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第千八十五話 王都で待つもの(三)

 王宮から群臣街にある《獅子の尾》隊舎に帰り着いたのは、夜のことだった。隊舎に辿り着いたセツナたちを待ち受けていたのは、ゲイン=リジュールによる心尽くしの料理の数々であり、セツナたちはゲインに感謝と感激の言葉を伝えながら、彼の手料理を平らげた。その様子を、ゲインは満足そうに眺めていたことが、セツナには嬉しかった。

《獅子の尾》は、その性質上、隊舎を空けることも多く、ゲインは中々料理の腕をセツナたちのために振るえないことを常日頃から気にしているところがあったのだ。ゲインは、《獅子の尾》専属の調理人だ。隊舎に住み込みで働いていて、隊舎に隊士がいない場合は、働きようがないのだ。もちろん、給料は払っているのだが、調理人の本分は金をもらうことではない。手料理を振る舞うことなのだ。だから、ゲインはこういうとき、全身全霊で料理を作ってくれる。それだけでセツナは彼を雇って良かったと心底思うのだった。

 それから、場所を広間に移した。もっとも、広間に集めたのは、主要人員だけだ。《獅子の尾》の面々に、レム、ラグナ、シーラ、そしてエスク。それ以外の皆は先に休ませた。広い室内。皆、思い思いの場所に陣取っている。セツナの右隣にミリュウがいて、左側のは少し離れた位置にファリア、レムは後ろに控えていて、ラグナは頭の上だ。ルウファはエミルと同じ長椅子に座り、マリアはそのふたりの近くにいる。シーラはセツナの右斜め前の席に腰を落ち着けており、エスクは一堂から少し離れた椅子に座っていた。エスクが距離を取るのはわからないでもない。新参者であり、まだ馴染みきっていないからだろう。

 皆の位置を把握しながら、セツナは話を切り出した。

「陛下から聞いた話は四つある」

「四つ?」

「結構あるのね」

「長かったもんな」

「ひとつは、ルシオンのことだ」

 人差し指を立てると、ミリュウが発言する。

「あ、それわかった。ハルベルク殿下の戴冠式の話でしょ」

「正解。ま、いわなくてもわかるわな」

「ふふーん」

「なんでふんぞり返ってんのよ」

 どこか誇らしげに胸を反らすミリュウに対し、ファリアが呆れたようにいった。そんなふたりのやりとりを見聞きしながら、話を続ける。四つの話のうち、本題となるのはひとつだけだ。ほかの三つは、別段、皆に報告する必要もなかったのだが。

「お隠れになられたハルワール陛下の喪が開けたこともあって、ルシオン国王の座にハルベルク殿下が着かれることになるんだが、そのための戴冠式に俺も出席しなきゃならんのだと」

「そりゃあそうよねえ。セツナ様は領伯様であらせられますし」

「あらせられるのじゃな」

 といってレムを振り返ったのは、ラグナだ。以前、レムがラグナにセツナの立場や役職について説明したことがあったのだ。レムの穏やかな声が返ってくる。

「そうですよ。以前お教えした通り、御主人様はガンディア中のひとびとから敬わられる立場なのです」

「ガンディア中のひとびとから敬われているかはしらないがな」

「またまたご謙遜を」

 などとルウファがいってきたので、セツナは軽く肩を竦めた。

 王都在住の生粋のガンディア人からは圧倒的な支持を受けていることは理解しているし、実感もしているのだが、セツナが黒き矛の力でもって蹂躙した様々な国々では同様に評価されているなどとは思えるはずもない。領地のエンジュールや龍府ではそれなりに支持され、評判も悪くはないようだが、それは領地だからであって、それ以外の地域では同じようにはいかないだろう。

 黒き矛のセツナはガンディアにとっては英雄かもしれないが、ガンディアと敵対し、攻めこまれた国にとっては殺戮の限りを尽くした悪魔といっても過言ではないのだ。

「戴冠式には、あたしたちもついていっていいのよね?」

「王立親衛隊総出で陛下を始めとするガンディア側の出席者を警護することになっているからな」

「やったー!」

「別に観光に行くわけじゃないんだぞ」

「わかってるわよ」

 ミリュウが喜びいっぱいに片目をつむってくるのを見ていると、シーラが不安そうな顔をした。

「俺たちは?」

「黒獣隊には俺の護衛を務めてもらう」

 セツナが答えると、シーラは拳をぐっと握って、少しばかり嬉しそうな顔をした。

「え、じゃあ、俺たちはどうなるんです?」

「王都に残ってもらうつもりだ」

「ええー!? 嬉しいな!」

「嬉しいんだ?」

「いやあ、かしこまった場には相応しくない連中なんでね」

「自分の部下をそういうか」

「俺も含めてのことですよ」

「なるほど」

「そこは納得するんすね」

「うん」

 セツナがあっさりとうなずくと、エスクは肩をこけさせた。慇懃無礼な彼のことだ。ルシオンの王侯貴族のみならず、ガンディアを始め、周辺諸国からの参列者も集う場でも、場所や立場をわきまえない発言をする可能性があった。だから、彼率いるシドニア戦技隊には王都に留まっていてもらうことにしたのだ。

