第千二十一話 術中
戦況は、ガンディア軍の有利に運んでいる。
特に前線で《獅子の尾》が暴れていることが功を奏している。武装召喚師と死神たちの戦いは、やはり圧倒的といってよかった。ファリアのオーロラストームが雷光を発すれば、ミリュウの磁力刃が猛威を振るう。死神が“死神”と舞い踊り、黒獣隊の面々が一気呵成に攻め立てる。元アバード軍の兵士たちも、シーラのためにと気炎を吐いた。
そこへログナーの精兵が畳み掛けるように攻撃を行うのだ。敵にしてみればひとたまりもない。相手がたとえ騎士団であっても、その破壊力は計り知れないものがある。
(厄介なのは、騎士団の中でも十三騎士と呼ばれる幹部だけのように思えるけれど)
エイン=ラジャールは、本陣から知りうる限りの情報を纏めながら、遠眼鏡を覗き見ていた。
十三騎士とは、ベノアガルドの騎士団で幹部を務める十三人の騎士のことだ。フェイルリング・ザン=クリュースを筆頭に十三人の騎士が名を連ねており、アバードにはそのうち、シド・ザン=ルーファウス、ロウファ・ザン=セイヴァス、ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートの三名が派遣されているという。
セツナは、センティアでその三名と戦い、彼らの特異な能力に触れている。ベインは圧倒的な攻撃力を誇り、ロウファは光の矢を放ったという。どちらも召喚武装を用いているわけではないらしい。ただし、かつての死神部隊のように召喚武装の影響下にある故の能力である可能性は否定出来ないということだが、この際、相手の能力がなんであろうと関係ない。危険かどうかが問題なのだ。
危険な存在だということは、セツナやシーラ、シドニア傭兵団エスク=ソーマなどからさんざん忠告されていた。
対処法はいくつか考えた。
ひとつは、最強戦力であるセツナをぶつけること。
絶大な力を持つ黒き矛の使い手であるセツナならば、騎士団騎士であろうとも打倒しうるのではないか。センティアで圧倒されたとはいえ、そのときのセツナは全力で戦えたわけではないのだ。もっとも、それは相手も同じであり、状況が変わった以上、全力を出してくる可能性も考慮にいれるべきだというセツナの意見は最ものように思えた。
センティアでの彼らは、シーラの殺害だけを念頭に置き、それ以外への攻撃を極力避けていたという。だからこそ、彼らは全力ではないとセツナは判断している。おそらく、その考えに間違いはあるまい。セツナがいうのだ。彼の勘は信用に値する。
互いに全力を出し切れなかった状況で力が拮抗したというのなら、互いに全力を出せる状況でも拮抗しうるかもしれない。少なくとも、三対一の状況になれば、セツナが押される可能性も低くはない。黒き矛とセツナは強い。負けることなど考えられない。しかし、相手の能力が未知数である以上、最悪の事態も考えておく必要がある。
最悪の事態とは、騎士団幹部のひとりひとりが黒き矛に匹敵する能力の持ち主だということだ。
その場合、別の対処法を取るべきだった。
それこそ、たったいまセツナたちが取っている策であり、エインが今回用意した戦術の中でもっとも単純なものだった。
(中央突破策)
セツナがシーラを連れて、敵陣中央を突っ切るというだけのものであり、策でもなんでもないといえばそれまでだが、彼はこの策に自信がないわけではなかった。むしろ、策の形さえ成していないこの戦術こそが、圧倒的な力を誇る敵を封殺する唯一の方法だと思えた。
敵の狙いは、シーラだということは、わかりきっている。
もちろん、ガンディア軍やシャルルム軍を撃退することこそアバードの勝利に必須なのだが、ガンディア軍を撃退する最善の策こそ、シーラの殺害だった。シーラの存在こそ、ガンディアの大義を実証するものであり、ガンディア軍が王都バンドールに攻め込む理由だった。
