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第千八十四話 王都で待つもの(二)

「ルシオンでの任務、ご苦労だった」

 レオンガンドのねぎらいの言葉を聞いた瞬間、セツナは充実感を得た。

 八月十二日。

 ルシオンへの援軍派遣から王都ガンディオンに帰還したその日の夕刻、セツナたち一行は王宮の謁見の間に呼ばれていた。今度はセツナひとりではない。全員が揃っている。マリア、エミルを含む《獅子の尾》の全員に、レムとラグナの従僕二名、黒獣隊の面々にシドニア戦技隊の全員だ。謁見の間が狭苦しく感じるのは、セツナ一行の人数が多いうえ、元傭兵たちの体格が凄まじいからだろう。

「伝え聞くところによると、ハルベルク殿下も、リノンクレア殿下も大変喜ばれているということだ。君たちが来てくれたおかげで、ルシオン側の損害は最低限で済んだということもあるし、ワラル以外、ルシオン領土に攻め込んでくるような物好きな国はなかったということもある」

 セツナは、レオンガンドの評価に対し、なにもいえなかった。最低限の損害というのは、ハルンドールの西門が破壊されたことだけではない。ルシオンのワラル方面国境防衛拠点がワラル軍に落とされた際、多数の死者がでているのだ。セツナとしては、それも防ぎたかったし、死者を出したくはなかったのだが、セツナたちがハルンドールに到着した翌日にはワラル軍が動いていたということもあって、どう急いだところで不可能だったということもわかっている。

「犠牲を完全になくすことができなかったのは、残念です」

「仕方のないことだ。君らが道を急いだところで、間に合わなかったのだろう?」

「はい……」

「戦いに犠牲はつきものだ。勝利とは、必要な犠牲を払った先にこそある。犠牲も払わず、勝利を得ようなどというのは虫のいい話だ。もちろん、犠牲などないほうがいいのだし、君たちがひとりも欠けることなくこの王都の戻ってきたという事実は、称賛に値する」

 レオンガンドの目が、慈しみに満ちた。

「セツナ、良い部下を持ったな」

「はい!」

 強く頷く。

「皆、わたしの自慢の仲間です!」

 セツナは、胸を張って宣言した。黒獣隊にせよ、シドニア戦技隊にせよ、配下に加わって日は浅い。なにもかも理解しているわけではないし、心が通いあった間柄でもない。しかし、それでも、セツナは彼らの実力を買っていたし、信用していた。

 彼らがいたからこそ、彼らがいるからこそ、セツナは戦えるのだ。

 信頼できる仲間がいる。

 これほど頼もしく、喜ばしいことはなかった。



「ハルワール陛下の喪が明けたルシオンは、近日中に殿下が王位を継承されることになるだろう。戴冠式が行われれば、晴れて殿下はルシオン国王となられるのだが、その戴冠式には、わたしも赴かねばならないし、君にも参加要請が来ている」

 レオンガンドが話題を変えたのは、セツナ以外の皆が謁見の間から去ってのことだった。仮初にセツナ軍と命名された一行には、ルシオンへの援軍の功による褒賞が約束され、エスクたちなどは歓喜の声を上げ、バレット=ワイズムーンに注意されたものだった。厳かな謁見の間ではしゃぐのはよくない、ということだ。

「わたしも、ですか?」

「当然だろう。君はガンディアの双璧たる領伯のひとりだ。ジゼルコート伯ともども、参加してもらわねばな」

 レオンガンドが鷹揚にうなずく。改めて領伯という立場の重要性を説かれた思いがする。

 領伯。

 地方領主のようなものだ。政治的な発言力もあり、独自の軍事力を持つことも許されている。ガンディアにおいてはたったふたりしかおらず、セツナが任じられるまではジゼルコートのみが領伯の座にあった。それだけで、ガンディアにおける領伯という地位の重みがわかる。ジゼルコートはかつて、影の王としてガンディアに君臨した人物だ。王族であり、王弟――つまり、先の王シウスクラウドの実弟である彼だからこそ、領伯を務めることができているのだ。そんな役割、セツナには不釣り合いな気がしてならなかった。

