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第百十五話 交渉

「我々が《白き盾》に求めるのは、つぎの戦いでの助力です。簡潔に言えば、我が軍に傭兵として参加して欲しいのですよ」

 挨拶もそこそこに交渉の口火を切ったのは、ガンディア側だった。レオンガンド王の側近のひとりで、ゼフィル=マルディーンといったか。口髭の紳士とでもいうべきか。そのような特徴の人物だった。

 旧テウロス家別邸の応接室で、五人の男が顔を突き合わせている。

 傭兵集団《白き盾》団長クオン=カミヤと副長スウィール=ラナガウディが席を並べ、対面にガンディア側の三名が腰を落ち着けている。ガンディア国王レオンガンド・レイ=ガンディアとその側近のふたり、バレット=ワイズムーンとゼフィル=マルディーンだ。強面のバレットと紳士風のゼフィルに挟まれ、貴種の結晶のようなレオンガンドが座っている。

 人数は、特に指定していたわけではない。多すぎなければ問題はなかった。商談である。どちらも決定権のある人間と、内情を理解している人間さえいればいいのだ。

 そういう意味では、《白き盾》はスウィールに任せてしまってもいい。彼が一番《白き盾》の内情に詳しかったし、強い決定権も持っている。その決定権を覆せるのは団長のクオンだけだったが、彼の決定に従うことのほうが多かった。年長者で経験も豊富な上、聡明で、組織のことをもっとも考えているのが彼なのだ。少なくとも、クオンよりよほど《白き盾》を愛している。

 そんなスウィールは、先に提示された書類に目を通していた。そこに契約内容や金額についての詳細が記されているはずだ。

 クオンがこの世界に召喚されて七ヶ月そこそこ。言葉で不便に感じたことはなかったが、こと、読み書きに関しては苦悩の連続だった。時間さえあればマナやウォルドに教わっており、平易な文章ならば読めるほどには上達していたが、こういう書類の硬い文章となると話は別かもしれない。

「つぎの戦いとは?」

「近いうちに起こすかも知れないし、起こるのかもしれない。詳細を話せば、君たちが困るだろう?」

 軍事機密を話せば後に引けなくなる。契約に応じるならまだしも、そこまで聞いておきながら契約できないというのは許されないだろう。国の今後の方針を他国に持ち去られるようなものだ。道義にも反するし、なにより、そんな無法を許していれば、国が立ちゆかなくなるのは自明の理だ。情報の管理ほど気を使わなければならないものはない。

 ただ、ガンディアのこれまでの動向を注視していれば、たやすく想像できるものでもある。近いうちに、というのも暗に示唆しているのだ。ガンディアがつぎにアザークやベレルに攻めこむとは、少し考えにくかった。そして、アザークやベレルなら、ログナーを呑みこんだいまの兵力で十二分に対応できるだろう。

 無敵の《白き盾》を欲するというのは、彼らのつぎの目標がただならぬ敵であることを暗示している。

「そうですね」

 クオンがゼフィルの言葉に納得を示すと、スウィールが身を乗り出した。

「契約期間については不明ということですが?」

「短期決戦というわけにはいかないだろう、ということはいえる。無論、報酬は日数に応じて上乗せするつもりだ」

 バレットが当然のことをいってくる。長期的に拘束されるのなら、それだけの金額が貰えなければ契約する意味がない。《白き盾》にとって交渉相手は、ガンディアだけではない。引く手数多といっていい。負けない軍団は、ただそこに属するだけで周辺諸国への牽制となった。無敵の盾、《白き盾》の名は、いまや少国家群で知らぬものはいないという話も聞く。たとえ契約期間中に戦闘が起きなかったとしても、報酬を払うだけの価値があるのだ。

 それはガンディアも理解しているのだろう。スウィールによると書類に提示された金額に不満はないらしい。《白き盾》を運営し、団員たちの生活を安定させるには十分すぎるほどの額だというのだ。それは《白き盾》がこれまで得てきた評価に、ガンディアの期待が加わったものだろう。

