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第千百六十三話 リョハンからの使者(四)

「話は、終わった?」

 見ると、マリクが手持ち無沙汰に突っ立って、こちらを眺めていた。いつからそこにいたのかは判然としないが、セツナとファリアの話し合いの一部始終を見ていたわけでも聞いていたわけではあるまい。いくら話し合いの結果を待ち焦がれていたとはいえ、そこまでするとは考えにくい。

「ああ」

「ええ」

 同時に肯定する。横目に顔を見合って、くすりとした。

「それで、どうするの?」

 マリクが玄龍殿の玄関口に降り立つと、ファリアがセツナの一歩前に出た。少し伸びた青い髪が、わずかに揺れる。ファリアが、深々と頭を下げるのがわかった。

「マリク様、どうかわたしをリョハンまで連れて行ってください」

「了解」

 マリクは二つ返事でうなずくと、ほっとしたようにいった。

「良かった良かった」

 マリクの表情を見る限り、本心からそう思っているようだった。彼にとってファリア=バルディッシュがいかに大切な人物なのかが窺える。リョハンから龍府まで飛んできたこともそうだ。今回の彼の行動のすべては、まず間違いなく、大ファリアへの愛と見ていいのだろう。

「マリク様」

「ん?」

「ありがとうございます」

「礼をいわれるほどのことじゃないよ」

 マリクは、ぶっきらぼうに言い返したが、セツナには照れ隠しにしか見えなかった。

「いいえ、そんなことはありません。マリク様が飛んできてくださらなければ、わたしが大ファリア様の容体を知ることができたのは、もっと先のことになったでしょうから、感謝してもしきれません」

「……だろうね。リョハンの秘密主義には困ったもんだ」

「そうしないといけないのもわかりますよ」

「ま、そうかな。それじゃあ、小ファリアが準備を済ませたら行こう」

「準備ですか?」

 ファリアが、きょとんと問いかけた。マリクがあきれたようにいう。

「一応、着替えとか必要だよ。いくらレイヴンズフェザーでも、リョハンまでは数日はかかるから」

「なるほど」

 合点の行く話ではあった。マリクとレイヴンズフェザーでも、一足飛びに龍府からリョハンまで行けるわけではないらしい。

「あなたの準備が済むまで、ぼくはなにをしていようかな」

「休んだらどうだ? 疲れただろ?」

「それもそうですね……あ、そうだ。セツナ様、ひとつお願いがあるんだけど」

「お願い? 俺に?」

 今度はセツナがきょとんとする番だった。

「はい。セツナ様にしかできないっていうか、ほかのひとじゃ嫌だなーってことなんだけどさ」

 マリクは、言い出しにくそうにしながら、セツナに歩み寄ってきた。


 

「話は聞かせてもらったよ」

 突如としてレオンガンドの声が聞こえたのは、彼が夢見心地の中にいるときのことだった。緊張もなにもあったものではなく、ぼんやりとする意識の中、セツナは居住まいを正すことさえ忘れた。

 ぼうっと天井を眺めていた視線を、声のした方向に傾ける。レオンガンドが、寝台の横の椅子に腰掛けるのが見えた。

「陛下……?」

 場所は、天輪宮玄龍殿の一室だ。泰霊殿をレオンガンドに明け渡したセツナが、レオンガンド滞在中のわずかな期間、自室として利用している部屋だった。レムとラグナ、ウルクが部屋のどこかにいるはずだが、声も聞こえないところを見ると、レオンガンドの手前もあって席を外しているのかもしれない。そんなことを、ゆっくりと考える。

「セツナ、君の判断だ。わたしからなにもいうことはない」

 レオンガンドは、近くにいるのだが、はっきりとした声が聞こえるわけではなかった。声そのものに靄がかかっているかのような、そんな感じがある。いや、靄がかかっているのは、レオンガンドの声にではない。セツナの意識そのものが朦朧としているから、レオンガンドのはっきりとした言葉も、判然としないのだ。

