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第千七十三話 ルシオンで

 セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルドを総大将とする一団が、ルシオンの援軍として王都ガンディオンを出発したのは、大陸暦五百二年七月二十七日のことだった。

 アバードの騒乱が終わり、王都ガンディオンへの帰還を果たしたのが七月二十五日のこと。その二日後にはルシオンに向けて出発しているのだから、セツナたちの忙しさたるや息つく暇もないといってよかった。それだけ頼りにされているのだと思うほかないし、頼られたのならば期待に応える以外にはない。

 それに、レオンガンドの発言もあって、気楽でもあった。

 ハルワール王の死去により喪に服しているルシオンへの外敵の侵攻を未然に防ぐ、というのがセツナたちに課せられた使命である。そしそれは、セツナたちがルシオン国内に入るだけで大方達成されるようなものなのだ。

 そもそも、ガンディアという強力無比な後ろ盾がついているルシオンに攻撃するような物好きな国があるとは考えにくい上、そこに《獅子の尾》が援軍に参上したとあらば、ルシオンへの侵攻を目論んでいた国でさえ二の足を踏むに違いない、というのがレオンガンドの推測だ。やや楽観的ではあるものの、冷静に考えても、大きな間違いはあるまい。

 大陸小国家群の中においても有数の大国であるガンディアを敵に回すということは、他の小国家にとっては命取りになりかねない。

 それでも一応警戒する必要があるからこそ、セツナたち《獅子の尾》への援軍要請があったのだろうが。


 二十六日は、ルシオン行きの準備に忙殺された。

 ミリュウは、先日いっていた通り、武装召喚術の弟子であるエリナ=カローヌの修行に付き合っていたようだが、それによれば、エリナの武装召喚師としての才能はかなりのものであるらしいということだった。将来、歴史に名を残す武装召喚師になるだろうというミリュウのお墨付きに対し、ファリアの覚めた目線が印象的だった。ファリアとしては、そんなことよりもルシオン行きの準備のほうが大事だったということだろうが。

 エリナの才能については、ファリアも認めつつ合ったし、ルウファも、エリナならば武装召喚師としてやっていけるだろうといっていた。

 とはいえ、エリナはまだ学び始めたばかりであり、体も鍛え始めたばかりだ。武装召喚師としての基礎を学んでいる最中であり、形になるとしても数年先になるだろう。早くて、数年後。十年以上かかったとしてもなんら不思議ではないし、そのことでエリナの才能が否定されるということもない。それだけ、武装召喚術の習得が困難だというだけの話だ。

 エリナは、いつかセツナの力になりたいと息巻いていて、そんな彼女の頑張りを見ていると、自分も負けていられないな、と思ったセツナは、その日、ルクスとの訓練に明け暮れた。

 そのため、疲労困憊となったものの、ルシオンでのことを考えると、特に問題はないだろうと楽観視した。


 二十七日、セツナたちは王都を出発した。

 ルシオン王都セイラーンを目指す一団を構成するのは、セツナを隊長とする王立親衛隊《獅子の尾》六名、龍府領伯近衛・黒獣隊七名、同・シドニア戦技隊(仮)二十六名、領伯従僕レム=マーロウ、同ラグナシア=エルム・ドラースの合計四十一名と一匹の大所帯だ。

 もっとも、セツナの感覚から見て大所帯ではあっても、軍団単位でみると、極少数といっても過言ではない。しかし、戦力としては、一軍団とは比べ物にならないものがある。当然、セツナたち四十一人と一匹の戦力のほうが圧倒的に上回っている、という意味でだ。

 第一、セツナ自身が一軍団を圧倒しうる。圧倒できなければならない。黒き矛のセツナならば、それくらい造作もなければならない。なんなら、ルシオンへの援軍も、セツナひとりで十分でなければなないのだ。

