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第千十八話 激突

「ファリア」

 セツナが口を開いたのは、騎士団との距離が近づきつつあったからだ。まだ弓射が届く距離ではない。が、それは通常の弓の射程ではない、ということに過ぎない。召喚武装ならば話は別だ。

 ファリアが馬を寄せてくる。

「なんです? 隊長」

 セツナは、彼女を横目に見て、それから黒き矛の切っ先を敵陣に向けた。

「まずは一発、でかいのをお見舞いしてやれ」

「わたし、ですか?」

「うん」

「わかりました。では、遠慮無く」

 ファリアは、妙に嬉しそうな顔をした。そしてセツナから離れると、味方の隊列からも大きく離れた。馬首を巡らせて横を向け、右腕を掲げる。オーロラストームの雷撃に味方や馬を巻き込まないための配慮だ。通常の雷撃ならば味方を巻き込む可能性は低いものの、強力な一撃となれば話は別だろう。ラグナに叩き込んだような雷光など、自陣内で発射できるはずもない。ファリアによれば、あれは近距離用の攻撃であり、遠方の敵に対して同威力の雷撃を行うことはいまのところできないという話だったが。

 オーロラストーム。

 ファリアの愛用する召喚武装は、奇妙な形状をしていた。怪鳥が翼を広げたような弓とでもいうべきか。握りの先に嘴状のものがあり、そこから一対の翼が生えている――そんな形状をしている。翼には無数の羽があり、羽は美しい結晶体でできている。武器の分類的には弓になるのだろう。しかし、通常の弓のように矢を番え、弦を引く必要はない。矢は、オーロラストーム自体が発した電光を束ねたものであり、精神力の続く限り、矢が尽きることはない。

 翼の結晶体が発生させた雷光が嘴の中に集束し、球状に纏まった。かと想った次の瞬間、爆発的に膨れ上がり、紫電の奔流となって噴出した。大気が震え、少し離れて立っていたセツナの肌に電流が走った。そして圧力を感じた。

 それほどの雷光の奔流がセツナの視界を埋め尽くしたのは一瞬。つぎの瞬間には騎士団に向かって怒涛の如き勢いで飛翔している。

「ひー、さっすがファリアちゃん!」

 ドルカが歓声を上げたのも束の間、ファリアの放った雷光の奔流は、騎士団の陣列に到達する目前で爆発を起こした。轟音とともに閃光が吹き荒れ、雷光が霧散する。まさに大爆発であり、拡散する雷光の激しさが、ファリアがオーロラストームに込めた力の凄まじさを物語っていたのだが、敵陣で爆発しなければ意味がない。ファリアが唖然と声を上げた。

「えっ? 嘘でしょ?」

 ファリアにも予期せぬ出来事は、当然、セツナにも想像しえなかったことだ。オーロラストームの雷撃が防がれたのだ。どうやったのかは、わからない。なにが起きたの、セツナの目にも見えなかった。黒き矛の補助を得てなお見えなかったのは、単純に、雷光の奔流が壁となって視界を塞いでいたからだが。

「いまのは、なに? どうやって防がれたの?」

「敵の武装召喚師?」

「いや、おそらく違う」

「騎士団の能力ってやつ?」

「きっと、そうだ」

 セツナは、ミリュウの問いにうなずくと、矛を握る手に力を込めた。騎士団騎士のうち、厄介な三人のだれかがどうにかして雷撃を撃ち落としたのだ。遠距離攻撃が得意そうなのは、ロウファ・ザン=セイヴァスだが、彼がやったとは言い切れない。シド・ザン=ルーファウスかもしれないし、ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートかもしれない。いずれにせよ、セツナは、十三騎士の実力の一端を見たにすぎないのだ。

 センティアでの彼らが本気でなかったのは、セツナたちに被害がなかったことからも窺い知れる。シーラ以外殺すつもりがなかったのだ。殺せなかった、というべきか。だから、こちらには負傷者しかでなかった。その負傷も、すぐさま動き回れる程度の軽いものであり、彼らがいかに手加減していたのかわかろうというものだ。

