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第千百二話 ひとのかたち、いのちのかたち(四)

 王都ガンディオン。

 小国家群最大の国土を誇るガンディアの首都は、四重の同心円を描くように作られた大都市だ。中心の王宮区画は、その名の通り、王宮を始めとする王侯貴族の住居があり、つぎに群臣街と呼ばれる区画、旧市街と呼ばれる区画、そして新市街と呼ばれる区画がある。

 新市街は、ガンディアの国土拡大にともない、王都への移住者が増えすぎたことに対する施策として建設され始めた区画であり、まだまだ完成というには程遠い状態だった。建設中の建物だけでなく、空き地も数多く存在し、それらが家屋などで埋め尽くされるのは随分先の事になるだろう。が、そうなった暁には、王都ガンディオンは大陸有数の都市として数えられるに違いない――。

「帝都ほどではないとはいえ、ですが」

 ランスロット=ガーランドが述べる私見に対し、ニーウェ・ラアム=アルスールは、なにも言い返さなかった。ラディウス魔導院の最年少長老候補であった彼に知識において敵うはずもない。そんな彼がいうのだ。この都が大陸有数の都市へと発展するだろうことは、まず間違いない。

「しかし、これだけの都市だと、警備も大変そうだ」

「だから、自由に出歩けるんだろう?」

「それもそうですけど」

 ランスロットが苦笑とともに肩を竦める。ニーウェよりも上背の彼がわずかに身じろぎするだけで、多少の圧迫感を覚えるが、別段、どうということもない。

「でも、ミーティアやシャルロットさんを置いてきてよかったんですか?」

「さすがに四人で出歩いては目立つからね」

 ニーウェがいうと、ランスロットがまた笑った。

「殿下ひとりで十分目立つんですがね」

「顔を晒していれば、だろう?」

 頭巾の下で、ニーウェも笑う。外套を着こみ、頭巾を深く被っていなければ、出歩くこともままならない。王都のひとびとは、彼の顔をあまりによく知っている。もちろん、ニーウェ・ラアム=アルスールとしてではなく、セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルドの顔として、だ。

「ええ、まあ」

「似過ぎているのも考えものだ」

「本当に」

 ランスロットがため息まじりにいってきた。

「似過ぎですよ」

「まったくだ」

 ニーウェも嘆息を浮かべた。

 脳裏には、瀕死の重傷を負い、いまにも死にそうになっていたセツナの姿が焼き付いている。まるで自分を殺そうとしているような感覚がいまも残っている。決していい気分ではなかった。むしろ、後味の悪さは、これまで感じたこともないほどのものだ。

 自分自身を切りつけ、殺す。

 そんな感覚が気持ち良いわけがなかった。自分の存在そのものを否定するようなことだ。

「この世にあそこまでそっくりな他人がいるなんて思いもよりませんね」

「この世には、ね」

「はい?」

「彼はこの世の人間ではないのさ」

 ニーウェがいうと、ランスロットは彼が思った通りのことをいってきた。

「ではあの世の?」

「武装召喚師がそういう言い方をするものか?」

「まさか……異世界の?」

「おそらくは、そうだろうね」

「そんなことが……」

 ありうるのか、という問いを彼は飲みこんだ。武装召喚師が異世界からの召喚を疑問視するなど、あってはならないことだ。武装召喚師は、異世界から武器を召喚している。武器の召喚が可能ならば、生物、人間の召喚だって不可能とは言い切れない。現に、クルセルクやザルワーンでは召喚が行われたという話もある。それが本当のことなのかどうかはともかく、ザルワーンには天を衝くほどに巨大な竜が現れ、クルセルクには都市ひとつを飲み込むほどの巨鬼が出現したという。突如とした出現は、召喚魔法によるものとしか考えられない現象だ。

 それらと同じように、異世界からこの世に召喚された人間がいても、なんら不思議ではない。

「彼は、俺なんだよ」

 同じ顔。同じ姿。同じ声。同じ魂。同じ力。似ているのではなく、同じ。なにもかも、同じだった。

「異世界に存在する俺なんだ。俺と同じ存在なんだよ。だから、この手で殺さなくちゃならない」

 皮肉なことに。

「必要なのは、黒き矛だけじゃない。彼の命も、彼の魂も、俺のものにする。しなければならない」

 でなければ、自分の存在意味も失われ、世界から排斥される。そんな確信めいた予感がある。

 そんなことを考えている時だった。

「おや?」

 ランスロットの声に促されて前方を見やると、黒い塊が迫ってくるのが見えた。赤い舌を出し、息を切らせながら猛然と突っ込んでくるのは、よく見れば犬だということがわかる。真っ黒な体毛に覆われた小犬。見覚えがあった。