 その点、元々、王女とその侍女団である黒獣隊には心配する必要がない。もっとも、セツナには基本的に護衛は不要なのだが、領伯という立場が単独での行動を許さない。

《獅子の尾》は王立親衛隊。レオンガンドのための部隊であり、セツナが指摘に運用していいものではないのだ。黒勇隊をはじめとする私兵部隊を組織したのは、そういう理由もある。いざというとき、セツナの意思で動かすことのできる戦力があるのは、大きい。もちろん、ゴードン=フェネックが黒勇隊の設立を急いでくれたからこそ思いついたのであり、もし彼がいなければ、セツナは私兵部隊を作るなど考えもしなかっただろう。

「ふたつ目はワラルについてだ」

「ワラル?」

「あのよくわからない国がどうかしたの?」

「よくわからないって……まあ、そうか」

 ルシオン・ハルンドールでの一件は、確かによくわからないものだった。ルシオンが喪に服している時期を見ての全軍突撃は、決死の軍事行動であり、王みずからが前線に出て、全軍の士気を鼓舞していた。戦いは終始ルシオン側が優勢のまま進み、最終的にもルシオン側が勝利し、ワラルはルシオンと停戦協定を結んで、国に帰っていった。彼の国がなにをしたかったのか、まったくもって理解できないのだから、わけがわからないというミリュウの評もあながち間違いではない。

「ワラルからガンディアに打診があったんだと」

「打診?」

「同盟の、な」

「同盟?」

「ガンディアの同盟国のルシオンに攻撃しておいて、どの面下げて同盟なんて打診してきたのかしら」

「しかも三百年来の恨みつらみがあったんじゃないんですか?」

「そうよ。ワレリアの奪還が悲願だったはずなのに」

「目的は果たせた――エリザ王女はそういっていたな」

「もしかしますと、ワレリアとはハルンドールそのもののことではなかったのかもしれませんね」

「そうかもな」

 レムの発言に同意して、さらに言葉を続ける。

「そして、ハルンドール市内での死にこそ意味があった……と」

「どういうことなのかさっぱりよ」

「俺に聞かれてもな」

「なんで王女に聞いておかなかったのよ?」

「そこで俺を責めるか、普通」

 セツナは、嘆息とともにミリュウを睨んだ。あの場で問い質せるわけもない。そして、問いただしたところで、答えてくれるとも限らない。

「むしろあたしが責められたい」

「なにいってるのよ、本当」

「馬鹿だ」

「そうよ、馬鹿よ、セツナ馬鹿なのよ、知らなかったの? 悪かったわね、残念でした!」

「知ってたし、別に残念でもなんでもないし、構いはしないけど、こういうときは自重してくれるとありがたいわ」

「いやよ」

「即答でございますか」

「まったく、困った子だねえ」

 マリアが苦笑して、ミリュウに関する話は流れた。

「ともかく、ワラルからの打診には、陛下たちが協議して決めるということだが、まあまず間違いなく応じることになるだろうってことだ」

「そんなことを勝手にしたら、ルシオンが黙っていないんじゃないの?」

「ワラルはルシオンにも同盟を持ちかけてるんだと」

「本当、どんな顔で持ちかけたのか気になるわ。ついこの間じゃない」

「しかし、ワラルが目的を果たせた以上、ルシオンと敵対する道理はないからな。ガンディア、ルシオンと同盟を結んで後ろ盾を得たい、というのはわからなくはないさ」

 ガンディアは強大な国だ。そんな国と同盟を結ぶことの価値は、ルシオンと長らく敵対していたワラルにはよく理解できることなのだろう。

「なにより、ワラルはしばらく喪に服することになるんだからな」

「そういえば、そっか」

 ミリュウはそういって、納得したような表情を見せた。

 国全体が喪に服するというのは、大きな隙を生む。そのことは、ルシオンが援軍を求めてきたことからもよくわかるというものだったし、ガンディア自体、先の王シウスクラウドの喪中に国の重要拠点が落とされ、ガンディア全体の士気は壊滅的なまでになっていたのだという。そういう意味では、セツナの関わったバルサー要塞の奪還ほど意味のある戦いはなかったのだろう。

