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第千九十九話 ひとのかたち、いのちのかたち(一)

 ミドガルド=ウェハラムは、一言でいえば、騒々しい人物だった。

 口を開けば、なにかに取りつかれたように言葉を連ね、まくし立てるように話し、ひとつのことをいい終えるころには聞いている人間が精神的に参ってしまうのではないかというほどの勢いと熱量があった。情熱的な人物なのだろうということはわかるのだが、その情熱の熱量たるや、相手が初対面の人間であろうと関係なしにぶちまけられることもあって、セツナは辟易してしまった。

 なんのことはない。

 セツナとミドガルド=ウェハラムの初顔合わせは、ミドガルドの自己紹介が終わったとともにセツナが疲れ果てただけで終わったのだ。


 九月十七日。

 セツナが昏睡状態から目覚めた翌日のことだ。マリアに言われるまでもなくまだまだ安静にしていなければならない状態にあり、ひとと会って話し合う時間も限られていたのだが、セツナは、レオンガンドから話を聞いた手前、すぐにでも行動に移したかったのだ。ことは、セツナ個人のだけの問題ではない。ガンディアの命運を左右する問題でもあるのだ。

 その日のうちにミドガルドと連絡を取り、翌日、隊舎の病室にて話し合う機会を作った。

 ミドガルドと連絡を取る事自体、難しいことではなかった。ウルクという女はなぜか隊舎にいて、セツナの身辺警護をしていたからだ。レムを通じてウルクに伝え、ウルクがミドガルドと連絡を取ってくれた。ウルクは、セツナを窮地から救ってくれた神聖ディール王国の女性だ。

 この時点ではまだ、セツナはミドガルドは無論のこと、ウルクにも会ってはいないのだが、それにはわけがある。セツナの病室には、レムとラグナ以外、ほとんどだれも出入りできないようになっていたのだ。

 マリア曰く、セツナは人前で無理をする厄介な性格だから、あまりひとと会うべきではない、ということだった。レムによれば、マリア直筆の注意書きが、病室の扉に貼り付けられているらしい。いわゆる面会謝絶というやつだ。

 レムとラグナだけは出入りしてもいいのは、セツナひとりにしていては可哀想だということもあれば、身動きが取れない以上、ひとりではなにもできないからでもある。脇腹の傷口は縫い合わされているとはいえ、完全に塞がりきってはいないのだ。無理に体を動かせば、せっかく塞がりかけた傷口がまた開いてしまうかもしれない。手足となる人間が必要で、その役目には従者たるレムほどの適任はいなかった。

 彼女が選ばれたことにミリュウやシーラが不平を漏らしたというが、彼女たちとレムの立場や立ち位置を考えれば、彼女たちには任せられないことだ。レムは普段から、セツナの従者として、下僕として相応しい働きをしている。レムだからこそ頼めることも、ミリュウたちには頼みようがない。

 ラグナは、ただの話し相手だ。話し相手ならばミリュウたちにもできるが、ラグナは、ミリュウたちと違って、とても小さく、基本的には騒がしくない。そして、従僕としての謙虚さがある。だから彼はマリアに入室を認められ、セツナの額に乗っかっているのだ。

 そんな状況にも関わらず、セツナは無理をいってミドガルドと会おうとした。それがまずかったのだろう。もちろん、マリアにも了解を取り付けたのだが、そのとき、マリアは渋い顔をしていったものだ。『一時間……いや、三十分だけなら、まあ。それ以上の面会は、医師として認められないよ。いくら隊長命令でもね』

 マリアの言いつけを守ると約束して、やっと了解を得ることができた。

 それが、初顔合わせとなる前日の夜の出来事だ。その日のうちに連絡を取り、ミドガルドの了解を取り付けることができたのだ。

 そして、マリアに心配されながら夜を過ごし、朝を迎えた。

 朝、目が覚めると、レムとラグナに挨拶し、それから、ファリア、ミリュウ、シーラ、ルウファ、エミル、エスクらとひとりずつ、順番に挨拶を交わした。セツナの体調を考えると、一斉に押し寄せるのはよくないということで、ひとりずつ部屋の中に入ってくるのだが、その順番に挨拶をするという行為が妙に面白くて、セツナは終始半笑いだったりした。そのことがミリュウの怒りを買ったようなのだが、彼女をなだめるのは別に難しいことでもなかった。

 そして、ミドガルドと約束した時刻がきた。

 午前十時、彼はきた。

「こちらの方が、ミドガルド=ウェハラム様にございます」

 レムに案内され、病室に入ってきたミドガルド=ウェハラムを見たセツナの第一印象は、ひょろ長い、だった。セツナよりも長身の上、とことん痩せていることもあって、そういう印象を受けたのだろう。「どうも、御紹介に預かりました、ミドガルド=ウェハラムにございます。この度は領伯サマ直々のご指名ということで、領伯サマの体調のことを気に病みながらも参上仕った次第。わたくしとしては、領伯サマが回復し、万全な状態になられてからでもよかったのですが、なにごとも早い方がいいという領伯サマの考えもわかりますよ、ええ」

