第千八十二話 不可解さの中で
ワラル軍は、撤退した。
ハルンドールの城門を突破したひとりが戦死したことがきっかけだった。その城門を突破したひとりとは、ワラル軍の総大将であり、ワラルの国王であった。
デュラル・レイ=ワラル。
ワラルの国王みずからが軍を率いてきたということも驚きではあったが、なによりも驚くべきは、ワラル国王がたったひとりでハルンドールへの侵入を果たしたことだろう。もちろん、ハルンドールへ至るまでに多くの犠牲を払い、将兵の助力が有ったからこそ門前まで辿りつけたのだが。
デュラルは、隠し持っていた召喚武装を用いて門を破壊し、ハルンドール市内へと突入した。
セツナは、突入を阻止できなかった。殺せば、それで終わったのだが、殺さずに済む方法を考えてしまったのが、仇となった。もっとも、デュラルひとりではどうすることもできないだろうという確信があってのことだったし、たとえ門を突破できたとしても、ハルンドールを制圧することなど不可能だとわかりきっていたからでもあるのだが。
ハルンドールの門を突破したからといって、それでハルンドールが落ちるわけではない。市内には、白天戦団が防備を固めていたのだし、白天戦団が抑えてくれている間に背後から攻撃を加えるということも考えられた。
そして、門に辿りつけたのは、デュラルひとりだったのだ。たとえデュラルが召喚武装の使い手であったとしても、ハルンドールが制圧されるような事態にはならない。どのような状況に陥ったとしても、セツナ達がいる限り、ハルンドールが落ちることはない。
そして実際、ハルンドールは落ちなかった。
ハルンドールが落ちなかったどころか、白天戦団から負傷者ひとりでなかった。
デュラル・レイ=ワラルは、ハルンドールの門を突破したときには出血多量で瀕死の状態にあり、からくも市内に入り込めたものの、全身に数えきれない量の矢を浴び、死んだ。だが、彼は満足気な表情を浮かべており、まるでハルンドール市内に入り込むことだけが目的だったかのようだった。
デュラルの死の直後、セツナ軍との戦闘中だったワラル軍は、突如として剣を引き、停戦を申し込んできた。ルシオン軍白天戦団長バルベリド=ウォースーンは停戦に応じる構えを見せた。ワラル軍の代表は、ワラル王女エリザ・レーウェ=ワラルが引き継いでおり、彼女とバルベリド、セツナという三者の間で停戦交渉は行われた。ワラル側は、ルシオンへの侵攻に際しての損害の賠償を行うと明言、ルシオンはそれを受け入れ、デュラル王の亡骸の引き渡しに応じた。
ガンディアの代表であるセツナが発言することはなかったものの、ワラル王女エリザと言葉を交わす機会があった。エリザによれば、デュラルの死によって目的は果たせた、という。ワラル人は、デュラルを英雄と讃え、後世まで語り継ぐことになるだろう、というのだが、セツナにはどういう意味なのかわからない。ハルンドールは依然、ハルンドールのままであり、ルシオンの統治下にある。
『もしかすると、ワラルの目的は、ハルンドールの制圧なんかじゃなかったのかもね』
ファリアの一言が耳に残った。では、なんのための戦いだったのかと考えても、答えは出ない。
『そればかりはあたしにもわからないわ』
ミリュウは、肩を竦めたものだ。
停戦交渉が合意されると、エリザは、その夜のうちにワラル軍を纏め、ハルンドールを離れていった。ハルンドールで一夜を過ごせばいいのではないか、というバルベリドの申し出をエリザは丁重に断っている。ワラル領へ早急に帰還し、デュラル王の亡骸を葬りたいのかもしれなかった。
ワラルの将兵のうち、生き残った二千七百名ほどは、だれもがデュラルの死を悲しみ、涙さえ流していたものだ。それだけ慕われていたということなのだろう。それほどの王だ。国元へ連れ帰り、手厚く葬りたいという気持ちも、わからないではなかった。
ともかく、ワラル軍が去ったことで、セツナの任務は無事に終わった。
ワラル軍がハルンドールを去ったのち、セツナたちを待っていたのは勝利の宴でも拍手喝采でもなく、圧倒的な疲労感だった。