「では、その戦いにおける《白き盾》の役割についてお訊ねしたい」

「無敵の盾には最難の戦場を。そうわたしは考えている。不満かな?」

「いえ、むしろ望むところですよ」

 クオンが平然と答えると、スウィールが横目でなにかをいってきた。が、彼は副長の目線を黙殺する形で、レオンガンドとの会話に望んだ。

 レオンガンド・レイ=ガンディア。“うつけ”と呼ばれて久しい。それは世間を欺くための仮面だったのか、いい部下に恵まれたのか、彼の評価は、一月前を境に大きく変わった。彼は、かつてクオンがログナー軍に参戦して奪取バルサー要塞を奪還すると、直後にログナーを制圧してみせたのだ。さまざまな要因が絡んでの短期決戦となったのだろうが、世間はその電撃的な勝利でレオンガンドをただの“うつけ”ではないと判断した。戦後のログナー旧領の統治に関しても、悪い評判は聞かなかった。ガンディアの軍規は厳しく、戦後の混乱に乗じての略奪や犯罪を許さなかったし、違反者は苛烈に罰した。それは制圧した地域はガンディアの国土となり、人々はガンディア国民となるのだから、手を出すということは国に弓引くのも同じなのだという、彼の思想から出ているらしい。

 治安もよく、物流も安定しているようで、マイラムの人々も日に日に活気を増していく状況に満足しているようだ。

 そういう意味では、理想的な君主なのかもしれない。本質的なところは分からないにせよ、新たな支配地に対する態度が高圧的でないというのは、クオンとしても安心できる。

 安心とは、セツナに対する扱いに関してだ。

 彼の心配はそこしかなかった。

 セツナはガンディアでうまくやれているだろうか。こき使われていないか、無理難題を押し付けられていないか、良い人間関係は築けているのだろうか。セツナが自分の知る少年だと確信したときからずっと、そんなことばかり考えていた。おせっかいだというのはわかっている。そんなことは百も承知だが、彼のことを考えずにはいられないのも事実なのだ。

 クオンという人間のサガだ。こればかりはどうすることもできない。

 それは、この交渉の間も同じだった。ついさっき一目見たセツナの顔が、網膜に焼き付いている。懐かしい少年の顔だ。クオンを目の当たりにして驚いていたのは、きっと、情報で知っていたであろうクオンと、彼の知っているクオンが同一人物だと確定したからだろう。クオンも同じような顔をしていたかもしれない。

 ほかにはない名前で、かつ、アズマリアの召喚物ということで、同一人物に違いないとは思っていただろう。しかし、想うのと、確定するのとでは衝撃が違う。クオンは、レオンガンドがセツナとともに歩いてきたときの衝撃を生涯忘れないだろうと思った。黒髪に赤い目の少年。やはりどこか卑屈で、いたたまれないような表情をしていた。

 つい、聞いてしまった。

「ところで、その来るべき戦争には、セツナ・ゼノン=カミヤ殿は参戦されるのでしょうか?」

「気になりますか?」

 ゼフィルが不思議そうな顔をした。ガンディア側がセツナについてどの程度の情報を知っているのかはわからない。ゼフィルの反応も、曖昧なものだ。すべてを知っているようにも取れるし、ある程度のことしか知らないという風にも受け取れる。

 クオンは、隠さなかった。隠すほどの価値もない情報だ。

「ええ。彼はわたしの友人ですから」

「ほう。それは初耳だ」

 レオンガンドが、少し大袈裟に相槌を打ってきた。彼は、セツナから話を聞いていそうだった。なにせセツナの主だ。噂によれば、レオンガンドがセツナを見出し、登用したことがガンディアの快進撃の始まりだという。レオンガンドがセツナを重用しているのは、護衛に連れているというだけでもわかる。セツナから色々と聞いていてもおかしくはなかったし、聞かれたセツナも素直に答えていそうだ。

「彼とは長い付き合いです。もう二度と逢うことはないと思っていましたが……」

 クオンは、ふとスウィールを見た。彼は、団長の勝手な振る舞いに深くため息をついたようだったが、あきらめているのだろう。諌めようともしてこない。

「セツナ殿の立場はご存知かと思われますが、彼は王立親衛隊《獅子の尾》の隊長。彼が戦場に立つということは、すなわち陛下がご出陣なされるということにほかなりません。この意味がおわかりですかな?」

「なるほど」

 クオンは、ゼフィルの言葉に納得した。ここでセツナの参戦を明言するということは、レオンガンドの出陣を明言するも同じであり、それはつぎの戦争の相手が、王みずから出馬しなければならないほどの相手だと宣言しているようなものだ。もっとも、その相手が強国とも限らないが。

 不意にレオンガンドが口を開いた。

「いや、彼は出すよ」

「陛下」

 バレットが王を諌めようとしたが、レオンガンドがクオンの目を見たまま、口を閉ざしはしなかった。

「無敵の盾を雇えたのなら、どんな戦いであれ、我が最強の矛を出さないという手はない」

 黒き矛と白き盾が並び立つ光景を想起して、クオンの胸は躍った。

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