第千百四十一話 後継(二)
「そうはいってもお、ファリアさんが女神様になられるのは当分のさきのことですよお」
マルーンが、重苦しくなった場の空気を変えるように、ふんわりといった。
「そりゃそうだ」
「異論はない」
「……そうね」
ファリアは、目線を落として、肯定した。戦女神の役割を継ぐということを認めたわけではない。認めざるをえないのだが、いまは、そう考えなかった、という意味でだが。
マルーンの言葉を肯定したのは、彼女が、暗に現戦女神つまりファリア=バルディッシュにはもっと長生きしてもらいたいといっているからだ。
ファリアが戦女神になるということは、ファリア=バルディッシュが戦女神の座を降りるということにほかならない。戦女神は、将軍位などと違って自分からなれるものでも、やめられるものでもないのだ。女神の代が変わるということは、現在の女神の命が尽きるということなのだ。ファリアの戦女神継承を後押しするような発言は、場合によっては現在の戦女神の死を望んでいるとも取られかねない。もちろん、この場にそんな風に受け取るものはいないのだが。
「で、わたしを呼んだのは、そういう話がしたかったわけじゃないわよね?」
「したくなかったといえば嘘になりますが、ここは敢えて虚偽の発言をして点数を稼ぐという方向で」
「本音が漏れてちゃあ意味ねえだろ」
「そういう冗談だ」
「つまんねえよ」
「まあまあ、おふたりとも、落ち着いてくださいよお」
剣呑に言い合うルカとサデューの間を取り持つのは、いつだってマルーンの役割なのだろう。彼女のの持つほほんとした空気感だけが救いのように思える。
「ファリアさん、この資料を御覧くださいい」
「落ち着いてはいるんだがな」
「同感だ。ただ気が合わないだけなのさ」
「もう、怒りますよお?」
マルーンが大袈裟に頬を膨らませるのだが、ただ可憐なだけだ。
「君が怒ってもなんら怖くないからな。それならファリア様に睨まれたほうが恐ろしい」
「睨んであげましょうか?」
「是非」
「どっちだよ」
ファリアは、投げやりなサデューの言葉を聞きながら、ため息を浮かべた。それから、マルーンから
受け取った資料に目をやる。資料といっても分厚い紙束などではない。一枚の紙切れに共通語の文字が記されているだけに過ぎない。文字を目で追えば、内容がすんなりと頭の中に入ってくる。
「学園開校に伴う催し物会議……?」
資料の見出し書かれた文字列を読み上げて、ファリアは加減な顔になった。隣のマルーンが元気よくうなずいてくる。
「はいぃ! それが今回の会議の議題なんですよお!」
「急に元気になったわね」
「はふぅ……」
「あ、落ちた」
「空元気も大変ですよお」
「なんで空元気なのよ」
「ファリアさんに乗ってもらおうと思って必死なんですよぉ!」
マルーンが叫んできたと思ったら、再び机の上に突っ伏した。
「まあ、俺たちだけじゃ手詰まり感半端無いんで、ファリアさんにご足労願ったわけですから、マルーンがファリアさんのやる気を出させようとするのもわかってやってくださいよ」
「ええと、まず、なんでわたしなの?」
「こういう議題だと、ルウファさんよりファリアさんのほうが得意じゃないかということになりまして」
「わたしはルウファさんも呼びましょうよぉっていったんですけどお」
「君のはあまりに私的な欲求すぎるからね。それにルウファ殿には、婚約者が居られるのだ。諦めてむせび泣くが良い」
「ひどいですう! 乙女の純情をなんだと思ってるんですかあ!」
「はっはっはっ、泣け、喚け、叫ぶがよい! 阿鼻叫喚こそがわたしの力だ!」
「どこの魔王だよ」
三人のなんともいえないやり取りに、ファリアは憮然とした。いつもこの調子だというのなら、会議が進まないのは自明の理だ。時間がいくらあっても足りないだろう。武装召喚師としては優秀な三人なのだが。
「話が進まないわよ」
ファリアが半眼で告げると、マルーンが肩を落とした。
「あう……ごめんなさいい」
「わたしを呼んだ理由はまあ、わかったからいいけど、なによ、出し物って」
「ですからぁ、学園開校祝いになにか派手な催し物をしたいなあって、皆で話し合ったんですよお」
「派手な催し物……ねえ」
「そこでわたしが考えついたのが、《獅子の尾》による模擬演武なのだが、いかんせん、《獅子の尾》は王立親衛隊という立場上、わたしどもからは要請しにくくてですな」
