第千百四十話 後継(一)
ガンディア王立召喚師学園は、ガンディアが次代の主戦力と定めた武装召喚師の育成を目的とした教育機関である。
武装召喚師の強大な力に目をつけたレオンガンドとナーレスが率先して発足させるに至った。《大陸召喚師協会》が影ながら協力しているものの、その助力は微々たるものだ。《協会》は、いずれかの国に肩入れするようなことはない。そんなことをすれば、《協会》の総本山であるリョハンに類が及ぶからだ。リョハンがヴァシュタリアの勢力圏内で独立国のように振る舞えるのは、リョハンがその力でもっていずれかに与し、大陸の情勢に直接的に影響を及ぼすようなことがないからだ。その前提が崩れれば、ヴァシュタリアも黙ってはいないだろう。
だから、《協会》も表立っては行動しないし、ガンディアもそこまでの助力を望まなかった。
《協会》との関係が悪化すれば、《協会》所属の武装召喚師を失うことになるかもしれない。
ガンディアは、学園発足に先立ち、多数の武装召喚師を登用している。それら武装召喚師たちは《協会》に属しており、《協会》の意向によってガンディアとの契約を破棄することが許されていた。そういう契約なのだ。
そして、そういう《協会》優先の契約だからこそ、《協会》は各国政府との微妙な距離を維持することができるのだろう。《協会》が下になるような契約を結べば、たちまち、《協会》は《協会》としての自我を失い、自壊する。
ガンディアは、独自の武装召喚師育成機関を作るに当たって、《協会》に様々な意見を求めた。武装召喚師の育成とはどのように行えばいいのか、など初歩的なものから教師となる武装召喚師の人数、それに応じた生徒数、教師への給料はどれくらいが妥当か、また教師に相応しい人員はいるのか、など、多岐に渡る。
《協会》はそれらの質疑に対し、答えられる範囲で、懇切丁寧に回答を寄越したという。
ガンディア政府は、《協会》からの回答と、ガンディア所属の武装召喚師らからの意見を元に、王立召喚師学園の基礎を固めていった。
新市街に建設中の校舎も、それらの意見を参考にしているという。
「応募総数四千人超だっけ? そこから五十人だけを選別するのって、大変だったんじゃない?」
ファリアは、目の前に積み上げられた無数の資料の束を見つめながら、いった。
彼女がいるのは、ガンディオン王宮区画にある術師局仮設本部内の一室だった。術師局とは、ガンディアに所属した武装召喚師を一纏めにするための組織であり、参謀局、傭兵局の武装召喚師版というべきものだ。まだ正式には発足してはおらず、正式に発足すれば、《獅子の尾》の武装召喚師たちも術師局に籍を置くことになるらしい。もっとも、《獅子の尾》は王立親衛隊ということで、王命を最優先にするため、籍をおくといっても行動が縛られるようなことはないということだ。
術師局の設立は、今後増えるであろうガンディア所属の武装召喚師を管理する上で必要になると判断されたからであり、王立召喚師学園の教師陣も術師局の所属となり、学園そのものも術師局の管轄となるという話だ。
組織の肥大は部門の増大を加速させ、複雑化を懸念させるのだが、そればかりは仕方のないことだろう。
大きな机に積み上げられた資料の数々は、学園に関連するものばかりであり、その多くが入学希望者の資料だった。ファリアもさっきからいくつかの資料に目を通したものの、特にめぼしい人材があるわけもなく、すぐに興味を失った。
「大変でしたけどぉ、わたしたちが実際に目を通したのは、四分の一の千人程度なので、思ったほどじゃないですよお」
どこか間延びした口調でいってきたのは、マルーン=メディックだ。《協会》所属かつガンディア所属の武装召喚師である彼女は、クルセルク戦争時、サマラ樹林突破戦においてルウファとともに飛行小隊を組み、そこそこの戦果を上げたことで知られる。そのことが縁となって、ガンディアからの仕官要請を受け入れたらしい。穏やかというよりは呑気そうな人物だが、武装召喚師としての実力は《協会》のお墨付きが有る。それにクルセルク戦争を生き残ったというだけでも十分に価値があった。あの地獄のような戦いを身を持って知っているということは、それだけで価値のあることなのだ。
