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第千百三十一話 探り合う(二)

 王立召喚師学園北側校舎内を移動し、人気のない部屋に入ったのは、ジゼルコートと話をするためにほかならない。

 教員、職員のために作られた部屋は広く、なにも配置されていないこともあってどこか閑散とした空気が漂っている。そんな部屋を選んだのは、作業員がひとりもいない空間がそこくらいしかなかったからだ。そして、エインとジゼルコートのふたりが部屋に入った後、だれも中に入ってこないようにとセリカ=ゲインと、ジゼルコート配下の三人の武装召喚師が部屋の外に待機した。職員室の出入り口はふたつあり、片方をセリカがひとりで担当し、もう片方を武装召喚師三人が担当した。作業員が入ってこないよう監視するだけなので、セリカひとりだからといって問題はない。むしろ、武装召喚師三人は過剰戦力といわざるをえないが、どうでもいいことだ。

 重要なのは、ジゼルコートとふたりきりの空間ができたということなのだ。

「さて、話とはいったいなんでしょう? こう見えても忙しい身の上。手短に済ませて頂けるとありがたいのだが」

「すぐ済みますよ。腹芸なんてできる柄じゃないんで」

 エインはそう前置きした上で、ジゼルコートの顔を覗きこんだ。ガンディア王家の血筋を引く領伯の顔は、いつ見ても年齢よりずっと若くみえた。シワが少なく、血色もいい。健康そのもので、彼が病に倒れるようなところは想像しようがないほどだった。精力的に政治活動を行うことができるのも、健康故なのだろう。

「不躾ですが、単刀直入にうかがいます。ジゼルコート様は、ガンディアの敵ですか?」

 エインの質問に対し、ジゼルコートは、目を細めた。



「王立召喚師学園……ねえ」

 ファリアが窓の外を眺めながらつぶやいたのは、十月下旬、平日の昼下がりのことだった。

 秋も徐々に深まり、庭木の葉が赤く染まりつつあって、季節の変化が時の流れを実感させるかのようだった。

「話には聞いていたけど、本当に作ってるんだってな」

「もう完成間近で、そのことを確認するためにエイン室長が見学に行ってるらしいわ」

「エインの管轄なんだ? 召喚師学園って」

「エインさんというより、参謀局の管轄なんでしょ。武装召喚師の育成機関を作ろうと言い出したのは、ナーレス局長という話だし」

「そういえばそうだっけな」

 以前、ナーレス=ラグナホルンは、先々のことを見据えて、様々な施策を打ち出していた。参謀局、傭兵局の設立も彼の発案であるし、武装召喚師の育成機関もそのひとつだ。国内交通網の整備や、新市街の開発計画もナーレスの案だといい、彼が戦術のみに精通しているわけではないということが、そういった話からも窺える。

 政治家としても優秀だというのが、軍師ナーレスの凄まじさを物語っていた。しかし、その彼が不在のため、エインやアレグリアが彼の役割を担わなければならず、そのことで、ふたりは仕事に忙殺される日々を送っているとのことだった。

 セツナたちの日常というのは、参謀局室長のふたりに比べれば呑気とさえいっていいようなものだ。《獅子の尾》の役割というのは、王立親衛隊の中でも《獅子の牙》や《獅子の爪》とは大きく異る。王の盾たる《獅子の牙》と王の剣たる《獅子の爪》は、常にガンディア国王レオンガンドの側にあって彼の護衛を行うのが役割だが、《獅子の尾》は戦場での遊撃こそが主要任務であり、戦場以外で仕事に追われることなどほとんどなかった。もちろん、レオンガンドの命令次第では、すぐにでもレオンガンドの護衛や王宮の警護についたりもするが、現状、警護の人員は十二分に足りていることもあって、《獅子の尾》に呼び出しがかかることはなかった。

