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第千六十六話 ルヴ=シーズエル

 シャルルムは、大陸小国家群北東に位置する国だ。

 北の隣国ザハルを北に越えれば、そこはヴァシュタリア共同体の勢力圏となる。小国家群における北方の国のひとつであり、北方人と呼ばれる肌の白いひとびとが多い。しかし、北国と認識されることはあまり多くない。大陸における北国といえばヴァシュタリアであり、大陸小国家群においては、アルマドールやその周辺諸国だからだ。

 シャルルムは、アルマドールの周辺諸国から絶妙に外れる位置にある。


 シャルルムの首都は、シャーラムという。大陸の都市の例に漏れず、堅牢な城壁に囲われた城塞都市であるが、城壁は皇魔の襲撃を防ぐためだけにあるわけでは、当然、ない。小国家群が戦国乱世となって久しい。シャーラムが戦火に包まれるようなことは少ないものの、皆無とは言い切れない以上、城壁を堅固にするのは道理であろう。

 ルヴ=シーズエルらアバード遠征軍は、七月の頭、やっとの思いで首都シャーラムの城壁を目の当たりにして、懐かしさでいっぱいになったりした。長らくアバードの地で戦い続けていたのだ。たった数十日だが、それでも久々に見る首都の城壁はとてつもなく高く、分厚く見えた。

 しかし、意気揚々凱旋とは、いかない。

 アバード遠征軍は、見事タウラルを落とし、シャルルムの領土を広げてみせた上、戦後処理において、ガンディアとの間でタウラルはシャルルムのものであると確定させている。それは、シャルルムにとって望むべくもない大勝利といってもいいだろう。

 だが、失ったものもまた、大きかったのだ。

 多くの兵が命を落としたが、それはまだ、いい。勝利に犠牲はつきものだ。必要なだけの犠牲を払わなければ勝利などできない。そんなことは、だれだってわかっている。

 されど、将軍であり、領伯であり、シャルルムにおいて有数の権力者であるザンルード・ラーズ=ディンウッドが戦死したとあれば、話は別だ。ザンルード将軍は、シャルルムにおける英雄といっても過言ではないほどの人物であり、彼の存在がシャルルム軍を支えているとさえいえた。そして、シャルルム最大の派閥であるディンウッド派の首魁でもあった。

 その将軍が戦死したのだ。

 当然、軍師ルヴ=シーズエルの責任が問われた。

 軍部の主導によって審問会が開かれ、厳しい追求が行われた。

 それも、ルヴにとっては想定通りの出来事だったし、そうなるべきだと判断していた。軍部が正常に機能しているのならば、当然そうあるべきだった。ザンルード将軍が軍師ルヴ=シーズエルに依存していたのはよく知られた話であったし、ディンウッド派の将校たちにさえ苦い顔をされていたのは、彼自身身を以て理解していた。ディンウッド派の軍人たちが、尊敬するザンルードがルヴを重用し、特別扱いしていることが気に喰わないのは、人間の心理として当たり前のことだろう。ルヴ=シーズエルは、ザンルードに見いだされるまでは無名も同然だったのだ。

 もちろん、審問会がルヴの責任を問い切れず、なんのお咎めもなしに解放されることも、想定済みのことだ。

 シャルルムにはいくつかの派閥がある。その中で最大の勢力を誇っていたのがザンルード将軍を首魁とするディンウッド派であり、ザンルードが軍部を掌握していたこともあって、軍人の多くがディンウッド派といっても過言ではなかった。当然、ルヴもディンウッド派に属している。でなければ、ザンルードに重用されることもなかっただろう。

 ディンウッド派は、ザンルードの思想のままに動いている。つまりは、外征に重きを置く派閥であり、外征によって国土を拡大し、国力を高めようというのが、ディンウッド派の行動理念だった。アバードの混乱に乗じて、アバードの国土を奪おうというのも、ディンウッド派の理念に沿ったものだったのだ。外征こそ、国土の拡大こそ、国を強くする最短にして最善の方法だと信じて疑わないのがディンウッド派だが、シャルルムの不幸は、そのディンウッド派が最大の勢力を有していたことにある。戦争を仕事とする軍人にとって、ディンウッド派の理念、思想ほどわかりやすく、納得しやすいものもなく、軍人の多くがザンルード将軍を支持し、ディンウッド派に入るのもわからないではない。

