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第千七十四話 ハルンドールにて

 ハルンドールは、ルシオン西部の都市である。

 王都セイラーン自体、ルシオン領の西側に位置するのだが、そのさらに西に位置するハルンドールを西都と呼ぶのは、古くからの慣例のようなものだ。セイラーンがルシオンの西側に位置しているのは、ミオン征討後のミオン領土半分がルシオンの領土となり、ルシオンの国土が東に向かって広がったからにほかならない。以前ならば、セイラーンはルシオンのほぼ中央に位置していたのだ。ハルンドールは、セイラーンの真西に位置し、西の都と呼ばれるのも納得といった位置関係にあった。

 セイラーンから馬車を走らせて二日。

 八月七日の夜に、セツナたちはハルンドールの門を潜った。

 ハルンドールに到着直後、セツナは、ガンディア軍ガンディア方面軍第三、第四軍団長と対面した。第三軍団長ザックス=ラングウェイとは初対面に近かったが、彼は気安い人物で、なにかと話しやすくはあった。しかし、第四軍団長ミルヴィ=エクリッドには、なぜか因縁をつけられ、困惑したのだが、どうやら彼女は、先の第四軍団長アレグリア=シーンが参謀局に引きぬかれてしまったことをいまでも悔やんでいるらしかった。それでなぜセツナに当ってくるのかといえば、アレグリアがセツナのことばかりを話すからだというのだが、そんなこと、セツナの知った話ではなかったし、どうすることもできないまま、彼女との話は終わった。

 ザックス率いる第三軍団と、ミルヴィ率いる第四軍団は、セツナたちと交代するようにガンディア本国への帰路についた。

 それから、ハルンドールの防衛任務についている白天戦団長バルベリド=ウォースーンとの会見に応じた。バルベリドとは、ミオン征討以来ということになる。白天戦団というルシオンを代表する軍団の団長である彼だが、クルセルク戦争には参加していなかったのだ。ミオンからクルセルクへと直行することになっていたハルベルクに代わって、ルシオンに戻り、国土を護るためだった。

 バルベリドは、顔の厳つさだけで敵を倒せるのではないかというほどの強面の人物であり、セツナは、彼との会見中、終始圧迫感を覚えていた。軍人だけあって体格も良く、上背もあって、その威圧感たるや凄まじい物がある。軍団の指揮官に彼ほど相応しい人物もいないのではないか、と思ってしまうほどだ。

 もっとも、厳ついのは外見だけであり、物腰は穏やかで、外見からは想像もつかないほどに理知的で、怜悧だ。ひとを外見で判断してはならないということの好例だろう。

「セツナ伯にハルンドールへお越しいただいた理由は、ご存じですか?」

「いえ、現地で指示を受けてくれといわれただけなので」

「そうですか。殿下ならば、そう仰られると想っていましたが」

 といって、彼は苦笑しながら机の上になにか巻物を広げた。それがルシオンを中心とする地図だということは、すぐに判明する。東にミオン領が健在であるところを見ると、一昔前の地図だ。もっとも、ミオンという国がこの地上から消滅したのは今年の頭のことであり、その情報が反映された地図がすぐさま作られるはずもなかった。

 セツナの生まれ育った世界ならば、即座に新たな地図が作成され、広まるのだろうが。

 この世界では、そうもいくまい。情報の伝達さえ、簡単には行えないのだ。移動にも時間がかかる。アバードからガンディオンへの移動中、自動車があれば、と思わない日はなかった。そのことは、ミリュウもよくいっていた。ミリュウは、セツナの記憶を覗き見、そこでセツナの世界の情報を手に入れている。セツナの生まれ育った世界には鉄の塔が無数に聳え、鉄の塊が空を飛び、地上を走る――そんなことをいっては、ファリアやレムを懐疑的にさせていたものだ。

「こちらがセイラーン、ここがハルンドールです」

 バルベリドが、古い地図を指し示した。ルシオン領の中央部からやや西寄りの位置にセイラーンがあり、そこから真西の離れたところにハルンドールがある。ハルンドールは、ワラルとの国境線に近く、バルベリドの長く太い指は、ワラルの国境を越えた先にある地名を示した。

