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第千百五十八話 セツナ派という戦術

「セツナが喜ぶっていうから賛同したのに、怒らせちゃったじゃない。どうしてくれんの?」

 ミリュウ・ゼノン=リヴァイアの一言がエインの耳に突き刺さったのは、セツナが従者ともども部屋を後にして、数分後のことだった。

 会議室を支配していた沈黙が音を立てて崩れ去り、会議に参加した面々の視線が、否応なくエインに集中する。

 エイン=ラジャールには、説明責任がある、とでもいうような視線の数々。もちろん、当然のことだと想っていたし、説明するのも吝かではない。

 セツナ派なる派閥を立ち上げようと画策したのはエインであり、アレグリア=シーンやゼフィル=マルディーンを口説き落としたのも、エイン本人だった。もっとも、アレグリアは口説き落とすまでもなく、即断即決でセツナ派への参加を決め、なおかつ派閥結成のための段取りを力を合わせて行ったりしている。

 その結果、セツナを多少なりとも怒らせることになるのは目に見えていたし、嫌われるかもしれないということも考えていた。そして実際、セツナは怒った。いや、怒るというよりはあきれたといったほうが正しいのかもしれない。エインたちの強引なやりように為す術もなく途方に暮れる彼の顔は、忘れようがなかった。

 ミリュウがエインに責任を問うてくるのも、わからないではないくらいに。

「どうするもこうするも、結成した以上は、ミリュウさんにもセツナ派としての覚悟を持っていただかないと」

「別にセツナ派であることはいいのよ。元よりセツナ信者だし。問題は、セツナの機嫌を損ねちゃったことでしょー」

「そこは、ほら、ミリュウさんの魅力でなんとかしていただくとして、ですね」

「あたしはねえ、あんたに責任を取れっていってるのよ。セツナ派のエイン室長」

「ですからあ」

 エインは、ミリュウの追求にたじたじになりながら、彼女の隣に座るファリアをちらりと見た。ミリュウもそうだが、ファリア・ゼノン・ベルファリア=アスラリアも、セツナ派の結成と参加に快く応じてくれたひとりだ。彼女の隣のルウファ・ゼノン=バルガザールともども、セツナのためになるという一言で応じてくれたのだから、セツナを怒らせたかもしれないとあっては、ミリュウが責任を追求してくるのもむべなるかなといったところだ。

 それはそれとして、エインはファリアに助けを求め、ファリアはミリュウを横目に睨んだ。

「まったく、なにいってるのよ。セツナがどう思うかなんて、考えればわかることでしょ。彼のことだから、喜ぶはずがないじゃない」

「えーでもー、エインがセツナが喜ぶっていったのよー」

「よく考えなかったあなたが悪いのよ」

「なんでそうなるのよう」

 ファリアの言い分がまったく納得できないのか、ミリュウは頬を膨らませて不機嫌そうな顔をした。せっかくの美人が台無しだったが、そのことは口にしなかった。そんなことをいえば藪蛇になるのはわかりきっている。きっと、そうなったのもエインのせいだということでさらに激しく追求されることだろう。

「でも、隊長が喜ぶようなことではないってのは、わかりきったことでしたよ」

 ルウファが、ふたりの間に口を挟むと、ミリュウががっくりと肩を落とした。

「ルウファまで……」

 それから、こちらを睨んでくる。

「俺を睨むのは構いませんが、賛同するかどうかを決めたのは、ミリュウさん自身ですよ」

「わかってるわよ、それくらい……はあ、あとでセツナに甘えるわ」

「結局そうなるのね」

 ミリュウのため息混じりの一言に、ファリアが苦笑とともに肩を竦めた。エインは、ファリアに助けを求めたことが功を奏したのだと想い、ほっとした。

 すると、空席をひとつ挟んだ席に座るアスタル=ラナディースが、エインを見てきた。いつみても美しく、気高さと雄々しさを内包する女傑は、少しばかり不安そうな顔をしていた。派閥の党首であるはずのセツナの反応が気にかかったのだろう。

「しかし、これでよかったのか?」

「なにがです?」

「セツナ伯の了承も得ず、派閥を結成したとなると、色々と問題があるのではないか?」

「まあ、多少は問題もあるでしょうけど……派閥を作っておくことのほうが重要だと想ったものでして」

「セツナ伯が一方的に解散する可能性は?」

「ないでしょうね」

 エインが即答すると、アスタルは妙に満足そうな顔をした。エインの手腕を信じきっているという反応であり、エインにはそれがたまらなく嬉しかった。エインは、アスタルに見出されたといってもいい。ログナー時代から、ガンディア時代に至るまで、エインはアスタルに見守られ続けている。公私ともにだ。