 ニーウェは、その場に屈みこんで、小犬を待ち構えた。そして、その小犬が勢い良く飛びかかってきたので、笑ってしまった。

「また、君か。ニーウェ」

「ああ、その犬がニーウェですか」

 ランスロットが苦笑したのは、最初に会ってから拠点に戻ったとき、ニーウェという名の犬がいたということでミーティアとシャルロットが盛り上がっていたからだ。

「うん」

(ということは、だ)

 ニーウェは、黒い毛の塊のような小犬と戯れながら、視線を上げた。少女が、駆け足で近づいてくる様子が見える。あの日、ニーウェがセツナと戦った日の朝に出会った少女だ。武装召喚師を志す少女は、師であり、セツナの部下であるミリュウ=リヴァイアからニーウェと同じ名をした小犬を預かっているという。あの朝、偶然にも出会ったとき、そこまで聞いている。

 セツナを誘き寄せるために使えなくはなかったが、そこまですることはないと踏んでいた。既にセツナと同じ姿形をした人間が新市街に現れているという噂が、王都中で取り沙汰されてもいた。餌は撒き終えていた。あとは、セツナがルシオンから帰国し、王都に帰り着くのを待つだけでよかった。そして彼は帰ってきて、翌日には、ニーウェと遭遇することになった。

 それがもう数日前のことになる。

 あれから、ニーウェは旧市街の宿を拠点にしながら、王都の様子を窺うような日々を送っている。

 早朝の新市街の街角。人気はなく、彼女と小犬のニーウェだけしかいない。建設中の建物が多い区画だ。住んでいるひとが少ないのだろう。人気がないのはそのせいもあれば、早朝だということもあるだろう。彼女が出歩いているのは、犬のニーウェの散歩であり、ニーウェがここにいるのは、ただの気晴らしだった。

 気晴らしも、人気のない時間帯の新市街に限られる。

 旧市街はどこもかしこも人混みばかりであり、ひょんなことで正体がバレる可能性があった。いくら頭巾を目深にかぶっていたところで、風に煽られ、顔が衆目に晒されでもすればことだ。常にエッジオブサーストを召喚しているのならば話は別だが、そんな無茶ができるはずもない。

 出歩かなければいい、というだけのことなのだが、狭い部屋に閉じこもり続けていられるような精神性を彼は持ってはいない。皇帝になれないのは、そういう性分もあるのだろう。

「ニーウェ、急に走ったりしたら駄目だよ!」

 少女は、ニーウェの目の前で足を止めると、肩で息をしながら、小犬の首輪についた紐を手に取った。随分長い距離を走ってきたのだろう。小犬のニーウェの嗅覚が鋭いとしかいいようがない。

「それに、知らない人に跳びかかったら駄目っていってるでしょー!」

 彼女が紐を強く引っ張るが、小犬のニーウェは聞く耳を持たず、ニーウェにじゃれついている。なぜ、小犬のニーウェが彼を気に入っているのかは、ニーウェにはまったく見当もつかない。セツナに似ているからなのか。

(そんなこと、あるはずがない)

 しかし、小犬のニーウェがニーウェにセツナを感じているのは間違いなさそうなのだ。でなければ、あの日、あの朝、みずしらずのニーウェに向かって突撃してくることなどなかったはずであり、いまも駆け寄ってくることなどなかったはずだ。ご機嫌なのか、小さな尻尾を元気いっぱい振り回す小犬の様子には、笑みを浮かべてしまう。が、同時に複雑なものも感じる。きっと、小犬のニーウェには、ニーウェがセツナに見えているのだ。いや、感じている、というべきか。

 犬が人間を姿形で区別し、判断しているのかはわからない。犬は鼻が利くという。だとすれば体臭なども判断材料のひとつにしているかもしれず、だとすれば、においまでもニーウェとセツナは同じだということになる。

 だが、その事自体は別段おかしなことではない。

 姿形のみならず、声も、魂さえも同じなのだから、においが同じであってもなんら不思議ではない。

 そんなことを思いながら、ニーウェを撫でていると、少女が困ったように肩を落とした。小犬のニーウェがいうことを聞いてくれないからだろう。彼女――エリナ=カローヌにとって、子犬のニーウェは師匠に託された大事な命なのだ。

 ニーウェは、顔を上げて、彼女を見た。

「エリナ……だったね」

「あなたは……!?」

 少女は、元から大きな目を目一杯に開き、驚きを表した。

 その瞳に映り込むのは、彼女が尊敬してやまないセツナと同じ顔をした別人の顔だ。



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