 もっとも、功績において、セツナに比肩するものがいないというのも、自覚している。

「その間、ガンディアの国土防衛には大将軍以下に任せるが、問題はあるまい。なあ、ゼフィル?」

「は。いまのところ、ガンディア領土に攻め込む気配を見せている国はありませんな」

「ガンディアの国土は広がり、国力は増加の一歩を辿っている。クルセルク戦争で失われた兵力も徐々に回復しつつある。アバード騒乱で減りはしたが……全体から見れば微々たるものだ。我が国の版図は、一年前に比べれば何倍にも膨れ上がった。小国家群最大の国となったのだ。もはや敵はなく、並び立つ国などあろうはずもない」

 レオンガンドの自信に満ちた発言を聞いていると、セツナは、力の漲りを感じずにはいられない。レオンガンドの言葉には力があるのだ。少なくとも、セツナのやる気を高めてくれる。

「なにもかも順調だ。君もそう思うだろう?」

「はい」

 セツナが静かに頷くと、レオンガンドは笑みを浮かべて応じた。

 順調というほかない。なにもかも上手く行きすぎて、逆に不安になることがあるくらい順調だった。無論、完全無欠でここまできたわけではない。失うものも多くあった。レオンガンドがいったように、犠牲を払ってきたのだ。必要な犠牲を必要な分だけ払ってきたからこそ、ガンディアはここまで急速に領土を拡大し、属国を増やすことができたのだ。犠牲を払わないような道を選んでいれば、ここまで急速に発展することなどできなかっただろう。

 順調ではあるものの、順調に進むために払ってきた代価を思うと、楽観視はできなかったし、不安を抱く必要もなかった。順調に来られたのは、それだけのものを失ってきたからなのだ。

「ところで……」

 レオンガンドが、セツナの顔色をうかがうように話題を変えてきた。

「君に関して、気になる噂を聞いたのだが」

「わたしに関して……ですか?」

「ああ。取るに足らない噂話だ。だが、ガンディアの英雄たる君の噂となれば、放っておけないこともある。特に、ここ数日、新市街に君の姿を見たものがいると聞けば、な」

「はい?」

 セツナは、きょとんとして、目をぱちくりとさせた。

 まったく突拍子もなく、想像もつかない話だった。



「えへへ」

 ミリュウが嬉しそうに虚空を見て、にやけているのは、つい先程のセツナの発言が耳に残っているからなのだろう。

 謁見の間を退出したファリアたちは、王宮の使用人に案内されるまま、別室にてセツナの帰りを待つことになったのだ。待機用に通された広い部屋では、それぞれが思い思いの場所に陣取って、それぞれに時間を潰している。《獅子の尾》、黒獣隊、シドニア戦技隊、セツナの従者二名。総勢四十人が一室に詰まっているのだ。

 むさ苦しく感じるのは、二十六人の元傭兵たちのせいだろうが。

 そんな中にあって、ミリュウがなんの不満も漏らさず、嬉しそうに虚空を見やっているのは、なぜか不思議なことのように感じられた。だが、よくよく考えれば、彼女がそのような表情をするのも理解できないではない。

 セツナがレオンガンドに向かって言い放った、自慢の仲間、という言葉が、彼女の胸に響いたのだ。いまだに脳内で反響し続けているのかもしれない。だとすれば、ミリュウが惚けているのもわからなくはないし、虚空を見つめているのも納得出来ないわけではない。

 ファリアは、彼女の気持ちが完全に理解できる自分に気づいて、顔が熱くなるのを認めた。だから顔を俯けたのだが、室内にいるだれもファリアには注目していないことにも気づいている。

「さっきから気持ち悪い声だして、どうしたんだ?」

 と、ミリュウに声をかけたのは、エスク=ソーマだ。セツナ配下のシドニア戦技隊において隊長を務める元傭兵は、その端正な容貌からは想像できないほどに口や態度が悪く、《獅子の尾》内での評判は決してよくなかった。ミリュウが噛みつかんばかりに言い返したのも当然といえる。

「気持ち悪いって、失礼ね!」

「いや、だって、気持ち悪いし。なあ?」

 同意を求められたのは、シドニア戦技隊で副長を務めるレミル=フォークレイという女性だ。元傭兵だけあって、鍛え上げられた肉体を誇るが、言動は元シドニア傭兵団にいたのかと思えるくらい穏やかで、卒がなかった。エスクの同意を求める言葉にも困ったように微笑を浮かべただけで済ませている。エスクもそれ以上は追求しなかったが、それは単にミリュウが噛み付いたからだ。