 いまもそうだった。

 アスタルがいなければ、エイン=ラジャールが軍師の後継者候補として名をあげられるようなことはなかっただろう。

「言い切るわねえ」

 ミリュウがあきれたようにいってきたのは、エインが自信満々に断言したことが気に入らなかったからだろうが。

 エインは、ミリュウを見て、笑いかけた。

「セツナ様は、なんだかんだいって俺たちの考えを汲んでくれますから」

「確かにねえ。なんでもいうこと聞いてくれるもんね」

「本人が我儘をいうことはほとんどないのにね」

 ファリアがため息を交えたのは、セツナのことを想ってのことに違いなかった。

「少しくらい無茶をいってくれたほうが、我々としても安心できるのですがね」

「そういえば、ゼフィルさんって陛下派じゃなかったでしたっけ?」

「ええ、そうですよ」

「じゃあ、陛下派からセツナ派に鞍替え? そんなことしていいんですか?」

「鞍替えしても特に問題はないでしょうが、現在のところ、掛け持ちということにしていただいております」

「派閥の掛け持ちなんてしていいんだ?」

「相反する派閥ならともかく、国王派とセツナ派が対立することなんて万に一つもありませんし、ねえ?」

「ゼフィルさんの仰られる通りですよ。我々セツナ派が国王派と対立することなんてありえませんし、むしろ、協調路線で行きたいと想っていますから」

「まあ、当然よね。セツナが陛下と対立することなんてありえないし」

「派閥こそ勝手に結成したも同然ですが、その派閥の意見を勝手に纏め上げて、陛下と対立するようなことがあれば、我々のほうこそセツナ様に処断されかねません」

「だったら、なんでセツナ派なんて作ったのよ」

「ですから、申し上げたじゃないですか」

 エインは、ミリュウを見て、それから一同を見回した。バンドール新城に急造された会議室には、セツナを党首とする派閥への参加を取り決めた面々が集まっている。皆、それぞれに肩書を持つ、ガンディアにおいてそれなりの地位と名声を誇る人物ばかりだった。無論、この場にいるものだけがセツナ派の党員ではない。アレグリア=シーンを始め、参謀局の半数ほどがセツナ派への入党を決めており(残り半数が国王派、レオンガンド派である)、今後、ますます増加すること間違いなかった。ガンディアの英雄の派閥なのだ。ガンディアにおいて最大の勢力を誇るレオンガンド派にも、もはや影すら残っていない反レオンガンド派にも属することを躊躇っている無派閥の貴族、軍人たちがこぞって入党を希望してくるかも知れなかった。

 もちろん、無派閥のだれもが皆、セツナ派に入るとはエインも考えてはいない。セツナ派にゼフィル=マルディーンが参加している時点で、セツナ派とはいいながらも厳密には国王派の別派に過ぎないと見るものもいるだろうし、エインとしても、その考え方で間違いないと思っている。先もいったように、セツナ派は、国王派と対立する派閥ではない。国王派内の派閥といっても過言ではないのだ。ゼフィルがセツナ派の立ち上げに賛同し、みずから入党を志願してくれたのも、セツナ派がレオンガンドと対立するものではなく、むしろ後押しするためのものだと理解しているからだ。

「ガンディアの将来のために必要なことなんですよ」

 エインは、ミリュウの目を見据えながらいった。それについては、今日に至るまで何度もいってきている。ミリュウはともかく、ファリア、ルウファを説得するには、それなりの理由が必要だった。そして、ルウファの首を縦に振らせるために力を発揮する言葉が、ガンディアのため、という一言だった。

 実際、セツナ派の結成はガンディアのためだ。

 現在、ガンディアの政というのは、現国王レオンガンドの元で統一されているといっていい。国の意思を決定するのはレオンガンドであり、国政を掌握しているのもまた、レオンガンドだ。政治家や文官、軍人がどれだけ力を持ったとしても、レオンガンドの意思に逆らうことはできない。レオンガンドによる支配は、絶対的なものといってもいいだろう。レオンガンドが是といえば否も是となり、善も悪となる。

 それでもレオンガンドが独裁者となっていないのは、レオンガンドが国政を政治家たちに任せている面が大きいからだ。レオンガンドはあくまで最終的に是非を決めるのであって、政策が採用されるかどうかは政治家たちの力量や調整にかかっていた。レオンガンドが外征などで国を離れた際、国政が上手く機能するのも、そういった習慣のおかげもあるのかもしれない。

 しかし、そういった習慣がガンディアに暗雲をもたらしているという。

 敵が、いるかもしれない。

 レオンガンドは、ガンディアの国王であり、独裁者となりうる力を持ちながら、独裁者にはならず、調停者として君臨している。その結果、臣下の政治家たちの裁量が大きくなり、政治家たちの影響力が強くなってしまった。特にジゼルコートの影響力は、レオンガンドに匹敵するか、凌駕する可能性まであった。

