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第千六十七話 道中記

 セツナ一行がガンディア王国ザルワーン方面龍府に帰り着いたのは、七月十一日のことだった。

 セツナがシーラ、ラグナとともに龍府を旅立ってから二ヶ月が経過している。季節は変わり、気温も大きく変化した。

 まさに夏といっていい気候が、馬車の広い荷台の中に涼やかな風を運んでいた。

 セツナにとってはこの異世界で過ごす二度目の夏であり、彼は、多少の感慨を禁じ得なかった。一年以上、この世界で過ごしている。いまや元いた世界のことなど考える暇もなくなり、この世界が異世界だということを認識することも稀になってしまったが。

 

 龍府の北門を潜り抜けたとき、空は真っ青で、流れる雲が眩いばかりに輝いていた。もっとも烈しいのは太陽であり、陽光の鮮烈さは、ただただ目に痛い。

 セツナは、御者台から顔を出して、龍府の町並みを見ていた。馬車の荷台に閉じ込められているような道中は暇で暇で仕方がなく、こうして時折御者台に顔を出す。すると、御者のガンディア兵が驚くのだが、そのたびにセツナは笑いかける。だが、兵士は恐縮するばかりであり、セツナが望むような反応が得られることはなかった。

「おー、久々の龍府じゃのー」

 ラグナが感動したかのように声を上げる。龍府付近の森で転生した彼にとっては、龍府こそ生まれ育った我が家のようなものなのだろうか。ドラゴンであり、転生竜というよくわからない存在である彼の感覚は、セツナには理解し難い。

「ま、素通りだけどな」

「おぬしというものは、ほんに気の利かぬものじゃな」

「なんとでもいえ。俺だって休暇が全部潰れたんだよ」

「休暇? なんじゃそれは?」

「仕事の間の休み……つっても、仕事なんていう概念もわからねえか」

「うむ」

「なんで偉そうなのかわかんねえけど、ま、いいや」

 おそらく頭の上で、翼を用いて腕組みをしているのであろうラグナの様子を想像しながら、セツナは荷台に顔を引っ込めた。大通り沿いのひとびとが、軍用の馬車にセツナの姿を発見し、騒ぎ始めていたからだ。龍府においてセツナのことを知らないものはいないだろう。セツナは、龍府の領伯――つまり、龍府の主なのだ。任じられて二ヶ月あまりとはいえ、その二ヶ月あまりの間、ほとんど龍府にいなかったとはいえ、既に周知徹底されていることだろう。司政官のダンエッジ=ビューネルや役人たちがそのように手配しただろうし、たとえ手配しなくとも、セツナが領伯になったという報せは、龍府中に轟いたはずだ。

 なんといっても、セツナはザルワーン戦争でザルワーンの最終兵器ともいうべき、守護龍を撃破したのだ。もっとも、ザルワーン戦争の最終決戦である、征竜野の戦いには参加できず、そういう意味では、龍府の住民には印象が薄いかもしれないが。

 荷台に戻りながら、ラグナにいう。

「ともかく、俺だってゆっくりしたいんだよ、本当はさ」

「本当かしら?」

「なんだよ?」

「本当は働きたくて働きたくてうずうずしているんじゃないの?」

 と続けていってきたのは、ファリアだ。道中、必要な書類の作成を終えた彼女は、手持ち無沙汰に座っている。それを言い出せばほかの皆もそうだった。だれもかれも暇を持て余している。が、移動もまた仕事だと我慢するよりほかはない。

「あのなあ、俺だって疲れるときは疲れるんだぜ?」

「それでも仕事、任務となれば張り切るのがセツナよねえ?」

「ですから、御主人様にはゆっくりと休んでいただきたいのですが」

「陛下直々の指名とあらば、休んでいる場合じゃねえもんな」

 女性陣それぞれの言葉を聞きながら、セツナは苦笑いを浮かべた。

 馬車の荷台に女が四人。皆、セツナに対してなにかしらいいたいことがあるらしく、喋り出したら止まらないことがあったりする。そして、そういうとき、セツナはなにも言い返せず、黙って聞くしかないのだ。

 特に、龍府で別れて以来、二ヶ月近く話すことができなかった三人には、言いたい放題させるのが一番だろう。

 そんなことを考えながら、彼は、馬車が天輪宮に辿り着くのを待った。

 素通りとはいえ、確認しなければならないことがある。

 ナーレスのことだ。


 龍府の中心である天輪宮には、ナーレスの姿はなかった。

 ダンエッジの話によれば、四日ほど前、オーギュスト=サンシアン、メリル=ラグナホルンとともにエンジュールに向かったということだった。ナーレスがエンジュールに向かったのは療養するためであり、療養するのならば温泉地がいいという簡単な理由だ。そして、エンジュールはセツナの領地でもある。バッハリアよりも過ごしやすいと判断したのかどうか。

