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第千九十話 セツナとニーウェ

 新市街。

 王都の増えすぎた人口に対応するために新設された居住区は、まだまだ不完全で、ところどころ建設中の建物や更地の敷地があったりするものの、すでに居住区としての体裁が整いつつあった。ひとも住み始めている。だからこそ目撃情報や証言があったのだが、その偽セツナがなぜ新市街などというある意味目立つ場所にいるのかは不明だった。

 新市街は建設中であり、隠れ場所には困らない。

 逆を言うと、探しだすのは困難かもしれない。

 そんなことを考えながら、セツナは、一先ず黒き矛を召喚した。矛の冷ややかな感触が意識を覚醒させる。いや、それは勘違いだ。覚醒、などというものではない。意識はとっくに目覚めている。目覚めた上で、さらに先を行くのが召喚武装による補助だ。補助。強化。副作用。いくらでも呼びようがあるが、なんにしても、召喚武装を手にしたものは、五感や身体能力を底上げされるのだ。

 感覚の肥大。視野の拡大。聴覚、嗅覚、触覚の強化。身体能力の向上。それこそ、武装召喚師の強みのひとつだ。もちろん、利点ばかりあるわけではない。それだけ能力が引き上げられるということは、反動も強いということだ。肉体や脳、精神への負担は、尋常ではなかった。だから、武装召喚師は心身を鍛えあげなくてはならないのだ。でなければ、召喚武装に振り回され、破滅する。

「セツナの偽物、のう」

 頭の上で、ラグナが怪訝そうにつぶやいた。彼のつぶやきに反応するものはいない。レムも、ファリアも、ミリュウも、セツナとは別行動を取っている。新市街は広い。目撃証言も南部広範に渡っており、探し出すためには散開するよりほかなかった。そういう意味でも、ルウファをあの場に残してきたのは正解かもしれない。偽セツナがルウファの目の前を通る可能性だって、皆無ではないのだ。

 ふと、苦笑する。

 偽セツナなどと呼んでいるが、当人にはそんなつもりはないかもしれないからだ。召喚武装の能力で成り済ましている可能性もないではないが、きっと、おそらく違うだろう。ただ似ているのだ。顔、姿、形、なにもかもが似ているだけなのだ。似ているだけで偽者といわれるなど、やっていられないだろう。

 だが、一方で、こうも考えるのだ。

「たぶん、そいつだろう」

「なにがじゃ?」

「いや、こっちの話」

「なんじゃ?」

 ラグナがセツナの額をつついてくる。痛くはないが、少しばかり鬱陶しい。セツナはカオスブリンガーを目の前に掲げた。

「この黒き矛には、どういうわけか力のかけらというべきものがあったんだ」

「らんすおぶでざいあ、ますくおぶでぃすぺあ、というやつじゃな」

 ラグナがたどたどしく、いう。ランスオブデザイアとマスクオブディスペアについては、ラグナにも説明している。

「ああ。そして、最後のひとつが、俺とよく似た男の召喚武装なんだろう」

「えっじおぶさーすと、か」

「よく覚えているな」

 セツナが感心すると、ラグナは彼の頭の上でふんぞり返ったようだった。そしてそのままひっくり返って頭から落ちかけるも、尻尾を髪に絡ませ、なんとか落下を防ぐ。そして、なにごともなかったかのようにセツナの右肩に降り立ったかと思うと、やはりなにごともなかったかのようにいってくるのだ。

「当たり前じゃ。わしをだれと心得ておる」

「万物の霊長でございましたな」

「うむ」

「おみそれいたしやした」

「わかればよいのじゃ」

 偉そうにしたところで可愛げの塊でしかない彼の素振りを横目でみて、セツナは笑った。笑って、すぐに笑みを消す。偽セツナのことを考えると、エッジオブサーストとの戦いを想像すると、笑ってはいられない。マスクオブディスペアはともかく、ランスオブデザイアは強敵だった。エッジオブサーストも手強い相手かもしれない。

 もっとも、ランスオブデザイアと戦ったころと比べて、こちらは何倍も強くなっている。まず、その強敵だったランスオブデザイアを吸収したのだ。つぎにマスクオブディスペアを取り込み、黒き矛はさらに強化された。強くなったのだ。敵も強く、あまり実感を覚えられないことが多々あるものの、強いのは間違いない。

 そして、エッジオブサーストを取り込めば、黒き矛は完全な状態になる。そうなれば、セツナと黒き矛の前に敵はいなくなるのか、どうか。

(使いこなせるかどうかは別問題だがな)