 手加減して、あれだ。

 全力を発揮すれば、ファリアの雷撃を撃ち落とすことさえ造作も無いのかもしれない。

「いっただろ、あいつらは強い」

「そりゃ確かに聞いたけどさ」

「想像以上でございますね」

 ミリュウとレムの声を聞いているうちに敵軍が迫ってくるのが見えた。前面に展開した歩兵は大盾を構えており、その後列に槍兵の列が控えている。弓兵はさらにその後方と、盾兵の両側にあり、騎馬兵は軍団の両側に布陣していることがわかる。騎馬兵隊の中にベインの姿が見える。筋骨隆々の大男は、獰猛な笑みを浮かべていた。ロウファの姿は、ここからでは見えない。

 両軍の距離が急速に近くなっていく。

 敵軍が進軍速度を上げたからだ。

 セツナは、敵軍がこちらの弓射が届くぎりぎりに迫るのを待ってから口を開いた。

「ドルカさん!」

 セツナが振り返ると、ドルカ=フォームは大きくうなずき、大声を発する。

「弓兵隊、射てえっ!」

 ドルカの大号令にセツナたちの後方に控えていたドルカ軍の弓兵隊が、一斉に攻撃を開始した。直射ではなく曲射。ほぼ同時に放たれた数百本の矢が、山なりの軌跡を描きながら敵軍へと降り注いでいく。が、それはこちらも同じだ。数多の矢が雨のように降り注がんとする。

 もっとも、その瞬間には、セツナたちは駈け出しているのだが。

「敵陣に猛攻をかける! 続け!」

 セツナは叫んで、馬の腹を蹴った。黒馬が嘶き、全速力で駆け出した。シーラ、ファリアが続き、ミリュウ、レムが飛ぶように走りだす。ルウファは白衣を翼に変えて空中に躍り上がり、大気を纏って飛翔する。数多の矢が上空で交錯し、いくつかがぶつかり合って地上に落下するが、大半の矢は両軍のまっただ中に降り注ぎ、互いの兵に悲鳴をあげさせた。

 損害を確認している暇もない。

 セツナは、黒馬を操る必要もなかった。ただ、前進すればよい。敵は前方にいて、近づいてきてくれているのだ。馬の移動距離は短くてよく、手綱を裁く必要さえない。セツナが敵軍盾兵隊を眼前に捉えた頃、雷撃の帯が盾兵隊の真ん中に突き刺さり、爆発を起こして十数人の騎士たちを吹き飛ばした。ファリアの雷撃。今度は防がれなかったが、その理由は直後にわかった。純粋な殺意を感じた。セツナは、瞬時に馬の上から右に向かって飛んだ。黒馬が盾兵の中に突っ込みかけるのを認識しながら、意識は右を駆け抜けようとするシーラと白馬に向かう。シーラがセツナの行動を見て驚愕するのがわかる。セツナはまさにいま、シーラに飛びつこうとしていた。驚くのも当然だが、セツナは構わなかった。馬を蹴り倒すような勢いで跳びかかり、シーラの腰を強引に抱く。

「なんだよ!?」

 彼女の悲鳴も黙殺し、すぐさま飛び離れる。轟音と衝撃が中空のセツナを震わせた。視線だけで一瞥する。白馬の姿が消え失せていた。いや、白馬だけではない。白馬がいたであろう場所の地面も大きく削り取られており、騎士によるなんらかの攻撃が行われたことがわかる。ロウファによる射撃だろうという憶測は、射線を辿ることで確信に変わる。射線は上空。青空の中に、甲冑を着こみ、大型の弓を構えるロウファの姿があった。どうやってあの高さまで移動したのからわからないが、彼ならばそれくらいのことができそうな気がした。闘技場でも空中に飛んでいた記憶がある。

 上空からの射撃を得意とするのだろう。

 第二射は、来ない。

 そのころになって、セツナはシーラを抱えたまま着地している。喚声とともにドルカ軍歩兵隊が右手から迫ってくる中、シーラを地面に下ろす。シーラの肩の上でラグナが目をぱちくりとさせた。めまぐるしい状況の変化についていけないのかと想ったが、どうやらそうではないらしい。

