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第千十九話 迅雷

 ガンディア軍とベノアガルド騎士団の先頭集団が激突したのを確認することができたのは、シャルルム軍がベノアガルド騎士団の横腹を突くべき進軍路を取っていたことも大きい。

 前方に雷光の爆発が起き、それが開戦の合図だとシャルルム軍は認識した。そう認識するとともに進軍速度を早めた。戦闘に参加し、少しでもガンディア軍の援護を行う必要がある。でなければ、ガンディア軍は独力で勝利してしまう可能性が高い。いかに精強なベノアガルドの騎士団とはいえど、黒き矛のセツナと《獅子の尾》が参戦したガンディア軍を相手に健闘できるとさえ思えなかったからだ。

 シャルルムは、ガンディアの勝利を確信している。

 だからこそ、ガンディアに敵対するような行動は取らないのだ。

 戦後のことを考えれば、ほかに道はない。

 タウラルに篭もり、静観するなど以ての外だ。もしアバード全土がガンディアのものとなったとき、真っ先に攻め立てられ、せっかく得た要塞を失うことになりかねない。

 媚でも何でも売っておくことに越したことはない。

 アバードへの侵攻に大義を掲げたガンディアのことだ。なんの理由もなくタウラル要塞に攻め込んでくることはないだろうが。

(用心に越したことはないということだ)

 ザンルード・ラーズ=ディンウッドは、シャルルム軍の進軍が極めて順調であるという報告に上機嫌になっていた。主な戦闘はガンディアとベノアガルドの間で行われる。シャルルムはそこに横槍を入れ、ガンディアへの点数を稼ぐだけでいい。無理をする必要はなかった。出来る限り死傷者を出さない戦いを心がけるのだ。ガンディアの心証を良くするために大量の血を流すなど、馬鹿げている。それに、そこまでする必要はない。ガンディアがシャルルムに侵攻する理由を作らないように振る舞えばいいだけのことだ

(それだけのことだ)

 なにも難しいことではない。

 ルヴ=シーズエルの言うとおりに行動していればいい。

 彼の戦術、戦略に間違いはない。

 少なくとも、これまではそうだった。

 これからもそうだろう。

「前方に敵を発見!」

 そんな報告が入ったのは、ベノアガルドの軍勢が遠方にも捉えようとした頃合いだった。報告が入るということは、ベノアガルドの本隊ではないということに違いない。

「ベノアガルドが部隊を差し向けてきたか」

「いえ、違います!」

「どういうことだ?」

「ひとりです!」

 予想し得なかった報告に、ザンルードは、ルヴを一瞥した。ルヴもこちらをみて、唖然としている。

「敵は、ひとり!」

「ひとりだと!?」

「たったひとりでなにができるというのでしょう?」

「わからぬ。だが、警戒を怠るな! たとえ敵がひとりであっても、全力で事に当たれ!」

 しかし、ザンルードの命令が前線に届く頃、シャルルムの前線は崩壊していたといっても過言ではなかった。

 たったひとりの敵が強すぎたのだ。

 

「こんなものか」

 シド・ザン=ルーファウスは、周囲の風景を見遣りながら、つぶやいた。彼の周囲に立ち並ぶのは死体の山であり、流れるのは血の河だ。死体、死体、死体、死体――どれもこれも、彼が一刀のもとに切り捨てた死体ばかりだった。

 敵は雑兵ばかりといっても過言ではなかった。シャルルム軍の精鋭と聞いてはいたが、どうやら精鋭とは名ばかりの連中らしかった。とはいえ、全滅させたわけではない。百人ほど殺したところで、敵の攻勢が止んだ。

 遠巻きにこちらを見るようになった。

 盾兵が、やや離れた前方に並んでいる。そのすぐ後ろに槍兵。弓兵は、矢を間断なく降り注がせたり、直射してきたりするのだが、どれもこれも、彼に傷ひとつ負わせることはできない。たとえかすり傷ひとつ作れたところで、そんなものではシドを殺すことなど不可能に近い。たとえ毒を塗っていたとしてもだ。

 それでは、彼は死なない。

 降り注ぐ矢も、まっすぐ飛んで来る矢も、剣の一閃で事足りた。斬撃が虚空に数条の雷を走らせ、矢を撃ち落として見せる。避けてもいい。曲射の矢は、軽く後ろに下がるだけでかわせる。直射も立ち位置を変えるだけで良い。なんら難しいことではない。きわめて単純な回避方法。

 そんなことをしていると、前方に変化があった。盾兵たちが道を開けると、異様な武器を携えた戦士が三人、現れた。武装召喚師か、召喚武装の使い手か。いずれにせよ、一般の兵士よりは手強いだろう。

 とはいえ、彼は別段、力むことはなかった。地を蹴り、飛ぶ。つぎの瞬間には、両端に刃を持つ槍を携えていた女を切り伏せている。鎧ごと切り裂き、悲鳴さえあげさせない。返り血を浴びぬうちに移動し、つぎの武装召喚師に殺到する。今度は、反応された。右に飛び離れられ、斬撃が空を切った。雷光を帯びた剣閃が虚空に残り、消える。背後から殺気。

「よくもサリアを!」

「知らんな」

 振り返りざまに伸ばした手が、男の槌に触れた。槌というよりも、巨大な鉄の塊を棒の先につけただけのような代物だった。それが召喚武装だとわかるのは、槌が淡い光に覆われていたからにほかならない。つまりは、なんらかの力が作用しているということだが。