 いまも、黒き矛を使いこなせているとはいいきれない。

「ともかく、そいつを倒し、黒き矛を完全な状態にするのが俺の目的だ。陛下は捕らえろといったがな……そういう状況には、ならねえ」

「そうじゃな」

 ラグナが認めたのは、前方にそれを視認したからかもしれない。

 新市街の整備された通りを駆け抜け、建設中で人出の多い区画を通り抜け、いまだ更地の多い区画に辿り着いたところだった。人気のない、まるで空白のような空間に、その人物はいた。濡れたような黒髪に鮮血のような紅い目を持つ青年。目鼻立ち、体つき、背格好、なにもかもが、彼がもっともよく知る人物に似ていた。

 まるで、鏡を見ているようだった。それほどまでに似ていて、立体感があるから、違和感というか奇妙な感覚を抱く。そっくりなのに、どこかが違う。なにが違うのかわからないほど些細な違い。まさに間違い探しといってもいい。

「セツナじゃな」

 ラグナが驚きを込めて、うめく。

「ああ、俺だ」

 セツナは認めて、偽セツナに歩み寄った。すると、彼は片手を上げてきた。身に纏う黒ずくめも、セツナの格好に似ている。セツナは《獅子の尾》の隊服を身につけていた。《獅子の尾》の隊服は、《獅子の尾》隊長である黒き矛のセツナに合わせるかのように、黒を基調としているのだ。黒にガンディアの象徴である銀を織り交ぜている。

 それに対し、偽セツナの衣服は黒ずくめで、赤い目と肌の色だけが異彩を放っているとでもいうべきだった。そんな彼の第一声は、極めて軽い。

「やあ、俺」

 彼は、そんな風にいってきたので、セツナも同じように返した。

「よう、俺」

 周囲に人気はない。ひとに見られれば、一瞬にして騒ぎになること間違いなしの場面だった。セツナと、セツナの偽者が対峙しているのだ。だが、騒ぎにはならないだろう。セツナの感知範囲内に、こちらに向かっている一般人はいない。

「君が、セツナか。セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルド」

 やはり、彼はこちらの名前を知っていた。驚きはなかった。知っているだろう。でなければ、わざわざ王都ガンディオンにやってくるわけがない。セツナを探していたのだ。彼ではなく、エッジオブサーストが。

 エッジオブサーストもまた、黒き矛を破壊し、その力を取り込むことを目的としているに違いなかった。

 ランスオブデザイア、マスクオブディスペアの例を見れば、わかるというものだ。

「ああ。あんたは?」

「そうだな。まず名乗っておこうか。大事なことだ」

「そうだぜ。大事なことだ」

 同じ言葉を発するだけだというのに微妙な違いがあったことに、セツナは苦笑するほかなかった。なにもかも同じはずなのに、なにもかもが違う――そんな感覚。違和感。微妙で、絶妙な、不和。いまにも不協和音が聞こえてきそうなものがある。

「俺は、ニーウェ・ラアム=アルスール。ニーウェとでも呼んでくれればいい。この場限りの縁だが」

 彼が告げてきた名前に、セツナは驚き、またしても苦い顔をした。

「ニーウェか」

「おぬしじゃな」

「ああ、俺だ」

 ラグナが茫然としたようにいってきたのは、彼の長い命の中、数万年に渡る記憶の中にも、このような偶然などそうあるものではなかったから、かもしれない。そして、いまさらのように気づくのが、ラグナは人間の顔が完全に判別できるということだ。他種族にしてみれば、人間の顔などどれも似たようなものに見えても不思議ではないのだが、さすがはドラゴンといったところかもしれない。

 ラグナがセツナとニーウェが同じ顔だということを完全に理解しているからこそわかったことだ。それにより、彼が人間を判別する要素に外見があるということもわかったが、いまはどうでもいい。この場でドラゴンの生態、能力を探ることに意味はない。

「なにをいっている? それにその頭の上の生物は?」

 ニーウェがラグナを気にしたのは、ラグナが喋ったからだろう。喋らなければ、被り物にでも見えたかもしれない。

「万物の霊長様だよ、頭が高いぞ」

「そうじゃ、わしはドラゴンじゃぞ。頭が高いぞ」

 ラグナがセツナの真似をして言い放つと、ニーウェはきょとんとした。それから、ふっ、と笑う。

「もうひとりの俺は、相当面白いことになっていたようだね」

「あんたも、面白いよ」

「ん?」

 彼が怪訝な顔をする。

 彼の表情のひとつひとつが、セツナには気に食わなかった。同じ顔だからだろう。同じ顔でも、鏡を見ているのとはなにもかもが違う。同じ顔をした全く別の生き物がそこにいるのだ。顔だけではない。体格も声も微妙な表情の細部に至るまで、よく似ている。

 それ不快だった。

「ニーウェは、俺が偽名として使った名だからな」

「なるほど。それは確かに面白いな」

 ニーウェが本当に面白そうに笑う。その笑顔は、セツナのそれと似て非なるものだった。

(違うな)

 生まれや育ちが違えば、こうも変わるものかと想うほどに、表情は違った。姿形は同じでも、にじみ出るものは違うということだろう。彼がどこで生まれ、どのように育ったのかは、皆目見当もつかないが。

(ラアム? アルスール?)

