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第千二十五話 雷光のシド

(救い……か)

 シドは、シャルルム軍の真っ直中を突き進みながら、死体の山を築き上げながら、疾駆する。悲鳴が上がった。断末魔。血が焦げ、肉が焼けるにおいが鼻孔に残る。残り香。焼き付いて、離れない。きっと、シドの肉体が消えてなくなるまでにおい続けるのだ。

 それがシドの背負った業なのだ。

 だとすれば、それほど安い業はないとも思えるが。

(シーラ姫は、どこだ?)

 シーラ姫だけではない。

 ベイン、ロウファの居場所も気にかかる。

 セツナの居場所にも注意しなければならない。セツナは、闘技場では、本気でこちらに向かっては来なかった。シーラが逃げ延びるための時間稼ぎを行っていただけなのだ。こちらが本気を出せなかったように、彼も本気を出せなかった。しかし、この戦場では、そんなことはあるまい。本気で戦っているはずだ。全身全霊で戦っているはずだ。

 黒き矛のセツナ。竜殺し、万魔不当の戦鬼。一万以上の皇魔を屠ったという話が本当なら、その力量は凄まじいなどという言葉さえも生ぬるいものと考えざるを得ない。常識では計り知れないということは間違いないし、普通の尺度では考えてはいけないということだ。

(真躯は使えない。救力と幻想でどこまで戦える?)

 シドは、感知範囲を広げながら、シャルルム軍の中を突っ切った。騎士団との合流を果たす。騎士団は混乱の中にある。粛々と任務をこなすのが騎士団という組織であり、通常、このような混乱に襲われることなど、まずなかった。しかし、状況が状況だ。騎士団騎士たちが混乱するのもわからないではない。指揮官が本隊から離れていたことも、彼らの混乱に拍車をかけていた。

(シャルルムにはベインをぶつけるべきだったか)

 遠慮を知らないベインこそ適任だったのかもしれず、そうした場合、シドは本隊とともに行動でき、混乱を最小限に抑えることができたのかもしれない。無論、いまさらいったところでどうなるものでもないが。

 混乱の原因は、ガンディア軍の動きにあった。

 シーラ姫が騎士団の真っ只中を突き進んでいるのだ。

 正確には、シーラ姫を乗せた馬が、だ。

 騎士団の真っ直中を突き進むことで、猛追するベインと、距離を取りながらシーラ姫を狙うロウファの全力の攻撃を封殺していたのだ。となれば、馬の前面、左右、後方の騎士団騎士たちがシーラを攻撃すればいいのだが、それも簡単なことではない。

 馬に乗っているもうひとりの人間が問題だった。

 漆黒の鎧に身を包み、禍々しい黒き矛を掲げた人物。

(セツナ……セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルド)

 シドは、鞍の上に立つ男を認めて、目を細めた。地を蹴って飛び上がり、さらに騎士団騎士の肩を足場に再度跳躍する。空中を高速で移動し、黒馬を背後から追随する。ベインの背中が見えた。つぎの瞬間には彼の肩を足場にしている。

「だ――!?」

 ベインが非難するのも構わず、シドは再度、跳躍した。加速を得、黒馬との距離をさらに詰める。鞍の上に立ち、黒き矛を振り回す男を視界の真ん中に捉えている。黒き矛が振り回されるたび、騎士団騎士のいずれかが致命傷を受け、血飛沫が舞った。故に黒馬には近づくことすらままならない。遠距離からの弓射も、黒き矛によって撃ち落とされた。矢は、馬を狙った。馬さえ射殺すことができれば、セツナとシーラ姫を一時的にでも行動不能に陥らせることができる。その隙が好機となる。セツナはともかく、シーラは殺せるはずだ。そして、シーラさえ殺すことができれば、それでこの戦いは終わる。少なくともガンディア軍がバンドールに侵攻する理由は、空中分解する。まずは、それでいい。三千人に及ぶ騎士団騎士たちにもこの戦いの目的、勝利条件は伝えてある。シーラ姫を殺すことに全力を注ぐこと。もちろん、十三騎士の三人が真っ先に殺してしまうことができればいいのだが、別にシドたち以外の騎士が手にかけても問題はない。シーラ姫を殺すことさえできればいいのだから。

