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第千百三十話 探り合う(一)

 日々が、移ろう。

 ガンディアの王都ガンディオンでは、日夜、新市街の完成に向けて動いている。

 王都の人口は、新市街の完成が近づくに連れ、建物が開放されるに連れて増えており、王都は日に日に賑わいを増しているという状況だった。旧市街から新市街に移り住もうとするものもいるが、その数は比較的少ないといえる。旧市街から新市街に移り住もうとするものの多くは、新市街という言葉の音の響きや、新市街の建物の真新しさに惹かれる。一方、旧市街から離れようとしないものの多くは、旧市街こそ市街であるという誇りを持っていたり、新市街に行けば、王宮からさらに離れることになるという事実があるからだ。

 ガンディオンは、新市街の建設により、四重の同心円を持つ大都市となった。中心の円は王宮区画、第二の円は群臣街、第三の円は旧市街で、新たに作られた第四の円が新市街となる。円と円を分け隔てるのは巨大な城壁であり、新市街外側の城壁がもっとも厚く作られているのだが、それは王都の外周を囲う城壁となるからだ。

 大陸に現存する都市のほとんどすべてが城壁で囲われているのは、防衛面を考えれば当然のことだ。規模の大小に関わらず戦いが起きれば、都市は防衛拠点として機能するのだが、それだけが根拠ではなかった。

 大陸には、人類の天敵たる皇魔が存在し、いつ人間に襲い掛かってくるかわからないのだ。何百年も昔、皇魔による大侵攻が起きた際、多くの町や村が滅ぼされたが、城壁に囲われた都市だけが生き残ったという歴史的事実があり、そのことがきっかけで大陸中の都市という都市が城壁が覆われるようになったという。

 人外異形の生物たる皇魔の中には、飛行能力を持った種もいる。そういう皇魔に対しても、都市を囲う城壁は無意味にはならなかった。なぜか、皇魔は城壁を越えてこないのだ。皇魔の習性の多くは謎に包まれている。その神秘に包まれた習性のひとつが、みずからの意思では城壁に囲われた都市を攻撃することがないということだ。

 皇魔が城壁都市を攻撃した例など、近年、クルセルクの魔王ユベルに率いられた皇魔の軍勢くらいしか存在しなかった。

 城壁とは結界であり、不浄の存在たる皇魔には、結界の中へ立ち入ることができないからだ、という通説は、魔王軍の戦いによって否定されたものの、それは魔王ユベルの能力が強力極まりなかったからだという論調で、通説を支持するものもいる。

 ともかく、城壁に囲まれた都市の中は人間の楽園であり、皇魔に襲われる不安などは一切なかった。その上、王都ガンディオンの治安の良さは、小国家群随一の治安を誇るガンディア国内でも最高といってもよく、事件らしい事件が起きるようなことはほとんどなかった。それもこれも、都市警備隊が日々巡回し、常に犯罪に目を光らせているからなのだ――。

「まあ、帝都ほどではありませんが」

 横から、ニーウェの手にしている新聞を覗き込んできたのは、ランスロット=ガーランドだ。すっかり一般旅行客としての出で立ちが板についてきた感のある彼は、この四人の中でもっとも王都の風景に溶けこむことができるだろう。実際、ニーウェが読んでいた新聞を購入してきたのはランスロットであり、彼は変装や扮装をすることもなく宿を出て、旧市街を散策してきたのだという。もちろん、彼はだれにも見咎められないという確信があったからそのような大胆な行動にでたのだろうし、事実、だれにも正体がばれるはずもなかった。

 素顔を見られ、騒ぎになるとすれば、ニーウェだけだ。ランスロットやシャルロット=モルガーナ、ミーティア・アルマァル=ラナシエラは、セツナ配下の武装召喚師らと交戦したものの、彼らの素顔が周知徹底されることなどありえない。共有できる情報からでは、彼らを特定することなど不可能に近いだろう。黒髪の男女など、どこにでもいる。このガンディオンにもだ。

「帝都の治安がいいのはぼくらが仕切ってるからだし」

「それは影の話でしょう?」

 話の腰を折られたランスロットが困ったような顔をして、寝台の上で足をばたつかせる少女を見遣った。ミーティアは、寝台に寝転がりながら、ランスロットが入手した雑誌を食い入るように見ている。行儀が悪い事この上ないが、ミーティアならば仕方がないという共通認識がニーウェたちの中にある。