 聞いたこともない名前だった。領伯ラーズと響きが近いことから、似たようなものなのかもしれない。

「運命を感じるよ」

 彼は、そういって、両腕をだらりと下げた。両手には、いつの間にか短刀が握られている。黒一色の短刀。それがエッジオブサーストであることは、一目瞭然だった。なによりも黒く、破壊的なまでの禍々しさを帯びた短刀。二刀一対らしい。両方の短刀から、黒き矛に似た気配を感じる。そして、黒き矛がかすかに震えていることがわかる。怒りだ。黒き矛が怒っているのだ。自分自身から分かれた力の顕現を目の当たりにして、怒りを発しているのだ。その怒りが、セツナの意識にまで触れようとしてくるのだから、黒き矛は恐ろしい。

 ただ握っているだけだというのに、いまにも気が狂れそうになる。

 こんな感覚、はじめてかもしれない。

「それが――」

 ニーウェが右腕の短刀で黒き矛を指し示してくる。闇を凝固したような刀身は、闇そのもののように昏く、黒い。それは、黒き矛とて同じだ。同様に黒く、同様に禍々しく、同様に破壊的だった。

「君の手にするその矛が、黒き矛なんだろうね。いわずともわかる」

「あんたの手にあるのがエッジオブサーストだな」

 言い返すように告げると、ニーウェは一瞬考え込んだ後、納得したような表情をした。

「ああ……そうか、俺が認識しているということは、君が認識していたとしても、なんら不思議じゃあないね」

「黒き矛の最後のかけら、取り戻させてもらう」

「問答無用か」

「望むところだろ」

「そうだね。望むところだ」

 ニーウェは、苦笑した。そして、両手の短刀を軽く構える。両腕をだらりと下げた姿勢から、そのまま肘を曲げ、前腕を上げていく。やがて、二刀の刀身が触れ合った。

「そのために、俺はここまできたんだ」

 声が聞こえたのと同時にニーウェの姿が消え、瞬間、激痛がセツナを襲った。

(なに……?)

 なにが起こったのかわからないまま、セツナは振り向きざまに矛を振り抜いたが、そこにはニーウェの姿はなかった。たたらを踏む。背に走る痛みのせいだ。だが、すぐさま意識を切り替えたセツナは隙を見せることなく、敵を見つけた。ニーウェは、前方に立っていた。エッジオブサーストを軽く構え、こちらを見ている。右手の短刀に血がついていた。彼は紛れも無くセツナの背を切ったのだ。

「へえ。あれを避けるか」

 ニーウェが短刀についた血を見ながら、いってくる。

(避ける……?)

 避けた覚えはない。が、致命傷を避けることができたということは、無意識に回避行動に移り、成功したということなのかもしれない。そして、ニーウェは、最初から殺す気で攻撃してきたということだ。

「セツナ、あやつ、いまなにをしたのじゃ?」

「おまえにもわからなかったか」

「つまり、おぬしにもわからなんだか」

「ああ……見えなかった」

 セツナは、正直にいった。ニーウェがなにをどうやってセツナの背後に移動したのか、皆目見当もつかなかった。

 まず、目にも留まらぬ速さで移動したわけではない。それは彼に移動の予備動作がなかったことや、大気の動きに大きな変化がなかったことなどからもわかる。物が動けば、空気も動く。黒い矛を手にしていることによる超感覚は、そういった些細な変化も見逃さないのだ。たとえこの超感覚でも察知できないほどの速度で移動したのだとしても、大気の震えを誤魔化すことなどできないのだ。

 つまり、高速移動ではない。

 間違いなくエッジオブサーストの能力なのだろう。そして、その能力を解明しないかぎり、セツナに勝ち目はないのかもしれなかった。

 ニーウェがほくそ笑む。

「さすがは黒き矛のセツナ。そうでないと」

「勝手に盛り上がってんじゃねえっての」

「そうだね。盛り上がったところで、君を殺せばなにもかも仕舞なんだ」

 ニーウェが笑みを消した。

「だから、終わらせよう」


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