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第千百五十九話 せめて

 十一月二十日。

 アバード王都バンドール新城にて、セイル・レウス=アバードの戴冠式典が執り行われた。

 式典には、支配国であるガンディアの国王レオンガンド・レイ=ガンディアほか、イシカやメレドなど近隣の国々からも多数の要人が参列し、ガンディアの同盟国であるルシオンの国王ハルベルク・レイ=ルシオンも王妃リノンクレア・レア=ルシオンともども、王位を継承して最初の外交として参加している。

 式典は、なんの問題もなく進行し、アバードの新たな王の誕生が祝福された。

 まだ幼いセイル王の後見には、ガンディアの右眼将軍アスタル=ラナディースが継続することとなり、ガンディアは国全体としてアバードを支援していくことを発表した。元よりアバードはガンディアの属国である。セイル王が成長するまで面倒を見るというのは当然の成り行きであり、反発があるはずもなかった。もちろん、ガンディアによる支配を未だ受け入れらないものがいるのもまた事実だが、ガンディアもアバードもそういった人々に手を差し伸べることを忘れているわけではなかった。しかし、そういった人々がガンディアによるアバードの支配を受け入れられるようになるまでは時間がかかるに違いなく、長い目で見なければならない案件であるとレオンガンドたちは考えていた。

 ともかく、アバードは新王セイルの元、新たな歴史を紡ぎ始めることとなり、復興の最中にある王都バンドールは、祝福の空気に包まれた。これからやり直そう、作りなおしていこうというときに、新たな王が誕生するというのは、王都のひとびとに勇気を与えることになったといい、王都市民は新王の誕生を心から喜んだという。

 ガンディアとしても、懸案事項のひとつが解消したこともあり、レオンガンドを始め、政府関係者はほっと胸を撫で下ろした。アバードは、動乱終結以来、長らく王座の空席が続いていた。喪に服していた期間もあったとはいえ、あまりに長い空白は政治的停滞を生みかねない。もちろん、王子セイルを頂点とするアバード政府は普通に機能していたし、エイン=ラジャールやアスタル=ラナディースが介入し、政治が停滞しないよう計らってはいたものの、国王の不在というのは大きな影響力を持つものだ。

 セイル王子が十代半ばから二十代ならば、リセルグ王の喪が開けるとともに即位することになったのは間違いなかったのだが、現実の彼はまだ十歳にも満たない少年であり、王位を継承するには幼すぎた。そのことを考慮した結果、アバードは国王不在の期間が増えた。国民から不満と不安の声が聞かれるようになり、ついにアバード政府が動かざるを得ない事態となった。そして、今回の戴冠式だ。式典そのものは問題なく執り行われ、見事、新王の誕生と相成った。これで、アバードの政情はもう少し安定するだろうが、セイル王が直接政治に口出しするようになるのは、数年先のこととなるだろう。

 幼いセイルには、いきなり国政に関与するのではなく、王として相応しい人物へと成長させるべきであり、そのためにレオンガンドはアスタルやアバードの大臣たちにアバードの政治を任せるといい含めた。アスタルは無論のこと、アバードの大臣たちはさもありなんとうなずき、セイルを立派な王として育て上げてみせると息巻いていた。

 アバードが内乱によって崩壊するようなことが二度とないようにするためには、国内政治の安定と優れた国王による統治が不可欠だ。

 無論、セイル政権がリセルグ政権の二の舞いにならないよう、ガンディアも目を光らせ続けることになるだろうが、そうなる心配はいまのところなかった。動乱の当事者たちが政治に携わっている。もう二度とあのようなことが起きないよう、細心の注意を払うことだろう。

 戴冠式が終わると、新王誕生を王都中に知らしめるべく、セイルたちはバンドールを行進した。幼き新王の誕生を祝福し、今後のアバードに期待を込めるような声援が飛び交い、王都全体が暖かな空気に包まれたのは、セイルの人徳のなせるものなのかもしれない。元よりセイルは、王都市民からは人望があったのだ。それ以上にシーラ人気が凄まじかっただけであり、シーラがアバード王家との関係を断ったとなれば、その声望がセイルに向かうのは当然の帰結だった。

 新王セイルは、王都市民の声援に応えながら、気を引き締めたことだろう。アバードの今後は、彼の成長にかかっているといってもいい。

 そのことは、レオンガンドがセイルに直接言って聞かせたものだが、セイル自身、よく理解しているようだった。政治は政治家たちに任せ、自分は王として相応しい人間となれるよう、日々、研鑽を積んでいくべきだと考えているといった彼の目は、あざやかに燃えていた。

 レオンガンドは、セイルの成長に期待するとともに、彼がガンディアの支配を受け入れたのは、アバードにとって良い選択だったのだろうと考えた。あのとき、アバードにはガンディアの支配を受け入れる以外に選択肢は残されていなかった。国王夫妻が死に、王都は壊滅し、戦力もなにも残っていない状況。混乱を収拾するには、ガンディアかベノアガルドに助けを求めるほかなかった。その場合、地理的関係からベノアガルドに助力を請い、その支配下に入るという選択はなかった。ベノアガルドが隣国ならば話は別だったが、現実のベノアガルドは国をひとつ隔てた先にあった。アバードがガンディアに頼るべく、ガンディアの支配を受け入れたのは、仕方のないことだったのだ。そして、その判断が間違いではないことは、バンドールの現状を見る限り明らかだ。