戦後すぐに停戦交渉が行われたこともあり、セツナは休む暇もなかったのだ。セツナとしては停戦交渉に出席する必要はないと思っていたのだが、バルベリドの勧めもあり、ガンディアの代表という肩書もあるため、仕方なく交渉の場に参加し、バルベリドとエリザの話し合いを見守ったのだった。
交渉がなんの問題もなく終了し、ワラル軍がハルンドールを去ったのは、夜中も夜中だった。
疲れ果てたセツナは、バルベリドを始めとするルシオンの将校たちから称賛の言葉を浴びたものの、まともに会話をする気力さえなかった。二度に渡る空間転移は、セツナの精神を消耗し尽くしたのだ。いつものように自分の体を斬りつけるようなことはなかったのだが、一度目の空間転移の対象が多い上、マリアたちまで転移させる必要があり、そういうことが消耗の激しさに繋がったらしい。
セツナは、ハルンドールの白天戦団の拠点に用意された部屋に入ると、脇目もふらず寝台に向かい、倒れこむように寝台に落ちた。頭から振り落とされたラグナが文句をいってきたが、言い返す余力さえなかった。アバード以来の疲れが取れきれていないことが大きい。移動に次ぐ移動。疲れなど取れるはずもなかった。
これでしばらくは休暇がもらえるのだろうか。
それとも、これからすぐさま戦争を始めるのだろうか。
レオンガンドはそのようなことをいってはいなかったが、可能性としては、考えられないではなかった。あるいは、しばらくルシオンに留まるのか。
そんなことを考えながら、彼は眠りに落ちた。
夢と現の間でだれかにあった気がする。
黒い竜がなにかをいいたげにしていたが、彼は灰色の空を泳ぎ、消えた。
それから夢を見たが、どんな夢だったのか、目が覚めたときには忘れていた。忘れたということは、覚えている必要もないと脳が判断したのかもしれない。どのような夢であったとしても、夢に意味などあろうはずもない。夢は所詮夢だ。脳が見せる幻想に過ぎない。
召喚武装の干渉とは、違う。
かといって、黒き矛の干渉(だろう。間違いなく)による夢を覚えているかといえば、そういうわけでもない。覚えていることもあれば、忘れていることもある。記憶はいつだって曖昧で、確かなことはなにひとつないのだ。
そんな風に目が覚めると、視界を塞ぐ物体があった。冷たい感触は眠気覚ましにはちょうどいいのかもしれない、などと思ったりもしつつ、その重量に彼は顔をしかめて腕を伸ばした。その物体の、硬質とも軟質ともいえない微妙な柔らかさの胴体を掴み、顔面から引き剥がす。それは彼の乱暴な扱いにも目を覚ます気配もなく、眠りこけている。エメラルドのようなドラゴン。
ラグナシア=エルム・ドラース。
長たらしく、仰々しいだけの名称は、彼の現在の姿には似つかわしくないものの、最初に戦ったときのままならば相応しくはあっただろう。圧倒的な質量と凶悪なまでの力でセツナに黒き矛の全力を出させた数少ない相手だ。
さすがは万物の霊長を自負するだけのことはある。
が、いまの彼は、セツナの片手で掴み上げられるほどの体重しかない、小さな飛竜だ。丸みを帯びた体型は、どことなく愛嬌があり、挙措動作も可憐でさえある。奇妙な生き物だと、改めて思う。奇妙で、不思議な生物だった。
眠ったままの彼を起こさないように枕の隣に寝かせて、セツナはゆっくりと起き上がった。
昨日の戦いによる消耗は、完全には回復していない。疲れが完全に取れることなど、セツナにはあるのだろうか。ふと、そんな嫌な考えが過ぎって、彼は頭を振った。ガンディアとて、常に戦っていられるわけもない。
クルセルク戦争での傷が癒えきらぬうちに起きたのがアバード騒乱だ。アバードでの戦いに投入されたのは、ガンディアの全軍ではない。ザルワーン方面軍とログナー方面軍の一部であり、ガンディアの戦力の大半が温存された。それも、ナーレスがアバード騒乱は長引かないと見抜ききったからであったのだが、厭戦気分が蔓延している最中にアバード侵攻に踏み切ったナーレスに対して、批判の声が上がっているという。まだ戦いを起こすべき時期ではなかったという声もあれば、同盟国であるアバードに攻め込むなど言語道断ではないかという声も聞かれたらしい。