「影でも、帝都の大半を覆っていたんだから、間違いないでしょー」

「それはそうかもしれないけど」

「ふふーん。ぼくの勝ちだね」

 綺麗な素足が軽快に虚空を蹴る様は、彼女の機嫌がいい証だった。ランスロットが彼女の機嫌取りに買ってきた雑誌が功を奏したのだろう。

 横目にランスロットを見ると、秀麗な彼の顔が安堵に緩んでいた。

 帝国領を後にして五ヶ月近く。ガンディオンに辿り着いて二月あまりが経過している。その間、ニーウェの目的の人物であるセツナ=カミヤと接触できたのは、一度だけだった。その一度で致命傷を与えることには成功したのだが、神聖ディール王国関係者による邪魔が入り、殺し損ねている。そして、殺し損ねたために、つぎの機会を待ち続けなければならないという状況に陥ってしまった。

 セツナは、生きている。

 ガンディア政府の正式な発表もあれば、王宮から漏れ聞こえる話もあり、そのどちらもがセツナの生存を確定させるものだった。

 その情報を得たとき、ニーウェは、そうでなくては困る、と思った。あの後、ニーウェが刻みつけてた傷が原因で死なれたとしても、なんの意味もないのだ。ニーウェの目的は、黒き矛の破壊によるエッジオブサーストの強化なのだ。セツナだけを殺しても無意味だ。

 いや、意味が無いわけではない。

 この世界に本来存在するはずのないもうひとりの自分を抹消することは、重要なことだ。でなければ、自分の存在そのものまで世界に否定されかねない。

 だから、セツナを殺すだけでも、黒き矛を破壊するだけでも、だめなのだ。

 それが故に、ニーウェは機会を待たなければならなかった。

 セツナの寝所に忍びいって暗殺しても、意味がないのだ。

 セツナが黒き矛を召喚した状態でなければ、殺すに殺せない。それはつまり、彼が万全な状態にまで回復するのを待つというのと同義であったが。

 仕方のないことだと、諦めてもいた。

「ところで、シャルロットさんは?」

「剣の訓練だってさ」

「裏庭で?」

「ああ。ほかに剣を振り回せるところなんてないしね」

 ニーウェは新聞を机の上に置いて、大きく伸びをした。

「俺も、訓練と行きますかね」

「シャルロットさんが興奮して殿下を怪我させないといいんですけど」

「シャルロットが興奮?」

 ニーウェは、ランスロットの言葉の意味がわからず、怪訝な顔をした。ランスロットの冗談は、少々わかりづらい。



 武装召喚師を志すもののための学舎が、新市街に建設され始めたのは、ちょうど、新市街の本格的な整備が始まったころである。

 王立召喚師学園と名付けられた学舎は、入学希望者を貴族、軍人の子弟のみならず、民間からも広く募っている。

 定員五十名の募集に対し、約ハチ十倍となる四千名以上の応募があり、政府の予測を遥かに上回る結果が出た。

 もちろん、応募者全員が王都在住ではなく、ガンディア国内の各地から応募者が集まり、王都がいつになく賑わっている原因のひとつとなっているといってよかった。

 また、国外からの入学希望者も多数いた。政府の方針によって同盟国、友好国以外の国からの入学希望者は書類審査に入る段階で落とされたという。

 同盟国、友好国ならまだしも、それ以外の国からの入学希望者など、間者である可能性も低くなく、また純粋に武装召喚術を学びたいのだとしても、後々のことを考えると到底受け入れられるものではなかった。

 八十倍の狭き門を無事通過できるかどうかが発表されるのは間もなく、十月末日のことだという。

 定員を百名に限定したのは、学園において生徒たちに指導し、教鞭を振るうことになる武装召喚師たちとの協議の結果だった。ガンディアとしてはできるだけ多くの武装召喚師を育成したかったが、教師陣は、若い武装召喚師ばかりであり、教師として生徒を指導するのも初めてという人物ばかりということもあり、まず最初は五十名で様子を見ようということになったのだ。教師を増員することができたり、教師陣がこなれてきて余裕が出てきたとき、生徒を再度募集すればよい。

