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第千百十二話 獅子を継ぐ者

 九月二十二日、セツナとニーウェの戦闘から九日が経過し、王都の騒ぎも収まりつつあった。

 王都は、ニーウェとの戦いで瀕死の重傷を負ったセツナのことを心配するものや、無敵の英雄であるはずのセツナが敗れたことを不安視するもの、セツナもまた人間だったのだというもので溢れ、一時期騒然としていた。

 また、セツナに致命傷を与えたニーウェが未だ王都に潜伏しているという噂が流れ、目撃情報も跡を絶たなかった。有力な情報があれば、都市警備隊が動いたものの、都市警備隊にもたらされる情報はすべて噂を元にしたものばかりであり、ニーウェの居場所を割り出すことはおろか、その足取りを掴むことさえできなかった。都市警備隊の捜索状況から、ニーウェはもう王都にいないのではないかという声も上がったが、彼が王都にいるだろうことは、セツナが明言している。

 セツナによれば、ニーウェはセツナを殺すためにこの王都に来たのであり、セツナを殺しきるまで、セツナの周囲から離れることはない、というのだ。ニーウェはエッジオブサーストの召喚者であり、エッジオブサーストの目的が、カオスブリンガーの破壊と吸収であることは、セツナには明らかであるらしい。が、それだけがニーウェを駆り立てているわけではない、ともいう。

『ニーウェは、俺なんです』

 セツナがいった言葉がレオンガンドの耳に残っている。

『この世界における俺なんですよ』

 セツナは、至って真面目な顔で、想像だにしないことをいってきた。

 彼が異世界の人間で、アズマリア=アルテマックスの召喚武装ゲートオブヴァーミリオンによって召喚されたことは、レオンガンドもよく知っている話だ。彼から直接聞いている。そしてそれが事実なのだろうということも、彼のこの世界に対する知識不足や、彼が語った彼の生まれ育った異世界の有様などからも明らかだ。空想や妄想で作り上げられるような話ではなかったし、セツナは、あの場で虚言を言い切れるような人物ではなかった。なにより説得力がある。それに、異世界人が存在しても不思議ではないというのは、異世界人を父に持つファリア・ベルファリア=アスラリアの存在からもわかるというものだ。

 そんな異世界人の彼がいうには、ニーウェ・ラアム=アルスールは、イルス・ヴァレにおけるセツナなのだという。セツナと同一の存在なのだという。最初その話を聞いたとき、レオンガンドは耳を疑い、気でも狂れたかと想ったりもしたのだが、冷静そのもののセツナの様子を見るに、彼は本当にそう思っているらしかった。そして、話を聞くにしたがって、レオンガンドもそれが正しい認識なのだろうと想うようになった。

 ニーウェはこの世界におけるセツナで、だからセツナを排除しなければならないと考えているのだ、と。

 だからニーウェはいまも王都に潜み、セツナを殺せる機会を窺っているはずだというのだ。

《獅子の尾》隊舎の警備が厳重を極めたのは、万が一にもニーウェが襲撃してきても対処できるよう手配しておく必要があったからだ。もっとも、ニーウェは、黒き矛を携えたセツナさえもまともに戦うことができなかった相手だ。どれだけ厳重に警備をしたところで、ニーウェがその三人の配下(もっといる可能性も捨てきれない)とともに襲いかかってくれば一溜まりもないだろうが。それでも、なにもしないよりはいいだろう。ニーウェの目的がセツナで、セツナを護ることがこちらの目的ならば、厳重に警備網を張り巡らせておけば、襲撃を察知し、セツナだけでも難を逃れることができるかもしれない。

 セツナを失うことは、できない。

 彼の死は、ガンディアにとっては、だれを失うよりも大きな損失となる。

 レオンガンド自身の死よりも余程大きな損失だと言い切れる。セツナは、たったひとりで万の皇魔に当たることができるのだ。巨大なドラゴンを撃破し、クルセルクに現れた巨鬼をも倒した。一軍団に匹敵するどころではない。一方面軍にさえも圧倒しうる戦力といっても言い過ぎではあるまい。失ったからといって簡単に補充できるものではない。