「滅びろ!」

 男が叫ぶ中、シドは、左手に力を込めた。鉄塊を掴んだまま、右手の剣で男の腹を貫く。手応え。男が血を吐くのを見届けるまでもなく、右へ流れた。幾重もの斬撃が虚空を走ったのがわかる。大気が切り裂かれる音が、鼓膜を震わせた。向き直れば、奇妙な剣を携えた男が鉄槌の男の近くに現れていた。斬撃を避けた男だ。おそらく、三人の武装召喚師の中で一番強い。

(が、問題ではない)

 シドは、一瞥しただけでそう認識した。痩せぎすの男。目が異様に大きく、裂けているようにさえ見えた。召喚武装は、三本に分かれた刀身を持つ剣。先ほどの斬撃音から考えると、一回で複数回の斬撃を発生させる能力を持っているのだろう。そういう召喚武装の存在を聞いたことがある。似たような能力があったとしても、不思議ではない。

「サリア殿とガウラ殿が一瞬で……!」

「ミゲル殿、頼みます……!」

 シャルルムの兵士たちは、固唾を呑んで戦闘を見守っている。兵士たちが一切手を出してこないのは、決して悪い判断ではない。武装召喚師の戦闘というのは、激しく、周囲を巻き込みがちだ。近くに味方がいれば全力を出しきれないことが多い。援護するつもりが、返って足を引っ張ることになりかねず、武装召喚師の戦いは見守るか、別の場所で戦うことが望ましい。

 つまり、シャルルムの兵士たちは、武装召喚師との共同作戦に慣れているということだろう。

「ミゲル=ザーマル」

 男は、三叉の剣を構えると、唐突にいってきた。名乗ったのだ。なぜかはわからない。最期を悟ったのかもしれない。彼の爛々と輝く目は、いくつもの死線をくぐり抜けてきたものの目だ。シドを目の前にして、死期を悟るのもわからないではない。

 だから、彼も名乗った。

「シド・ザン=ルーファウス」

「貴方が“雷光”のシドか。道理で強いわけだ」

 ミゲル=ザーマルは苦笑を浮かべたが、つぎの瞬間には冷徹な表情に変わっていた。飛び、迫ってくる。馬鹿正直な突撃だった。純粋な直線軌道。シドは、避ける必要さえなかった。ミゲルは三叉剣を振り被り、間合いに入った瞬間振り下ろそうとした。だが、彼の無数の斬撃がシドを切り刻むことはなかった。ミゲルの斬撃よりも、シドの斬撃が彼の胴体を真っ二つにするほうが遥かに早かったのだ。上半身と下半身が分かれ、血や臓物が吹き出すとともに肉が焼ける嫌なにおいがした。切断面が焼けたのだろう。

「見事……」

 ミゲルの声が聞こえたのは、切り裂かれた瞬間はまだ死んでいなかった、ということなのだろうが。

 シドは、ミゲルの上半身が地に落ち、下半身が力なく崩れ落ちるのを見届けると、その場に屈みこんだ。ミゲルの手から三叉剣を奪い取る。召喚武装は強力だ。少なくとも、この世界に存在するあらゆる武器よりも強い。異世界の力。この世にあらざる力なのだ。強くて当然といえる。

 だが。

(やはり駄目か)

 三叉剣の柄を握る左手に生じた痛みに、彼は目を細めた。召喚武装への拒絶反応が痛みとなって襲ってきたのだ。三叉剣を放り投げ、剣を叩きつける。雷光を帯びた斬撃は、三叉剣をたやすく破壊し、ばらばらにしてしまった。

 召喚武装は強力な兵器だ。そんなものをこの場に放置しておく道理はない。召喚者でなければ送還できないというのなら、召喚者が死んだいま、破壊する以外に道はない。シドたちが使えるのなら話は別だ。救済という大目的のために利用するのもありだろう。しかし、使えないのなら、ほかの勢力に利用される恐れがあるのなら、破壊するに越したことはない。

 あとふたつの召喚武装も壊さなければならない。

(その前にこの状況をどうにかしなければな)

 シドは、シャルルム軍がいつの間にか彼を包囲していることに気づいて、軽く嘆息した。武装召喚師との戦闘中、兵士たちは指を加えて見守っていただけではないということだ。シドを包囲覆滅するべく陣形を変えたのだ。

 全周囲、シャルルムの盾兵が隙間ひとつなく彼を取り囲んでいる。数百人の盾兵による包囲陣。盾兵の後方には当然槍兵がいて、弓兵がいる。弓兵は曲射か、足元を狙った射撃しか行えないものの、間断なく打ち込まれる矢は、鬱陶しいことこの上ない。

(これで、わたしを抑えたつもりか)

 シドは、シャルルム軍の考えがわからなかった。最初、前線の百人が瞬く間に蹴散らされた。つぎに武装召喚師三人が一蹴された。敵う相手ではないと認識するはずであり、後退してもおかしくはなかった。もちろん、シャルルムの戦力の大半は残っているし、数を頼みに戦えば勝てるのではないか、と考えるのもわからなくはない。

 しかし、シドの戦いを目の当たりにすれば、そんな考えが馬鹿馬鹿しいものだということは、理解できるはずなのだが。

(常人に理解を求めることなど無駄だということか)

 シドは、諦めとともに、剣を構えた。

 そのときだった。

 シャルルム軍の包囲陣から悲鳴が上がった。

「なんだ!?」

「なにがあった!?」

「ガンディアです!」

「ガンディア軍が攻めてきました!」

「なんだと!?」

 彼は、シャルルム軍兵士たちの悲鳴や怒号を聞きながら、なにが起きているのかを理解した。同時に眉を顰め、小首を傾げる。

 アバード軍だけに飽きたらず、ガンディアと敵対する素振りさえ見せていないシャルルム軍にまで攻撃を行うという、ガンディア軍の考えがまるでわからなかった。


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