第千六十話 彼女の選択
「この場にお集まりになった方々に申し伝えたい!」
廃墟と化した王都バンドールに響き渡ったのは、シーラの声だった。大きな声は、王都のどこにいても聞こえるようにという配慮だ。もちろん、隅から隅まで届くわけもないが、王都の中心に集められた人々には聞こえるだろう。
六月二十八日。
王都の中心、廃墟の中心に、シーラは立っている。瓦礫の山の上に立ち、兵を動員して呼び集められた王都市民に向かって、演説をしようとしている。いや、演説というほどのものでもないだろう。彼女は、彼女なりのけじめをつけるためにこのようなことをしている。
快晴の空の下、シーラの演説を聞くために何千、何万の被災民が集まり、その周囲には各国の兵士たちが群がっている。暴動が起きる可能性もあり、シーラの周囲には防波堤のように兵士たちが立っているものの、被災民が暴力に訴えようとしている様子はない。もっとも、それは兵士たちの壁が分厚いからこそかもしれない。壁がなければ、シーラを傷つけようとしたものが現れても、なにもおかしくはなかった。
「わたくし、シーラ・レーウェ=アバードは、ガンディアとともに戦いを起こしました! それは、アバードの混乱を正すためのこと!」
シーラの説明に、聴衆がどよめく。シーラに罵倒を飛ばすものもいた。裏切り者、売国奴、王家の面汚し――そういった声に対して、シーラは眉ひとつ動かさない。涼しい顔で、演説を続けてみせる。
しかし、彼女の演説の内容は、セツナが想像していたものとは、まったく違っていた。
「アバードの政情は、乱れに乱れておりました。それこそ、わたくしを排斥し、権力を握ろうとするものが現れ、実際そのようになったほどに!」
シーラの演説は、ガンディアの掲げた大義を肯定するものであり、シーラの本心とはかけ離れたもののように想えた。だが、政治とは、そのようなものなのかもしれない、とも考える。今後のことを考えると、シーラの感情をぶちまけることは、必ずしも得策ではない。むしと、悪手としかいえまい。
言い訳、と取られることもある。
ならば、ガンディアを肯定し、みずからもそれを肯定していると告げるよりほかないのかもしれない。
「わたくしはアバードを追われ、ガンディアに逃れました。アバード国内にはわたくしの居場所がなかった。ガンディアに頼らざるを得なかった。そのまま隠れ住んでいるというのも、良かった。わたくしがいなくなることでアバードが正常化するのならば、それで良かった! しかし、そうはならなかったのが、このたびの戦いの原因ともいえるのです!」
シーラの横顔は、凛々しく、美しい。白髪が陽光に照り返して、目にも鮮やかだった。着飾った衣装は、王女のそれであり、彼女が自分の立場を明確にするために着込んでいることは明白だった。
遠目に、見ている。
「凄い勇気よね」
ファリアが、感嘆の声を漏らした。同意する。
「ああ……本当にな」
セツナには真似のできないことだ。しようと想ったところで、言葉がでてこないに違いない。もちろん、シーラが前もってなにをいうべきか考えていたのは知っているが。だとしても、セツナには真似できるとは到底思えない。演説内容が考えつかないに違いなかった。
「あたしなら、あんなことしようとも思わないわ。だって、そんなこと、説明する必要ある?」
「あると判断したから、行ってるんだろ」
「そりゃあそうだけどさ。あたしには、シーラの考えがわからないな」
ミリュウが肩を竦めた。
立場の問題だろう。
シーラは、アバード王家に生まれ育った。当初は王位継承者として、次期国王となるべく、男として育てられている。その際、国王としての意識や覚悟を教育されているという。国王とはどうあるべきか、国王とはどう振る舞うべきか、彼女は厳しく育てられたというのだ。身に沁みついたものがあるということだ。
セツナは、ただの一般市民だ。この世界の生まれですらない。王族の意識などわかるはずもないし、領伯となったいまも、一般人の感覚は抜け切らない。
ミリュウは、一般家庭ではない。リバイエン家という、ザルワーンでも有数の家の出だ。五竜氏族。国主の座につくこともありうる家柄であり、彼女は箱入り娘として育てられたという。いわば貴族であり、洗練された挙措動作も、貴族としての嗜みであろう。だが、次期国王として育てられたシーラとは、その価値観は大きく異なるだろうし、なにより、彼女は十年間、魔龍窟に閉じ込められていた。話に聞く限り、魔龍窟は、貴族としての意識を失ったとしてもおかしくはないようなものだったはずだ。
ミリュウがシーラの考えがわからないとしても、なんらおかしくはない。
「ま、一応、今回の戦争の原因となっている方ですからね。説明しておく必要があると想ったんでしょう」
「ふうん」
ルウファの解説に、ミリュウは適当に相槌を打った。
彼女は、シーラをじっと見やっている。その真剣なまなざしの理由は、わからない。彼女にも想うところがある、ということなのだろうが。