シーラの窮状を救い、アバードの現状を変える――ガンディアの掲げた御旗は、アバード国民の一部の層に支持されている。いわゆるシーラ派と名乗っていたひとびとであり、アバードを二分した勢力だ。シーゼル市民の反応を見る限り、シーラ派がエンドウィッジの戦いで敗れた後、シーラ派国民は鳴りを潜めていただけであり、皆が王宮派、セイル派に鞍替えしたというわけではなさそうだった。
むしろ、王女への同情が高まりに高まっており、アバード政府がシーラを売国奴と非難したことも、シーラ派のひとびとには逆効果だったのだ。彼らは、一様にシーラに同情し、シーラのセンティアでの行動を支持していた。
シーラは、ラーンハイル・ラーズ=タウラルとその一族郎党の公開処刑を止めるためにセンティアを襲撃している。
アバード政府の発表では、その襲撃事件の首謀者はガンディアのセツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルドということになっているが、シーラが関わっていることが明らかにされている以上、そこにシーラの意思が絡んでいることは明らかだ。そもそも、ガンディアの英雄がどういう理由でラーンハイル伯の公開処刑会場を襲撃するのか。シーラ派の人々は首をひねり、シーラが提案したのだと結論づけた。シーラ派の人々は、勝手に納得し、勝手に感動した。シーラは、自分の身の危険を顧みず、タウラル領伯とその一族郎党の命を助けようとしたのだ、と。
アバード各地でシーラの人気が再燃するまで時間はかからなかった。
ガンディア軍のシーゼル制圧がうまくいったのも、それが理由だった。シーラの救援を掲げ、アバードを正常化させるという御旗は、シーラ派の人々の感情を大いに刺激し、ガンディア軍がシーゼルに入ってくることをむしろ歓迎した。
そういう軍だ。
シーラが討たれれば、途端にその正義は失われ、御旗も消滅する。
シーラの敵を討つ、といって戦い続けることも不可能ではないが、勝利したところで得られるものはない。少なくとも、王都に侵攻する理由はなくなるからだ。
軍を退かざるを得なくなる。
ガンディアが軍を退けば、残るはシャルルム軍を撃退すればいいだけだが、ガンディア軍を頼みとしているシャルルムが、ガンディアのいない戦場で戦い続けるとは思えない。彼らもまた、退くだろう。タウラルさえ手放すかもしれない。シャルルムの軍勢が、騎士団とアバード軍の猛攻に耐えられるとは、考えられない。
ガンディアも、シーゼルを手放すことになる。
シーラを失えば、シーゼルを占拠している道理も失うことになるからだ。
なにもかも、失う。
だから、アバードは、騎士団は、シーラの殺害こそ優先して軍を動かすはずだ。シーラさえ殺してしまえば、アバード軍の勝利は確定する。凶悪な黒き矛や《獅子の尾》と面と向かって戦う必要はない。戦場のどこかにいるであろうシーラを探しだして、殺せばいい。
シーラが戦場にいないはずがない。
獣姫の異名を持つシーラを戦場に出さないわけには、いかない。
シーラは御旗だ。
大義の象徴だ。
シーラ不在の状態で王都に攻撃を加える事など、できない。
だが、そのことが必ずしもガンディア軍にとって不利にならないのは、エインが中央突破策を考えたことからもわかるだろう。
敵は、シーラに攻撃を集中させようとする。少なくとも、三人の騎士団幹部は、シーラの殺害に力を注ぐだろう。シーラを見つけ次第攻撃しようとするはずだ。シーラが本陣にいれば本陣まで突貫してきただろうし、シーラが本隊とは別の部隊にいれば、その部隊にまで出向いたことだろう。つまり、シーラを利用すれば、敵騎士を誘導することができるということだ。
シーラに白の鎧兜を与え、白馬を宛てがい、目立たせた理由のひとつがそれだ。敵味方にシーラの居場所を周知徹底させることで、敵騎士の攻撃をシーラに集中させることができるだろう。エインの考えは、当たった。