「三つ目。アバードのこと」

「アバードがどうかしたのか?」

 シーラが身を乗り出してきたのは、予想通りのことだった。しかし、彼女はアバードの話題が出るとは想像もしていなかったのだろう。不安に表情を歪ませた。

「深刻な話じゃないから安心してくれ」

「そ、そうか」

「バンドールの復興が予想以上に順調だということだ。家を失ったひとたちの仮説住居も完成して、セイル殿下も王宮跡地の仮住まいで政務に励んでいるそうだ」

「復興が……良かった」

 本当に良かった、と小さく続ける彼女の心情を思えば、セツナは頬を緩めたくもなった。アバードの王都バンドールは、彼女が破壊してしまった。幸い、死者は出ておらず、負傷者も軽傷ばかりであり、バンドールの復興がなれば、彼女への批判や非難も鳴りを潜めるだろう。だからといって彼女がアバードに戻り、王女となることはないのだろうが。

「セツナ……いえ、セツナ様」

「なんだよ、改まって」

「故国アバードの王都、バンドールの復興への支援、協力に心から感謝し、お礼を申し上げたく思います」

「……いや、いいって。俺は当然のことをしただけさ」

「しかし」

 シーラは拘ったが、セツナは受け入れなかった。彼女に感謝されるようなことでは、ない。少なくとも、セツナはそう考えている。

 確かに、彼女のいう通りだ。王都バンドール復興のための支援として、セツナは多額の資金を提供している。ふたつの領地を持つ領伯であり、これまでの戦功で得た大量の褒賞金を含め、使い道のない多大な資金が彼にはある。黒勇隊、黒獣隊、シドニア戦技隊への給金、その他もろもろの出費を差し引いても余りある資金が、大量にあるのだ。使い道がない、というのも、戦争に次ぐ戦争で使う暇がなかったのも大きければ、セツナが使用する金額程度では、積み立てた褒賞金の一角を崩すことすらできなかったのだ。

 有り余った資金の使い道を探してもいた。

 蔵で腐らせていても仕方がないという考えもあるし、いまある金をすべて放出したところで、生活に困るようなことはなかった。王立親衛隊長としての給金だけでも十分に生きていける額なのだ。そこへ領伯としての収入があり、今後も褒賞金を掻っ攫っていくであろうことを考えれば、これまでの貯金をバンドールの復興のために費やしたところで、なにも惜しくはなかった。それに、ガンディアの黒き矛がバンドールの復興に尽力したとなれば、ガンディアの評判を高めることにもなるだろうという思惑も、ある。もっとも、それが主目的ではないし、別段、そのことで評判が上がらなくとも構いはしなかったが。

「ま、そういうことだ」

「だからといって、俺の感謝くらい受け入れてくれてもいいじゃねえか」

「十分、感じているよ」

「……ずりいなあ」

「ね?」

 と、彼女に同意を求めたのは、ファリアだ。そんなファリアに対し、シーラは素直に肯定する。

「ああ」

 ふたりの間に流れる妙な空気が、セツナに疑問を生んだ。ファリアの同意は、どういう意味なのだろう。

「なんだ?」

「御主人様の性格がずるいということでございます」

「はあ? 俺の性格?」

 レムを見ると、彼女はいつものように笑顔でうなずいてきた。

「わけわかんねえよ」

 セツナは、天を仰ぐようにして、ぼやいた。

 本題の四つ目の話には、それから入った。

「四つ目は、噂についての話なんだが」

「噂? 陛下がそんなことを仰るなんて、めずらしいわね」

「俺もそう思ったが、話を聞けば、当然だと理解したよ」

 セツナは、ゆっくりと息を吐いた。四つ目の話こそ本題だった。それだけが重要というわけでもないのだが、特別、重大な話なのだ。

「どうも、新市街で俺を見たというひとがいるらしいんだ」

 すると、ミリュウが即座に手を上げて、自分を主張してきた。

「はいはーい」

「ん?」

「あたし」

 満面の笑みを浮かべるミリュウは、いつにもまして可憐に見える。幼さが強調されているというべきか。

「どうした?」

「いつも、セツナのこと、しっかり見てるよ」

「あ、ああ、ありがとう?」

 なんとなく礼をいうと、彼女が頬を膨らませた。

「もう、そうじゃないでしょ!」

「なにがだよ!」

「まったくもう、話が進まないんだから黙っていなさい」

「ひ、ひどい……あたしはただ、セツナのことが好きだから……」

「そんなことわかってるんだから、いちいち、いわなくてもいいのよ」

「わかってる?」

「みんな知ってるわよ」

 ファリアが嘆息とともに告げると、ミリュウは首を傾げた。

「そうなのかしら。あたし、もっと周知徹底しなきゃいけないと思ってたんだけど」

「しなくていいわよ。してどうなるのよ」

「えーと、変な虫がセツナに寄り付かなくなる?」

「わたしに同意を求めないでよ」

「話を続けていいか?」

「あ、ごめん。いいよ」

 ミリュウが屈託なくいってきたので、セツナは頭を抱えかけた。

 人数が増え、賑やかになるのは悪いことではないし、むしろ喜ばしいことだと想うのだが、話が進まなくなるときがあるのが玉に瑕だと思ったりもした。

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