 そういう意味では、シーラ姫とセツナが一頭の黒馬に乗って、騎士団本隊の真っ只中を突っ切っている現状というのは、好機以外のなにものでもなかった。進路を塞げば、立ち往生するしかない。そうなれば、攻撃し放題となる。

 が、そうはならなかった。

 黒き矛の進路を塞ぐことは、できない。

 塞ごうとしたところで、矛の一閃が血路を開く。矛から放たれる光線が、爆発光とともに黒馬が進むべき道を作り出す。黒馬は、ただ直線に進む。熱狂渦巻く戦場の只中を、立ち止まることもなく突き進んでいく。狂気に支配されているとでもいうかのようにだ。

 セツナとシーラを乗せた黒馬は、既に騎士団本隊の中央を通過し、後方へと至ろうとしている。つまり、騎士団本隊を突破するのも時間の問題ということだ。

(が、させぬ)

 シドは、騎士団騎士たちの頭上を越え、黒馬へと飛びかかっている。雷光のような軌道。雷光のような速度。雷光のような、斬撃。

「見えてるぜ」

 声が聞こえたのは、彼の剣と黒き矛が激突し、火花が散った直後のことだった。瞬間、衝撃が腹を貫いている。吹き飛ばされ、視界が急転する中、シドは、セツナが馬上で片足立ちになっているのを認識した。シドを蹴り飛ばした姿勢のまま、こちらを見ていた。

 馬は、シーラ姫が操っている。

「ったく、格好つかねえなあ、おい」

「まったくだ」

 ベインの言葉には、多分に自嘲が込められていた。彼の声が間近で聞こえたのは、蹴り飛ばされ、落下していたシドの体をベインが受け止めてくれたからに他ならない。あれから猛追してきた、ということだ。

 シドは、ベインの助けを借りながらその場に立つと、黒馬が遠ざかっていくのを見た。黒馬の背に突っ立つセツナの姿は、さながら鬼神のようだった。シドが迎撃されたことで、騎士団騎士の攻撃の手は、一時的ではあるものの、極端に弱まってしまった。

「ちっ、あれが黒き矛の実力ってか?」

「そのようだ」

 シドは、ベインが言葉とは裏腹に嬉しそうにしていることに気づいたが、なにもいわなかった。彼が戦闘狂なのは最初から知っていることだ。知っていて、側に置いている。戦うことが好きで好きでたまらない彼だからこそ、シドの戦力となったのが、彼なのだ。強い相手と戦うことだけが生きがいの彼にとって、黒き矛との戦闘ほど楽しみなものはないだろう。もっとも、騎士団の理念を考えれば、黒き矛と全力で戦うことなどありえそうもないが。

 今回だって、黒き矛との戦いはついでに過ぎない。

 シーラ姫を殺す上で障害となるから、戦わざるをえないのだ。

「だが、あれでも全力とは思えない」

「俺達も全力じゃねえだろ」

 ベインが不服そうにいってきた。

「全力は、出せない」

「わーってるっての。本来なら、幻装で十分なはずの任務だ」

「ああ……幻装を使うまでもない」

 シドは、ベインの言葉を肯定するのではなく、むしろ否定してみせて、彼の苦笑を買った。

「ま、そうだが」

 いつもなら逆のことをいう立場だということが、彼の苦笑いから現れている。

 もっとも、そんなことを気にしていられる状況にはない。

 セツナとシーラ姫を乗せた黒馬は、シドを撃退したことで、意気揚々と前進を続けていた。十三騎士を迎撃せしめたことは、騎士団騎士の攻撃の手を緩めさせ、包囲をも緩やかなものにしている。当然だろう。十三騎士さえも一蹴されるのだ。騎士団騎士が束になったところで相手にならないと想ってしまうのも、無理はない。そのことで騎士団の騎士たちにどうこういうつもりもなかった。セツナに殺されに行け、などと命令するつもりもない。