 いずれにせよ、ナーレスとの再会の約束は果たせそうになかった。ガンディオンへの帰路、エンジュールに寄り道しているだけの暇はない。

 天輪宮でナーレスのことを確認したときに気になったのは、ダンエッジがナーレスの姿を見なかった、ということだ。しかし、よくよく考えて見れば、その理由は想像がついた。ナーレスのことだ。痩せ細り、弱りに弱った軍師の姿を人目に晒したくないと考え、隠れていたに違いない。病で弱った軍師の様子を噂されては、ガンディアの評判にも影響しかねない。

 軍師ナーレスは、ガンディアの勝利の立役者であり、ガンディアに必要不可欠な存在だ。彼が毒によって死に瀕しているなどという話が広まれば、ガンディアの政情そのものを不安定にしかねない。そういう意味でも、ナーレスが無事に龍府に辿り着き、エンジュールに向かったという話を聞けたことは、セツナを安堵させた。

 ナーレスがいる限り、ガンディアが窮地に陥るようなことはない。

 それから、龍府を南東に下り、ゼオルへと向かった。ゼオルからナグラシア、ナグラシアからマイラムへと進む道筋である。マイラムからバッハリアへ寄り道すれば、エンジュールまですぐなのだが、王都への帰還命令が出ている以上、そういうわけにもいかない。王命となれば、なによりも優先するのは当然のことだ。

 せめてナーレスに戦勝報告を、ということで、セツナはファリアに頼んで手紙を書いてもらい、エンジュールのナーレス宛てに届けさせることにした。無論、ガンディアの軍師がアバードでのガンディアの勝利を知らないはずもないのだが、セツナは自分の言葉で伝えたかった。

 伝えたいことは、戦勝のことだけではない。が、それは、本人に逢ったとき、直接いうべきだろう。手紙に認めれば、記録に残ってしまう可能性がある。少なくとも、手紙という形で保管されるのは間違いない。

 ナーレスのことを話題にすると、シーラが少しばかり不愉快そうな顔をしたが、そればかりは仕方がない。シーラの名を利用してアバードへの侵攻を正当化したナーレスやガンディア軍を、シーラが好きになるはずもない。嫌っていて当然だし、いまこのようにセツナと行動をともにしていることさえ、不思議なことかもしれなかった。シーラは、当然のようにこの場にいるのだが。

 黒獣隊は、龍府の領伯としての私兵だったが、王都まで同行する運びとなっていた。理由はいくつかあるが、ひとつは、シーラのことをレオンガンドに報告する必要があると判断したからであり、それにはシーラ自身もついてきてもらうほうがなにかと都合がいいのではないかと想ったからだ。もうひとつは、単純に戦力がほしかったからだ。

 つぎの任務は、ルシオンへの援軍であり、戦いになる可能性も大いにあるという話だった。

 ゼオルを通過し、ナグラシアを抜け、ログナー方面に入ったのは、七月も半ばのことだった。気温の高まりが、馬車の荷台を気怠さで覆っていく。ミリュウのだらしない姿は、彼女が貴族の出身であるということを忘れさせる一方、ファリアやレムから顰蹙を買ったりした。いわく、不埒だの、不健全だの、セツナを誘惑するつもりなのか、だの。ミリュウとしは単純に暑いからだということだったが、セツナは目のやり場に困ったし、ルウファは眼福だのといってファリアたちから白い目で見られたりした。

 シーラはそんなやり取りをみて笑うばかりだった。

 ログナーの大都市マイラムから南下し、マルスールへ。そして、ガンディア方面バルサー要塞に至ったのは、七月下旬である。バルサー要塞まで辿り着けば、王都は目前ということもあって、セツナは大いに安堵するとともに長旅の疲れに辟易したものだった。

 広大な国土を持つということは、それだけ移動が困難だということだ。しかも、アバードからぶっ続けて移動していて、その移動だけで半月以上かかっている。

 交通機関の発展が望めない以上、仕方のない事だが。

 ルウファのシルフィードフェザーで運んでもらう、というのは、論外も論外だ。オーバードライブを駆使しても、運べるのはわずか数人であり、一分間で移動できる距離などたかが知れている。そして、その一分の移動のために馬車を降りれば、ルウファが力尽きたあと、徒歩で移動するよりほかなくなるのだ。となれば、常に馬車で移動したほうが早い。それは他の召喚武装でもいえることだ。四台の馬車を同時に高速移動させることができるような召喚武装ならば話は別だが、そんな使いみちの限られていそうな召喚武装が都合よくあるわけもない。

 バルサー要塞からガンディオンまでは一直線に向かった。マルダールへの寄り道を避けたのは、一刻も早く王都への帰還を果たし、つぎの任務に向かいたかったからだ。

 王都でも長く滞在できるわけではない。

 一日二日、休めたら御の字だろう。


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