シーラの演説は佳境に入っている。
シーラは、悪化する一方のアバードの混乱を鎮めるためにガンディアの力を借りたのだといい、国を売るつもりもなければ、今後、ガンディアの好きにさせるつもりもないと宣言した。聴衆の中から疑念の声を上げるものもいれば、シーラの発言に感動するものもいて、拍手が起こったりもした。
「いいのかしらね?」
「ガンディアは彼女を利用して戦いを起こしたんだ。今度は、シーラがガンディアを利用する番さ」
「そうね。それくらいは、許されるわよね」
ミリュウが静かにうなずく。
皆、知っているのだ。
この戦いがシーラの想いを踏み躙ったうえで行われてきたものだということを理解している。それがガンディアの正義だというのだから、やりきれないという思いもあったかもしれない。それでも、上の命令には逆らえない。戦うしかない。シーラのことを思いやりながらも、アバードを蹂躙するしかなかったのだ。
「わたくしは、わたくし自身が王位を継承し、女王としてこの国を導くことで、この国の混乱を収めようとしました。そのためにガンディアの力を借り、戦いを起こしたのです。しかし、いまのわたくしには、女王となる資格はない。大義のためとはいえ、我を忘れ、この王都と王宮を破壊してしまったわたくしには、皆様の上に君臨する資格などないのです」
シーラの告白にどよめきが起こった。
王都を蹂躙し、破壊し尽くした九尾の狐の正体がシーラだとは、思いも寄らなかったことだからに違いない。シーラがハートオブビーストという召喚武装の使い手であることは、王都の人々が知らないはずはない。しかし、あの巨大獣がハートオブビーストの能力によって生み出されたものだとは、想像することも不可能だ。
シーラは、さらに王都市民に多くのことを伝えた。
あのとき、王宮でなにがあったのか。
リセルグ王とセリス妃の身になにがあったのか。
王と王妃の死は、イセルド=アバードの手によるものとされた。
つまり、諸悪の根源はイセルド=アバードであり、彼の野心がこの国を混乱に陥れたのだということにされた。しかし、イセルドを元凶とすることは、シーラの発案とは思い難く、セツナはエイン=ラジャールを思い浮かべざるを得なかった。
演説前、シーラはエインに相談している。シーラにしてみればエインに頼るなど屈辱的なことだったかもしれないが、アバードとガンディアの今後のことを考えれば、エインと話し合う以外の選択肢はあるまい。そういうとき、セツナでは、頼りにならなすぎる。
とはいえ、イセルド=アバードが野心を持っていたのは、事実ではあるらしい。自分の子であるセイルを国王にするため、王位継承を不動のものとするため、シーラを排斥しようとしたのは間違いないのだ。もしかすると、セリス妃が強迫観念に駆られていたのは、イセルドが裏で糸を引いていたからなのかもしれない、とも想えたし、シーラはそのように説明した。もちろん、セイルがイセルドとセリスの子であるという事実は隠して。
イセルドも、死んだ。
セツナとシーラがセンティアで遭遇したリセルグの影武者と問答の末、刺し違えて死亡したという。なにがどうしてそうなったのか、よくはわからない。しかし、そのときもイセルドの責任について言及されており、リセルグの影武者による言及を耳にしていたらしい市民たちからは、シーラの演説を肯定する反応が見られた。
かくして、アバードの騒乱の原因は、イセルド=アバードに集約された。
イセルド=アバードひとりにすべての責任を押し付けるのは心苦しかったのか、シーラは一瞬、深刻な顔をしたが、それもすぐに凛々しい表情の中に消えた。
シーラの演説は、終わりへと向かう。
彼女は、王都を破壊し、市民の平穏な生活を奪った責任を取り、王家から離れることを宣言した。シーラ・レーウェ=アバードではなく、ただのシーラになるといったのだ。そのころには、聴衆の反応は、シーラを避難する声よりも、応援する声のほうが大きくなっていた。シーラが相変わらず高潔な人物で、だれよりもアバードのことを愛しているということが、演説からわかったからだろう。確かに、演説中のシーラを見ている限り、彼女にはなんの非もないように見受けられた。それですべての人間が納得するわけもないだろうが、多くの人々は、理解を示し、シーラに声援を送っていた。
王家から離れただけで、シーラがただのシーラになったからといって、王都を壊滅させた責任が取れるはずがない、という声も、当然ある。
それに対しては、シーラは、ガンディアに働きかけ、王都を早急に復興させるよう尽力し、自身も力を尽くすという風に説明して、批判をかわした。
王都の破壊にはガンディアは一切関わっていないものの、責任がないかといえば、どうだろう。
シーラを利用し、アバードを我がものとしようとしたのだ。
彼女が取った行動の尻拭いくらいはするべきであろう。
王都を復興するには、膨大な資金が必要だろうが。