「えーと……」

 セツナは、ミドガルドの勢いに押されて、なにをいうべきか戸惑い、言葉を見失った。すると、レムがさり気なく助け舟を出してくれた。

「セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルド様にございます。ガンディアの王宮召喚師にして、王立親衛隊《獅子の尾》隊長を務め、さらにはエンジュールと龍府というふたつの領地を持つ、領伯」

「ええ、存じ上げておりますよ。聖王国からこのガンディオンに至るまで長旅でしたので、その間、調べられるだけ調べております。故に、わたくしはこの都を訪れ、セツナ伯サマとお逢いするべく、機を待っていたのでございます」

「つまり、ウェハラム様は、御主人様と逢うためにガンディオンへこられた、と?」

「そういうことです。しかし、まさかまさか、セツナ伯サマがまったく同じ姿の帝国人と戦闘し、しかも致命傷を負わされる現場に出くわすとは思いも寄らず――」

 ミドガルドは、とにかく喋り続けた。しゃべることが好きなのか、単純に思いついた言葉を羅列しているだけなのか。どちらにせよ、セツナが気圧されたのは、体調のせいではあるまい。もっとも、体調の悪さが影響していないとは、いえない。

 ミドガルドの話を聞いている間に目が回るような感覚を覚え、そのまま意識を失ったからだ。

 気が付くと、夕方になっていた。

 マリアの呆れ顔には、反論の余地もなかった。

「だからいったじゃないか」

「ごめん……」

「ごめんで済むようなことだからいいけど、隊長殿の身にもしものことがあったら大変なのは隊長殿だけじゃないんだよ。元気なときは無理をしてもいいけど、いまはゆっくり休んで、傷を癒やして欲しいもんさ」

「ああ……言うとおりにするよ」

「素直なところは、可愛いんだけどさ」

「はい」

「そうじゃのう」

「おまえがいうな」

「なぜじゃ!?」

 ラグナがひとしきり不満をぶちまける中、セツナは再び眠りについた。ミドガルドとの面会は、想像以上に疲労をもたらしたのだ。


 セツナが、ミドガルド=ウェハラムと再び対面したのは、二日後の十九日のことである。

 十七日はミドガルドと会った以外、ずっと病室で寝ていて、翌日も一日中寝て過ごした。そうすることで体調も少しは回復しただろうという判断の元、ウルクを通じてミドガルドに連絡を取ったのが十九日のことなのだ。

 が、そこで思わぬことに、その日のうちに会うことになってしまった。何事も早いほうがいいというセツナの考えがまさに実現したのだから、セツナとしては申し分のないことにはちがいなかった。

 ミドガルドと再びまみえたのは、その日の夕刻のことで、彼はそのとき、ひとりではなく、ウルクを同席させることの了解を取ってきた。セツナもひとりではない。セツナは難なく了承し、それによってウルクとの初顔合わせともなったのだ。

「彼女の同席を了承して頂きまことにありがたいことです。領伯サマ。彼女はウルク。わたくしの娘、とでもいうべきでしょうか」

「そのような説明ではいささか意味不明です、ミドガルド」

 ウルクが、ミドガルドの右斜め後ろで、身動ぎひとつせずに告げた。すると、ミドガルドは苦笑を交えながら、いってくる。

「このように父に対しても厳しいことをいいますが、いい子なんですよ」

「あなたは父ではありません。血の繋がりもなければ、そもそも、わたしは生まれてさえいません」

 ウルクは、無表情のまま、告げる。

 彼女は、ミドガルドと並んでも遜色ない長身で、やや痩せ気味に見えた。すらりと伸びた長い手足に凹凸の少ない体つき。それでも女性としか思えないのは、容貌のせいもあるだろうが、確かに胸があり、ある程度は女性らしい体型だからだ。その体にぴったりとした衣服を着ているのは、動きやすさを優先しているのかもしれない。

 腰まで伸びた灰色の髪と、異彩を放つ目が一番の特徴だった。顔立ちもまた、女性的だ。女性的というより、女性そのものといったほうがいいのだろう。精巧に作られた人形のように整った顔立ちには、表情の片鱗さえなく、手入れされた眉の下、どこか鋭さを感じさせる双眸からは光が漏れているような錯覚を抱く。総じて、美人だ。それこそ非の打ち所がないほどの美人といってもいい。絶世の美女たるアズマリア=アルテマックスと並んでも遜色がないのではないかと思えた。

 セツナは、ウルクの姿をまじまじと見つめながら、彼女の言葉を反芻した。

「生まれていない……?」

「どういう意味でしょう?」

 レムが首を傾げると、ミドガルドが笑い声を上げた。

「ははは、まったく、なにごとも正確に伝えなければならないという彼女の性格には困ったものです」

「ミドガルド。いくらあなたがわたしの開発責任者であり、わたしの造物主であろうと、我が主であるセツナに対し、間違った情報を伝え、誤った認識をさせるなど、言語道断です」

