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第千八十三話 王都で待つもの

 翌九月五日、セツナたちは準備を整えると、ハルベルクたちに見送られながらセイラーンを出発した。目指すはもちろんガンディア王都ガンディオンだ。

 王都に戻れば、つぎの任務が待っているかもしれないが、問題は皆無といってよかった。体は軽く、精神状態も良好そのものだ。

 セツナの身体的、精神的疲労は完全に回復していた。ワラルとの戦い以降、セツナたちは半ば公然と休暇を満喫できたといってもいいのだ。

 ワラルを除くルシオンの周辺国は、ルシオンが喪に服しているとはいえ、ルシオン領に攻めこむことを良しとはしなかった。当然だろう。ルシオンに攻め込むということは同盟国であるガンディアまで敵に回すということだ。ルシオンに攻め込んだ国にその気はなくとも、ガンディアがそれを許さない。ガンディアの援軍は、その意思表明ともいえる。そして、その意思表明を黙殺した国があったとすれば、ガンディアが全力を上げて叩き潰そうとしただろうことは、セツナにだって理解できる。セツナにわかることが、国々の政治家にわからないはずがない。

 ワラルは特別だった、ということだ。

 そして、ワラルがルシオンと停戦協定を結んだことにより、ルシオンが外敵の脅威に曝される可能性は極端に減った。

 セツナたちは、暇を持て余すほどの時間を得た。

 八月半ばから八月末までの半月、ルシオンの国境が侵犯されることもなければ、国境付近で軍備が整えられつつあるという情報さえなかった。

 そして九月に入り、セイラーンでの晩餐会を経た翌日、九月四日、セツナ一行は一路ガンディオンに向けて旅だった。

 道中、皇魔の襲撃を受けたが、セツナひとりで撃退した。

 九月十日、クレブールに到着。またしてもジゼルコート伯手配による歓待を受け、セツナたちは旅の疲れを癒やした。セイラーンからクレブールまでは五日もかかるのだ。やっとの思いで国境を越え、真っ先に見えてくるのがクレブールだ。到着とともに旅の疲れがどっと出るのはしかたのないことであり、そんなセツナたちを待ち受けていたかのような歓待ぶりには、心も安らぐというものだった。それも、気疲れするような歓待ではないのだ。旅の疲れを解すためのものであり、派手なものでは決してなかった。

 ジゼルコートは余程気遣いに長けた人物なのだろうとセツナは想い、認識を新たにした。もちろん、レオンガンドを始め、ガンディアの上層部が彼を要注意人物と睨み、常にその動向を伺っていることは知っているし、セツナ自身、ジゼルコートに疑念を抱いてもいる。

 とはいえ、ジゼルコートが接点を持ったベノアガルドの騎士団について、セツナはある種の理解を持ち始めてもいた。彼らの考え方がわかったからだ。腑に落ちた、というか、納得できた、というべきか。いずれにせよ、セツナはベノアガルドと騎士団について不快感や不信感を持つよりも、彼らの行動理念に理解と持った。理解を持ったからといって、立ちはだかるならば倒すだけだが、できるならば敵に回したくないという考えに至っていた。

 そのことは、レオンガンドにも伝えなくてはならないと考えている。

 ベノアガルドの騎士団は強い。特に十三騎士は、武装召喚師ふたりがかりでも制圧しきれないほどの実力を秘めていた。そんな実力者が十三人もいて、もしかすると、それ以上にいるかもしれないのだ。敵に回すよりも、味方にするほうが得策だと考えるのは、当然の話だ。

 攻め滅ぼすだけがガンディアのやり方ではない。

 クレブールでの滞在は、一夜だけだ。翌朝にはガンディオンに向けて出発している。急ぐ必要はなかったが、どうせ体を休めるなら王都のほうがいいと考えていた。王都には《獅子の尾》の隊舎があり、隊舎ならばゆっくりとくつろぐことができる。それにジゼルコートの支配下にあるクレブールよりも、王都ガンディオンのほうが落ち着くのは隠しようのない事実だった。