「で、これはコーレル。ルシオンとの国境に築かれたワラル側の要塞です」

「要塞?」

「ワラルは、長らくハルンドールの奪取を目論み、そのための橋頭堡としてコーレル要塞を築き上げたのです」

「奪取……ってことは」

「そう。ハルンドールは元々ワラルの都市でした。数百年前の話ですが、そのころはワレリアという都市で、ルシオンはワレリアを制圧後、ハルンドールと命名したのです」

「数百年前の話なんですか」

 驚くようにうめいたのはファリアだ。なんだか途方も無い話になってきたことに驚いたのだろう。

「ええ。ですが、ワラルとしてはワレリアの奪還は悲願といってもいいのでしょう。ワレリアは、ワラルの首都でしたから」

「なるほど……」

「まあ、首都を制圧しておきながら、ワラル全土を支配下に置くことができなかったのは、当時のルシオンの落ち度といえば落ち度ですが、当時の戦力では、ワレリアを落とすので精一杯だったようですね。現在のように武装召喚師がいるわけでもなければ、ガンディアとの関係も友好的とはいえなかったわけですし」

 バルベリドは、苦笑交じりにいった。彼は歴史について詳しいようで、まるで見てきたかのようにいう彼の話は、いつまでも聞けるような気がした。ガンディアとルシオンに友好的ではない時期があったことに驚きを覚えるのは、現在、両国の関係が蜜月といってもいい状態にあるからだ。ガンディアとルシオンがいつから友好的な関係になり、同盟を結ぶまでの関係に発展したのか、そんなことを気になる話ではあった。

「ともかく、ワラルとしては、ルシオン全土が喪に服し、軍事行動を起こせない現状こそ、ワレリアを奪還する好機と判断しているのは間違いないようです。現にコーレル要塞に戦力が集まりつつあり、戦力が整い次第、攻め寄せてくるつもりでしょう」

「それで、あたしたちの出番ってわけね」

「そうなります。白天戦団からも戦力を出したいのは山々なのですが、何分……」

「喪に服すのはいいけど、その結果国土を奪われたらなんにもなんないんじゃないの?」

 ミリュウがあきれてものも言えないといった風に、聞いた。バルベリドは、彼女の口ぶりにも表情ひとつ変えなかった。

「ですから、ガンディアに援軍を要請したのです」

「それはわかってるわ。でも、ガンディアが応じなかったら、ガンディアと同盟関係を結んでいなかったら、ワラルに蹂躙されてただけじゃないの?」

「……そのときは、無論、我々が戦ったまで」

「つまり、頼れるところがあるから頼っておこうってこと?」

「そういうことです」

「なら納得だわ」

 ミリュウがあっさりと引き下がったのは、実際に納得したからなのか、あきれたからなのかはわからない。

「納得されたのなら、何よりです」

 対するバルベリドは温厚そのものだ。

(バルベリド戦団長、物分りの良いひとねえ)

(ミリュウさんにあんな風にいわれて平静でい続けられるなんて余程ですよ)

(ミリュウにはあとで叱ってやらないと)

(そういうのは隊長に任せましょうよ。それが一番効くと想います)

(そうね……わたしよりも、セツナにいわれるほうが効きそうよね)

(はい)

 ファリアとルウファの囁き声は、セツナの耳にだけ聞こえていたらしく、会議室にいるほかのだれも、彼らの言い合いに反応を示していなかった。セツナも黙って聞き逃すよりほかはないのだが。もちろん、ふたりのいいたいことも、わかる。ミリュウは少々言い過ぎなところがある。歯に衣着せぬ物言いが彼女の信条なのかもしれないが。

「これまでの話でわかったと思われますが、セツナ伯と皆様方には、ハルンドールをワラルの攻撃から護っていただきたいのです。ハルンドールが落ちれば、白の王都がワラルの脅威に曝されることになります。それだけはなんとしても避けたい」

「話はわかりました」

 セツナは、バルベリドの目を見た。

「ハルンドールの防衛任務、我々にお任せください」

 セツナが力強く告げると、バルベリドは、恭しく頭を下げてきた。

「よろしくお願いします」

 バルベリド=ウォースーンは、礼節を弁えており、まさに武人といった人物だった。

 セツナが彼に好感を抱いたのは、当然のことかもしれない。


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