 それが黒き矛のセツナの役割であり、課せられた使命だ。

 いつからか、そうなった。

 いつの間にか、そうなっていた。

 そうなってしまった以上、そうし続けるよりほかはない。

 ガンディア最強の戦士であり、竜殺し、魔屠り、万魔不当――様々な呼び名が、セツナの立ち位置を定めている。

 その期待を裏切るようなことは、できない。

 裏切るつもりもない。

 そうやってここまできたのだ。

 これからもそうあり続けよう、と、彼は考えている。


 ルシオンへの移動には、五台の馬車を用いた。

 レオンガンドがセツナのために用意したという馬車は、《獅子の尾》仕様の特別製であり、《獅子の尾》の隊旗が掲げられた馬車は、どこか威圧的な外観をしていた。移動用の馬車であり、戦闘に耐えうるものではないのだが、妙に威圧的なのだ。それは、黒き矛を象徴したのであろう黒塗りの外観が、そう印象づけるのかもしれない。

 王都ガンディオンからまずクレブールに向かった。

 クレブールでは、領伯ジゼルコート・ラーズ=ケルンノール・クレブールの手配によって手厚い歓迎を受けた。クレブール市民が熱狂的といっていいほどの出迎えをしてくれたものだから、セツナも感激するよりほかなく、ほかの皆も呆然としたものだった。

「さすがはガンディアの英雄様ですな」

 クレブール滞在中、エスクがそんな風にいった。そして、こう付け足した。

「あんたを大将にしたのは、間違いじゃなかったってわけだ」

「ん?」

「食いっぱぐれるなんてこと、なさそうだってことですよ」

 などと、彼が笑ってどこかへいってしまうと、レミルが近寄ってきて、セツナに耳打ちした。

「エスクなりの賛辞ですので、どうかお気を悪くしないでください」

「ああ? 気にしてないよ」

「ありがとうございます」

 レミルのほっとした表情に、彼女がエスクのことで気苦労が絶えなかったのであろうことが伺えて、少しばかり不憫に思ったりした。もっとも、レミルはそれを苦労などとは思ってもいないのかもれないが。

 クレブールを南西に向かえば、すぐにルシオンとの国境が見えてくる。

 国境を越え、ルシオンに入ったのは、八月一日のことだ。まさに夏真っ盛りであり、烈しいばかりの陽の光と、熱風といっても差し支えないのではないかという高気温が、セツナたちに気怠いものを与えていた。馬車の中、日除けこそできるとはいえ、熱気から逃れる術はなかったのだ。

 暑さに負けるものが続出する中、セツナたち一行は八月四日ルシオン王都セイラーンに到着する。道中、問題らしい問題もなかった。国境を越えた直後、皇魔の群れに襲撃されたものの、セツナたちが力を合わせれば、殲滅するのに時間はかからなかった。となれば大したことではないし、問題といえるようなことでもない。

 皇魔などどこにでもいて、どこにでも巣を作る。どれだけ巣を焼き、皇魔を追い払おうとも焼け石に水といってもいいくらいなのだ。巣を失った皇魔は、すぐさま別の場所に移動して、新たな巣を作るだけのことだ。

 つまり、皇魔を根絶するというのは、極めて困難なのだ。

 ふと、セツナはクオンのことを思い出した。クオン率いる傭兵団《白き盾》は、傭兵を行う一方、皇魔根絶をその行動理念に掲げていたからだ。クオンがなぜそこまで皇魔を忌み嫌い、根絶やしにしようとしているのかは不明だ。単純に、この大陸に住む人々にとっての最大の脅威が皇魔であり、皇魔を排除しない限り、大陸のひとびとに安息の日々が訪れないと思っているからかもしれない。いずれにせよ、クオンは《白き盾》とともに皇魔を根絶しようと考えているらしいのだが、それは途方も無いことであり、クオンがいかに無敵の盾を持っていようと成し遂げることは簡単ではない。

 そんなことを考えている間に、セツナたちを乗せた馬車はセイラーンに到着した。


 セイラーンは、白の王都と呼ばれているらしい。

 中心に聳え立つ白亜の城を見れば、その呼称の理由は一目瞭然であろう。そして、城下町に立ち並ぶ建物の数々も白塗りであり、道路や城壁も白で染め上げられている。白以外の建物もあるのだが、圧倒的な白さは、そういった有象無象の色彩をも飲み込み、白の王都に調和をもたらしている。他の色彩が不協和音をもたらすことはない。

 ルシオンは、白を象徴とする国なのだ。

 それは、白聖騎士隊、白天戦団など、ルシオン軍の部隊名、軍団名によく白が使われていることからもうかがえる。

 ルシオンが白を象徴としているのは、建国王が白の王と呼ばれた人物であり、白をこよなく愛していたからだという。白の王から連綿と受け継がれてきた血が、王城を白く染め、王都までも白で塗り潰していったのだろう。

