが、訓練を続けることは危険だと判断したセツナにより、訓練は中止、ウルクのことはミドガルドに任せた。

 ウルクの戦闘能力は未知数ではあったが、ひとつ、判明したことがある。波光大砲なる内蔵兵器の威力は、召喚武装にも劣らぬものであるということだ。強固な壁を破壊し、大穴を開けたのだ。威力には申し分なかった。

 魔晶人形には、練武の間の壁を破壊した波光大砲以外にもいくつかの兵器が内蔵されているといい、それらはすべて、ミドガルドによって封印処置なるものが施された。ウルクがセツナの視線を感じることで興奮状態に陥り、内臓兵器をぶっ放したというなら、今後も同じようなことが起きかねないからだ。あのときは練武の間の壁だけが消失するだけで済んだが、戦場で同じことが起きれば、ガンディア軍に被害が及びかねない。よって、ミドガルドはすべての内臓兵器の封印を余儀なくされた。

 それでもウルク一体で、一般兵何十人分以上の戦力は期待できるとミドガルドは豪語しているし、セツナは、彼の発言を疑ってもいなかった。あれだけの破壊力を見せられたあとのことだ。魔晶人形ウルクの戦闘力も、それなりにあるだろうことは想像に難くなかった。

 ウルクを戦場に投入する機会は、一度、あった。

 それは、アバード王都バンドールに向かう最中、皇魔の群れとの遭遇戦が起きたときのことだ。ウルクの出番はあったのだが、セツナは彼女にレムらとともにレオンガンドの護衛をすることを命じ、皇魔の殲滅は自分たちの手で行ってしまったため、ついぞ彼女の実力を垣間見ることもできなかった。

 レオンガンドの身を護ることが最優先事項ということを考えれば、あのときのセツナの判断はなにも間違っていない。

 ウルクの実力を把握することを急ぐ必要はなかった。彼女を実戦に投入するまでに確認し、把握しておけばいいだけのことだ。ガンディアはしばらく内政に注力するという。昨年から今年のはじめにかけての戦争続きは、ガンディア政府に様々な課題を突きつけているらしい。それら課題を解決し、国内情勢が安定するまではつぎの戦いに打って出ることは考えられないのだ。

 そういう事情もあって、セツナは龍府で呑気に過ごすことができている。すぐさまつぎの戦いが待っているという情勢なら、龍府に残り、ミリュウの願いを叶えたり、ファリアの帰りを待つことなどできなかっただろう。

 シーラとウルクの実戦訓練も見ることができなかったわけだ。

 ふたりは、対峙している。

 シーラはもちろん、ハートオブビーストを構えていた。獣姫の象徴たる召喚武装の鋭利な切っ先が、陽光を跳ね返して輝いている。

 ウルクは、無手だ。全身、特殊な金属の装甲で覆われた彼女は、拳が武器となり、ただの蹴りもまた、強力な武器になるという。ミドガルドの話では、並の武器では彼女に傷ひとつ負わせることができないだろう、ということだった。

 召喚武装ハートオブビーストは並の武器ではない。

 ふたりの対峙を見守るのは、セツナのほか、定位置のラグナ、隣のレム、背後のミドガルドと、黒獣隊のクロナ、ミーシャ、アンナ、リザの四名以外にも、天輪宮で暇をしている警備員たちも、中庭の様子を真剣な表情で見ていた。

 緊張が、シーラとウルクを包み込んでいる。

 風が吹き、木の葉が舞った。ふたりの間を一枚の木の葉が流れ、流れ切った瞬間、ふたりが同時に動いていた。直進。速度は、ウルクのほうが早い。

「早いっ」

「波光推進ですからな」

 ミドガルドの補足説明に目を凝らすと、ウルクの背部から淡い光が噴出しているのがわかった。波光――つまり、魔晶石の光だ。魔晶石の力で加速しているということだろう。直後、ふたりが激突する。シーラの斬撃と、ウルクの蹴りがぶつかり合い、激しい金属音が響き渡った。

 そこから数度に渡って激突と展開が繰り返され、その激闘は、ハートオブビーストを手にしたシーラの戦闘力の高さと、ウルクの戦闘力の凄まじさを周知させるものだった。

 斧槍が地を払えば魔晶人形は空中から獣姫を襲いかかり、獣姫は突進してそれをかわす。向き直りながら斧槍の切っ先で地を抉るように振り抜き、土砂を飛ばす。飛び蹴りで地面を貫いた魔晶人形は、振り向きざま、飛来した土砂に怯むこともなく、シーラに突っ込んだ。横薙ぎの斬撃が迎え撃つが、ウルクはその斬撃を片手で受け止めてみせる。シーラがにやりとした。獰猛な笑み。凶暴な笑顔。地を蹴って、右へ飛ぶ。そのときには、魔晶人形に掴まれた斧槍を強引に振り解かせている。ウルクは、シーラの力に少しばかり驚いたようだった。だが、即座にシーラへの追撃に入る。圧倒的な加速力が、シーラとの間合いを一瞬にして無にした。ハートオブビーストが旋回する。凄まじいまでの連続攻撃。そのすべてに対し、ウルクの拳が打ち込まれ、金属同士の激突音が反響した。