 暇を持て余しているとさえいえる。

 が、その暇がいまのセツナには有りがたかった。ニーウェに斬られた傷や刺された傷がある程度回復したのはいいものの、長期間運動らしい運動ができなかったこともあって、筋肉が落ちているのだ。いくらそれまで体を鍛えていたとしても、動かなくなれば途端に減少するのが筋肉というものだ。鍛えなおさなければ、黒き矛に振り回されることになる。

「ファリアたちは関わらないのか?」

「関わる? どうして?」

「教師として、とかさ」

「わたしは無理よ。教師なんて向いてないわ」

「あたしもー。弟子ちゃんで精一杯って感じだし」

 ファリアに続いて首を横に振ったのはミリュウだ。隊舎一階の広間には、《獅子の尾》の全員が揃っている。ファリア、ミリュウ、ルウファ、マリア、エミルの五人が、隊長であるセツナを除く全員だ。たった六名の部隊であり、そのうち戦闘要員は四人だけという少数精鋭も少数精鋭の部隊だった。が、他の部隊の追随を許さない戦果を上げている部隊でもある。

 室内には、《獅子の尾》の隊士以外にも、黒獣隊の面々がいて、セツナの従僕二名もいる。そのうち一名は、椅子に座ってくつろいでいるセツナの頭の上で偉そうにふんぞり返っていたりする。もちろん、ラグナだ。ウルクも、いる。彼女がセツナの側にいるのは、もはや当然のようになっていて、だれもがごく普通に受け入れていた。一月以上護衛として付き従っているのだ。慣れもするだろう。

「ルウファは?」

「打診はありましたけど、副長業務と同時になんてのはさすがに無理ですよ。だからといって《獅子の尾》を辞めるだなんて到底考えられることじゃないですし」

 ルウファは苦笑いを浮かべながら、ちらりと

「そうよ、わたしが隊長補佐を辞めたら、困るのは隊長殿じゃないの?」

「それはそうだな」

「あたしが隊長補佐になってあげてもいいわよ?」

「だめよ」

「なんでよ!」

「あなた、隊長補佐っていうだけでセツナに一日中つきまとうつもりでしょ」

「はあ!?」

 ミリュウが素っ頓狂な声を上げたかと思うと、セツナの首に腕を回してきた。抱き寄せられた勢いで、ラグナが頭の上から落下して小さな悲鳴を上げる。が、セツナとしてはそれどころではない。ミリュウに抱きしめられて、呼吸さえ苦しかったからだ。顔に感じる柔らかな感触は、彼女の豊かな胸の感触に違いない。

「隊長補佐なんてならなくても、一日中つきまとうわよ!」

「……そっちか」

「……そっちなのね」

 セツナは、ファリアと同じような反応をしたことに少しだけ嬉しくなったりしたものの、いつまでもミリュウの胸に埋まっているわけにもいかず、力ずくで彼女の腕から脱出した。

「王宮召喚師のおひとりでも教師として参加されれば、生徒の数に困ることもなさそうですが」

「いまも困っていないみたいよ。募集した数の八十倍の応募があったとかなんとか」

「八十倍……ですか」

「応募者が多すぎて、合格者の選考が難航しているって話よ」

「それだけ武装召喚師になりたい物好きが多いなんて意外だねえ」

 と話に入ってきたのは、マリアだ。彼女はゆったりとした椅子に腰掛け、肩をエミルに揉ませている。最近、肩こりが酷いらしい。胸が大きいからだという彼女の主張は、あながち間違ってはいないのかもしれないが、おそらくは勉強のし過ぎだろう。医者としての腕を磨くため、仕事のないときでも日夜勉強しているという。エミルは、そんなマリアだから文句ひとついわず肩揉みしているのだろうが。

「それだけ注目が集まってるんですよ。クルセルク戦争の影響でしょうね」

「クルセルク戦争か」

「クルセルク戦争?」

 ミリュウから離れて座り直したセツナの膝の上で、ラグナが長い首を傾げさせた。床に落下したはずの彼は、定位置の頭頂部に戻るのを諦めたらしい。またミリュウの勢いに振り落とされてはたまらないとでも考えたのかもしれない。