 ウルクはまたしてもにべもなく告げたのだが、彼女の言葉の意味は、いまいち理解できない。いわれたミドガルドは完全に理解し、納得している風なのだが。

「……まあ、それもそうだね」

「開発? 造物主?」

「話が見えてきませんね」

 レムの言葉にうなずくと、上体を起こして座っているセツナの股ぐら辺りでふんぞり返っているラグナが、静かに口を開いた。

「魂の不在」

「ん?」

「あのものには魂が存在せぬ、といっておるのじゃ」

 ラグナのいっている言葉の意味も、よくわからない。

「どういうことだよ?」

「おぬしは馬鹿か?」

「馬鹿だよ。悪いかよ」

 セツナが言い返していると、ウルクがずかずかと歩み寄ってきた。寝台のすぐ横で立ち止まった彼女は、セツナではなく、ラグナを凝視した。ラグナが怪訝な顔をする。丸みを帯びた小さなドラゴンの表情から感情が読み取れるのは、彼とそこそこの期間、ずっと側にいるからだろう。爬虫類にも似た顔は、表情豊かで、見ているだけで飽きなかった。そんな彼の怪訝な表情は、ウルクの無表情と対比しうるものだ。

「ん? なんじゃ?」

「あなたは我が主に対し、随分な口をききますね?」

 ウルクの顔には表情はなく、声音にも感情はない。だが、なぜか怒っているのではないかと思えてならなかった。しかし、なぜ彼女がラグナに対して怒る必要があるのかはわからないし、そもそも、セツナが主と呼ばれる理由が不明だ。

 話についていけない。

 ラグナが、不思議そうに目を開く。

「我が主じゃと? わしの主がおぬしの主じゃというのか?」

「そうですが、なにか? それに、あなたの主? とても主に対する口の利き方には思えませんが?」

「むむ……なんじゃ? どういうことじゃ?」

 ラグナが長い首を巡らせてセツナの顔を見上げてきたので、セツナは首を横に振った。

「俺に聞くなよ。俺だってさっぱり……どういうことか説明してくれますか? ミドガルドさん」

「ええ、もちろん。そのために彼女を同席させたのですが、どうやら彼女、セツナ伯サマを目の当たりにして興奮してしまっているようです」

「わたしに興奮という感情はありません」

「即座に否定するあたりがまた」

「間違っていることを否定するのは当然のことです」

「まあ、そうなんだがね」

 ウルクの愛想のかけらもない反応に、ミドガルドが苦笑とともに肩を竦めた。

「さて、どこから話しましょうかね。そうだな。これをご存知ですか」

 といって、彼は懐から小さな石を取り出した。綺麗な石は、彼の骨ばった手のひらの上で、わずかに光を発している。生命力に反応して発光する石など、ひとつしか考えられず、セツナはそれを言葉にした。

「魔晶石ですか?」

「ご名答。正解。大正解にございます。しかしてこれは?」

 ミドガルドがにやりとしながら取り出したのは、やはり小さな石だった。最初に取り出した魔晶石と異なるのは、その石が黒く輝いているように見えることだ。

「魔晶石、ですよね。でも、黒い……?」

 大陸各地で広く使われている魔晶石は、青白く光る。どんな大きさの、どんな魔晶石でも、同じような光を発する。その光は冷ややかながらも闇を照らし出すには十分過ぎる光量を持っており、故に照明器具として使われているのだ。照明器具としての魔晶石は、魔晶灯などと呼ばれる。もちろん、この部屋にも設置されているし、隊舎の廊下や各部屋にも備え付けられている。

 しかし、ミドガルドがいま取り出した魔晶石は、青白く発光しているのではなく、黒い光を発しているようだった。黒い光などという矛盾したものが存在すること自体奇妙だったが、なにより、その光を見ていると妙に落ち着いた気分になるのが、セツナには不思議だった。

「はい。黒色魔晶石とも、黒魔晶石ともいいますが、どちらにせよ、仮初に与えた名称にございますな」

 そういいながら歩みよてきたミドガルドは、黒く輝く魔晶石をセツナに手渡すようにしてきた。セツナは素直に受け取り、手近で見下ろした。

「これが?」

「中々に美しい物じゃな」

「はい。とても綺麗です。まるで御主人様のよう」

「どこがだよ」

 ラグナとレムの反応に突っ込んだりしながら、黒魔晶石を見入る。漆黒の魔晶石は、セツナの手のひらの上で強く輝いている。ミドガルドの手の上にあるときよりも強く、激しく、だ。黒く激しい光は、しかし、目に痛くはない。むしろ、よく馴染むようだった。

 セツナがなにかをしたわけではないため、ミドガルドが手渡すときに細工でもしたのだろうと思ったのだが。

「……やはり、セツナ伯サマに反応しますな。わたしの推察は間違いではなかった。君の感性も」

「わたしが間違うわけがありません」

「ああ。そうだ。君が間違うわけがない。セツナ伯サマこそ、君の主で、君の命だ」

 ミドガルドが、セツナにはまったく理解できないことを、どこか寂しげにいうのが気にかかった。

「はい?」

「話を、続けましょう」

 ミドガルドの目が、静かに燃えているように見えた。


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