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第千百五十七話 獅子と矛(三)

「わたしは英雄にならなければならなかった」

 レオンガンドの声だけが、響くように聞こえる。

「父が、そうだったからな。父、シウスクラウドは、英雄、英傑の風貌を生まれながらにして持っていたという。周囲のひとびとの期待通りに成長し、まさに英雄としての道を歩もうとしていた矢先、父は病に倒れた。二十年も前のことだ」

 二十年前。つまり、セツナがこの世界に来るよりもずっと前の、それどころかセツナが生まれるより前の話だ。

 レオンガンドの父親にして先の国王シウスクラウドは、ガンディアの歴史に名を残すほどの人物だったという。いまでも、なにかとレオンガンドと比較されることが多く、いまでこそレオンガンドのほうが素晴らしいという声も多くなってきたものの、ログナー戦争前後などはシウスクラウドを持ち上げ、レオンガンドを扱き下ろすものが数多くいた。そういった風潮が変わったのは、ログナーを平定してからであり、ザルワーンを制圧してからというもの、レオンガンドを取り巻く評価は一変したといってもいい。もちろん、いい方向に、だ。

 レオンガンドは、“うつけ”などではなく、紛れも無く獅子王シウスクラウドの血を引く傑物であり、獅子王の名に相応しい王者であると褒めそやす声も聞かれるようになったのは、最近のことなのだ。

「父は、あるときまでは英雄だった。病と戦い、死の運命に抗い続けるその姿は、わたしに感銘をも与えた。わたしは、父のような英雄にならなければならないと想ったものだ。その気持は後に裏切られたが、しかし、あのときの感情そのものに偽りはあるまい。わたしは、父を超える英雄にならんとした」

 レオンガンドの独白を聞きながら、セツナは、自分がなんと呼ばれているかについて考えざるを得なかった。

 英雄と呼ばれている。ガンディアの英雄だ。ガンディアの大躍進にもっとも貢献していることからそう呼ばれているのだが、最初そう呼ばれていると知ったときは、驚いたものだった。自分には似つかわしくない言葉だと想っていた。しかし、いつしかそう呼ばれることにもなれ、英雄と呼ばれることそのものには特になにも感じなくなっていた。

 それが、レオンガンドの嫉妬を招いたのだとしたら――。

 セツナは、なんだか申し訳ない気分になった。

「だが、無理だった。わたしはガンディアの王位を継承した凡人に過ぎず、ナーレスやジゼルコート、セツナ――君らの助力を得て、はじめて戦うことができたのだ。わたし個人の力など、たかが知れているのだ」

 彼は静かにため息を浮かべた。

 レオンガンドのいいたいことはわかるし、納得もできる。しかし、それはレオンガンドだけの話ではない。

 セツナ自身の力もたかがしれている。そもそも、黒き矛の力は、セツナ個人の力ではない。借り物の力にすぎない。無論、レオンガンドはそんなことをいっているわけではないのだろうし、武装召喚師ならば召喚武装の力を含めて、個人の力というに違いないのだが。

 それはそれとして、セツナはレオンガンドに反論した。

「俺も、ひとりじゃないですよ。陛下や皆さんのお力添えがあってはじめて、俺は戦えるんです」

「それは、一方では正しいものの見方だが、一方では間違っているな」

「そうですか?」

「ああ。君は、ひとりで戦えるじゃないか」

 そう告げてきたレオンガンドの目は、優しい。

「わたしは、ひとりではなにもできないよ。君を殺すことさえ、できない」

 レオンガンドがみずからの両手を見つめながら、自嘲気味に笑った。先ほどのことをいっているのだろう。が、それこそ勘違いと言わざるを得ず、セツナは、苦笑とともにいった。

「陛下なら、殺せますよ」

「君をかね?」

「ええ」

「なぜだ? 君ならば抗えるはずだ。わたしを殺すことくらい、造作もないだろう。たとえアーリアがこの場にいたとしても、な」

 レオンガンドが眉根を寄せた。眼帯に隠れていない方の目が、険しくなる。その険しいまなざしを見つめ返し、セツナは言い募る。

「いったでしょう? 俺は、陛下に居場所を与えてもらったって。陛下が不要と判断されれば、消えるしかありませんからね」

「……わからないな。君のいっていることが、わからない。わたしが不要と判断したとして、君を必要とするほかの人間がいるだろう。ベルやミリュウは、君を必要としている。それくらい、わかっているはずだ」

「はい」

 肯定する。

 ファリアとミリュウだけではない。レム、シーラ、ラグナ、エリナなど、自分を必要としてくれるひとは思い浮かぶだけで指の数が足りなくなるくらいにいた。もしかしたら、ルウファやマリア、エミルも自分を必要と想ってくれているかもしれないし、エスクたちもセツナのことをそのように考えてくれているかもしれない。黒獣隊や戦技隊の隊士たちも、そう想ってくれていたら、この上なく嬉しいことだ。

