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第千六十八話 新市街

 約三ヶ月ぶりの王都は、様変わりしていた。

 ガンディアの王都ガンディオンは、三重の同心円を描くように作られた都市であることは、知られた話だ。王宮区画を中心に、群臣街、市街と呼ばれる区画が周縁上に配置されている。その市街の外周部に新たな区画ができており、真新しい建物群がセツナの視界を彩っていた。

 新市街である。

 もちろん、セツナたちは新市街の建設が始まったことは知っていたし、クルセルク戦争後、長期休暇を与えられ、新たな領地である龍府へと旅立つ際には、旧市街の外周部に新市街が産声を上げ始めているのを見届けている。しかし、三ヶ月も前のことだ。そのときには影も形もなかった家屋や建築物が各所で形になり、すでにガンディアの各地から移住してきたのであろう人々が新市街を闊歩し、往来は人出で賑わっていた。

「三ヶ月で変わるものね……」

 ファリアが茫然とするのもわからないではない。

 王都を離れて三ヶ月。

 たった三ヶ月だ。

 その三ヶ月の間で、なにもなかったといっても過言ではない新市街の区画に数多の建物が出来上がり、ひとが住み、都市として機能し始めていたのだ。驚くべきことだったし、セツナは、ガンディアの職人たちの仕事の速さに素直にうなり、称賛した。

 もちろん、新市街が完全に出来上がったわけではなく、各所では建築中の建物や、整備中の区画があるのがわかった。しかし、あと半年もすれば完成するのではないか、という速度なのは間違いない。

 後で聞いた話によれば、木材など建築に必要な材料の搬送などに召喚武装を使うことで、建築作業の効率化を図ったりしていたらしい。様々な面で召喚武装を上手く活用することで、新市街の建設は高速化した、ということだった。

 それにしても早いと思うのだが。


 新市街ができたことで、かつて市街と呼ばれていた区画は、旧市街と呼ばれることになった。新市街の真新しい建物群と見比べると、旧市街の建物群が古めかしく見えるのは当然であり、旧市街という名称も妥当という他ない。

 しかしながら、旧市街の住人が、新市街に移り住むようなことはありえないことだという話だった。そもそも、新市街は増え始めた王都の人口に対応するために建設が始まったのであり、元々王都に住んでいるひとびとには関係がないものだ。そして、旧市街から新市街に移り住むということは、王都の中心からみずから遠ざかるということであり、ガンディア王家との関わりがさらに薄くなるということだ。ガンディア王家を愛する王都市民には、考えられないことであろう。

 ともかく、旧市街は旧市街でいいところがある、ということだ。

 旧市街に入ったセツナたちは、王都のひとびとによる出迎えを受けた。まるで外征から遠路はるばる帰ってきたかのような、そんな感覚さえ抱くほどの歓迎ぶりには、セツナも空いた口が塞がらなかった。だれもかれもがセツナや《獅子の尾》の面々の名を上げ、四台の馬車に向かって声援を送った。大通りの沿道は凄まじいばかりの人集りとなり、セツナたちは、彼らの声援に応えるべく、御者台から姿を見せなければならなかった。

 セツナたちの王都への帰還が前もって王都市民に知らされていたのだろうが、それにしても凄まじいばかりの歓迎ぶりだった。

「さすがは御主人様でございますね」

 レムが囁くと、頭の上のラグナが不思議そうにいってきた。

「わしのゴシュジンサマに声援を送っておるのか……」

「なんだよ、納得出来ないのか?」

「おぬしが好かれる理由はわかるがな」

「だったらいいだろ」

「うむ」

 偉そうにふんぞりが彫っているのであろうラグナに辟易しながら、セツナは、沿道の人々に手を振った。人集りは、どうやら群臣街まで続いているらしい。

「ま、ガンディアの英雄サマだからな。人気があって当然なんだよな」

 シーラが馬車の中からいってきた。彼女は、自分の立場もあってか、馬車の外に姿を見せなかった。彼女は《獅子の尾》の隊士ではなく、領伯配下の部隊長だ。王都市民の声援には関係がないと判断したのだろう。