 軍師ナーレス=ラグナホルンが憂慮し、レオンガンドに忠告するのも当然のことだった。だが、いまさらジゼルコートの影響力を低下させるというような施策を取ることはできない。そんなことをすれば、ジゼルコートのみならず、ジゼルコートの影響下にある政治家たち、貴族、軍人の反発を招くからだ。

 外征に注力し、内政を政治家たちに任せた結果がこのような事態を招いている。

 それも致し方ないことだ。

 外征に注力せざるを得ない状況に直面していた。ログナーはともかく、ザルワーン戦争、クルセルク戦争に関しては、あのとき、戦争に踏み切らなければガンディアが滅びていた可能性も低くない。内政に力を注いだ結果、国が滅びたとあっては笑い話にもならない。国政をジゼルコートら有力政治家に任せ、レオンガンドが先頭に立って戦場に赴くのは、あの時期には仕方のないことだったのだ。

 だから、そのことはナーレスも責めてはいない。ジゼルコートら政治家の活躍がガンディアを支えたという事実もある。彼らがいなければ、度重なる勝利も無意味のものになっていたかもしれないのだ。

 勝利に次ぐ勝利も、国がぼろぼろになっていては意味がない。

 レオンガンドは、無能ではない。むしろ、有能な部類だ。政治家たちが提案した政策の中からより良いものを選択するという能力に長けた彼は、政治家としても優秀といっていいだろう。王としての権力を上手く使いこなしてもいる。だが、独裁者ではない。調停者なのだ。

 かつて、ガンディアにおいて権勢を誇ったアンスリウス家のような有力貴族が徒党を汲んでレオンガンドに反旗を翻せば、ガンディア国内は天地をひっくり返したように混乱すること間違いなかった。

 ナーレスの危惧は、そこにある。

 故に、ナーレスはレオンガンドに敵と味方を明確化することを勧めた。無論、レオンガンドと彼の周囲だけで共有する情報として、だ。だれが敵で、だれが味方なのか。明確化しておけば、なにがあったとしても対処しやすく、事前に処理することだって不可能ではない。

 無論、敵などいなければいいのだが、どうもそういうわけにもいかないらしい。

 反レオンガンド派は、完全に潰えたはずなのだが、まだ残党がいて、行動しているというのだ。ラインス=アンスリウスという後ろ盾を失ってなお蠢動し続けている反レオンガンド派の執念には頭が下がるが、黙って見過ごすわけにもいかなかった。

 かといって、理由もなく処断することなどできるわけもない。

 レオンガンドをはじめとするガンディア上層部が疑念を抱く人物のひとりに、ジゼルコート・ラーズ=ケルンノール・クレブールがいる。影の王と謳われるガンディア最有力の政治家は、ある事件からベノアガルドとの繋がりを疑われ続けているのだが、その疑念でもって即座にジゼルコートを捕縛するというわけにはいかないのだ。疑わしきは処断するというような独裁者ならば、それでいいのかもしれない。だが、そんなことをレオンガンドが行えば、ガンディアの政情は乱れに乱れるだろう。その上、処断後、もしジゼルコートの冤罪が明らかにでもなった場合、レオンガンドとガンディア政府の評判、信頼は地に落ちること疑いない。

 力で抑えつけることができたとして、不満や不信を完全に取り除くことはできない。いずれ暴発し、ガンディアにあらぬ損害を与えるかもしれない。なにもかも可能性の話だが、そういった可能性のある賭けには出られないというのが、ナーレスとレオンガンドの考えだった。

 ジゼルコートの裏切りが明確であれば、話は別だ。だが、疑いの域を出ない以上、彼を処断することも糾弾することもできないのだ。なにより、御前試合から今日に至るまで、ジゼルコートの身の回りから疑わしい情報はなにひとつ出ていない。処断する道理がないのだ。

 それでもナーレスやレオンガンドがジゼルコートに疑念を抱いているのは、直感によるところが大きいようだった。

 エインは、もう少し論理的にジゼルコートを疑っているのだが、だからといって彼を処断できるほどの証拠があるわけでもない。

 エインがセツナ派の結成を急いだのも、そういった流れの中にある。

 セツナ派の結成は、ガンディアの政界に衝撃を走らせることになるだろう。その衝撃が、敵を焦らせるようなことになってくれればいいのだが、そればかりは、エインにはわからない。

 エインは戦術家であって、政治家ではない。

 彼のこれは、戦術なのだ。

 ガンディア内部に潜伏する敵をあぶり出すための、戦術。


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