ファリアとともにリネン平原の戦いを経験した武装召喚師の多くは死んでしまった。生き残ったのは、四大天侍のシヴィル=ソードウィン以外にはオウラ=マグニス、ハンナ=エンドーウィル、そしてファリアの三人だけだった。それほど苛烈な戦いだったのだ。
マルーン=メディックほか、ルウファと小隊を組んだ武装召喚師は三人とも生き残り、戦後、ガンディアと契約を結んでいる。サデュー=シンディと、ルカ=ファードだ。そのふたりも、この室内にいた。つまり、彼らも王立召喚師学園の教師となる予定なのだ。
「それでも十分過ぎるほどに多かったが、地獄の沙汰も金次第ってなわけだ」
とは、サデュー=シンディ、マルーンと同じく《協会》所属の武装召喚師である彼は、机の上に足を投げ出し、くわえ煙草という状態で、手にした資料と睨み合っていた。有能な武装召喚師ほど性格に難があるというのは、よくいわれることだが、否定出来ない事実でもあった。武装召喚術を極めようとすれば過酷な訓練を乗り越えねばならず、その過程で性格がネジ曲がっていくことはよくあることなのだ。特に幼い頃から武装召喚術を学ぶことが普通とされているリョハンにおいては、その傾向は顕著だ。ファリア自身、想うところがあるし、自分の性格が歪んでいないとは言い切れなかった。
「君はいつも金、金、金、だな。そういう風だから黒き欲望の権化といわれるのだよ」
そんなサデューに眉根を寄せるのは、ルカ=ファードだ。どこか演じているような言い回しが特徴的な彼だが、マルーン、サデューよりも武装召喚師としての能力は高く、故にその個性的な性格にも納得がいくというべきかもしれない。
(優秀なほど性格難っていうのもどうかと思うけど……)
あながち、間違いだと言い切れないところがもどかしい。
「うるせえ、てめえだって金欲しいくせによお!」
「わたしほどのものとなると、金など掃いて捨てるほどあるのだよ。君のような下賤の輩と一緒にして欲しくないものだ」
「なんだと!?」
「ふふふ、図星か?」
「てっめえっ」
勢い良く立ち上がったかと思えば、すぐさま机の上に身を乗り出したサデューは、対面の席のルカに掴みかかろうと手を伸ばした。ルカはそんなサデューを鼻で笑い、さらに怒りを買うので、ファリアが首を突っ込むしかなくなるのだ。マルーンは、ふたりの口論を子供の喧嘩くらいにしか思っておらず、対処してもくれないからだ。
「はいはい、喧嘩しない。子供じゃないんだから」
ため息混じりにサデューを制すると、彼はしばらくルカを睨んだ後、椅子に座り直した。
「ファリア、あんたまで子供扱いすんのかよ……」
「ふふふ……無様だな」
「てめえもだろ」
「なにを愚かな。わたしのどこが子供だというのだ」
「そういうところがよ」
ファリアが半眼で告げると、ルカは愕然としたようだった。
「なにっ!?」
「おー……さすがファリア。口じゃあ勝てねえな」
「口だけかしら?」
「むう……」
「そこは食ってかからないんですねえ」
「実力差は……認める」
「殊勝な心がけだ。次代の戦女神たるファリア様に敵うなど思わぬことだ」
「てめえはなにもんなんだよ」
「わたしは戦女神の堕天使」
「意味わからん」
ルカの意味のわからなさは、ファリアも同感といいたいところだったが。
「はあ……」
ファリアが嘆息を漏らしたのは、サデュー、ルカ、マルーンの相も変わらぬやり取りにだ。術師局所属の教師陣との会合は、これまで数回ほど行っている。会議に参加するのは、なにもファリアだけではない。ルウファも、武装召喚師部隊《獅子の尾》の副長という立場もあって、会議に参加し、意見を求められることがあった。王都を空けることが多いという隊の性質上、常に参加できるわけでもない上、すべてを把握することは困難であるため、会議の内容についてファリアたちが積極的に意見を述べるということは少なかった。調整役という面が強い。
たった三人だけでこれなのだ。
