第千百十四話 束の間
王妃ナージュ・レア=ガンディアの出産と王女誕生の報せは、一日のうちに王都中を駆け巡り、セツナの負傷以来、王都を包み込んでいた暗い空気を一瞬の内に吹き払った。
王女が誕生したのだ。王都に住むひとびとにとってこれほど喜ばしいことはなく、市民が抱いていたわずかな不安を歓喜と興奮で塗り替えるには十分すぎるほどの力を持った話題だった。
王都ガンディオンの新聞社が発行する獅都新報は、すぐさま号外を発行し、王都中でばらまいた。同時に王女の名も大々的に伝えられた。レオナ・レーウェ=ガンディアという名は、レオンガンドとナージュの名を組み合わせたものだと推察され、国王と王妃の夫婦仲の睦まじさを象徴する話として広く知れ渡ることになる。元より仲の良さにおいては類を見ないほどだと知られていた国王夫妻の評判は、ますます高まったのだ。
レオンガンドとナージュの第一子の誕生によって王都中が沸き立ち、新市街も旧市街も群臣街、王宮さえも歓喜に包まれ、その日のガンディオンはお祭り騒ぎとなったのは当然のことといえる。
《獅子の尾》隊舎もそのお祭り騒ぎの空気に包まれつつある。
というのも、獅都新報を始めとする王都で発行されている新聞の号外の数々が隊舎にもたらされ、王都中の熱狂具合が手に取るようにわかったからだった。ナージュの出産と王女の誕生を知らせる新聞記事の文章は、記事を仕上げた記者たちの興奮と喜びに満ちた心境が伝わってくるかのようであり、それらの踊る文章を読んでいるだけでこちらまで嬉しくなってくる。もちろん、新聞記事になど目を通さずとも嬉しいことには違いない。敬愛する主君に待望の子が生まれたのだ。これほど喜ばしいことがあるだろうか。
セツナたちをはじめ、クルセルクへの外征組がナージュの懐妊を知ったのは、ガンディオンへの帰還後の三月末のことだった。ナージュ本人や王宮関係者はもっと早く知っていただろうが、外征中のレオンガンドに報せなかったのは、戦争の最中、余計なことを考えさせまいという配慮だったに違いない。そして、そのことが帰国後のレオンガンドの喜びを増大させたのは想像に難くない。
それから六ヶ月。
ナージュが無事出産し、王女が生まれた。
その喜ぶべき情報は、新聞の号外が刷られ、王都中が沸き立つよりも早く、セツナたちの元に届けられている。
エイン=ラジャールの手によって、だ。
「ということで、本日戻ってきたばかりの俺になにか一言」
セツナたちが王女誕生の喜びを全霊で分かちあったあと、彼はそんなふうにいってきたものだった。エインは長らくアバードにいた。アバード動乱の戦後処理には、彼のような人材こそ必要であり、戦闘要員に過ぎないセツナたちは、戦後すぐさま王都に呼び戻されたのだ。それから即座にルシオンに向かったのだから、王都に呼び戻されたからといって楽なものでもなかったのだが。
ともかく、エインが王都に戻ってきたということは、アバードでの戦後処理や様々な物事が落ち着いたと見ていいのだろう。エインが隊舎に入ってきたとき、真っ先に彼に駆け寄ったのはシーラだったといい、彼女はアバードの状況を洗いざらい聞き出そうとしたという。
「なんでここにいるのよ。参謀局に帰りなさいよ。さあ、早く」
「なぜにそこまで邪険にされなきゃいけないんですかねえ」
エインが、ミリュウの剣幕に憮然とした。
場所は、セツナが病室として利用している部屋だった。決して広くはないが、狭くもない部屋なのだが、何人も集まったことで狭苦しく感じる。この狭苦しさは、今朝からだった。エインがきたのはついさきほどのことなのだが、ミリュウをはじめ、ファリア、ルウファ、エミル、シーラ、エスク、レムとラグナがいて、さらにウルクもいる。
マリアがセツナの容体を見て、病室の扉に掲げていた立ち入り禁止を解除した途端、この有様だ。マリアによれば、セツナの体の傷もほとんど塞がっており、体調もよく、精神状態も良好。無理さえしなければなんの問題もなく、あと数日もすれば動き回ることも可能だろう、ということらしい。