「あんたって本当礼儀知らずなのね!」

「元傭兵に礼儀だのなんだの問うのは、愚かだと思わないかい?」

「シドニア傭兵団といえば、団長がアバードの騎士を務めていたんじゃなかったっけ?」

「ま、ラングリード団長は、騎士の名に恥じない御仁だったよ」

「そうなの?」

「まあな」

 シーラが肯定すると、エスクは嬉しそうにうなずいた。

「ほらな」

「なにがほらな、よ。団長が行儀よくったって、あんたたちの礼儀知らずぶりが許されるわけないでしょ」

「だからさ、団長と俺達とはできが違うんだって」

「そうですぜ。我々に団長と同じものを求められても困りますわ」

 髭を撫でながら笑ってきたのは、ドーリン=ノーグだ。彼の笑い声に周りの元傭兵たちも大いに笑う。そんな連中を横目に見遣りながら、ミリュウが肩を竦めた。

「それ、自分たちで自分たちのことを馬鹿にしてるんじゃないの?」

「まあ、そうなりますな」

「事実なんだから、しょうがない」

「あんたたちがそれでいいならいいんだけど」

 と、ミリュウがやれやれと首を横に振ったかと思うと、思い出したように憤然と顔を上げた。

「――よくないけど!」

 ミリュウが叫び、エスクたちが馬鹿笑いを上げる中、ファリアは嘆息を聞いた。マリアだ。

「まったく、騒がしい連中だねえ」

「人数が増えたから、余計にそうなりますね」

 マリアとエミルは、部屋の片隅にちょこんと座っていた。所在無げとはこのことだが、マリアが借りてきた猫みたいに居心地悪そうにしているのが、奇異だった。いつでもどこでも傍若無人なのがマリアではなかったか。

「っていっても、あたしらとはあまり関係ないといえばないんだけどさ」

「そういえば、そうなりますね」

 エミルが、うなずく。

 マリアとエミルは、《獅子の尾》専属の軍医とその助手だ。黒獣隊もシドニア戦技隊も《獅子の尾》とは関係がない。つい今しがた、セツナ軍として一纏めにされたものの、本来ならばなんの関係もない組織同士だ。特に《獅子の尾》は、王立親衛隊であり、レオンガンドのためだけに動くのが本来の役割であり、セツナ配下の黒獣隊やシドニア戦技隊と行動をともにすること自体、ありえないことだ。が、《獅子の尾》隊長であるセツナが配下の黒勇隊、黒獣隊、シドニア戦技隊を《獅子の尾》の任務のために使ったところで、だれも文句はいえないだろう。特に黒獣隊、シドニア戦技隊は、どちらも歴戦の猛者だ。実力は折り紙つきで、頼れるどころの話ではない。

「まあ、隊長殿が命じられれば、彼らの手当だってするんだけどさ」

 マリアが疲れたようにつぶやいた。

 ハルンドール防衛戦では、死者ことでなかったものの、ほとんど全員が多少なりとも負傷したのだ。ファリアだって掠り傷を負ったし、ミリュウもルウファも、軽傷を受けている。武装召喚師でさえ負傷するのだ。歴戦の猛者とはいえ、ただの人間である元傭兵や黒獣隊士たちが負傷しないはずもない。彼らや彼女たちの手当や治療もマリアとエミルの仕事となった。元々、《獅子の尾》専属ではあっても、他隊、他軍の負傷者の面倒を見ないわけではなかったのだが。

「元々賑やかだったんですし、困りはしないんじゃないですか?」

「そりゃそうさね。ただ、うるさいのが増えると、休憩が休憩にならなそうでね」

「それはマリア先生にとっては大問題かもしれませんね」

 ルウファが笑うと、エミルも困ったように笑った。マリアは《獅子の尾》のみならず、ガンディア軍にとって大切な人物だ。軍医としての腕もさることながら、医療班の指揮を任せられるのは、彼女を置いてほかにいないといわれている。彼女ほどの軍医は今後現れないのではないかといわれるほどだ。彼女の助手であるエミルは、そんな彼女の負担を少しでも減らすために毎日勉強し、医者としての腕を磨く努力をしているのだ。