開戦からいままで、三騎士のうち、ふたりがシーラに攻撃を集中させている。そして、シーラはセツナたちに守られ、生き抜いている。セツナと《獅子の尾》という最強の部隊がシーラを守り抜いてくれるという確信があるからこそ、エインはシーラが前線に行くことを承知したのだ。本来なら、本陣にいて、動かないでいてくれたほうがいい。彼女は御旗だ。旗は、本陣に鎮座してくれていればいい。だが、獣姫シーラが本陣で構えてくれているわけがないこともわかりきっていた。性分があり、実力がある。彼女は、剣戟飛び交う戦場にこそ自分の居場所があると考えている。そしてその考えを否定することは、エインにはできない。シーラはこれまでそうしてきたのだ。これからもそうするだろうし、それでいい。彼女も戦力のひとりだ。召喚武装ハートオブビーストの使い手なのだ。戦線に投入して当然の戦力だった。
それだけではない。
彼女はいま、本陣で黙ってみていられる心境ではないのだ。自分のせいでこの戦いが起こったと考えているに違いない。自分の迂闊な行動の結果がこの惨状なのだ。この戦場なのだ。シーラとしては、本陣で指を加えてみていられるような状況にはあるまい。前線に出て戦わなければ、やっていられないだろう。
彼女の想いと、戦術が一致した。
敵の狙いがシーラであり、その攻撃が強力無比というのならば、セツナが無理をして戦う必要はない。騎士団騎士を倒すことがこの戦いの目的ではない。ベノアガルドの騎士団など黙殺してしまってもなんら問題はない。戦うことの意味さえない。アバード軍さえ撃破する必要はなかった。
王都バンドールの制圧こそがガンディアの勝利条件であるといっていい。
王都バンドールに攻め込み、王宮を制圧すれば、アバード軍が戦う理由も、騎士団がガンディア軍と闘う理由もなくなる。シーラがアバードの支配者となれば、なにもかも丸く収まるのだ。無論、セイル派の反発が予想されるが、ガンディアという大国の後ろ盾を得たシーラに歯向かう勇気があるものなど、そういるものではあるまい。
問題は、王宮を制圧したところで、国王リセルグが首を縦に振るかどうかだが、それに関してはどうとでもなるだろうと考えている。王都、王宮まで制圧されれば、抵抗する気も起きず、ガンディアの言い分に従うほかあるまい。
だからこそ、セツナが騎士団騎士との戦いを放棄し、シーラを伴って敵中突破策に移行したことにエインは内心勝機を見た。
敵中突破策が有効なのは、まず、セツナが強いということにほかならない。黒き矛のセツナという強力無比な存在がシーラを伴って敵陣の真っ只中を侵攻するのだ。敵兵は、セツナに襲いかかるか、セツナの攻撃を恐れて包囲するに留めるだろう。騎士団騎士は、シーラを殺すためにセツナたちを追撃するだろうが、敵陣の真っ只中だ。全力の発揮は制限される。そうなれば、セツナの逃げの一手で対処できるのではないか。たとえセツナとシーラだけで対処できなくとも、《獅子の尾》の面々とレム=マーロウがセツナとシーラの進撃を援護してくれるはずだ。
(うまくいく)
実際、なにもかもうまくいっていた。
「あれは、どういうことだ?」
と、疑問を浮かべてきたのは、本陣防衛の要たるカイン=ヴィーヴルだった。全身が召喚武装に覆われた竜仮面の男の目には、いま戦場でなにが起きているのか、はっきりと見えているのだろう。召喚武装は、視覚、聴覚、嗅覚といった感覚を強化し、身体能力を引き上げるという副作用があるらしい。
「どういうことというのはどういうことですの?」
といって顔をしかめたのは、ウルだ。カインともども王宮特務なる新組織に配置された魔女は、いつものようにカインとともに参戦し、カインの側にいた。戦力としては当てにならないものの、カインを制御する上では必須だということだった。カイン=ヴィーヴルなる武装召喚師は、ウルによって制御されているというのだ。