 バンドールの急速な復興は、ガンディアが協力を惜しまなかったからに他ならない。ガンディアが復興支援を惜しまなかったのは、アバードが属国だからだ。もし、アバードがガンディアの支配下になければ、ここまで復興の後押しなどしなかった。当然のことだ。ベノアガルドが既に手を引いていることからもわかるように、他国の都市を復興させるために費用を捻出し続けるなど、簡単なことではないのだ。

 ガンディアは、バンドールの復興に力を入れていた。国が傾くほどではないにせよ、大量の国費を投入している。

 評判を買うためだ。

 実際、バンドール復興に力を注いだことで、ガンディアは、同盟国、属国、友好国のためならば助力を惜しまないという評判が生まれている。

 ガンディアは、たとえ敵対したとしても、下れば、快く受け入れてくれるだけでなく、手厚く歓迎してくれる。そんな評判は、ガンディアが大陸小国家群の統一を目指す上で、目に見えない形で力を発揮していくに違いない。

 そんなこんなで、戴冠式とそれにともなう王都行進が無事に終わると、バンドール新城の大広間にて宴が開かれたが、これもなんの問題もなく進行した。

 事件ひとつ起きなかった。

(心配するまでもなかったか)

 アーリアの不在は、レオンガンドに多少の不安を与えていたものの、そんな不安などどこ吹く風というような状況に、彼はひとり苦笑を漏らしたものだった。

 そして、翌々日、十一月二十二日、レオンガンド一行はアバード王都バンドールを後にした。

 右眼将軍アスタル=ラナディースや彼女の側近たち、複数名のガンディア政府関係者は、予定通りバンドールに残ることとなった。アスタルは、アバードの支配国ガンディアの代理人として、アバード政府に目を光らせていくことだろう。アバードがガンディアに不利益がもたらすことがないように、ガンディアを裏切ることがないように、だ。また、アスタルには、セイル王の後見人という重要な役割もあった。有能なアスタルのことだ。しっかりと与えた役割を果たしてくれることだろう。

 バンドールからシーゼルへ至り、国境を越えて龍府に辿り着く。龍府では、盛大な出迎えを受けた。バンドールへ向かう際も同じだけの歓迎をされたものだったが、それは龍府がセツナの領地であることが関係しているようだった。

 領伯セツナとセツナの主にして国王であるレオンガンドが、龍府を訪れるのだ。歓迎しないわけにはいかないという龍府の人々の考えはわからなくはなかった。

「わたしよりも、君への声援のほうが大きいように思うのだが」

「は、はは、気のせいですよ、きっと」

 古都を挙げての歓迎ぶりの中、レオンガンドは同じ馬車に乗るセツナに笑いかけたが、セツナはどういう反応をしていいのか困り果てたかのようだった。

 しかし、実際にレオンガンドへの声援よりも、セツナへの声援のほうが大きく、そして多かった。そのことでレオンガンドが機嫌を悪くするようなことはない。むしろ当然だと想っていたし、龍府でのセツナ人気が本物であると確信できたのは嬉しいことでもあった。

 セツナが領伯として龍府の人々の人気を集めているという話は、前々から聞いていた。疑っていたわけではないが、首を傾げることでもある。ガンディアの英雄たるセツナがなぜ、ザルワーンの古都で人気を博することができるのだろう。ザルワーンがガンディアの領土となった最大の原因は、黒き矛のセツナにある。セツナがいなければ、ガンディアはザルワーンを下すことなどできなかったに違いないのだ。セツナを憎みこそすれ、礼賛することなどあるだろうか。

 そんな考えも、実際に龍府の人々がセツナに声援を送る有様を見れば、馬鹿馬鹿しくもたち消える。

 セツナ人気の理由など、考える必要もなかった。

 彼はただ強く、ただ眩しい。

 レオンガンドは、馬車の席で畏まる彼を見つめながら、目を細めた。

 彼への嫉妬は、バンドールの出来事以来、すっかりと消えてしまっていた。いまでは、セツナへの信頼が溢れるばかりであり、妬みとはなんだったのかと思うほどだった。憧れはある。だが、英雄に憧憬を抱くのはだれしも当然のことであったし、その想いがこじれないかぎり、なんの問題もなかった。

 レオンガンドは、セツナの頭を撫でたくなったが、我慢した。相手はガンディアの英雄であり、領伯だ。立場もある人間の頭を人前で撫で付けるなど、いかに王といえどするべきことではない。

 ほかにだれもいないのならばいくらでもしていいのかもしれないが。

 そんなことを考えながら、龍府で一夜を過ごしたレオンガンドは、翌朝、ゼオルに向けて出発したのだが、その馬車にはセツナは乗っていなかった。

 龍府は、セツナの領地だ。久々に領伯としての仕事をするべく、彼は龍府に残ったのだ。従者は無論のこと、《獅子の尾》のファリア、ミリュウも彼に付き従い、黒獣隊、シドニア戦技隊もまた、龍府に残った。ガンディオンからバンドールまでついていきていたミドガルド=ウェハラムと魔晶人形のウルクも、セツナ目当てということで龍府に残っている。

 レオンガンドの護衛には、セツナの代わりとして、ルウファ・ゼノン=バルガザールがついてくれていた。

 レオンガンドもまた、まっすぐ王都ガンディオンを目指しているわけではない。

 エンジュールに寄るつもりだった。

 エンジュールでは、ナーレスが待っていることだろう。

 彼に逢わなければならないのだ。

 もはや彼の声を聞くこともできなければ、彼に教えを請うこともできないが、彼を労うことくらいはできるだろう。

 ガンディアのため、レオンガンドの夢のため、死してなお存在感を発揮し続ける彼に感謝を伝えなければならない。

 それが、レオンガンドが彼にできるせめてものことだと信じた。



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