『驚異的な回復力だねえ』
マリアの呆れてものも言えないといった表情が印象に残っている。確かに、驚異的なのかもしれない。ニーウェと戦ってからまだ十日も経っていないのだ。完治こそしていないものの、ここまで早く回復するとは思ってもいなかった。
それはそれとして、セツナは、エインがもたらした新聞を膝の上に置いて、彼を見た。
「ま、お疲れ様、といっておくかな」
「さっすがはセツナ様。わかっていらっしゃる」
エインが嬉しそうな顔をすると、セツナの寝台横の椅子に座ったミリュウがむすっとした。別に彼女はエインを嫌っているわけではないのだろうが、どういうわけか敵愾心を抱いているようだった。エインがセツナにべったりしてくるのが気に食わないらしい。セツナを独占したい彼女からすれば、当然の反応なのかもしれなかった。もっとも、ここのところミリュウがセツナを独占できたことなどほとんどない。独占しようとすればレムやシーラに阻止されるからだ。また、基本的にラグナがセツナの頭の上に乗っかっているのもある。ラグナは日々、セツナから魔力を摂取し、蓄えている。セツナからの摂取がもっとも効率よく魔力を貯められるからなのだが、そうやって蓄積した魔力も、あっという間になくなってしまう可能性もあるのが怖いところだ。
一月以上に渡って貯めこんだ魔力をアバードの動乱で使いきったことを思い出せば、ラグナにはもっと魔力を貯めてもらうのが一番だった。そのためにセツナが多少疲労するとしても問題はない。ラグナ自身、セツナの魔力をすべて取り込もうとはしていない。
そこまで考えて、ふと思い至る。ラグナがいう魔力の波長とは、ミドガルドたちのいう波光にも似たものなのかもしれない、と。ウルクの心核である黒魔晶石は、セツナの発する波光にのみ強く反応するという。それは、ラグナがいう波長の合うものからしか魔力の吸収は難しいというのと、よく似ていた。だからどう、ということはないのだが。
そういう不思議な縁もあるということだ。
「アバードの事後処理、大変だったんじゃないか?」
「そうですね。いろいろ大変でしたよ。でもまあ、落ち着きを見せ始めてますし、いいんじゃないかな、と。あとのことはアスタル将軍に任せておけばだいじょうぶでしょうね」
「そうか。将軍と交代したのか」
「はい、将軍に全部押し付けてきました」
「押し付けてきたって」
「まあ、将軍だって働きたかったみたいですし」
エインの言葉は屈託がない。まったく悪びれていない、ということだが、そういう態度が取れるのも相手がアスタル=ラナディース将軍だからなのだろう。エインは、元上司であるアスタル将軍に見出され、軍団長に抜擢された経緯がある。その後、ナーレスが新設した参謀局に引き抜かれたものの、いまでもアスタル将軍とは仲良くやっているらしい。
「騎士団は、どうしたんだ?」
「ベノアガルドにお帰りになられましたよ。バンドールの復興の目処も立ちましたし、復興のための人員も各地から集めることができましたから、ちょうどいい機会ということで。元より遠征中の軍隊ですからね。いつまでもアバードにとどまり続けることは難しいんですよ」
「そりゃそうだ」
「しかし、こんなに早く復興の目処が立ったのは、騎士団の方々の協力のおかげなのは間違いないです。ガンディアとアバードの力だけでは、もう少し時間がかったでしょうね」
「だろうな……」
シーラが、エインの言葉は静かに肯定した。アバードの王都バンドールを破壊したのは、彼女だ。アバード王家の名を捨て、立場を捨てたとはいえ、復興の力になれないことをずっと後悔していたのが彼女だった。せめて資金面で援助しようと、セツナから支払われる給料のほとんどをアバードに送金しているというが、そんなことでは彼女の自責の念が消え去ることはないだろう。幸い、王都破壊による