「あなただって、アバードでは人気だったじゃない」

「だったかな」

 シーラは、ファリアの言葉に皮肉げな顔をした。彼女のその国民的人気がアバードに影を落としたことを、彼女自身がよくわかっている。しかし、そればかりは彼女にはどうすることもできないことだった。彼女は、アバードのために良かれと思い、戦ったのだ。それが王家の人間の務めだと信じた。それが彼女のアバード国内における人気を高め、セリス王妃の不安を煽った。

 シーラは、露知らぬことだ。

 あのような事態に発展するなど、神ならぬ彼女に想像できるはずもない。

 彼女は最善を尽くし、結果、最悪の事態を生んだ。

 それだけのことだ。

 それだけのことだが、それだけのことが、シーラの心に影を落としている。だから、セツナは彼女の力になってやりたいと思うし、そのためにどうすればいいのかを考え続けている。

 意味のないことかもしれない。

 そんなことは、わかっているのだが。


 旧市街を抜け、群臣街に入ると、今度は群臣街の人々による出迎えがあった。

 群臣街は、王宮で働く文官や軍人の居住区であり、ルウファのバルガザール家の屋敷や《獅子の尾》の隊舎も群臣街にあった。となれば、当然、出迎えてくれたのは軍人や文官の家族であり、軍人の子供たちからはセツナの名を呼ぶ声が大きかった。

「セツナは子供からの人気が凄いわよねー」

「わかりやすいものね」

「だれよりも強くて、たったひとりで圧倒的な戦果を上げるんだ。そりゃ子供人気もあるだろうさ」

「御主人様、照れてます?」

「うるせえ」

「あ、可愛い」

「うるせえっての」

「ああん、本当、こういうとき可愛いんだから」

「あのなあ!」

 そんなことを言い合いながら、王宮区画へ至る。


 王宮区画。

 四重の同心円を描く大都市となった王都ガンディオンの中心に位置する真円の区画は、その呼称の通り王宮を中央に抱く区画だ。王家の森に囲まれた緑豊かな区画であり、その中に多数の建物が乱立している。どれもこれも豪壮な建物だが、それらは王族や貴族の住居であり、王宮区画が王侯貴族の居住区であるということを如実に表している。つまり、王宮だけが存在する区画ではない、ということだ。

 王宮は、獅子王宮とも呼ばれる。

 ガンディアは銀の獅子を象徴とする国だ。故に獅子王宮。きわめて単純な理由だが、同時にわかりやすくもある。

 王宮区画では、旧市街、群臣街のような派手な出迎えこそなかったものの、貴族や文官、王宮で働くひとびとがセツナたちを出迎えないわけがなかった。セツナの立場を考えれば当然のことだ。セツナは領伯というこの国でも有数の肩書を持っている。その上、王宮召喚師であり、王立親衛隊長だ。王侯貴族といえど無視できない立ち位置にいるのだ。

 王宮の近くで馬車を降りた。

 馬車は全部で四台。

 降り立ったのは、セツナ率いる《獅子の尾》の面々(ルウファ・ゼノン=バルガザール、ファリア・ゼノン・ベルファリア=アスラリア、ミリュウ・ゼノン=リヴァイア、マリア=スコール、エミル=リジル)に、従者のレム=マーロウ、ラグナシア=エルム・ドラース、黒獣隊長シーラとその部下五名(ウェリス=クイード、クロナ=スウェン、ミーシャ=カーレル、アンナ=ミード、リザ=ミード。そして元シドニア傭兵団の幹部たち三名(エスク=ソーマ、レミル=フォークレイ、ドーリン=ノーグ)だ。

 残りの傭兵たちは、馬車とともに群臣街の《獅子の尾》隊舎に向かわせており、セツナたちが戻るまで待機させることになっていた。傭兵たちまで下ろすと、大所帯にも程がある。