 が、身の程知らずな外征の強行が、結果、国を滅ぼすことになるということを考えてもいない愚かな連中の集まりであり、故にルヴを追求しきれず、審問会は閉会した。

 無論、ルヴに救いの手を差し伸べるものがいたからだが。

「しかしまあ、派手にやり過ぎたきらいはあるな」

 レンルーウ・ラーズ=フェリエルが、書類に目を通しながら、いった。シャルルム三伯と呼ばれる三人の領伯のうちのひとりだ。北方人特有の雪のような白い肌を持つ女性であり、長身で、しっかりとした体つきをしている。男好きのするような、などといえば、彼女にどのような目に合わされるものかわかったものではないが。

 フェリエル領伯である彼女は、ディンウッド派ではない。ディンウッド派に次ぐ勢力を誇るフェリエル派の頭目であり、ルヴ=シーズエルの最初の主である。

「おかげで、ディンウッド派に目をつけられたよ」

「ディンウッド派は風前の灯であります故」

「まあ、な。問題はないか」

「はい」

 肯定する。

 シャルルム最大派閥だったディンウッド派は、ザンルード将軍の戦死によってその勢いを失っていくことは明白だ。ザンルード将軍という英傑あってこその派閥だったのは、だれの目にも明らかなのだ。圧倒的な人望を誇るザンルードだからこそ、個性的な軍人たちを纏め上げることができていた。ディンウッド派にほかに人物がいないかといえばそうではないのだが、だれもかれも小粒であり、ザンルード将軍のような人心掌握力を持った人物はひとりとしていなかった。ザンルード将軍の実子であり、将来有望なサンラード=ディンウッドも、ザンルードの嫡子という以外に秀でたものがあるわけではない。

 ディンウッド派は、ザンルードに代わる人物が現れないかぎり、このまま勢力を弱めていくだけだろう。

「それにしても、閣下が戦死なさるとはな……」

 彼女は、真に痛ましげな顔をしながら、机の上で手を組んだ。組んだ手で口を隠すような姿勢は、レンルーウが考え事をしているときに取る姿勢だった。彼女はよく考え事をする。慎重なのだ。深く考えすぎるあまり、行動が遅くなりがちなのが玉に瑕といってもいいが、峻烈な彼女にはそれくらいのほうが可愛げがあるともいえる。

 動き出せば雷霆の如し、という評がレンルーウという人物を良く表している。事実、彼女の雷霆の如き発言が審問会において、ルヴを不問にする決定打となったのだ。

 すなわち、ザンルード将軍の戦死の責任は、将軍本人にある、ということだ。

「予期せぬことで」

「軍師ルヴ=シーズエルさえ予期できぬことだったか」

「まさか、閣下の近衛に内通者がいるとは思いもよりませんよ」

「たしかにな」

 レンルーウが、静かに頷く。

 広い室内。高級そうな調度品が数々取り揃えられているのだが、妙に可愛らしい造形のものが多い。レンルーウの趣味なのか、彼女の従者の趣味なのかはわからない。ルヴが彼女に付き従っていたころはこのようなことはなかったため、おそらくは従者の趣味なのだろうが、好きにさせているということは、まんざらでもないということだ。レンルーウのひととなりについては、未だに掴めない部分がある。

「しかし、損失であることに違いはあるまい」

「はい。それも多大な」

「うむ」

 レンルーウは、目を伏せながら、いう。

「閣下ほどこの国の将来を憂いていた方はおられまい」

 ルヴは、レンルーウの言葉をうなずくことで肯定した。彼女のいう通りでは、ある。ザンルード・ラーズ=ディンウッドほど、シャルルムの将来を案じていた人物がいないというのは事実なのだ。彼ほどガンディアの急成長を恐れ、それに対抗するべくどうするべきか考え続け、国力の強化に勤しみ、軍事力を高めるべく奔走した人物は、ほかにはいない。故にザンルードの人望は高かった、ということだ。「しかし、逸り過ぎた。逸り、視界を失っておられた。近衛に裏切られたということは、そういうことであろう?」