 だれかに必要とされたい。

 それがセツナの行動原理だった。

「だったら、彼女たちのためにも生きるべきだ」

 レオンガンドの声音は、優しい。

「それでも、陛下に不要と判断された以上、生きる価値はないといっているんですよ」

「馬鹿げたことをいうものじゃない」

 レオンガンドは、またしても頭を振る。

「セツナ。君は確かにわたしに忠誠を誓った。わたしの臣下となった。だが、君の人生はわたしのものではない。君は好きなように生きる権利がある。力があるのだ。自分を慕ってくれるもの、必要としてくれるものたちを無碍にして、命を無駄にするな」

「俺は、王命とあらば死にますよ」

 セツナが想ったままのことをいうと、レオンガンドが目を細めた。

 しばらく、沈黙が続いたのは、レオンガンドがなにをいうべきか考えていたからだろう。どういえばセツナを説得できるのか、そんなことを想っていたのかもしれない。

 セツナは、自分の考えを曲げるつもりはない。レオンガンドのおかげで、いま幸福を感じられているのだ。レオンガンドがセツナの死を望むのならば、それを喜んで受け入れるくらいの気持ちがある。もちろん、死にたいわけではない。もっと生きていたい。生きて、レオンガンドの力になりたいのが本当の望みだった。

 やがて、レオンガンドが口を開く。

「真に正しき忠誠は、主の間違いを正すことなのだ。どのような命令にも唯々諾々と従うことだけが忠誠というのは、大きな間違いだ。君のような逸材をただの嫉妬で殺そうとする王の命令になど、従う道理がどこにある?」

「それは……そうですが」

 レオンガンドの言い分もわかる。確かにその通りなのだろう。王も人間、主君も人間なのだ。間違いはするし、すべての考えが正しいわけもない。

 主君の愚かな命令に従ったあまり滅亡した国もある。

 ミオンなどその最たる例だろう。宰相を差し出せば、ミオンが潰れることはなかった。少なくとも、ガンディアによるミオン征討が起こることなどはなく、ミオンはガンディアの同盟国として存続し続けることができただろう。

 だが、現実にはミオンは滅びた。それはなぜか。ミオンの国王イシウス・レイ=ミオンの愚挙を、臣下が止めようとしなかったからだ。征討が起きてから、ガンディア側に降ったものもいるが、それではあまりにも遅すぎた。結果、ミオンは滅び、国土はガンディアとルシオンに二分された。

 レオンガンドがいっているのはつまりそういうことだろう。

 レオンガンドが間違いを犯したときには、ミオンの例を反面教師として正して欲しい、というのだろう。

「従順すぎるのも困りものだな」

「仕方がないじゃないですか」

「ん?」

「俺には、陛下に従う以外ないんですから」

「……それが問題なのだがな」

 レオンガンドがため息混じりに苦笑した。表情に穏やかさが戻っている。セツナを説得するのを諦めたのかもしれない。

「君はいまやひとの上に立つ身だ。自分で考え、行動することを覚えなければならん。隊長としての役割、領伯としての責務に煩わされずに済むよう取り計らってきたのはわたしたちだが……それが間違いだったのかもしれんな」

「ですが、領伯の仕事に忙殺されれば、戦いどころじゃなくなるかもしれませんよ?」

「そうだな。その通りだ。やはり、君にはこれまで通り、戦いに専念してもらうほうがいいかもしれん」

「でしょう?」

 セツナは笑いながら同意を求めた。もちろん、戦いだけに専念する分、相応の戦果が求められるのだが、これまで、割の合わない結果に終わったことなどなかったはずだ。

「笑い話ではないのだが……まあいい」

 レオンガンドの苦笑には、諦めが混じっていた。

 セツナは、そんなレオンガンドににこにこするしかない。諦めてもらう他ないのだ。領伯としての責務を全うできるようになるのが一番なのは、だれよりもセツナ自身が身に沁みて理解している。しかし、自分の小さな頭では、軍事と政治の両方を同時に行うということはできそうにもないのだ。きっと混乱する。だから、セツナ派なる派閥の結成にも難色を示したのだし、政治家として活動するつもりはないと明言しているのだ。

「だが、これだけはいっておくぞ」

「はい。なんでしょう?」

「これからは、もっと我儘をいいたまえ」

「はあ?」

 セツナは、レオンガンドの予想外の言葉に生返事を浮かべた。レオンガンドが肩を竦める。

「そうしてくれないと、わたしが困るのだ」

「はあ……」

「なんでもいい。たとえば、領地を増やして欲しいというものでもいいし、美女を侍らせたいというようなものでもいい。君の思うまま、望むまま、わたしにいってくれ。まあ、美女には困っていないだろうがな」