 再募集時も定員を遥かに凌駕する応募があるだろうが、それは昨今のガンディアの戦いにおける武装召喚師の活躍、貢献、評価によるところが大きい。

 特にクルセルク戦争での武装召喚師たちの活躍ぶりは記憶に新しく、また、衝撃的なものでもあったため、ガンディアを含めた小国家群の国々がこぞって武装召喚師を抱え込もうとした。

 武装召喚師の大半が所属する《大陸召喚師協会》は、小国家群における武装召喚師特需とでもいうべき現象に喜び半分、困惑半分といった有り様で、需要に対して供給が追い付かないという状況にあるらしい。

 つまり、小国家群はいま、武装召喚師を欲しているのだ。

 武装召喚師になることができれば、仕官先に困ることはない。ガンディアは無論のこと、同盟国や友好国に仕官することも可能だろう。そして、仕官した暁には、《獅子の尾》の武装召喚師たちのような活躍をして、地位や名誉を得ようと夢見るものが、数えきれないほどにいたということだ。

 もちろん、学園が開校したときから学びはじめたとして、一年や二年で一人前の武装召喚師になれるはずもない。

 学園の設立は五年後、十年後を見据えた政策であり、遥か将来に実を結ぶであろうものなのだ。

 そんな学園の校舎がいままさに建設中であり、外観はほぼ完成に近づいていた。

「開校するのは年明けだっけ」

 エインは、完成も目前に控えた校舎の中を歩きながら、セリカ=ゲインに尋ねた。

「はい。今月末に入学の合否が発表、または通知され、合格者は年内に王都まで来ることが義務付けられます!」

「年内……二ヶ月もあれば、国外の合格者も間に合うかな」

「気合があればだいじょうぶです!」

「気合の問題かなあ」

「気合さえあれば、距離なんて関係ありませんよ!」

「まあ、君がそういうなら、それでいいや」

「なんでいつも投げやりなんですか!」

 セリカの憤懣やるかたないとでもいうような叫びを聞きながら、校舎内で仕事に従事する作業員たちの様子を見て回った。定員五十名とは思えないような広さの校舎は、今後の生徒数増加を見越してのことであり、最大五百人まで収容できるように計画されていた。

 三階建ての校舎が二棟、中庭を挟んで向かい合うように建っている。そのふたつの校舎は渡り廊下で繋がっており、自由に行き来することができた。

 エインがなぜ王立召喚師学園校舎の建設状況を見に来ているのかというと、情報の収集もまた参謀局の仕事だからであり、武装召喚師の育成機関の設立を提案したのが参謀局長ナーレス=ラグナホルンだからだ。本来ならばナーレス本人が確認するところだが、ナーレスが不在のため、エインが彼の代わりを務めている。

 参謀局長の仕事を代行しているのは、なにもエインだけではない。エインの同僚であるアレグリア=シーンも、参謀局長の代行を務めることがあったし、大半は副局長オーギュスト=サンシアンがナーレスの代わりに奔走している。ナーレスの死が公表されるまではこの状況が続くだろうし、死が公表された後は、オーギュストが局長に昇格することになるだろう。無論、オーギュストが軍師となるわけではない。

 オーギュストは政治家としては優秀だが、戦術家ではないのだ。彼が参謀局副局長に任命されたのは、彼の政治家としての能力が参謀局に必要だからであって、彼に戦術や戦略を考え出せる能力があるからではなかった。もっとも、参謀局が発足してからずっとナーレスに付き従っていたオーギュストは、ナーレスの薫陶を受け、ある程度は戦術を理解し、常人よりはずっと先の先を見る目を養ってはいたが。それでも、軍師になるには物足りない。

 それに、オーギュストは現在、王都にはいなかった。エンジュールにて、療養中のナーレスを演じているのだ。

 軍師の席は、しばらく空席のままとなるだろう。

 エインかアレグリアのいずれかが軍師の後継者となるにしても、実力不足、実績不足なのはいなめない。もっと力をつけ、有無を言わせぬ実績を挙げなければならないのだ。

 そのためにも、エインは日々、軍師として必要を能力を磨いているつもりだったし、アレグリアと研鑽の日々を送っている。

 そんな日々であるため、召喚師学園の建設状況の確認に手間取りたくはないというの本音だったが、校舎内部を散策している最中、ある人物を発見して、見学しに来てよかったと思ったりもした。