「それは別にいいんだけど、眩しくてかなわないわね」

 ファリアの一言に、セツナは頷きながら苦笑した。

 夏の烈日が白の王都に反射し、なにもかも目に痛いばかりに輝いて見えたからだ。


「ようこそ、セツナ伯。それに皆さん。わたくしのわがままな要請に応じていただき、感謝の至りです」

 そういって、ハルベルク・レウス=ルシオンが頭を下げてきたのは、セツナたちが王都に到着後、すぐさま王城に案内され、謁見の間に通されてからのことだった。謁見の間には、ハルベルク以外に、王子妃のリノンクレア・レーヴェ=ルシオンがいて、ルシオンの重臣と思しきひとびとが顔を揃えていた。ハルベルクによく似た顔つきの人物もいる。兄弟か親族だろう。

 セツナは、レオンガンドの前にいるときよりも緊張を覚えなかった。それは、彼の部下というべき仲間たちが後ろに控えていたからであり、彼ら彼女らの存在がセツナには心強くてたまらなかった。

「いえ、陛下の御下命とあらば、当然のことです」

「当然のこと、ですか」

 と、リノンクレアが目を細めた。リノンクレアは、レオンガンドと似ているところがある。レオンガンドが中性的な顔立ちだったからでもあるのだろう。

「はい。陛下の命に従うのは、臣下として当然のことでございましょう?」

「そうですね。当然のことです。しかし、アバードからルシオンまでの長旅、疲れたのではございませんか? もっと休みたかったのでは?」

 リノンクレアがにこやかに問いかけてくる。セツナは苦笑しつつ、肯定した。

「休みたくなかったといえば、嘘になります」

「ふふ。陛下の仰られたとおり、セツナ様は、嘘がつけないお方なのですね」

「陛下がそのような風に?」

「ええ」

 リノンクレアが微笑し、ハルベルクを見た。ハルベルクも、そんな彼女を見て、微笑む。ふたりの関係は良好そのもので、理想的な夫婦のように想えた。

「それにしても、こうしてセツナ伯とお話するのは、初めてのことかもしれませんね」

「はい」

「何度も会い、顔を合わせているというのに、不思議なことです」

 リノンクレアは、本当に不思議そうにいったが、セツナは別段、不思議とも思わなかった。そういう縁だったのだろう。立場もあれば、立ち位置も違う。リノンクレアはルシオンの王子妃なのだ。ガンディア国王の親衛隊長であるセツナとの接点は、少ない。確かに彼女のいう通り、戦いのたびに顔を合わせているのだが、話す機会など皆無に等しかった。ハルベルクとて同じで、彼から話しかけてこなければ、ついぞ言葉を交わすこともなかったかもしれない。

 それくらい、セツナの人間関係というのは、あっさりしている。

 濃いのは、周囲だけだ。そして周囲との濃密な関係が、セツナをセツナたらしめているといっても過言ではないのだろうが。

「彼女のいうように、長旅でお疲れではないですか?」

「ええ、まあ……」

「では、今日はお休みになられるといい。なにも急ぐことではありませんので」

 ハルベルクに促されるまま、セツナたちは謁見の間を辞し、使用人に案内されて王城の一角へと移動した。

 セツナたちにあてがわれたのは、賓客を迎えるための一角であり、多数の部屋がセツナたちだけのために空けられていた。

 セツナたちはそれぞれ思い思いの部屋に入り、そして、半日あまり、それぞれ思い通りに過ごしたのだった。

 セツナたちに任務が与えられたのは、翌日、つまり八月五日の朝のことだ。

 ハルベルクから直接、命じられた。

 その任務とは、ルシオン西部の都市ハルンドールに赴き、現地にて白天戦団の指示を受けて欲しい、というものだった。

「また移動……」

 ミリュウのうんざりとした反応には、返す言葉もなかった。

 移動に次ぐ移動で疲れきっているのは、だれも同じだ。

 いつもは窘めるファリアでさえ、疲労のあまりなにもいわなかった。

 八月五日午後、セツナたちの馬車は王都を主発し、一路、西都ハルンドールを目指した。

 


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