もっとも、そういった批判の声も、いまとなってはなんの意味もなさない。アバードの騒乱は終わり、アバードはガンディアの支配下に組み込まれた。なにもかも、ナーレスの思惑通りだったというのだから空恐ろしい。
とはいえ、アバードでの最終戦の采配を振るったのはナーレスではなく、エイン=ラジャールであり、彼は軍師の後継者としてアレグリア=シーンに一歩先んじたのではないかと持て囃された。そのことを悔しがるアレグリアではないし、そんなことで喜ぶようなエインでもないのだが、世間はそうは見ない。
ナーレスがエインを軍師の後継と見、アレグリアを後継者から外しているのではないかという風聞がガンディア中に流れている。
エインに聞けば一笑に付すだろうし、王都であったとき、アレグリアも馬鹿馬鹿しいと笑っていた。彼女は軍師の後継者候補ではあるものの、軍師に選ばれることを目的に参謀局に入ったのではない、という。エインが軍師に選ばれようとも、彼女が軍師に選ばれようとも、ふたりにとってはどうでもいいことなのだ。大事なのは、ふたりが協力するということだ。
でなければ、ナーレスを超えることはできないのだ。
ナーレスを超えること。
それが軍師後継者ふたりの目標であり、そのためには力を合わせる以外にはないのだとふたりの中で結論づけているようだった。
ナーレスがそれほどまでに評価されるのも、アバード騒乱に関する一連の流れを思い返せばわかろうというものだ。
なにもかも見えていたのだろう。
そして、見えていたから先手を打ち、用意できたのだ。その結果がアバード騒乱の結末であり、アバードの属国化なのだ。
軍師ナーレスの声望は高まる一方であり、批判の声が掻き消えていったのは名声のほうが遥かに強かったからだ。
その噂のナーレスは現在、エンジュールで療養中だという。
セツナは、いつか休暇が得られれば、エンジュールに赴くつもりだった。政務のついでに戻ってもいいのだが、残念ながら、セツナは政務などの領伯の仕事は、司政官に一任していた。ゴードン=フェネックの仕事を取るわけにもいかない。
そんなことを考えていると、ラグナがあくびを漏らした。目が覚めたらしい。
「ドラゴンでもあくびするんだな」
「なにをわかりきったことを」
「ドラゴンってもっと神秘的な存在かと思ってたのにな」
「万物の霊長とはいえ、生き物は生き物じゃ」
そう言い放つと、ラグナは、眠たそうに翼で目をこするような仕草をした。
「それは人間の仕草だろ」
「むう……おぬしの癖が移ってしまったようじゃ」
「なんでだよ」
「御主人様と一緒にいるのが従僕の定め。なれば御主人様の癖が移るのも致し方あるまい?」
ラグナの言い分は理解できないではなかったが。
なんともいい返す言葉も思いつかず、セツナは取り合わなかった。
「さすがはガンディアの英雄……でございますな」
食事の席で、バルベリドは、改めてセツナを称賛した。
ハルンドールは、戦いから一夜明け、平静を取り戻しつつあった。
西門付近には、白天戦団がデュラルを止めるために射た矢が数多に残っていたが、それもすぐに軍によって回収された。血の跡も拭き取られたが、しばらくは残り続けるだろうとのことだった。血の跡が色濃く残っているのは、ハルンドールの西側やハルーン平原も同じである。平原を血の色で染めているのは、ワラル軍の兵士の亡骸ばかりであり、セツナ軍の死者はひとりも出ていなかった。《獅子の尾》の武装召喚師、死神レムは無論のこと、黒獣隊とシドニア戦技隊が異様なほどに強かったのだ。
ワラル側の戦死者の亡骸の処理については、停戦交渉の場で取り決められ、ハルンドールの共同墓地に葬られることになった。ルシオンの領土に埋葬することになるのだが、ハルンドールはワラル人の魂の故郷ワレリアだということであり、むしろハルンドールに葬られる方が、ワラルの兵士たちには喜ばしいことだという。
本来ならば、デュラルの亡骸もハルンドールに埋葬したかったのだが、デュラルは国王であり、その死は、大々的に葬らなければならないのだ。