 その人物を向かいの校舎に発見したのは、渡り廊下を歩いている最中だった。見知った人物が、建設中の校舎の廊下を歩いているのが見えた。

「あれは……」

「ジゼルコート伯ですね!」

 セリカの溌剌とした声は、とにかく耳に響いたが、彼女のいうとおりだった。

 ジゼルコート・ラーズ=ケルンノール・クレブールが、校舎二階の廊下を歩いていたのだ。もちろん、ひとりではない。領伯お抱えの武装召喚師たちが、彼に付き従っていた。ジゼルコートは、ルシオン王都で行われた戴冠式への参加以来、政務に復帰しているのだ。彼が王都にいるのは、不自然ではない。だからといって、代わりにジルヴェールがケルンノールに戻ることはなかった。ジルヴェールはいまやレオンガンドの側近に数えられており、いまさらケルンノールに戻ることはできない。それはジゼルコートも了承していて、むしろ、ジルヴェールがレオンガンドの側近として認められたことを心から喜んでいるようだった。

 ジルヴェールはレオンガンドの幼少期における“遊び相手”だったのだが、レオンガンドが“うつけ”を演じるようになったことがきっかけとなり、彼はレオンガンドとの距離を取るようになってしまっていたのだ。その彼がレオンガンドに受け入れられ、側近衆のひとりに数えられるまでになったことは、親として素直に嬉しいのだろう。

 渡り廊下を渡りきり、校舎に入ると、折よくジゼルコートと接触することができたのは、エインがそのように取り計らったからだが。

「これは、参謀局の……」

「第一作戦室長のエイン=ラジャールですよ、領伯様。奇遇ですね。まさか、このような場所でお逢いすることになるとは想っていませんでした」

 エイン=ラジャールは、ジゼルコートが驚きもせずにこちらに相対したことで、ジゼルコートが渡り廊下を歩いているエインたちを認識していたことを察した。ジゼルコートたちの反応からはそういったものはうかがえなかったのだが、こちらが気づく前に気づいていたのだとすれば、そうなるのもうなずけるというものだったし、仮にエインが気づいたあと、見つめている最中に気づいたのだとしても、態度に出さないくらいはできるのだろう。ジゼルコートは、政治家として右に出るものがいないほどの実力者だ。エインとは違い、腹芸を得意中の得意としている。

「ええ、本当に奇遇ですね」

 ジゼルコートが微笑を浮かべた。彼のの優雅な微笑みを見ると、彼はやはりガンディア王家の人間であると思わざるをえない。優雅で、気品のある笑顔だった。レオンガンドの笑顔にもよく似ている。血が繋がっているのだ。似ているところがあってもなんらおかしくはない。

 ジゼルコートの取り巻きは、エインと出くわすなり警戒態勢を取ったものの、ジゼルコートが普通に対応すると、警戒の度合いを緩めた。ジゼルコートが引き連れているのはたった三人だが、その三人が三人とも武装召喚師だといい、そのうちふたりに関してはまず間違いなく優秀な人材といっていい。《大陸召喚師協会》所属のオウラ=マグニスと、ルウファ・ゼノン=バルガザールの師匠であるグロリア=オウレリアのことだ。残るひとりの情報も、エインは手に入れている。アスラ=ビューネル。名前から分かる通り、ザルワーンの支配階級であった五竜氏族ビューネル家出身の人物で、ミリュウとは旧知の間柄にある人物だということだった。魔龍窟出身者であり、ミリュウとはそのころに殺し合い、その結果、ミリュウが殺したはずの人物だということだが、なぜか生きている。生きて、ジゼルコート配下の私設部隊に所属している。奇妙な縁もあったものだ。

 その三人がジゼルコートの戦力のすべてではあるまいが、それにしても領伯が持つには十分過ぎる戦力といえるのではないだろうか。優秀な武装召喚師をふたり以上も抱えているのだ。小さな国に対抗できるといっても過言ではない。

 現在、武装召喚師は引く手数多だ。どこの国も武装召喚師を欲しており、需要に対し供給が追いついていないというのが現状だった。いかに武装召喚師を数多く揃えることができるかだ勝敗の分かれ目とさえいってよかった。領伯でありながら三人以上の武装召喚師を有しているというだけで、特筆に値することだ。

「ちょうどよかった」

「はて?」

「ひとつ、聞きたいことがあったんですよ」

 エインは、ジゼルコートの怪訝そうな顔を見つめながら、満面の笑顔を見せた。


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