「正しい判断ですよ、大将」

 傭兵たちを乗せた馬車が群臣街に向かった後、エスクが、セツナに向かってにやりとした。

「あいつら、態度も悪いし、言葉もきついんでね」

 それは確かにその通りだったし、傭兵たちを待機させた理由のひとつでもあるのだが。

 セツナは、エスクに半眼を向けた。

「おまえがそれをいうのかよ」

「え?」

「まさか、おまえ、自分の口の悪さに気づいてないとかいうんじゃねえだろうな?」

「はて……なんのことですかな?」

 エスクのわざとらしい反応を見て、セツナは肩を竦めた。わかっててやっているのだろう。エスクほどの男が理解できていないはずもなかったのだ。

 王宮内部へは、王宮警護に案内された。王宮警護とは、その名の示す通り、王宮区画の警備や警護を任されている組織であり、貴族の子女の働き先としても知られている。王宮警護が王宮内を案内するようになったのは、セツナの暗殺未遂事件があってからのことであり、王宮の警備体制が抜本的に見直されたことを示している。王宮への客人に万が一のことがあってはいけない、ということもあれば、客人が万が一のことをしでかさないように見張ってもいるのだ。

 セツナたちの案内を務めた王宮警護の人間は、オーギュスト=サンシアンに似ていた。しかし、女性である。元よりオーギュストが中性的な顔立ちをしていたということもあって、オーギュストの女性版といったところで別段不自然さはない。アヴリル=サンシアン。オーギュストの実妹であり、王宮警護の頂点に立つ人物だ。

 アヴリルがセツナを出迎えたとき、まっさきに反応したのがレムだった。

「お久しぶりでございますね、アヴリル様」

「ああ、君か」

 アヴリルは、レムに対して柔らかな表情で応えた。しかし、彼女が柔らかい表情を見せたのはそのときだけで、それからというものは鉄面皮といってもいいような硬い表情を通した。王宮警護の役割を考えれば、彼女の態度も当然といっていい。

 レムがアヴリルと顔見知りなのは、セツナはレムから聞いて知っていた。三ヶ月前、四月に行われた御前試合の後、アルベイル=ケルナーと対峙したレムに話しかけたのがアヴリルであり、彼女からアルベイル=ケルナーという要注意人物についての情報を知らされている。もっとも、アルベイル=ケルナーがなにものなのか、当時はわからなかったが。

 いまなら、わかる。

 ベノアガルドの騎士か、騎士団と関わりの深い人物だということだ。アバードで対峙した三人の騎士が口走っていたテリウスという名が、それなのだろう。ほかには、考えられない。テリウス。そこから思い浮かぶのは、テリウス・ザン=ケイルーンという名だ。ベノアガルドの騎士団の中でも十三人しかいない幹部のひとりである。

 つまり、幹部がガンディアに潜伏し、セツナのことを調べようとしていたということだ。

 とんでもないことだが、かつて騎士とともにログナー内部に潜入したこともあるセツナには、別段、奇妙なこととも思えなかった。むしろ、それだけ重要な任務だった、ということではないか。

 ナーレスほどの人物が、工作のためとはいえ、ザルワーンに潜り込んだという例もある。

 騎士団幹部が情報を探るために単身ガンディアに乗り込んできたとしても、不思議ではない。

 とはいえ、アルベイル=ケルナーなどという偽名を使った騎士の正体がわかるようなことを口走るのはどうかと思うが。

 単純に連携が取れていなかっただけのことかもしれない。

 そんなことを考えながら、セツナは、たったひとり、獅子王宮・謁見の間に向かった。謁見の間に呼ばれたのがセツナただひとりだったからだ。

 従者であるレムたちだけでなく、《獅子の尾》の隊長補佐であるファリアや副長のルウファも、レオンガンドにお目見えすることはかなわなかった、ということだが、それにはなにかしらの理由があるに違いない。

 謁見の間では、レオンガンドが待っていた。ナージュの姿はなく、代わりというわけではないだろうが、四友と呼ばれる四人の側近と、エリウス=ログナー、イスラ・レーウェ=ベレル、アルガザード・バロル=バルガザール、アレグリア=シーンなどがいた。

 セツナが緊張を覚えたのは、レオンガンドと重臣たちの視線が、一斉に彼に注がれたからだ。

「セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルド、王命により、只今帰還いたしました」

「ご苦労」

 レオンガンドは、それだけをいって、微笑んだ。


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