 十二日、セツナ一行は王都ガンディオンに帰り着いた。

 新市街の南門を潜り抜けたセツナ一行を待っていたのは、やはり、王都の市民の歓声であり、凄まじいまでの出迎えだった。

「毎回毎回飽きないのかね?」

「飽きないんじゃない?」

 エスクとミリュウのやり取りに、セツナは苦笑するよりほかなかった。エスクの言葉にも一理あると想えたからだ。

 王都のひとびとは、ついこの間、セツナたちを盛大に出迎えてくれたばかりだ。それこそ、王都全体を上げて歓迎し、声援を送ってくれたものだ。嬉しいことだし、王都のひとびとに愛されているのだと実感できる。だから王都が好きだったし、居心地がいいのだとも思える。

「それもこれもセツナが活躍しているからよ」

 ファリアの何気ない一言もまた、嬉しかった。

 馬上、沿道のひとびとに手を振りながら、こんな幸福がいつまでも続けばいいと思わないではなかった。

 


「あれが」

 彼は、窓の外、新市街大通りを進む一行を見下ろしながら、ひとりつぶやいた。

「あれがセツナか」

 彼以外だれもいない一室。ガンディアの王都ガンディオンの新市街と呼ばれる区画の南側大通りにある宿だ。この宿に部屋を取ったのはただの偶然だったが、運が良かったというべきなのだろう。しかも、大通りに面した部屋というのは、幸運というほかない。宿の立地と部屋の位置が、彼の仕事を捗らせた。

「セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルド……だったかな」

 記憶を探りながら、眼下の大通りを進む一行を見つめる。ガンディアの英雄にして、黒き矛のセツナなる異名を持つ、わずか十八歳の少年。たった一年余りで、王国の英雄の生涯戦績を軽く上回る戦果を上げているということには驚きを禁じ得なかったが、それほどの戦果を上げているからこそ王都のひとびとが熱狂でもって迎えるのだろうとも思える。

 大通りの沿道には、大量の王都市民が集まっている。群衆が通りに飛び出さないよう、王都の警備隊かなにかが縄を張り、警備に当っているのがなんともいえない。

 ガンディアの英雄は、しばらくの間、隣国であり同盟国であるルシオンに赴いていて、その任務が終わったことで王都に帰ってきたのだ、という。ルシオンは先の国王ハルワール・レイ=ルシオンの死去による喪に服していて、軍を動かせない状態にあったらしく、そんな同盟国の援軍要請にガンディアが送り込んだのが、英雄セツナとその配下集団であるらしい。そして、英雄セツナと配下集団は、ワラル軍を見事撃退し、ルシオンを守り抜いたということだった。

 寝台の上に置いたままの獅都新報の記事によれば、そういうことだ。

 しかも、四十人あまりの軍勢で四千の敵を撃退したのだ、という。少しばかり誇張しているのではないかと思う一方、誇張ではないのかもしれない、とも考える。彼が調べあげた英雄セツナの戦果を考えれば、それくらい容易いことだと考えられるからだ。そして、これまでの戦果を考える限り、彼の活躍を誇張する必要など、一切ないのだ。敵が百人なら百人と公表しても、彼のこれまでの戦績が色褪せることなどありえない。

 つまり、まず間違いなく、彼らはたった四十人で百倍に値する敵軍を撃退した、ということだ。

 セツナ率いる《獅子の尾》が武装召喚師部隊であり、死神と呼ばれる従者やドラゴン、アバードの獣姫にシドニアの“剣魔”なる剣豪がいるとはいえ、称賛に値する戦果だろう。

 王国の精鋭四十人では、四千の敵を撃退することなどできまい。

 たとえ敵が弱兵であったとしてもだ。

 勝敗を決するのは兵力差であり、百倍もの戦力差を覆すことなど、できるはずがない。それを成し遂げたセツナたちの凄まじさたるや、筆舌に尽くしがたいということであり、いかに黒き矛が凶悪なのかがわかろうというものだ。

