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第千百四十三話 紅い瞳のレム

「ほーんと、セツナと同じになっちゃって。どういうことかしら」

 ミリュウが、レムの顔を覗き込みながらいった。どこか不愉快そうなのは、レムがセツナに近づくことがたまらなく嫌だからだろう。それは、レムが、だからではあるまい。自分以外のだれかがセツナに近づくことが許せないのだ。物理的な距離だけでなく、精神的な距離でも、だ。

 対するレムは、ミリュウに鼻息がかかるくらいの距離まで顔を近づけられて、困惑気味だった。

「どういうことなのでございましょう?」

「あんたの身に起きたことでしょ。あたしが聞いてるのよ」

「わたくしにもなにがなんだが……」

 理由がわからず困ってはいるものの、それでなにが不便になるわけでもなく、むしろ嬉しそうにしているのがレムだった。

 場所は、裏庭から隊舎一階の広間に移っている。セツナはミリュウのせいで痛めた体をマリアに診てもらっており、マリアは、ミリュウを徹底的に叱りつけた。ミリュウは言い訳もせず、マリアの叱責を受け止めていたが、それは彼女が正気に戻ったことを意味している。

 セツナのこととなると、どのような物事でも受け入れられるのが本来のミリュウだ。普段のミリュウなら、レムの発言も笑って聞き流すなり、それに乗っかってセツナに迫るなりしたことだろう。それをせず、セツナを組み伏せてしまったのは、ミリュウがエリナを連れて戻ってきたら、セツナがレムといちゃついていたからだ、というのだが、それもミリュウの視野狭窄が生み出した勘違いだ。勘違いが彼女を暴走させ。セツナの体を傷めつけてしまったのだから、ミリュウがマリアの説教を受け入れるのも当然だった。ミリュウは反省し、セツナに泣いて謝ったが、セツナはそんなミリュウにも怒ったりもしなかった。

 広場に場所を移したのは、ファリアとしては術師局で任されたことを話し合うためだったのだが、話題は、レムの目に集中した。それはそうだろう。ファリアも、レムの眼の色が変化した原因については知りたいところだった。

「眼の色が変わるなんてこと、普通、ありえることなのかしら」

「あるわけないわ」

 即答してきたのは、ミリュウだ。レムから顔を話した彼女は、素早い足取りで定位置に戻っていく。定位置というのは、セツナの隣の席だ。広間の長椅子に腰掛けたセツナの右隣がミリュウの定位置であり、左隣は大体空席だった。ファリアは基本的に、セツナとは距離を取ることにしている。なんだか気恥ずかしいというだけの理由で、だ。今日はエリナがセツナの左隣を占領していて、セツナの膝上を小犬のニーウェが占有している。セツナはニーウェにまで好かれているのだ。

 定位置といえば、ラグナもいつもの場所に陣取っている。彼のいつもの場所とは、セツナの頭の上だ。そこが落ち着くということであり、また、セツナから魔力を補給する上で一番いい場所らしい。

 セツナは、ラグナの魔力源であり、ウルクの動力源でもあり、また、ミリュウの活力源でもあった。ファリアにとってもなくてはならない存在だが。

 ウルクは、部屋の片隅で直立不動で立っている。室内全体を見るにはその位置がいいということらしい。ウルクは、セツナの護衛という立ち位置を常に頭に入れて行動している。

 レムは、話の中心ということもあって、セツナたちの目の前に立たされ、所在無げにしていた。自分の身に起こった変化について知りたくはあるのだろうが、皆から注目を集めるというのは気になるところなのだろう。

「言い切れるのか?」

「あたしの知りうる限りでは、よ」

 ミリュウがセツナの目を見つめながらいった。ミリュウの知りうる限りとは、どの程度のことをいうのか、ファリアにはわからない。彼女がオリアス=リヴァイアからリヴァイアの知識を受け継いだという話は聞いて知っている。しかし、知の継承がどのようなもので、その知識がどれほどのものなのかは、当人ならざるファリアにはわかりようがないのだ。ワラルとハルンドールの関係についてはルシオン人よりも詳しく知っていたことから、彼女の知識量が並外れたものであることは疑いようがない。少なくともファリアなどよりも多くの物事を知っているのだろう。その彼女が断言しているのだから、異常な現象なのは間違いあるまい。