犠牲者はひとりとして出ていない。それどころか、白毛の九尾の狐が、その圧倒的な力で破壊したのは建物だけであり、ひとの命を奪いはしなかった。九尾の狐との戦いで負傷したものは数多にいるが、だれひとりとして死ぬことはなかった。それがシーラの限界だった。自分を殺させるためにだれかの命を奪うことなどできるわけがないのだ。そういう心の持ち主だから、バンドール復興に大した助力もできない自分のことが許せない。
「騎士団って、いったいなんなの? 敵だったかと思ったらバンドールの復興に協力したりさ。わけわかんないわ」
「その上、とてつもなくお強うございましたね」
胡乱げなミリュウと、レムの評価を聞きながら、セツナは窓の外を見た。帳が揺れ、風が室内に入り込んできているのがわかる。
「騎士団……か」
ベノアガルドの騎士団。騎士団幹部とされる十三騎士は、神卓なるものを囲い、会議を行うことから神卓騎士団とも呼ばれる。その呼称を知ったとき、セツナがまっさきに思い描いたのは円卓騎士団だが、アーサー王の円卓騎士団と神卓騎士団になんの繋がりもないだろう。ここは異世界。繋がりがあってたまるものか、と想う一方で、なにかしらの関わりがあったとしても不思議ではない、とも考える。この世界における円卓騎士団なのかもしれない。
この世界のセツナがニーウェだったように、だ。
しかし、ベノアガルドの神卓騎士団は、話に聞く円卓騎士団と無関係なのは、彼らの行動理念を考えれば間違いのないことでもある。
騎士団は、救いを掲げている。
救済を標榜としている。
それがどういった形の救いであれ、救うことだけが目的で、手段は問わなかった。救いとは、命を救うことだけが救いではない。命を絶つことも、場合によっては救いである、とシドはいった。シド・ザン=ルーファウス。雷光の騎士は、シーラを殺すことに頑なではあったが、戦後、シーラを生かしてみせたセツナを褒め称えもした。ひとつの考え方に縛られない柔軟性もまた、騎士たちに付け入る隙を与えなかった。
騎士団は、さらに、バンドールの復興に助力すると約束し、エインの話を聞く限りでは実際に協力を惜しまなかった。騎士団が自国の利益のみで動いているわけではないということが、それら一連の動きでよくわかる。ベノアガルドがアバードに騎士団を派遣したのも、救援要請があったからであり、アバードが望まなければ行動に移らなかったことは明白だ。求められたから応えただけなのだ。その点では、ガンディアのほうが理不尽といえる。
ガンディアがアバード動乱に首を突っ込んだのは、どう考えてもガンディアのためでしかなかった。アバードに軍を差し向けたガンディアは、シーラの救援を掲げ、シーラこそアバードの混乱を収めるに相応しいとした。シーラが望んでもいないことだ。余計なお世話にもほどがある。しかし、そんなガンディア軍を支持する声が多かったのも事実であり、アバードにおけるシーラ人気の高さは、いま考えても恐ろしいほどだった。
騎士団騎士によってシーラが殺されていたら、アバードの状況は、いまとまったく異なるものになっていたことだろう。少なくとも、アバードがガンディアに付き従うことはなく、ガンディアもまた、アバードとの関係を改めざるを得なくなったに違いない。アバードはベノアガルドとの紐帯を強くし、ガンディアはアバード攻略の準備に移らなければならなくなったかもしれない。
「まあ、騎士団の話はおいておいて、ですね」
「ん?」
「俺はまだしばらく《獅子の尾》付きなんで」
エインがいたずらっぽく笑うと、セツナの隣で衝撃を受ける人物がいた。
「ええ!?」
「そこまで驚くことですか」
「アバードに残ったから、もう終わったのかと思ってたのに……」
「ミリュウ様、残念でございますね」
「残念じゃったな」
「嘘ぉ……」
レムとラグナに慰められながら、ミリュウが全力で肩を落とした。すると、エインが困ったような顔をした。
「いや、そこまで落ち込まれると、俺のほうが落ち込むんですが」
「まあ、冗談はともかく」
「なにが冗談なのかわからなくなってきたんですが……まあいいや。で、俺がここに来た理由はですね」
「セツナに会いにきたんでしょー、知ってるわよ」