 黒き矛を相手にすれば、騎士団騎士には、時間稼ぎしかできないのは明白だ。

「ちっ、また面倒なのが追ってきやがった」

 ベインが南方に目をやった。彼に釣られて目を向けずとも、感知範囲内をいくつかの強烈な生体反応が接近してくるのがわかる。生体反応の強さは、戦闘能力の強さに直結するわけではないが、この戦場においては例外となろう。これほどまでの生体反応は、通常人では持ち得ないものだ。考えられるのは、ひとつしかない。《獅子の尾》の武装召喚師たち。

「武装召喚師か」

「死神もな」

「死神……ああ、ケイルーン卿の報告にもあったな」

「ジベルの死神がなんでまたガンディアの英雄様に付き従ってるのかはしらねえがな」

「そこが、ケイルーン卿も気になっているようだったな」

「副団長のお気に入りにも困ったもんだ」

 ベインが肩を竦めたのは、単純にテリウス・ザン=ケイルーンが気に喰わないからだろう。副団長ことオズフェルト・ザン=ウォードに忠を尽くすことだけを考えているテリウスと、ただ強敵と戦うことだけが望みのベインは、徹底的にウマが合わないのだ。ことあるごとにぶつかり合い、オズフェルトや他の十三騎士を困らせている。

「君がいえたことか?」

「どういうことだよ」

 不服そうなベインの表情が子供じみて見え、シドは苦笑した。

「なんでもないさ。あれらは、君に任せる」

「あん?」

 ベインが不満そうな顔をしたのは、セツナと戦うことを楽しみにしていたからに違いないが。

「シーラ姫は、わたしの手で殺そう」

 シドが告げると、彼は目を細め、それから頭を振った。目的を思い出し、冷静さを取り戻したのだ。

「……ま、そういうんなら、それでいいさ」

 任務の達成こそ最優先するべきであり、強敵との戦闘など後回しにするべきだ、と、きっと彼は考えたのだろう。考え、行動に移すことができるのが、ベインの強みだった。目的のためならば、楽しみを捨てることができる。それはなにもベインだけの話ではない。ロウファも、シドも、テリウスも、その他の十三騎士も皆、目的を最優先にすることができた。

 でなければ、十三騎士になどなれるはずもない。

 それから、シドは西方に目をやった。戦場の西方には、ロウファがいる。ロウファは弓の名手であり、騎士としての能力もそれに準じたものとなっている。目的が対象の殺害である場合、ロウファの能力が猛威を振るうはずだった。だが、この状況では、彼の能力も全力を発揮することはできない上、彼はいま、武装召喚師ふたりと戦っていた。

「ロウファは、苦戦しているようだ」

「この状況で“天弓”なんていってる場合じゃねえからな」

「では、君の“狂乱”ぶりに期待するとしよう」

「期待には応えようとも」

 ベインが、にやりと笑い、大地を踏みしめた。地が割れた。つぎの瞬間、ベインの巨躯がシドの目の前から消失する。剛力を誇る彼だが、速度がないわけではなかった。むしろ、速さと力があるからこそ、彼は強いのだ。

 ベインが武装召喚師に攻撃を仕掛けたのを確認するまでもなく、シドは、目標の人物に目を向けた。シーラ姫を乗せた馬は、もはや彼の視界から消えている。だが、問題はない。地を蹴って、飛ぶ。飛び、空中を疾駆する。虚空を走る雷光のように、走り抜けていく。

 黒馬とセツナを視界に捉えるが、すぐにはかからない。後方から攻撃を仕掛けたところで、また同じ目に遭うだけだ。

 大きく迂回し、進路の前方に回りこむのだ。

“雷光”のシドならば、不可能ではない。


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