 ようやくレオンガンドがなんのことをいっているのか理解できた。

「あー……伝えるのが遅くなって、申し訳ありません」

「いや、ベルは君の部下だ。君が命令したとあれば、なんの問題もないさ。戦力低下は痛いが、しばらく外征の予定もない。ルシオンのように救援要請があったとしても。ベルの手を煩わせるまでもないだろう」

 レオンガンドは、はきはきと喋っている。それはわかるのだが、まくし立てられると逆になにも頭に入ってこないのが致命的だった。無論、致命的なのは、セツナの頭の方であり、レオンガンドにはなんの問題もなければ、落ち度もない。

「……はあ」

「ん? どうしたんだ? やけに覇気がないな」

 ようやく、レオンガンドはセツナの反応の不自然さに気づいたらしい。

「吸血鬼に血を吸われまして……」

「吸血鬼? 血を吸われた? どういうことだ?」

 レオンガンドが訝しげな顔をするのも当然の話だった。

 セツナは、朦朧とする意識をどうにかできないものかと考えながら、レオンガンドにことのあらましを伝えた。

 かつて、“吸血鬼”という二つ名を持つ人物がいた。その人物の名はクオール=イーゼン。リョハンの武装召喚師である彼は、大陸を自由に飛び回ることさえ可能な召喚武装レイヴンズフェザーの使い手であり、その飛翔能力でガンディアとリョハンの架け橋となったことで知られる。彼の協力なくしては、クルセルク戦争での大勝利はなかったといえるだろう。リョハンの戦女神と四大天侍が参戦してくれたからこそ、連合軍は魔王軍を打ち破ることができたのだ。

 リョハンからの援軍がなければ、セツナたちは局所的に勝利を収めることができたかもしれないが、大局的には敗北していた可能性のほうが高かった。戦後、論功行賞でクオール=イーゼンが高く評価された最大の理由がそれだ。彼がたったひとりで、クルセルク戦争の勝利を運んできてくれたといっても言い過ぎではないのだ。

 しかし、クオールは、クルセルク戦争を生き残れなかった。リネンダールに出現した巨鬼を打倒するための犠牲となって、この世から消えた。セツナは、彼の援護によって巨鬼を討つことができたものの、実際は、巨鬼に眠っていた神を呼び覚ましたにほかならないのが、やっていられない。とはいえ、クオールという犠牲を払ったからこそ、巨鬼を撃退し、クルセルク戦争の勝利を引き寄せることができたのは事実であり、クオールがいなければクルセルク戦争そのものがどうなったのかは想像もできない。勝てたとしても、もっと多くの犠牲を払わなければならなかったことは疑いようもない。

 クオールは死んだが、召喚武装は消滅しなかった。レイヴンズフェザーは、マリク=マジクに受け継がれたのだ。マリクが勝手に受け継いだということだが、彼は、クオールの遺産とでもいうべき召喚武装を受け継ぐことができるのは自分しかいないと自負してもいた。そのとおりなのかもしれない。レイヴンズフェザーは、ある意味強力な召喚武装だ。その制御には、武装召喚師としての多大な能力が必要となるだろう。マリク=マジクほどうってつけの武装召喚師はいないというわけだ。

 能力的にいえば、四大天侍ならばだれでも条件を満たしているだろうし、だれでも難なく扱うことができるだろうが、マリクを除く三人は、複数の召喚武装を同時併用するよりも、ひとつの召喚武装に全力を注ぐほうがいいと考えているらしく(状況によっては使い分けるとはいえ)、レイヴンズフェザーの扱いはマリクに任せたらしい。

 ともかく、マリクはレイヴンズフェザーの召喚者となり、彼は、リョハンとガンディアを結ぶ架け橋となった。

 クルセルク戦争後、戦女神ファリア=バルディッシュと四大天侍をリョハンまで運んだのも、セツナの願い通り、ファリアの誕生日プレゼントやミリュウたちへの贈り物を龍府まで運んでくれたのも、レイヴンズフェザーを行使するマリクだった。マリクはレイヴンズフェザーを自由自在に使いこないているのだ。