「そうそう、そうなんです。本当、それ。いやあ、本当、セツナ様が負傷されたと聞いたときは仰天しましたよね。王都への帰還の最中でしたから、馬を飛ばして、必死になって帰ってきましたよ。ニーウェでしたっけ? セツナとそっくりの帝国の皇子様。セツナ様が皇子様っていうんなら良かったんですけどね」
突如として早口にまくし立ててきたエインに、セツナは頭を抱えたくなった。
「……本題に入ってくれ」
「あん、怖い声ださないの、燃えるじゃない」
「あのなあ」
「セツナ様、素敵です」
ミリュウ同様、嬉しそうな顔をするエインに、セツナはなんともいえない気持ちになった。話の腰を全力で折られている気がする。
「エインおまえもか」
「わかってたことでしょ」
ファリアが隣から突っ込んでくる。ミリュウが寝台の左隣、ファリアが右隣の椅子に座っている。ラグナは相変わらずセツナの頭に乗っていて、レムは部屋の扉前に待機している。いつもの服装で、だ。シーラはファリアの隣にいて、エスクは部屋の隅で所在無げにしている。ルウファとエミルは窓際にいて、ウルクはセツナの視線の先の壁際に立っていた。
「そりゃあ、まあ」
「さて、本題ですが、俺が隊舎に来たのは、セツナ様を始め《獅子の尾》の皆さんに陛下からの御命令をお伝えするためです」
「参謀局の作戦室長が伝令扱いなのね」
「当然ですよ、陛下からの御命令ですよ?」
「それもそうか」
「それで、どんな命令なんだ?」
「まさかいますぐ出動しろ、なんていわないわよね」
「セツナがこの状態なんだぜ? そりゃあねえよ」
ファリアの言葉に、シーラが笑った。エインがにこりとする。
「当たり前です。っていうか、むしろその逆というべきかな」
「ん? 逆?」
「ハルベルク殿下の戴冠式へのセツナ様の参加は見送られることになった、ということですよ」
エインの説明を受けて、セツナは衝撃を隠せなかった。戴冠式への参加は、ガンディアの二大領伯として当然の責務であり、無理してでも参加するべきだと想っていたし、そのためにも少しでも早く回復しないものかと日々願ってもいた。マリアが驚くほどの回復力には、感謝したほどだ。このまま順調に回復すれば、戴冠式にも間に合うのではないか。そう考えていた。
しかし、どうやらそういう問題ではなかった。
レオンガンドが決定したのだ。セツナに否やはない。受け入れるしかないし、そうとなれば、あとは回復に務めるだけのことだ。
「……そういうことか」
「ええー……残念、ね?」
ミリュウが、セツナの顔を覗きこむようにしてきた。きっと、セツナの心情を思いやってのことだろう。彼女のそういった心遣いは素直に嬉しかった、
「セツナ様の状態を考えれば、当然の判断ですけどね。戴冠式は九日後の十月一日、セイラーンで行われる予定です。九日後、ですよ。数日以内に王都を出発しなければ間に合いませんし、それまでにセツナ様が完治されるとは思えませんしね」
エインの説明は尽く納得の行くものだった。マリアも驚嘆するほどの回復力を見せたものの、このまま回復していったところで出発までの数日間で自由に歩き回れるほどに回復するとは考えにくかった。
「それはそうだけど……戴冠式の日程のほうがずらしてもらうとかさ」
「なんでルシオンが俺の調子に合わせてくれるんだよ」
「わかってるけどお、セツナが可哀想だし」
「俺のことはどうでもいいさ。それより、陛下は参加なされるんだよな?」
「ええ、もちろんです。王女殿下がお生まれになったばかりで名残惜しいでしょうが、公務ですからね。それに、セツナ様を王都に残す判断をされたのは、王女殿下のご誕生も関係があるんですよ」
「そうなの?」
「はい。《獅子の尾》の皆様方には、陛下がルシオンに出発されたあと、王宮に入って頂き、王妃殿下と王女殿下の護衛をしていただく、ということなんです」
「なるほど」
セツナは、エインの説明に改めて納得した。それならばセツナが残ることにも意味がある。セツナと《獅子の尾》が生まれたばかりの王女と王妃の身の安全を守るとなれば、これほど心強いものはあるまい。《獅子の尾》はガンディアの最強部隊だ。