 彼は、じっと、黒馬に跨がり、手を振る少年を見ていた。戦場ではないからだろう。鎧兜は身に着けておらず、彼の素顔を晒していた。遠目には、その容姿をはっきりと認識することは、難しい。情報通り黒髪であるということはわかるのだが。

 しかも、彼の宿の前を通りすぎてしまえば、その黒髪さえも定かではなくなる。

 が、彼は別段、気にもせず、窓を離れた。一目見ることができただけでも御の字だ。それだけで収穫がある。もっとも、セツナがその代名詞たる黒き矛を召喚してくれていなかったのは、残念に思うのだが。

 彼は、室内の片隅に置いた一見すると棺桶のようにも見える物体に目をやった。調整器。人類の叡智の結晶というべき代物だ。

「もうすぐだ。もうすぐ、逢えるよ。楽しみだね?」

 彼は、問いかけた。

 その棺状の物体の中で目覚めの時を待つものに向かって。

 当然、反応はない。

 反応はないが、手にした計測器に微妙な変化が刻まれたことで、彼女が彼の声に反応していることがわかって、彼はほくそ笑んだ。

 あの日以来――五月五日以来待ち望んだときがついにくるのだ。

 彼は笑わずにはいられなかった。

 狂った様に笑って、宿の主人に注意を受けた。



「確かに、よく似ていますね。本当、そっくりだ」

 そういって、彼は遠眼鏡を少女に手渡す。渡された少女も遠眼鏡を覗き込んで、驚きの声を上げた。

「ほんとだ! 双子の兄弟みたいだね」

「そうか? わたしには、そこまで似ているとは思えないが」

 といった女は、遠眼鏡を手にしてはいないが、彼女の目には眼下の通りを進む一行の様子が手に取るようにわかるのだ。彼女は、召喚武装に常に触れられることができる。武装召喚師と召喚武装使いの最大の違いがそれだ。武装召喚師が召喚武装の補助を得るには、召喚しなければならない。一方、召喚武装使いは、常に召喚状態にあり、触れるだけで補助を得ることができる。補助。副作用ともいう。五感が強化されることだ。それによって、彼女の視覚は通常とは比べ物にならないほどになっているのだ。

「鏡を見ているようにそっくりだよ」

 彼は、新市街大通りを進む一行を見下ろしながら、自分の意見を述べた。彼は遠眼鏡を最初に覗き、確認した。似ている。本当によく似ている。髪色、眼の色だけではない。目鼻立ちも顔の輪郭、体つき、筋肉のつきかたまでそっくりだった。

 似すぎて気味悪ささえ感じるほどだった。なぜここまで似ている人間がいるのか、不思議でならないのだが、現実に存在しているのだから受け入れるしかない。

 いや、似ているのも当然なのかもしれない。

 半身。

 もうひとりの自分。

 同じ姿、同じ魂の形をした、もうひとりの自分。

 セツナ=カミヤ。公的には、セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルドというらしい。王宮召喚師にしてエンジュールと龍府の領伯セツナ、という程度の名前だ。肩書が増えるに従って名前が長くなるというのは、どこも同じだということだ。

 帝国皇帝の本来の名前など、長すぎてだれも覚えていないくらいだ。彼さえ、思い出せなかった。セツナの公式名など、可愛いものなのだ。

 ふと、そんなことを考えて、苦笑する。

「どうされました?」

「いや……自分を殺すというのは、変な気分だと思ってね」

 彼が告げると、皆、押し黙った。

 彼の目的を知っているからだ。

 セツナを斃し、黒き矛を破壊してその力を得る。

 それが彼、ニーウェ・ラアム=アルスールがこのガンディア王都ガンディオンに赴いてきた理由なのだ。



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