 そんなマリクだが、レイヴンズフェザーの能力行使に伴う副作用を無視することはできなかった。

 レイヴンズフェザーの能力は、超加速というものだ。人智を越えた加速力を得るというものであり、それと、翼型召喚武装共通の飛翔能力を駆使することで超長距離の移動を可能にしているのだが、その能力を駆使するためには、使用者は一定量の血液を失わなければならなかった。

 召喚武装とは、異世界より召喚した武器、防具の総称だ。イルス・ヴァレに普及している武器、防具とは似て非なる存在だった。まず共通して異形である。派手な装飾が施されていたり、一見、使いものにならないのではないかと思うような形状をしていたりする。そして、最大の特徴が特異な力を秘めているという点だ。

 セツナの召喚武装カオスブリンガーは、様々な能力を持つ。火を吸い込んだり、吸い込んだ火を打ち出したり、光線を発射したり、空間転移を行えたり、その能力は多岐に渡る。ここまで無節操に能力を持った召喚武装はそうあるものではないらしいが、とにかく、召喚武装というのは、能力を持つ。

 そして、能力を行使するには、多くの場合において、精神力を消耗する。召喚武装が、使用者の精神力を吸い上げて、能力を実現するのだ。能力行使に必要な精神力というのは、行使する能力や、その能力の行使具合によって様々に変動する。カオスブリンガーの場合、空間転移がもっとも消耗が激しく、火炎を吸収する能力の行使は負担を感じないほどに消耗が少ない。

 また、精神力を消耗するだけでは行使できない能力も、稀にだが、存在する。カオスブリンガーでいえば空間転移がそれだ。カオスブリンガーによる空間転移には、制限がある。カオスブリンガーで相手を切り裂くなりなんなりして血を流させなければならないのだ。厳密にいえば、カオスブリンガーによって吹き出した血の中に映しだされた光景へと転移する能力なのだ。よって、血を媒介とする空間転移と認識される。血を流す対象はなんでもいい。人間であろうと皇魔であろうと、動物であろうと構わないし、敵であるひつようもない。自分の体を切り裂き、流れた血を媒介にすることも可能だった。実際、その方法で転移したことは数えきれないくらいあったし、マリアに何度も注意されていた。自分の体は消耗品じゃない、と。しかし、周囲に敵がいないのであれば、自分の体を切り裂く以外の選択肢はなかった。いくらなんでも仲間を傷つけるなどできるわけもない。それならば、自分を傷つけ、自分が痛みを耐えるというほうが万倍もマシだ。

 能力を行使するために血を必要とする召喚武装は、ほかに、シーラのハートオブビーストがある。以前、ハートオブビーストの能力を行使するには、カオスブリンガー同様、ハートオブビースト自身で敵を傷つけ、血を流させる必要があると認識されていたのだが、シーラによるとそうではなかったらしい。周囲に血が流れていれば、それでいいというのだ。敵であれ、味方であれ、血を流すものが多ければ多いほど、いい。バンドールを壊滅させるほどの巨大獣へと変貌できたのは、アバードの戦場に大量の血が流れていたからというのと、シーラの両親が血を流していたかららしいが。

 ほかにも、精神力以外に血を必要とする召喚武装はあるだろうが、セツナが思いつく限りでは、カオスブリンガーとハートオブビースト、そしてレイヴンズフェザーの三つしかなかった。

 レイヴンズフェザーの超加速も、当然、精神力を消耗する。移動する距離が長ければ長いほど、遠ければ遠いほど、その消耗は激しくなる。それは、血液の消費にも同様のことがいえるというのだ。

 体内の血を消費することで超加速を得られるというレイヴンズフェザーの能力は、つまり、一定距離を移動したら、しばらくは使えないということだ。しかし、レイヴンズフェザーにはもうひとつ、失った血を補うための能力があり、その能力のおかげもあって、クオールやマリクは各地を飛び回ることができたのだ。