ウルが外法機関なる研究機関によって異能を与えられた人間だということは知っているし、その異能が凶悪なものだということも知っている。戦術に組み込むことも考えたが、カインの制御を失う危険性を考えると、迂闊には使えない。カインは強力な武装召喚師だ。本陣の守りを彼一人に任せてもなんら問題はないくらいだ。ウルを失う危険性のある戦術を用いるよりも、カインの制御だけに専念させるほうがいいと考えた。
騎士団騎士が“支配”できるというのなら、それもありなのだろうが。“支配”できるかどうかは試してみなければわからない上、“支配”できるとしても、カインの“支配”を解かねばならない場合もあるといい、カインという貴重な戦力を失う可能性を考慮すれば、そのような賭けに出る必要は薄かった。それに、ウルが“支配”するには、相手の目を覗きこまなければならず、騎士団騎士の目を覗きこむことができるかどうかを考えれば、不可能に近いだろうことは想像に難くない。都合よくウルの目の前で動きを止めてくれるはずがない。そして、騎士を拘束できたのなら、“支配”などせず殺してしまうほうが手っ取り早い。
「シャルルム軍が騎士団だけでなく、ガンディア軍にまで攻撃を仕掛けてきている」
「あら。話が違いますわね。軍師様?」
「ガンディア軍から攻撃を受けたんでしょうねえ」
「はい?」
「ですから、反撃したんでしょう。攻撃されて、黙っているわけにはいきませんからねえ」
エインは、遠眼鏡で戦場の北東方向を見やった。カインのいう通り、北東方面から騎士団の横腹を突くべく進軍していたミルディ軍が、シャルルム軍の一部と交戦状態に入っていた。
「攻撃するよう命じていたのか?」
「まさか。シャルルムは貴重な戦力ですよ。放っておいても、騎士団戦力の一部を相手にしてくれていたはずです」
とはいえ、ベノアガルドの騎士団は、全軍、ガンディアにぶつけられており、シャルルム軍に対応したのは騎士団のひとりだけのようだった。そしてそのひとりが圧倒的な強さを見せている。おそらく、セツナが注意を喚起した騎士のひとりであり、ベインかシドのどちらかだ。ロウファがシーラに攻撃をしかけたことは、エインの遠眼鏡で捉えている。
ベインなのかシドなのかはわからないが、ひとり、シャルルム軍に対応したのは、シャルルム軍とはいえ、横腹を突かれるのは遠慮願いたかったからだろう。そして、そのために割く戦力は、騎士のひとりで十分だと判断した。一騎当千などという次元ではない力があると見て、いい。
その点を鑑みても、敵中突破策は最善策だったのだ。そして、敵中突破策をさらに有効的なものにするのが、たったいま、カインがいったシャルルムの混乱だ。
「では、どういうことですの? ミルディ=ハボック軍団長が命令を無視したとでも?」
「ミルディ軍団長ではありませんよ」
「シドニア傭兵団か」
「はい。まず間違いなく、彼らの独断ですよ」
カインの推測を肯定しながら、エインは、ミルディ軍の前線で気炎を吐く部隊を見ていた。遠目にもガンディアの正規兵ではないことがよくわかる。ミルディ軍には新式装備が支給されており、軍団兵はひとり残らず新式装備群を身に着けているのだ。シャルルム軍と交戦する部隊が新式装備を身に着けていないことはひと目でわかった。だが、シャルルム軍には、彼らがガンディア軍の正規兵ではない、などとはわかるまい。シャルルム軍からすれば、ガンディア軍から攻撃を受けたとしか思えないのだ。当然、ガンディア軍へ反撃し、反撃を受けたミルディ軍は、全軍でもってシャルルムに当たろうとするだろう。
道理が、混乱を生む。
「なにゆえそんなことを……」
「さて、ね。俺にも詳しいことはわかりませんよ」
「だが、軍師殿はこの状況にも涼しい顔をしておられる。まるで計画通りとでもいいたげだな」
「まさかまさか。シドニア傭兵団がこの戦場をでたらめにしようとしているなんて、露ほども思っていませんよ。困ったなー。本当に困ったー」