 シーラがウルクの頭上を飛び越え、大きく距離を取ると、彼女は肩で息をしながら、ウルクを睨んだ。いまの戦闘で、それだけ消耗したということだ。一方、シーラに向き直ったウルクは、相変わらずの無表情であり、疲れているようには見えなかった。

「強えな、気に入ったぜ」

 シーラはそういうと、にかっと笑った。太陽のように眩しい笑顔は、彼女が戦闘狂であることを思いおこさせるものだった。戦いに満足したからこその笑顔なのだ。対するウルクに表情はない。

「シーラ。あなたは、わたしがこれまで戦ってきたどの相手よりも強い戦士であることを認めます」

 ミドガルドに聞いている限りでは、戦闘兵器としての彼女の実力を試すため、何度となく実戦形式の実験を行ってきているということだった。実験での相手は、優秀なひとりの戦士であったり、複数の兵士であったり、部隊であったりしたということだが、それらに対し、ウルクは圧倒的な力を見せつけてきたという。武装召喚師を相手に実験することができなかったのは、ディールには武装召喚師が絶対的に少ないかららしいのだが。

「そいつはどうも」

「まだ、続けますか?」

「いや、よそう。これ以上やると、天輪宮に被害が出かねねえ」

 いって、シーラが中庭を見回す。中庭の地面がふたりの戦闘でめちゃくちゃにめくれ上がっていた。大体、地面を抉るような攻撃をしたのはシーラだったが、ウルクの着地や飛び蹴りが地面を破壊したのも事実だった。

「そうですね。天輪宮はセツナの持ち家と聞きます」

「王宮はいいのかよ」

「はい?」

 ウルクが小首を傾げたのは、彼女が練武の間の破壊について覚えていないか、どうでもいいと思っているかのいずれかのようだった。

 セツナは、シーラの元に黒獣隊の隊士たちが駆け寄るのを眺めながら、だれとはなしに問うた。

「いまの戦い、どう見た?」

「全力ではないとはいえ、シーラ様が押されているように見えましたが」

 ウルクのいう全力というのは、ハートオブビーストの能力が解放された状態のことを指すに違いなかった。この訓練では、ハートオブビーストの能力を開放する条件を満たすことができないのだから、当然のことだが、その結果、シーラがウルクに押され気味だったのは疑いようもない。もっとも、ウルクはウルクで内蔵兵器に封印処置が施されているのだが。

「わしにも、そう見えたのう」

 とは、ラグナ。セツナの頭の上で丸まりながらも、ふたりの戦いをしっかりと見ていたらしい。

 背後から、声が降ってくる。

「まあ、当然でしょう。体力に限界がある人間と、極端に言えば無尽蔵の動力を持つ魔晶人形を比べるのは酷というもの。特にウルクは興奮していたようですし、手加減もできなかったでしょうからね」

 ミドガルドだ。振り向くと、長身痩躯の研究者は、相も変わらぬ顔色の悪さで、中庭のウルクを見つめていた。不気味に笑っているのは、彼なりに喜ばしい結果が得られたからなのかどうか。

「また、興奮していたんですか?」

「どうやらセツナ伯サマに見られていると興奮するようですな」

「なんで?」

「さあ? そればかりはわたくしにもわかりかねます」

 ミドガルドが肩を竦めてみせる。

「しかし、ひとつわかったことがあります」

「わかったこと?」

「ウルクには、感情があるかもしれないということです」

「感情……」

 セツナは、ミドガルドの言葉を反芻しながら、ウルクに視線を戻した。シーラとの戦闘で、着込んでいる衣服こそぼろぼろになったものの、衣服の隙間から覗く装甲には傷ひとつ見当たらなかった。直撃を避けたからだろう。いくら装甲が強固であっても、ハートオブビーストの一撃で傷がつかないとなると、並の召喚武装では魔晶人形を倒すことなど不可能ということになりかねない。そんなことはないと思いたかった。

 人間の作り出したものが、異世界の武器よりも強力であるなら、異世界の武器を召喚する意味などなくなってしまう。

 ウルクの変化のない顔とまなざしからは、彼女の感情を窺い知ることはできない。

「彼女は人形です。わたくしどもが一から組み上げ、作り上げた正真正銘の戦闘兵器。しかし、彼女の自我の誕生には、わたくしどもの力は関与していない。彼女の自我は、突如として発現し、わたくしどもの研究成果をご破算にしたものです。調べた結果、術式転写機構の構造が変化したものと思われるのですが、それがなぜ変化し、彼女を人間と同等の知能を持つ存在へと昇華したのかは不明のまま。彼女に感情がないという判断も、日頃の研究に基づいてはいるものの、わたくしどもの勝手な推測に過ぎません。感情があったとしても、なんら不思議ではないのです」

 ミドガルドの長たらしい説明を聞きつつ、セツナはウルクがこちらを見て、ゆっくりと近づいてくるのを見ていた。その後ろでは、シーラが部下たちとなにやら話し合っているのだが、その話し声が耳に入ってくることはない。ミドガルドの声に意識を集中させていた。

「自我の発現自体、本来ならばありえないことなのですからね」

 ウルクの淡く発光する目は、セツナだけを見ているように見えた。


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