 レオンガンドが、大笑いに笑った。

 セツナは、どう言い返せばいいのかわからず、途方に暮れた。レオンガンドのいうことももっともではある。確かに、セツナの周囲には美しい女性が多い。ファリアも、ミリュウも、レムも、シーラも、皆それぞれに美しい。シドニア戦技隊の元傭兵たちが羨むほどだったし、エスクにはそのことでさんざん冷やかされてもいた。

 美女ばかりを侍らせることができるのは英雄の特権だ、などというくだらない記事が出回ったこともあれば、《獅子の尾》隊舎はセツナの後宮のようなものだという陰口が叩かれているということも知っている。

 無論、セツナが率先してそのようにしたわけではないし、たまたま、偶然という他ないのだが。ファリアはともかく、ミリュウを結果的に救ってしまったのも偶然だし、レムがセツナの従者になったのも予期せぬことだ。シーラが配下に加わったのも、彼女がセツナを頼ってきたからであり、セツナ自身が望んだことではない。

「それと……」

 レオンガンドが、どこか言いにくそうにいってきた。

「さっきは、済まなかったな。首を絞めたりして」

「いえ、いいんです」

「君がどう出るのか、試したかったのだ」

 レオンガンドのばつの悪そうな表情を見るのは、めずらしいことだった。

(やっぱり……)

「先にもいったように、嫉妬もあるがね」

 嫉妬というのも、本音らしい。

 セツナは、レオンガンドの知らない一面をつぎつぎと見たような気がして、驚きと嬉しさを感じた。

「それで、どうだったんです?」

「ん?」

「試した結果、ですよ」

「結果、な。ますます君への嫉妬が強くなったよ」

「え?」

「冗談だ」

 そういって、レオンガンドは爽やかに笑ってきた。さっきまでの重い空気が嘘のような表情であり、セツナは、その笑顔に見入るほかなかった。

「ふふ、ひとつわかったことがあるのだが……どうやらわたしがいま本音をぶつけられる数少ない相手らしいな、君は」

 レオンガンドの思わぬ一言に、セツナは呼吸を止めた。想像だにしていない言葉だった。レオンガンドがそこまでセツナに気を許してくれているとは、想っても見なかった。当たり前だ。セツナは異世界の人間で、彼の臣下となって一年半あまりの付き合いでしかない。そして、一年半、常に側にいたわけではない。むしろ、こうして長々と話す機会のほうが少なかった。セツナにとってレオンガンドは雲上人だったし、いつだって緊張する相手だったのだ。

 レオンガンドのことは最初から信用していたし、いつしか心の底から尊敬するようにもなっていた。レオンガンドのためならば死ねるというのも、そういった感情があるからだ。だがしかし、レオンガンドがセツナのことをそのように想ってくれているとは、考えたこともなかった。重用されていたことは知っている。大切にもしてくれていただろう。しかし――。

「陛下……」

 言葉が、上手く続かなかった。こみ上げてくるものがあった。

 レオンガンドの顔が困惑に歪んだ。

「どうした? なぜ、泣く?」

「いえ、あの、その……これは……」

 なんといえばいいのかわからず、しどろもどろになりながらも、溢れる涙を止めることなどできるわけもなく、セツナは揺れる視界の中に浮かぶレオンガンドの困ったような顔を見ていた。

 彼は、いう。

「……君という人間がますますわからなくなったよ」

「自分でも、よくわかりません」

「まあ、そういうものかもしれないな。本当に、人間というのは不思議な生き物だ」

 レオンガンドの穏やかな

「ひとつだけ、願いをいって、いいですか?」

「おお、さっそくか。なんだ? なんでもいってくれ」

「これからも、俺を使ってください」

 セツナが告げると、レオンガンドは、目をぱちくりとさせた。

「そんな……ことか?」

「はい」

 うなずく。

 それだけで、十分だった。

 それ以上の望みなどあるわけもない。

「ふふふ……はははは……まったく、まったくなんという男だ、君は」

「陛下?」

「いや……君に嫉妬するのも当然だな。君はまさに英雄なんだよ。わたしが夢にまで見た、英雄なんだ」

 レオンガンドの一言一言がセツナの耳に響き、胸を打つ。心のなかで幾重にも反響し、無限に音色を奏でていくかのようだった。

「これからも、よろしく頼む。英雄殿」

 レオンガンドの言葉は、まるで魔法のようで。

 セツナは、歓喜の中で、力強くうなずいたのだった。


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