 ラグナが、口を開く。

「わしの記憶にもないのう。髪や毛の色が変化した人間ならば数えきれぬほどいるが、先輩のような事例は、数万年の記憶の中にはないのじゃ」

「数万年、常に人間を見てきたわけじゃないだろ」

「うむ。人の子なぞ、興味もなかったわ」

「それがいまでは御主人様の下僕弐号。不思議なものでございます」

「ほんにのう」

 レムの発言に対して、ラグナは否定さえしなかった。万物の霊長であることを誇りとし、自尊心も強烈なドラゴンでありながら、セツナの下僕であるという一点に関しては一切否定することがない。奇妙なことだが、現在のラグナに転生してからはずっとそんな調子だったこともあって、いまではファリアたちも平然と受け入れていた。約半年、ラグナはセツナの下僕をしている。ファリアたちが彼を信頼するには十分過ぎる時間だった。

 数万年もの時を生きてきた転生竜。その知識は、ファリアはいうに及ばず、リヴァイアの知を継承したミリュウを凌駕していたとしても、なんら不思議ではない。

「レム。あなたは人間ですか?」

 唐突に、ウルクが疑問を投げかけた。

「いきなりだな、おい」

「人間では起きるはずのないことも、人間以外の生き物であれば、起きうるかもしれません」

「そういわれれば、わたくし、人間ではございませんでしたね」

 レムが自分の手を見ながら、面白おかしく笑った。彼女は確かに死神として、通している。しかし、ファリアには彼女が人間にしか見えないし、人間として扱ってもいる。彼女を人外と認識したことはない。

「……死神っても、人間は人間だろ?」

 セツナがいったとおりだと、ファリアは思ったが、レムは納得しないようだった。

「殺しても死なない人間がこの世にございますでしょうか?」

「ここにいるだろ」

「それは屁理屈というものでございます」

「そりゃあそうだが」

 セツナが頭を掻いた。

「……ひとつ、考えられることがあるとすれば」

「なにか思い当たることでもあったの?」

「御主人様の闇人形がわたくしの中に入ってきたからではないでしょうか」

「はあ!?」

「闇人形……ってなんだっけ?」

「俺の“死神”だよ」

「ああ、あれのことね」

 セツナからの説明で思い出したのは、アバードからガンディアへの帰路、馬車内で見た闇の塊のような物体のことだ。人形というだけあって人体を模した姿形をしていたのだが、形状が、どことなくレムに似ていることでミリュウの怒りを買ったことを覚えている。どうしてレムの姿に似ていて、自分の姿に似ていないのか。そんなことを延々いっていた気がする。

「そういえば、セツナが出した闇人形、いつの間にか消えておったのう。セツナが消したものだとばかり思っておったが」

「そういや……そうだな。俺は、闇人形を消した覚えはないな。だとしても、いつの間に……?」

「御主人様がミリュウ様に羽交い締めにされている間に、で、ございます」

「エリナは見てなかったのか?」

「見てたよ!」

「どうだった!?」

「お兄ちゃん、苦しそうだった!」

「見てたって、俺のことを見ていたのか……」

「うん!」

 元気よくうなずくエリナの様子に、セツナは困り果てたような顔をした。エリナはセツナがなぜそんな表情をしたのかわからないのだろう。にこにこしながら小首を傾げた。小犬のニーウェが尻尾を振りながらセツナの膝の上で踊る。

「そ、そうか……ウルクは?」

「闇人形がレムの“死神”に重なり、消失するのを見届けていますが、それがなにか?」

「見てたのかよ!」

「はい」

「なんでそれを早くいってくれないかなあ」

 セツナが、ウルクの反応の淡白さにがっくりと肩を落とす。

「聞かれないことには答えようがありません」

「それもそうだけどさ」

「気が利かないわねえ」

「ま、いいさ」

 セツナは、ミリュウの発言を流すと、気を取り直していった。

「要するに、だ。俺の闇人形がレムの“死神”に取り込まれるだかして、ひとつになったってことか。その影響がレムの目に現れるっていうのも変な話だし、よりによってなんで赤くなるんだってことだけどさ」

「“死神”が御主人様の闇人形とひとつになったことで、わたくしも、御主人様と同じになったのでございます」

「俺と同じに、ねえ。なにも眼の色まで同じにならなくていいのにな」

 セツナが苦笑交じりにいうと、ミリュウが深刻そうな表情でレムとセツナの顔を見比べた。

「姿形までセツナそっくりになったらどうしようかしら」

「どうしようって、なによ」

「本物のセツナはあたしがもらうとして、セツナになったレムはファリアに上げるのもありね」

「なにいってるのかしらこの子は」

 ファリアは、ミリュウの考えにあきれるよりほかなかった。外見がいくらセツナに似てしまったところで、レムはレムだ。レムをもらったところで、ファリアは嬉しくともなんともない。もちろん、そんなことはわかりきった上での発言だということもわかっているが。