「以前もお話しましたが、魔王ユベル率いる皇魔の軍勢との戦いが、クルセルク戦争の実態といってもよかったのです。皇魔に対抗するには、ただの人間だけではあまりに無力で、武装召喚師の方々がいなければ、ガンディアはおろか、周辺諸国も魔王軍によって滅ぼされていたといわれています」

「皇魔……のう」

「皇魔は、わかるよな? 聖皇が召喚しちまった魔物のことだ」

「それくらいわかっておる。皇魔という名称を知ったのは、つい最近のことじゃがな」

 ラグナは、なにやら得意気な表情をして、いってきた。最近、というのは、セツナたちと知り合ってからのことなのか、それともここ数百年のことなのか、数万年もの長きに渡って生と死を繰り返している転生竜であるラグナの時間間隔は、セツナにはわからない。何万年もの記憶を有するものからすれば百年前でも最近だろう。

「しかし、ひとの子とは難儀なものじゃな。皇魔如きにも苦心せねばならぬとは」

「人類にとって皇魔は天敵でございますから」

「だから、武装召喚師が注目を集めたってわけさ。何万もの皇魔をばったばったと薙ぎ倒す武装召喚師たちの話を聞けば、武装召喚師を目指そうとするものも増えるって話だよな」

「まあ、一万もの皇魔をひとりで薙ぎ倒したのはセツナくらいのものだけどね」

「あのときは凄かったよな……恐怖さえ感じたぜ」

 シーラが、遠い目をした。クルセルク戦争のことを思い出したのだろう。思えば、あの戦いが彼女の運命の分かれ道だったのかもしれない。もし、彼女がアバード軍を率いてクルセルク戦争に参加していなければ、彼女はいまもアバードの王女のままだったかもしれないし、リセルグ王やセリス王妃、セイル王子とも上手くやっていけていたのではないか。

 もちろん、アバードが連合軍に参加してくれていなければ、魔王軍との戦いはもっと熾烈なものとなっていたはずであり、場合によっては連合軍が敗れ去っていた可能性もあるのだが。

「それだけじゃないわ。戦後、武装召喚師の需要が急激に増加したのよ。ガンディアのみならず、周辺諸国もこぞって武装召喚師の雇用に奔った。《協会》も慌てふためくくらいにね」

「《協会》にとっては嬉しい面もあれば、辛いところでもありますよね」

「いつでも動かせるくらいの人員は確保しておきたいっていうのもあるしね」

「……つまり、いま武装召喚師になれば、仕事先に困らないってことか」

「そして、武装召喚師として仕官することができれば、生活に困るようなこともないでしょうし。あわよくば戦功を挙げて、セツナのような英雄になれることを夢想しているひともいるかもね」

「そんなの無理に決まってるわ」

 ミリュウが冷ややかに告げると、レムとラグナが大声で同意した。

「そうです。御主人様に並び立つなんて、無理不可能でございます」

「そうじゃそうじゃ」

「ただの喩え話でしょ。目くじらたてないでくれる?」

 ファリアは、ミリュウたち三人を半眼で見回して、それからため息を付いた。

「とはいっても、いまから学び始めて、使いものになるまで最低でも五年はかかるでしょうし、一人前の武装召喚師ともなると十年は覚悟しないとならないわ。学園出身の武装召喚師がガンディアを賑わすようになるまで、気長に待つしかないでしょうね」

「それまでは、現有戦力でやりくりするしかないってことですね」

「そうはいっても、以前に比べればわたしたちへの負担は減るでしょうけど」

「そうなるといいんですけど」

 ルウファが苦笑交じりにうなずいた。

 ガンディアは、クルセルク戦争以降、武装召喚師の登用を積極的に行っている。《協会》に打診し、《協会》から提示された武装召喚師たちをつぎつぎと雇い、軍に組み込んでいる。参謀局、傭兵局のように召喚師局なる組織が作られるという話もあり、少しずつ形になっていっているらしい。それら新たに登用した武装召喚師が《獅子の尾》配属とならないのは、《獅子の尾》が王立親衛隊という特別な部隊だからであり、登用したばかりの人間を親衛隊に配属するというのはあまりにも愚かだからだ。王の親衛隊なのだ。