「ワラルを撃退できたのは、俺ひとりの力じゃないですよ」
セツナは、謙遜でもなく、いった。本当のことだ。皆が力を尽くしたからこそ、ああもあっさりと撃退できたのだ。セツナひとりではあそこまで上手くはいかなかったかもしれない。
「でもでも、セツナがいなかったら、ハルンドールへの突入を阻止できなかったじゃない?」
「阻止なんて出来たか?」
セツナは、ミリュウの言葉に自嘲を浮かべた。
「門は破られ、デュラル王はハルンドールへの突入に成功したんだ。負けたも同じだ」
「我々を信頼してくれていたのでしょう?」
「ええ、もちろん」
セツナは、ほほ笑みを浮かべてうなずいた。バルベリド率いる白天戦団による防備を信頼していたからこそ、デュラルをあの場に放置できたのだ。それは間違いない。デュラルがなにものであれ、召喚武装を手にしていようと、精強なるルシオン白天戦団を相手に戦い、勝利を手にすることなどできないとみたのだ。そして、デュラルよりも、砲撃を防ぐほうが先決だと判断した。召喚武装による強烈な攻撃の嵐を止めなければ、ハルンドールそのものが破壊されてしまう。それは、なんとしてでも避けなければならない。しかし、別に思うこともある。
「俺がデュラル王を殺しておけば、門を破壊されることもなかった。ただそれだけのことですよ」
「でも、もしかすると、デュラル王を殺さなかったことがワラル軍が戦いを止めるきっかけになったのかもしれないわよ」
「……ああ。それは、俺も考えてた」
もし、あの場でデュラルを殺していれば、ワラル軍は最後のひとりになっても戦い続けたのではないか。全滅し、ハルンドールの西門周辺が血の赤で塗り潰されるまで戦い抜いたのではないか。勝てなくとも、絶対的な死が約束されていようとも、戦い続け、ついには滅び去ったのではないか。
停戦交渉時のワラル側の様子や、エリザの言葉を思い返す限り、そのように考えてしまう。それは自分にとって都合よく考え過ぎなのではないか、と思わないではないのだが、しかし。
「なんであれ、西門が破壊された程度で済んだのです。それもこれもガンディアの救援あってこそ、セツナ様と皆様方のお力があってこそ。それで良いではありませんか」
「ルシオンの方がそう仰られるのなら、俺としても文句はありませんが」
「それに、ワラルとの停戦協定が結べたことは、何よりの収穫です。これでワラルからの攻撃に警戒する必要はなくなりましたからね。それは歴史的なことなのですよ」
バルベリドの言いようは少しばかり大袈裟ではないか、と思ったものの、三百年に渡ってハルンドールを狙われ続けてきたことを考えれば、確かにそうなのかもしれない、とも思った。
「とはいえ、ワラルだけを警戒すればいいという話でもないのが実情ですが」
「喪が開けるまでは、我々が滞在していますよ」
セツナが告げると、バルベリドはその厳つい顔に満面の笑みを浮かべた。
「心強いことです」
頼られるのは、悪い気はしない。悪いことでもない。特に同盟国で、特にルシオンだ。これまでさんざん利用してきたのだ。求められれば援軍を差し向けるのは当然だったし、ルシオンの領土を護るのは、ガンディアとしても必要不可欠なことだ。ルシオンの領土が減るということは、ガンディアの、レオンガンドの目標がそれだけ遠ざかるということなのだ。
レオンガンドは、大陸小国家群の統一を掲げている。
レオンガンドのいう統一とは、小国家群に属する国々をガンディアの支配下に置く、ということではない。小国家群全土をガンディア化することに拘ってはいないのだ。同盟や友好関係を結ぶことで、同じ目的を持ってくれればそれでいい、と考えている。同じ目的とは、大陸三大勢力に対する四番目の勢力としてのひとつの意志を持つということであり、レオンガンドは、そういう状態を統一といっているのだ。
意志の統一。意識の統一。考え方の統一。