「理解不能です」

「じゃな」

 ウルクの無表情っぷりには感情があるとしか思えなかったり、彼女の発言に同調するラグナのため息にも、セツナへの愛情を感じたりしながら、ファリアはセツナという人物が持つ魅力の強烈さに目を細めたりした。日に日に、彼は、周囲のひとびとを虜にしていっている。彼のどこにそんな魅力があるのか、魅了されてしまった人間には、もはやわからない。わからないが、彼の魅力が人間だけでなく、人外の生物にも影響を及ぼすことは理解できる。

「お兄ちゃんはわたしがもらってあげるからね」

 エリナが囁くようにいった言葉を、ミリュウが聞き逃すはずなく。

「弟子ちゃん」

 ミリュウは、にこやかな顔でエリナを睨んだ。ミリュウとエリナはセツナを挟んで座っている。つまり、セツナを挟んで対峙したのだ。エリナは、ミリュウの凄絶な笑みに体を震わせたものの、引くわけにはいかないとでもいうようにミリュウを見返す。

「師匠……こ、ここは譲れません……!」

「弟子ちゃん」

「う……うう……」

「ミリュウ、エリナが可哀想だろ」

「え、ええ……あたしが悪いの?」

「悪いでしょ」

「ええー……そんなあ」

 がっくりと肩を落とすミリュウと、セツナの助け舟に感激するエリナの様子は対照的だった。エリナはセツナの腕に抱きつくと、嬉しそうに笑い、それから師匠のことを気遣って話しかけたりしたが、ミリュウは茫然自失といった状態で、エリナの声にも反応を示さなかった。セツナが話かけるとすぐさま反応したのだが。

「これ以上の変容はなさそうに思えますが……闇人形も消えてしまいましたし」

 レムが自分の手を見下ろしながらいった。外見全部がセツナとおなじになることはない、といいたいのだろう。レム本人としては、セツナと同じ姿になったところでなんの問題もないと思っているのかもしれない。そんなこと想像させるくらいには、レムはセツナのことばかり考えているように見えた。

「そう……ね。なにがなんだかわからないけれど」

 ファリアは、レムの目を見ていた。赤い目。セツナと同じ赤い瞳。なぜ、そんな変容が起きたのか。闇人形と“死神”が重なったからといって、それがレムの肉体に作用するというのはよくわからない。すると、不意にセツナが口を開いた。

「わからないことはないさ」

「え?」

「元々、レムはカオスブリンガーの力によって仮初の命を与えられているだけだ。その“死神”の能力の源泉も、黒き矛なんだ。そして、黒仮面と闇人形は、黒き矛の力だ。元をたどれば同じなんだ。ひとつになったとしても、不思議じゃないさ」

「そう考えれば、レムの体に変化が起きたとしてもおかしくはない、のかしら」

 完全に納得できたわけではないにせよ、理解不能とまではいかない話だ。確かに、レムと黒き矛、黒き矛と闇人形の関係を考えれば、そういう可能性もある。それが完全な解答とは言い切れないにせよ、ほかに考えられることもない。

「それでは、わたくしはますます御主人様に近づいたというわけですね」

「はあ!? セツナの隣はあたしなんですけど!」

「それでいいから、いちいち怒鳴るなよ」

「ああん、ごめんね」

 ミリュウは、これ以上セツナの機嫌を損ねたくないからか、平謝りに謝った。そして、セツナの言葉を反芻して、歓喜の中でセツナに抱きつき、彼をさらに困らせた。そんなミリュウを困ったように見つめながら、セツナがいう。

「……なんでそうなったのかは俺にもわからんけどな」

「わたくしが力を欲したからかもしれません」

「ん……?」

 セツナに釣られるようにレムを見る。

 彼女は、目を閉じ、みずからの胸に手を当てていた。

「御主人様のお力になりたい。その願いを、闇人形が、黒き矛が聞き届けてくれたのかもしれません」

 魔晶灯の光が生み出すレムの影が、突如として膨張する。膨れ上がった影は、髑髏の“死神”ではなく、少女の姿を構築し、レムの背後に浮かび上がる。闇の衣を纏った少女。“死神”と闇人形、その両方の特徴を持っているように思えた。レムが闇人形の力を取り込んだというのは、間違いなさそうだった。

「力を感じるんです。いままでにない力を。これなら、御主人様のお力になれると確信できるくらいの力を」

「力……」

 とてつもなく満足気なレムの表情を見つめながら、ミリュウが力なくつぶやいた声が、ファリアの耳に残った。

 力。

 それは、ファリアにとっても考えるべき命題だった。


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