「それでわたしに頼み込もうって魂胆なのね」
ルカの説明を聞いて、ファリアはため息混じりに納得した。《獅子の尾》による模擬演武がいったいどういうものになるのか想像もつかないが、自分が会議に呼ばれた理由には合点がいく。確かに、《獅子の尾》に話を通そうと言うのなら、《獅子の尾》の副長か隊長補佐がいいだろう。隊長は忙しい身の上だし、純粋な意味でも武装召喚師ではない。世間的には武装召喚師として知られているし、ガンディアもセツナのことを武装召喚師として喧伝してはいるものの、《協会》は彼を武装召喚師とは認めないだろう。
もっとも、セツナは一応《協会》に所属してはいる。ファリアがそうしたほうがいいと提案したからだったし、この世界のことについてなにも知らないセツナは、唯々諾々とファリアのいうことに従うしかなかったからだ。もちろん、ファリアがそう提案したのは、そのほうがセツナにとっていろいろと都合がいいだろうと判断したからだ。他意はない。それに《協会》に所属しているからといって、彼の行動を縛ることは、《協会》にはできない。彼は、《協会》の庇護がなければ生きられないようなか弱い存在ではないのだ。
マルーンが頬をふくらませる。
「決定事項じゃないですよぉ」
「そうそう、ルカの馬鹿が勝手にいってるだけっす」
「馬鹿とはなんだ愚者め」
「だれが愚者だよだれが」
「そうですよお、いくらサデューさんの頭がよろしくないからって、あまりにもあんまりな言い方ですぅ!」
「いや、ルカもそこまではいってないような気が……」
「だから、話が進まないって」
「あうあう……ごめんなさいい」
「もう、あなたたち、真面目に会議する気あるの?」
ファリアは、資料を机の上において立ち上がると、三人の顔を順番に見ていった。マルーン、サデュー、ルカ、三人が三人、ファリアの剣幕に凍りついたような顔をしている。この会議の一連の流れを見たものは、彼らが優秀な武装召喚師だといっても信じてくれないだろう。実力と性格は必ずしも一致しないものだし、不真面目であろうと武装召喚師としての力量に問題があるわけではないのだから構わないのだが、まともに会議も進行できないようなものが教師を務められるのかどうかといえば、大いに疑問が残るところだった。
しかし、これでもマシな部類だというのだから、いかに《協会》が人材難に陥っているのかがわかろうというものだ。
そして、人材難に陥るのも当然ということも、ファリアは知っている。《協会》は、ワーグラーン大陸全土に支局を持つ組織でありながら、その人員の多くは、リョハン出身の武装召喚師が占めている。事務員などはその支局の所在地で雇った普通人であることが多いものの、所属武装召喚師の大半がリョハンで武装召喚術を学んだものたちなのだ。
武装召喚術が誕生し、《協会》が発足して五十年余り。《協会》は大陸中に武装召喚術を広めるべく活動しているものの、その成果は必ずしも芳しくはなかった。ルウファのようにリョハンとは無関係に武装召喚術を学び、習得するものが増えてきたのは、ここ二十年くらいのものだが、それら《協会》非所属の武装召喚師が爆発的に増えるということはなさそうに思えた。
武装召喚師を育てるのは、武装召喚師をおいてほかにない。が、ひとりの武装召喚師が育てられるのは、せいぜいひとりかふたりだろう。リョハンのように武装召喚師の教育方法が確立しているならばまだしも、《協会》に所属してすらいない武装召喚師が持てる弟子の数など、たかが知れている。それらが《協会》に所属してくれたとしても、爆発的に増員するということはないのだ。その上で小国家群の武装召喚師特需だ。
人員が枯渇するのも無理はなかった。
そして、人員が減りすぎることを懸念した《協会》が武装召喚師を出し惜しみするのも、道理だった。一定数は確保しておかなければ、《協会》の自立性も危うくなるかもしれない。
「あう、ありますよお! 至って真面目ですう!」
「そうですよ、今日の会議はいつもより何倍も真面目ですよ!」
「まったく、そのとおりです!」
三者三様の反論を聞いて、ファリアは絶句した。それから、途方に暮れる。
「……これが真面目なら、普段どんななのよ……」
結局、開校記念の催し物は、《獅子の尾》による模擬演武を主軸にしたものとすることで調整されるということになった。