「たとえ負担が減らなかったとしても、各人がさらに力をつければいいだけのことでしょ。ううん、力をつけないと駄目よ」

 ミリュウが語気を強めていった。

「ミリュウ?」

「あたし、もっと強くなるからね」

 ミリュウの決然たる目が、セツナを見据えていた。いたずら好きの猫の目を想起させる双眸には、強い意思が宿っている。

「どうしたんだよ、急に」

「セツナにばかり負担をかけるようなこと、絶対にさせないからさ」

「そうですね。隊長にばかりいいかっこさせてちゃ、《獅子の尾》副長の立場もなくなりますし」

「確かにね。わたしも、鍛え直さないと」

 ファリアはルウファの意見に同意すると、軽く伸びをした。それから、セツナを見つめてくる。綺麗な目。緑柱玉のような目を見ていると、吸い込まれそうになる。それだけの魅力を感じているということだろうし、その気持ちを否定するつもりはない。

「君を失いたくなんてないもの」

「俺もだぜ!」

 シーラが椅子を倒すような勢いで立ち上がり、力強く拳を振り上げてみせてきた。

「もっと強くなって、恩返ししないとな!」

「わたくしどもも」

「強くなるぞ」

 シーラに続いては、レムとラグナが息のあった連携を見せてきて、セツナは唖然とした。レムとラグナの仲の良さはなんなのだろうと思うことが多々ある。従者という立場がひとりと一匹の距離を近づけたのか、単に気が合うだけなのか、両方なのか。いずれにしても、従者二名の呼吸はぴったりと一致しているといってよく、そんな従者たちだからセツナのほうが振り回され気味なのは当然だった。

「みんな……」

 セツナは、ミリュウから始まった一連の流れに心が揺さぶられる想いだった。ミリュウにせよ、ルウファにせよ、ファリアにしても、シーラ、レム、ラグナにしてもそうだ。皆、セツナのために強くなろう、などといってくれている。それもこれも、セツナがニーウェに殺されかけたからにほかならない。不甲斐ない己を恥じ入るとともに、皆の想いを受け止めて、目頭が熱くなる。

「わたしは、いついかなるときも、セツナを護衛します」

「新入りが強く出たわね……」

「ですが、ウルク様が御主人様を護ってくださったのは事実でございますので」

「むむむ……」

「セツナはわたしが護ります」

「セツナを一生面倒見るのはあたしよ!」

「いえ、わたしです」

「結婚する気!?」

「意味がわかりません」

 素っ頓狂な声を上げるミリュウに対するウルクの態度というのは、憮然という言葉が似合うものだった。が、彼女に感情表現がないのは常であり、別段、憮然としているわけでもないのは百も承知である。そう見えるというだけの話だ。

「なんなんだよ、このやりとり」

「さあ?」

 ファリアが素知らぬ顔をした。どこか棘のある声は、怒っているからなのかどうか。セツナはファリアの様子が気になって彼女を目線で追いかけようとしたが、不意に左肩に何かが触れて、てそれどころではなくなってしまった。

「モテる男は大変だねえ、旦那様」

 マリアだ。さっきまでエミルに肩揉みをさせていたはずの彼女が突如としてセツナの左隣に座り、肩に頭を載せてきたのだ。

「そこっ! 不埒なことをいわない! しない!」

「はいはい、旦那様にはあたしがついてるから、気にしないで鍛錬してらっしゃい」

「なっ――!?」

 絶句するミリュウに対し、セツナの肩に頭を預けたマリアは、勝ち誇るように手を振り続けていた。

 ミリュウが意識を取り戻すまで、しばらくの時間を要したのは、いうまでもない。


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