「はい……」

「外征に重きを置き過ぎたのだ。国土の拡大による国力の強化……か。わからないではない。が、ガンディアの加速度的な拡大に対抗することなど、我が国がどれだけ力を尽くしたところでどうなるものでもないのだ。それをわかっておられなかった」

「わかっては、おられたはずです」

「ふむ……」

 レンルーウが難しい顔をした。

「わかっていて、それでも国土の拡大に執着されておられたのか」

「一度掲げた旗を振り下ろすことは、閣下にもできなかったのではないかと」

「……つまり、戦死なされるしかなかった、ということだな」

 レンルーウの鋭いまなざしは、すべてを理解しているからこそといってよかった。彼女は、ザンルードの死が一体どういうものであったのかを把握しているのだ。

 ルヴは、レンルーウのためにザンルードに見出された。軍師としての才能を遺憾なく発揮し、ザンルードの信頼を得、右腕のような存在にまで上り詰めたのも、すべて、レンルーウのためだった。いや、厳密には、レンルーウの思想のためといったほうが、正しい。

「これで、我が国が外征のために無駄な浪費をせずに済む。少なくとも、しばらくは外征論は鳴りを潜めるだろう。必要なのは、外征ではなく内政。侵攻ではなく外交。そうだろう?」

「は」

 一も二もなく、頷く。

 ルヴは、軍師という、己の脳内で空想し、構築した戦術を戦場で実現させることに興奮し、至上の喜びを見出す人種ではあるのだが、一方で、戦いよりも政治で解決することのほうが賢しく、正しいと考えてもいた。

「まずはタウラルだが。あんなもの、ガンディアにでも、アバードにでもくれてやればよい。シャルルムには不要な土地だ」

 レンルーウは、唾棄するように告げた。

 タウラル制圧のために払った犠牲は、この瞬間、無駄になった。しかし、完全に無意味になったわけではない。ガンディアとの関係を結ぶために利用できるのだ。なんの無駄にもならない。むしろ、タウラルを抱えていることのほうが危険だった。タウラルは、アバード領の真っ直中に存在する土地だ。不落の要塞とはいえ、アバードとガンディアが戦力を展開すれば、シャルルムと補給路が断たれ、あっという間に落とされるのが目に見えている。

 落とされるくらいなら、最初から交渉手段として利用するほうが賢いのだ。

 ルヴがタウラルでの略奪行為を止めさせたかったのも、そのためだ。

 どうせガンディアかアバードのものとなる土地で悪印象を残してどうなるものでもない。

 しかし、ザンルードにそんなことを明かせるはずもなく、となれば、兵士たちの特権であるところの略奪行為を止めることなどできなかった。残念なことだが、仕方のないことでもあるのだ。

「ガンディアと国交を結ぶことさえできれば、あとは内政に力を入れていけばいい。ガンディアという後ろ盾さえあれば、周辺諸国が攻めてくることもあるまい」

 レンルーウとザンルードの思想は、正反対といってよかった。

 ガンディアの急成長を恐怖の対象としたザンルードに対し、レンルーウは、頼もしい存在と見た。そして、頼れるべきは頼るべきだという考えが、レンルーウにはある。外敵には、頼れるものをぶつければいい。それがレンルーウの思想信条であり、自分以外頼れるもののいなかったザンルードとは相容れなかったのも、当然だった。

 ルヴがレンルーウを支持し、彼女のために力を尽くしてきたのは、レンルーウの考えこそ、シャルルムの将来のためには必要だと判断したからに他ならない。

 時代がレンルーウの思想を不要なものと判断した暁には、彼女を捨てるだけのことだ。

 それまではレンルーウを利用し、シャルルムをより良い国にする。

 それがルヴ=シーズエルの考えだった。


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