 その事実は、レオンガンド以外のだれもが理解し、認識している。

 王都市民が大騒ぎに騒いでいたのは、それもある。万が一にもセツナが命を落とせば、ガンディアの今後はどうなるのか。

 ガンディアは巨大化した。一年前とは比べ物にならないくらいの版図を誇り、その勢力は小国家群最大といっても過言ではなくなった。近隣国に敵はおらず、仮想敵国と見ているベノアガルドも、戦力の多寡においては圧倒している。たとえセツナを失ったところで、当面の心配はない。しかし、これまでセツナと黒き矛に依存してきた軍が、彼という物理的、精神的支柱を失った途端、どうなるかはわからない。

 少なくとも、これまでのような戦いはできなくなるだろう。

 勝利のための犠牲が増大するのは明白だ。

 これまでの勝利も、犠牲が少ないとは言い切れない。多大な損害を出しながら掴み取ってきた勝利も少なくはない。それでも、黒き矛のセツナが損害を少なくしてくれていたのは事実だったし、彼がいなければガンディアがここまで急速に拡大することはなかっただろう。ログナーに勝利することこそできたとして、ザルワーンとの戦いに勝ち目があったのかどうか。

 考えれば考えるほど、セツナは必要不可欠だという結論に収束する。

「セツナを失うは、ガンディアの一大事。セツナの身辺警護だけは厳重にせよ。少なくとも彼が完全に回復するまでは、屋外に出歩かせてはならん」

 レオンガンドは、側近たちに向かってそう命令した。セツナには悪いが、万全を期すにはそうするほかない。護衛対象が自由に動き回れては守れるものも守れなくなるからだ。無論、セツナの傷が完全に塞がり、体調も回復するまでの話だ。彼が回復すれば、いくら歩き回ってくれても構わない。彼のことだ。ニーウェと遭遇しても、戦うより逃げることを優先してくれるだろう。

「御意」

 ゼフィル=マルディーンがうなずく。彼はレオンガンドの側近の中でも特にセツナと親しいため、彼がセツナとの連絡係になることが多かった。

 レオンガンドはいま、重臣たちと会議を行っていたのだ。会議に参加しているのは、彼の四友にエリウス=ログナー、ジルヴェール=ケルンノール、つい先ごろクルセルク方面から帰国したばかりの左眼将軍デイオン=ホークロウに、大将軍アルガザード・バロル=バルガザール、参謀局のアレグリア=シーン、エイン=ラジャールなどの重臣ばかりだ。エインもアバードから帰国したばかりで、アバードには彼の代わりに右眼将軍アスタル=ラナディースが入っている。王都の復興の目処が立ち、アバードの国内情勢が安定するまでは、ガンディア軍が駐屯することになっていた。

 デイオン将軍が帰国したのは、クルセルクも随分安定してきたからであり、長らくクルセルクで指揮に当っていた彼に休暇を取らせるためでもあった。デイオン将軍は使い勝手がいいからと酷使している傾向にある。久々にあった将軍の顔は、多少、やつれているように見えた。彼自身、疲れているなどと口走ることもないのだが。

 だからといってアスタルを酷使するのはどうなのか、という話もあるにはあるが、アスタルはデイオンより若く、なによりしばらくの間ミオンを任せていた。ミオン方面は、征討直後からそれなりに安定しており、アスタルを半ば遊ばせているようなものだったのだ。アスタル自身、アバードへの移動が決まったことを喜んでいたくらい、暇だったらしい。アバードもアバードで、暇には違いないのだが。

「聖王国の御客人方は、どうされるのです?」

 質問してきたのは、ジルヴェールだ。

「ミドガルド=ウェハラムな」

「はい。ミドガルド殿は、なにやらセツナ様にご執心の様子。ここのところ、よく隊舎に出入りされ、セツナ様とお話になられているそうですが」

「ミドガルドのことはセツナに任せたのだ。わたしからはなにもいうことはないよ」

 そして、ミドガルドは、セツナにならばなにもかも話す勢いで喋っているという。魔晶人形。魔晶技術。魔晶兵器。レオンガンドが彼から聞き出すことができなかった言葉の数々が、彼とセツナの会話の中で飛び出してきている。そういった会話を報告書に纏め上げ、提出してくれたのはファリアだった。レオンガンドがなにも命じずとも報告書を用意してくれるのだから、ファリアは優秀だ。

 レオンガンドは、セツナから直接話を聞くつもりで、ミドガルドのことをセツナに一任したのだが、どうやらセツナから話を聞くまでもなさそうだった。ファリアが、ミドガルドが口にしたすべての情報を網羅してくれている。