あとふたりの教師と、さらに何名かの術師局員、術師局所属召喚師を交えた会議となるど、調整するだけで大変なのは明白だったし、実際、会議のあとは精神的な疲労でくたくたになった。
「あらあら、どうされたんですかあ?」
「いや、ちょっと目眩がして」
「ええっ、だいじょうぶですかあ?」
「だいじょうぶよ。なにも問題ないから」
「それならいいんですけどお」
マルーンが、のほほんと、どうでもよさそうにいった。本当に心配してくれてはいるのだろうが、その口調と態度からは心配そうな雰囲気は微塵も感じられないのが玉に瑕だ。マルーン=メディック独特の空気感には、ファリアでも慣れるまで時間がかかった。
「それで、その千人から五十人選び出したのね」
「はぁい。結構時間かかりましたけど、ちゃんと選びましたよお」
「選ぶっつっても、若くてそれなりに使えそうなのを見繕うだけだがなあ」
「我々の元に届けられた資料には、ガンディアにとって害悪となるものは排除されていたからな。そういう点で考慮する必要はなかったわけだ」
「助かりましたねえ」
「ま、それでも時間がかかったのは事実だけどな」
「それはそうでしょうよ」
ファリアは、机の上に積み上げられた資料をもう一度見遣って、三人の仕事ぶりには頭が下がる想いだった。教師は、この三人だけではない。あとふたり、つまり学園の開校時は五人の教師で五十人の生徒を受け持つことになるのだということだった。ひとり十人ずつ。それでも手に余るかもしれず、戦々恐々としているのがマルーンたちの様子からも窺える。武装召喚師としての実力は確かだが、教える側となると話は別だ。
ファリアの脳裏にミリュウとエリナの修行風景が浮かんだ。ミリュウは、よい師匠としてやれている風に見えた。厳しすぎることもなく、甘すぎることもなく、飴と鞭を巧みに使い分けながら、エリナに武装召喚師としての心構えを問いたり、術式の基礎を教えたりしている。ミリュウが師匠として上手くやれているからといって、マルーンたちが教師としてやっていけるかというと、まったく別の話だ。ミリュウの弟子はエリナひとりだったし、ミリュウの性格とエリナの性格の波長があっているからこそ上手くいっているのがわかるからだ。
マルーンたちは十人の弟子を受け持つことになるのだ。ひとりと十人では、難度が異なるだろう。十人が十人、まったく同じ授業を受けたとして、まったく同じように成長するはずもない。成長速度、習熟速度に違いが有るのは当然だったし、それこそ性能や努力といったもので大きく変動するだろう。それらを踏まえた上での生徒数なのだ。教師をさらに増やすことができれば、生徒の数も増やせるのだが、教師とはすなわち武装召喚師であり、武装召喚師を教師に回すということは戦力の低下を意味した。
学園は、上手く行けば将来の戦力増強に繋がるが、将来のために現在の戦力を低下させるのは本末転倒ということもあって、所属武装召喚師の数がさらに増えない限りは、教師を増加する予定はないということだった。十年後、上手く行けば五十人も武装召喚師が増えると考えれば、十分過ぎるともいえる。一国の戦力としては過剰なほどだ。
いまでさえ過剰といえば過剰なほどに戦力を整えつつ有るのがガンディアなのだ。五年後、十年後、ガンディアが学園出身の武装召喚師を戦力に組み込むことができるようになれば、少なくとも小国家群でガンディアに太刀打ちできる国など存在しなくなるだろう。
「それで……めぼしい人材はいたのかしら?」
「いるわけないじゃないですかあ」
「ここはリョハンじゃあないんだぜ?」
「それはそうだけど……」
「愚かだな、君は」
「んだと!?」
「女神様はこう仰っておられるのだ。下賤なる貴様の目で耳で、下々の中から次代の四大天侍に相応しい人材を探しだせ、とな」
「なんだと……そうだったのか……」
「あらあら、そうだったのでございますか」
「だれがそんなこというのよ! それに女神ってなに!? わたしは女神でもなんでもないわよ! リョハンとの関係もないし、《協会》とだっていまは無関係よ!」