つまりはそういうことであり、そのためのもっとも手早い方法がガンディアの領土を広げるということなのだ。ベレルやアバードを属国としたのも、ガンディアの領土化にこだわっていない証明だ。なにもなければ、アバードは同盟のままだっただろうし、ジベルなどがその状態にある。ジベルで問題があれば領土化や属国化に向けて動き出すだろうが、ジベルはいまのところ平静を保っている。ガンディアが口を挟む余地はない。
なんにせよ、レオンガンドが目標としている大陸小国家群の統一のためには、ルシオン領土の防衛や拡大も重要であり、そのためならば《獅子の尾》を差し向けるのもやぶさかではなかったということだ。
セツナ自身がいったことだが、セツナ率いる軍勢は、しばらくルシオンに滞在することになる。
ワラル軍を撃退したからといってそれでなにもかも終わりというわけではないのだ。
少なくとも喪が開けるまではルシオンを離れることはない。
八月末まではルシオンにいるということだ。休暇があるとすれば、その先のことだ。が、落胆はしていない。これから先、ルシオンが近隣国の攻撃に曝される可能性は極めて低い。ワラルはハルンドール(ワレリア)の奪還にこだわっていたからこそ攻め込んできたものの、ワラル以外の近隣国がルシオンとの間にそのような因縁を持っているということはないらしいのだ。となれば、ガンディアの《獅子の尾》と戦うことになる可能性のある戦争をしかけることはあるまい。
バルベリドはそう見ていて、セツナたちの気を休めるようにいってきたものだ。
そして実際、それから八月末までルシオンが危険に曝されることはなかった。
ワラル撃退から半月あまり、休暇を貰ったようなものだったのだ。
セツナも、ファリアたちも、じっくりと休むことができてルシオンに感謝したほどだった。
九月に入り、喪が開けると、セツナたちはセイラーンに呼び戻された。セイラーンではハルベルク主催の晩餐会に参加することになり、皆、ルシオンの王宮が用意した衣装に袖を通し、きらびやかに着飾った。晩餐会の席上、セツナたちの活躍が讃えられ、セツナは多少の気恥ずかしさを覚えた。ガンディアでは慣れたことになってしまったが、同盟国とはいえ、異国の地でそうも称賛されると、照れてしまうのだ。
そんなセツナを見て冷やかすのがエスク=ソーマであり、頭を撫でてくるのがミリュウだ。ふたりの反応には憮然とした表情を浮かべるしかなかったが。
ハルベルク、リノンクレアとじっくりと言葉をかわしたのは、その夜が初めてだったといってもいいのかもしれない。
ハルベルクとはミオンで問答を交わした記憶がある。が、普通に会話の遣り取りをするのは、セイラーンでの晩餐会の席がはじめてだったのだ。
ハルンドールの戦いがどのようなものだったかを問われ、それについて答えたりした。
特別、答えに困るような会話はなかった。社交辞令的なものもなければ、腹の探り合いがあるわけでもない。ハルベルクは素直にセツナたちを褒め称え、リノンクレアなどはハルンドールの戦いを見届けたかったと悔しがったものだ。
リノンクレアは生粋の武人だという。
昔から戦うことが好きだったリノンクレアは、いまも白聖騎士隊の隊長を務め、ハルベルクとともに戦場に出ることが多い。王子と王子妃が前線に出ることは、ルシオン軍としては止めて欲しいところなのだとバルベリドが苦笑したりした。
ハルベルクとリノンクレアが前線に出れば、ルシオン軍全体の士気が上がるのは間違いないのだが、万が一ふたりが負傷すれば、それどころではない。バルベリドの気苦労はなんとなくわかる気がした。レオンガンドが前線に出たときのことを考えると、肝が冷える思いがする。そのような気分を、バルベリドは毎回のように味わっているのだ。セツナはバルベリドが少し気の毒になったが、ハルベルクは悪びれもしない。
「万が一、だろう?」
ハルベルクは、バルベリドを見て、問うた。
「そのようなことがならないよう、皆がいるのでしょう?」
リノンクレアがいたずらっぽく、ハルベルクの言葉に続く。
「まあ、そうですが」
バルベリドのバツの悪そうな顔にハルベルクが笑い、リノンクレアが微笑みを浮かべた。
そのようにして、セイラーン最後の夜は過ぎていった。