「王女殿下はお生まれになられたばかり。後宮の護衛には親衛隊、王宮警護がついていますが、それだけでは不安なので、《獅子の尾》も動員しようというのが陛下のお考えなのです。まあ、そこまで厳重にしなくとも、とは思いますが」
「とはいえ、なにがあるかはわからないからな」
「……セツナ様がいうと、説得力ありますね」
「刺されたもんねー」
ミリュウがセツナの脇腹を見やりながらいった。包帯を巻きつけられた脇腹には、いくつかの傷跡がある。そのひとつはニーウェの短刀による真新しい傷口で、ひとつはクレイグの剣に貫かれた傷だ。そしてさらにもうひとつ、王宮内で刺されたときの傷がある。刺したのはエレニア=ディフォン。元ログナーの騎士である彼女は、復讐のためにセツナに近づき、刺した。そのときのことは、よく覚えている。忘れようがない。
「そういえば、エレニアさんも出産されたんですよね。五月でしたっけ」
「そういや、そうだったな……」
エレニアがウェイン・ベルセイン=テウロスとの子を無事出産したという情報に触れたのは、アバード動乱が終わり、帰国の途についてからのことだった。彼女が出産したのは五月半ばのことであり、セツナがちょうどシーラとともにアバードに潜伏しているころだった。男児だったらしい。彼女は生まれた子にレインと名付け、大切に育てているという。そして、そんな彼女の元に離散していた親族が集まり、いまでは大所帯となっているとのことだ。エレニアは、セツナの領地であるエンジュールで、ガンディアによる監視の元、日々を過ごしている。
「よし、やる気が出てきたぞ」
「っていっても、君は動き回れないんだから、ここで待機でしょ」
「え、まじ?」
「陛下のご出発までに完治でもしないかぎりはね」
「そんなむちゃくちゃな」
「ここで待機というよりは、後宮にて待機、ということになると思いますよ。動けなくとも、隊長は隊長ですからね」
エインが、にこにこしながらいってきた。
彼は、セツナの病室に入って以来、ずっとそんな調子だった。アバードの事後処理がある程度片付き、肩の荷が下りたということなのかもしれない。
「ということで、隊長命令で参謀局のひとを隊舎から追い出してください」
「だからなんでそうなるんですか! セツナ信徒同士、仲良くしましょうよー」
「いやよ、仲良くするのはセツナだけで十分なの!」
「そんなあ」
ミリュウとエインの取るに足らないやり取りは、セツナに平穏を感じさせた。
ふたりの言葉には悪意もなければ敵意もなく、ただじゃれあっているだけなのだ。言葉だけを聞く限りではそうは思えないが、ミリュウは、嫌いな相手にはもっと辛辣な言い方をするものなのだ。エインもミリュウのそういうところを知っているからなのか、わざとらしく情けない声を出していた。
平穏。
いつまでも続けばいいと思う。いつものようにだ。しかし、いつまでも続かないものなのかもしれない、とも考えざるを得ない。
ガンディアは、小国家群の統一を目標として掲げている。小国家群のすべての国を支配下に収めるというわけではないにしても、統一の過程に戦いがないわけがなかった。これからもセツナたちは戦い続けることになる。戦い、傷つき、疲れ果てるだろう。得るものもあれば、失うものも当然あるはずだ。そのとき、いまのような平穏を感じることができるのだろうか。
漠然とした不安の中で、セツナは右手に体温を感じて、はっとした。右手は、布団の下に隠れている。その手に触れているのは、右隣の椅子に座っているファリア以外にはなかった。
ファリアを見ると、彼女はエインとミリュウの口論を眺めているだけで、セツナのことは気にも止めていないという風だった。
セツナが彼女の手を握ってみると、ファリアは一瞬だけ表情を変えた。しかし、すぐさまさっきまでの微笑みに塗り替わる。だが、それで十分だとセツナは思った。そして、しばらく彼女の体温を感じていることにした。
王都を祝福で包み込んだ九月二十二日は、そのようにして過ぎていった。