「しかし、あなたは女神だ。戦女神ファリアの継承者なのだ」
「だから――!」
言葉が途切れたのは、ルカの目が異彩を放っていたからだ。
「名を、お忘れか?」
「名……? 名前がどうしたっていうのよ……」
「ファリア・ベルファリア=アスラリア。アスラリア家の、ファリアの孫のファリア。あなたのその名には、特別な意味がある。でなければ、ベルファリアなどとは名乗らせますまい。あなたは、生まれたとき、その名を与えられた瞬間から、女神の後継者となられている」
「そうですよお。本当なら、ファリア様なんですよお」
「そうそう、同僚みたいな口の聞き方、しちゃあいけねえんだよな」
ルカの台詞をマルーンとサデューが肯定する。彼らは三人とも、リョハン出身者なのだ。三人ともアスラリア教室ではないものの、同じように別の武装召喚師の教室で学び、空中都市リョハンの空気の中で育ったのだ。彼らが戦女神ファリアの名に特別な感情を抱くのは、至極当然だった。リョハン出身者ならば、だれもがそうなる。ファリア自身がそうだ。
「わたしは……」
女神になんてならない、などといえるはずもなかった。
戦女神という存在の重さは、思い知っている。偉大なる祖母の姿を物心付く前からずっと側で見てきたのだ。少なくともこの場にいる四人の中でもっとも戦女神という存在と、その重責を理解しているだろうし、重要性も認識しているはずだった。
戦女神とは武装召喚師の頂点にして空中都市リョハンの支柱であり、リョハンの民の心の支えであり、希望そのものだった。リョハンがヴァシュタリアの勢力圏で自治権を維持していられるのも、ひとえに戦女神ファリア=バルディッシュという偉大な人物がいるからだと本気で信じられている。実際には、戦女神ひとりの力だけで存続できているわけもないのだが、リョハンのひとびとの熱烈なまでの信仰心は、リョハンを実質的に統治運営する護山会議さえも戦女神の名を利用させている。
そして、戦女神の血を引き、同じ名を与えられたファリアが、戦女神の後継者とされるのもごく自然の成り行きだった。ファリア自身、自分がそのような目で見られていることを知っていたし、以前はその運命を受け入れようとも考えていた。受け入れるほかない。戦女神の孫として、ファリア・ベルファリア=アスラリアとして生を受けたのだ。その人生は、戦女神ファリアとして使い尽くされなければならない。
それが道理だと想っていた。
しかし、いまは、違う。
違うのだが、それはいえない。なぜなら、いまは違っても、いずれはリョハンに戻ることも視野に入れなければならないと知っているからだ。
いつまでも夢を見て、夢を追っていられるなどとは思ってはいない。リョハンや護山会議がファリアを必要とするときがくるのだ。戦女神は、神ではない。永久不変の存在ではない。ただの人間なのだ。ファリア=バルディッシュの時間は、ほかの人間と同じように有限だ。いずれ尽き果てる。そのとき、リョハン、護山会議はなりふり構わず、ファリアを呼び戻すだろう。
ほかに女神候補がいるのならば話は別だが、リョハンについてなにも知らないわけがないルカたちがそういうことをいってこないのだから、それは考えられない。となれば、ファリアを呼び戻す以外にはない。戦女神という支柱を必要としないリョハンにならない限りは、だ。そして、そんなことは、いまのところありえない。護山会議は、リョハンの統治、人心の掌握に戦女神の名を頼りすぎている。そのつけ、とでもいうべきかもしれない。
呼び戻されたとして、そのとき、ファリアはきっとこう想うだろう。いまさらどの面下げてリョハンに戻るというのか、と。しかし、そう思ったところで、故郷のひとびとのことを考えれば、戻るしかないと判断するのだろうが。
ひとつだけ辛いことがあるとすれば、そのときがくれば、セツナたちと離れ離れになるということだ。
「あなたは戦女神ファリアの孫にして、次代の戦女神。そのことは、ゆめゆめお忘れなきよう」
ルカ=ファードの厳かな物言いは、信徒なりの女神への気遣いにも感じられた。