「では、好きにさせる、ということですか」

「いまのところ、ミドガルドたちに怪しい動きはないのだろう?」

「はい。ウルク殿は終始隊舎に居られますし、隊舎内でもファリア殿の目の届くところに居られるようです。また、ミドガルド殿はセツナ様に会いに行かれるとき以外は部屋に籠もっておられることが多く、目立った動きはありません」

「実害がないのならば、捨て置けばいい」

 レオンガンドの言葉に、ジルヴェールは無言でうなずいた。彼も理解しているのだ。ディールからの来訪者であるミドガルド=ウェハラムを邪険にすることなどできるはずもない。彼がディールの一般人ならば、なんの問題もない。だが、彼はまず間違いなく、ディールにおける重要人物だった。立ち居振る舞いからしてそうなのだが、彼の発言を信用する限り、ディールでもそれなりの発言力を持つ人物なのだ。もちろん、彼が虚偽の申告をしている可能性もないではないが、ファリアからの報告書を見れば、彼の言動に嘘はなさそうだということがわかる。それなりの立場の人間でなければ、技術の結晶ともいうべきものを国外に持ち出すことなどできるわけがない。

「魔晶人形か」

 つぶやきながら、帰国早々、ファリアからの報告書を見たエインが目を輝かせていたのを思い出した。彼は、ディールからの客人がもたらした最新技術がガンディアの将来に好影響を与えるのではないかと考えたようだった。魔晶石ならばガンディア各地でも採掘されている。その有り余る魔晶石を兵器に転用できるというのなら、これほど素晴らしいものはない、と彼はいう。もちろん、魔晶兵器なるものが実用に耐えうるものであるという仮定の上で、の話だが、もし魔晶兵器が有用で、ガンディア国内で開発されることができたとすれば、ガンディアによる小国家群統一はさらに加速するだろう。そして、セツナへの多大な負担も軽減される。エインには、その可能性が光明に見えたらしい。

 もっとも、ミドガルドがディールがこれまで秘匿としてきた技術をガンディアに教えてくれる可能性は限りなく低い。交渉したところで上手くいくとも思えない。ミドガルドは、レオンガンドには魔晶技術に関する情報をなにひとつ話してくれなかったのだ。そんな彼がレオンガンドの夢に協力してくれるとは、思い難い。

「聖王国がそのような技術を持っているとは驚きですな」

「やはり、三大勢力を敵に回すべきではないということだ」

 神聖ディール王国だけではない。ザイオン帝国も、敵に回すべきではなかった。セツナを敗北せしめたニーウェも、ファリアたちを封殺したというニーウェの部下たちも、帝国の戦力の一部にすぎない。帝国はディールに匹敵する超大国だ。技術面ではディールに遅れを取っていたとしても、戦力面で遅れを取っているとは考えにくい。なにより、皇子みずからが武装召喚術を使うという。帝国は、早くから武装召喚術を取り入れていたに違いないのだ。

 魔晶技術なるものが発展したのであろうディールと、武装召喚術を用いるザイオン。現在のガンディアと比較しても圧倒的に広大な国土を誇る両国がそのすべての戦力を動かせばどうなるか。想像するだけで寒気がする。

「ミドガルドは好きにさせ、ニーウェとの戦闘は避ける。これがいまのところ、最良の選択肢といえるだろうな」

「ミドガルド殿がセツナ様の調査をお望みならば、その調査を取引材料にする、というのはいかがでしょう?」

「それも考えたが……セツナはともかく、ミドガルドが首を縦に振ってくれるかな」

 セツナは、了承するだろう。レオンガンドの命令に否やをいう彼ではない。どのような命令でも従う恐ろしさが彼にはある。死ねと命じれば死んでしまうような、そんなところがあるのだ。体を少し調べるくらい、なんとも思わないだろう。だが、ミドガルドは承知すまい。技術の提供とは技術の漏洩であり、利敵行為にもなりかねない。いくらガンディアがディールと敵対する意図がないとはいえ、将来のことを考えれば、ミドガルドが了承するとは考えにくかった。

「打診する価値はあるでしょう」

「まあ……な」

 そんな時だった。会議室の扉が開かれたかと思うと、兵が勢い良く駆け込んできた。

「陛下! 王妃殿下が無事、御出産なされました!」

「まことか……!」

 レオンガンドは膝を打って立ち上がり、会議室に飛び込んできた兵の喜悦満面の顔を見た。

 兵は我が事のように喜んでおり、レオンガンドとナージュのことを心から祝福していた。


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