 その能力とは、他者からの血液の吸収――つまり、吸血だ。血を吸うだけでなく、吸った血を自分のものにすることもできるという。マリクはそれを血の順化といった。吸血と順化により、失った血を補うのだ。

 まるで、吸血鬼のように。

 クオール=イーゼンには、“吸血鬼”という二つ名があった。それは、レイヴンズフェザーの能力を駆使する上で仕方のない命名だったのだ。超加速を駆使して飛び回るためには血を失わなければならず、さらに飛び続けるには血を補う必要がある。血を補うには、他者から吸血するのが手っ取り早い。もちろん、相手に了承を得た上で、だろう。が、他人が見れば、吸血鬼が人間を襲っているようにしか見えず、クオールが“吸血鬼”と呼ばれるのも当然だった。

 セツナは、マリクに血を吸われたのだ。だからいま、貧血気味であり、意識が妙に朦朧としているのだ。

「なるほど。ガンディアの英雄も、吸血鬼には負けるか」

「さすがに勝てませんよ」

「はは。血を失えば、そうもなるか。しかし、四大天侍殿も容赦がないな」

「本当、情けも容赦もなかったです」

 セツナは、寝台の上でぐったりとしながら、左手で首筋に触れた。首の動脈付近に吸血鬼の牙が刺さった痕がしっかりと残っている。マリクに噛まれた痕と言い換えてもいい。

 マリクが他者から血を吸うための方法はひとつしかなかった。レイヴンズフェザーを召喚し、吸血能力を行使するのだが、その際、歯が吸血用の牙に生え変わるというのだ。その牙を動脈に突き立て、牙の中から血を吸い上げるという。セツナは、マリクに噛みつかれた後、彼が血を吸い出しきるまで、しばらく噛みつかれたままでいなければならなかった。

 痛みは、最初に噛まれたときだけしかなかった。牙が皮膚を突き破る際のほんのちょっとした痛みだけだ。その後は、むしろ官能的な快感がセツナの意識を席巻したこともあって、セツナは大いに困惑した。あとで話をきいたところによると、被吸血行為に嫌悪感を抱かせないためのレイヴンズフェザーの配慮だろうというのが、マリクの考えだった。その結果、被吸血行為が病み付きになることが多々あり、一度血を吸った相手は、何度も吸血して欲しがってくるという。

 幸い、セツナはそんな気は起きなかったが、それは相手がマリクで、同性だからかもしれない、と想ったりした。マリクが女吸血鬼だったら、色々と危なかったかもしれない。

 ただでさえ、ミリュウが憤慨しているというのに、だ。

(相手がマリクで良かった)

 セツナは、マリクによる吸血中、涙目になりながら彼を睨むミリュウのことを思い出して、そんなことを想った。


 それからしばらくした後、ファリアが長旅のための準備を終えた。準備とはいっても、路銀と着替えを用意したくらいのものだったし、それほど嵩張るものでもなかった。

 ファリアは、その日のうちにマリクとともに龍府から消えた。

 旅立ちのとき、ミリュウはファリアとしばらく逢えなくなることを悲しみ、涙さえ流した。そんなミリュウを見るファリアの顔は、わがままな妹を見つめる姉のようなもので、ふたりの関係は最初からそうだったと想ったものだった。ファリアはミリュウをなだめ、ミリュウもファリアに笑顔を見せた。

 ルウファ、エミル、マリアら《獅子の尾》の仲間以外にも、レム、ラグナ、シーラ率いる黒獣隊、エスク率いるシドニア戦技隊、さらにドルカ軍、グラード大軍団長、エインたちに見守られながら、ファリアはマリクに掴まって、飛んでいった。

『必ず戻ってくるからね』

 飛ぶ直前、セツナに向けて発せられたファリアの一言が、ただただ嬉しかった。


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