 そんなエミルだが、彼女がいま、マリアのためにできる最大の支援とは、戦後、疲れきったマリアを労り、疲れを取るために尽力することだというのだ。彼女が困ったような顔をしたのも、それが理由なのかもしれない。

 もっとも、戦いが終われば、疲労困憊になるのは皆同じだ。前線に赴くものも、後方で待機するものも、だれもかれも、肉体的にも、精神的にも疲れるものだ。だから、戦いが終わった直後というのは、さすがの《獅子の尾》も静かだったりするし、そのことはマリアもわかっているはずだ。

「賑々しいのは構わんが、我らが主はまだか」

 ぼそりとつぶやいたのは、飛竜のラグナだ。セツナを主と仰ぐ万物の霊長は、同じく彼を主と定め、常に影のように寄り添い、付き従う死神の膝の上で丸くなっている。死神ことレムは、椅子に喧々諤々の口論を交わすミリュウとエスクたちとは遠く離れた、ファリアの近くの椅子に腰を下ろしている。だから飛竜の声が聞こえたのだが。

「そうですねえ……御主人様、陛下とどのようなことを話しておられるのでしょう?」

「ルシオンでのことを詳しく聞かれてるとか?」

「あるいは、ガンディオンを離れてからのあれこれを質問されているのかもしれませんね」

「ふむ……話を聞いている限りでは、人間社会とは真面妖なものじゃなあ」

「一番面妖なのはあなただけどね」

「む……」

「なんで飛竜がセツナになついているのか、不思議でならないわ」

「な、なついてなどおらぬぞ」

「どの口がそんなことをいうのかしら」

「そうですよ。御主人様がいるときは、御主人様にべったりじゃないですか」

「そ、それには歴とした理由があるのじゃ」

「へえ、どんな?」

「そ、それは……」

 ラグナが口ごもった時だった。

 控室の扉が開き、セツナが入ってきた。どこか所在無げな様子は、彼らしくない。そんな彼の姿を見て真っ先に飛びついたのがラグナであり、そのつぎがレムだ。もっとも、レムは飛びついてはいないし、従者としての距離を保ち、セツナのことを気遣うように声をかけている。

「御主人様、陛下との会談はお済みなられたのでございますか?」

「ああ、ついさっきな」

「陛下は、なんと?」

「ここで話すのもなんだし、隊舎に戻ってからにしよう。大事な話だ」

「大事な話?」

 ファリアが首を傾げると、どこからともなくミリュウの声が飛んできた。

「あたしとセツナがついに結婚するって話?」

「なんでそうなるのよ」

 半眼を向ける。ミリュウは目をきらきらと輝かせながらセツナだけを見ていて、ファリアのことなど眼中にもないようだった。

「そうでございます!」

「そうだよ!」

「なんであんたまで突っかかってくんのよ?」

 ミリュウがシーラだけに問いかけたのは、彼女のセツナを独占するような言動に対してレムが突っかかってくるのはいつものことだからに違いなく、シーラが絡んできたのがめずらしかったからだ。シーラとは、アバード騒乱以来、打ち解けているものの、彼女がそういったやり取りに口を挟んできたことはこれまでほとんどなかった。見て見ぬふり、あるいは傍観者の立ち位置にいたのだが、、ついに黙っていられなくなったらしい。

 彼女がセツナに好意を抱いていることは、ファリアにもわかっていたし、彼女がミリュウに口出しするのも当然と想えた。

「そ、それはだな……俺の主だからに決まってんだろ!」

「主君がだれと結婚しようと、臣下のあんたには関係ないでしょ?」

「関係おおありだよこんちくしょー!」

「……賑やかだな」

 セツナが少し疲れたような顔をしているのを見て、ファリアは、手を叩いてふたりの間に入った。

「はいはい。話は後。とりあえず、隊舎に戻りましょう」

「うーむ……もう少し追求したいところだけど、ファリアがいうんじゃしかたないわね」

「……助かったぜ」

 シーラの囁くような声を聞き逃すファリアではなかったが、そのことについての言及は避けた。そんなことをすれば、セツナの疲れが増大することになる。

 セツナがなにに対して疲れているのかはわからないが、少なくともあまりいい話はなさそうだった。


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