エインは笑いながらいったが、カインがエインの発言を信用してくれたかどうかはわからない。が、そんなことはどうでもいいことだ。カインがエインの発言をどう受け取ろうと、エインがいった言葉が変わるわけではない。
「ですが、これでシャルルムは後に引けなくなった。積極的に攻勢にでざるを得なくなる」
もっとも、シャルルムは騎士団に攻撃を加えようとしていたのであり、シドニア傭兵団がシャルルムに攻撃を加える必要性は皆無だった。しかし、エインはシドニア傭兵団をシャルルム軍のいる北東方面を担当するミルディ軍に加え、彼らの好きにさせた。シドニア傭兵団がエインの指示に従い、おとなしくガンディアのために戦うならばそれもよし。エインの指示を無視し、シャルルムに攻撃をしかけ、戦場に混乱を撒き散らそうというのならそれもよし。どちらに転んでも良かったが、後者のほうが、エインとしては嬉しかった。
軍師は、その場限りの戦いの結果だけを考えていればいいわけではない。
勝利するだけならば、シャルルム軍と敵対する必要はない。シャルルム軍と協力し、騎士団に当たればいい。しかし、そうやって勝利した場合、ガンディアはシャルルムに借りを作ることになる。たとえ小さなものであっても、借りを作ったまま、戦いを終えたくはない。そこで、シャルルムにはガンディアに攻撃して欲しかったのだ。交戦状態になれば、貸しも借りもなくなる。少なくとも、ガンディアがシャルルムに負い目を抱く必要はない。
ただし、ガンディアの正規軍がシャルルムに攻撃をしかけるのは、頂けない。
そこでエインはシドニア傭兵団に目をつけた。シドニア傭兵団は、シーゼルで合流したときから不穏な空気を漂わせていた。特にエスク=ソーマからは悪意しか感じ取れないほどであり、彼らがガンディアやアバードに対して良からぬ感情を抱いているのは疑いようがなかった。それなのにセツナに従い、セツナの配下に入ることを認めた。なにかを企んでいるのではないか。エインは考えた。
シドニア傭兵団は、元々、アバードと専属契約を結んでいた傭兵団だ。団長ラングリード・ザン=シドニアは、騎士の称号を叙勲されるほどアバードでの評価も高かった。また、エスク=ソーマら団員たちがラングリードの熱烈な信奉者であることは、シーゼルで集めた情報からでも窺い知ることができた。そんなラングリードだったが、クルセルク戦争後はシーラ派に転向し、シーラの女王擁立運動にも熱心だったといい、エンドウィッジの戦いに参加し、戦死したという。
エンドウィッジの戦いを生き延びたラングリードの熱狂的な信奉者たちが、ラングリードの死に対し、なんの感情も抱かないわけがない。実は生きていたシーラや、アバード政府への復讐を企んでいたとしても、不思議ではなかった。
完全に割りきっていてもおかしくはないし、傭兵とはそんなものだとも思えるが、ともかく、彼らがなにを考えてもいいように、エインは彼らの運用法を考えた。
それがミルディ軍とともに北東方面に当たらせるということだった。
シドニア傭兵団がシャルルム軍を攻撃したのなら、戦後、傭兵団が命令を無視したことだと言い訳することができる。言い訳だけで納得出来ないのなら、彼らを処刑すればいい。傭兵たちの命を差し出せば、シャルルムもぐうの音も出ないだろう。もちろん、それですべてが丸く収まるとは思えないが、シャルルムがガンディアに対して強気に出られなくなるのは間違いない。
少なくとも、借りを作るよりは増しなのだ。
「戦場は混沌とするでしょう」
エインがそういうと、カインは納得してくれたようだった。
「なるほど」
「なにがなるほどなんですの?」
「戦場が混迷を極めれば極めるほど、我らが英雄殿の敵中突破は容易となるということだ」
「……本当にそういうことなんですの?」
「そういうことです」
エインがにこりと笑いかけると、ウルは灰色の瞳をことさらに細めた。どうやら彼女は、エインの笑顔が気に食わなかったらしい。