「助かったのう」

「あ、ああ」

「最悪、おまえがなんとかしてくれただろうけどな」

「わしの力にも限度があるぞ」

「ああ。だから、あまり頼ってばかりはいられない――!」

 ラグナに返答している最中だった。猛烈な気配の急接近を感じ取ったセツナは、即座に立ち上がって矛を振り抜いた。激突音とともに火花が散り、手応えが生まれる。黒き矛の穂先を殴りつけたのは、拳。手甲で覆われたただの拳。巨躯が、威圧感を伴って眼前にある。

「話している余裕なんてあんのか? ああん?」

「ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコート!」

 セツナは、思わず大男の名を叫んでいた。同時にロウファの射撃も注意する。ロウファとベインの行動を見る限り、彼らの目的は一貫してシーラの命だ。シーラを殺すことに全力を注いでいる。

「名前を知ってくれているとは歓迎だ! セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルド! 長えよ!」

「あんたにいわれたくもねえ!」

 ぶつかり合ったまま微動だにしない相手の拳を穂先を翻すことで、流す。が、ベインの拳は空を切らなかった。瞬時に動きを止め、次の攻撃に備える構えを見せる。ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコート。ロウファと同じく、闘技場で遭ったときとは格好が変わっている。巨体に見合った重装の鎧を着込んでいるものの、兜は被っていない。腰に剣を帯びているものの、彼が構えているのは拳であり、拳に依る打撃こそが彼のもっとも得意とする戦い方なのは、わかりきっている。それもただの拳術ではない。特異な力が込められた打撃。黒き矛の斬撃を持ってしても切り裂けなかった。

「はっ! いうじゃねえか!」

 息吹とともに繰り出された拳を矛の腹で受け止め、受け流す。とてつもなく重い一撃。手が痺れるのではないかという錯覚を抱くほどに強烈であり、まともに喰らえばひとたまりもないことは、疑いようもない。そして、ベインの手数は多い。両手両足が武器だ。片手を捌いても、つぎの瞬間にはもう片方の拳が飛んで来る。拳を捌ききったと思ったら膝が飛んできて、それもかわせば足払いが繰り出された。飛んでかわした瞬間、ベインが凄絶な笑みを刻むのが見えた。光る拳が空中のセツナに向かってくる。空中では、体を捌いてかわすなどということは不可能に近い。矛を振り抜く。切っ先ではなく、柄がベインの拳と激突した。爆発光。轟音が聞こえ、衝撃がセツナの体を貫いている。吹き飛ばされる。立ち上がり、斧槍を構えたシーラの頭上を越え、ドルカ軍歩兵部隊の群れの中に落下する。着地の衝撃は思ったほどではない。

「セツナ様!」

「ご無事ですか!」

 などといって駆け寄ってきたのは、ドルカ軍の兵士たちだ。セツナは、彼らの助けを借りずに起き上がりながら、頭を振った。頭がくらくらする。

「ああ、無事だ。俺のことはいい、敵に集中してくれ」

「は、はい!」

「皆、セツナ様は無事だ!」

 ドルカ軍兵士たちの声を聞きながら、意識を集中させる。シーラはベインと向き合い、ハートオブビーストを構えている。対して、ベインは両拳に光を灯らせていた。全力で殺すつもりなのだろう。そう思ったつぎの瞬間、上空から降り注いだ光の奔流がシーラを飲み込んでいた。唖然としたのは、ベインである。彼は、ぶつける相手を失った拳を握ったまま、頭上を仰いだ。彼に倣って天を仰げば、空中から降下している最中のロウファの姿が見えた。

「いいとこどりかよ」

 憮然とするベインだったが、セツナは、彼の体になにかが触れるのを見逃さなかった。それは彼の巨躯の後方、敵陣付近から伸びている。見えない力で結ばれた真紅の破片群が、ベインの体に巻き付いたのだ。

「あ?」

 ベインがそれに気づいたときには、もう遅かった。つぎの瞬間、彼の巨躯はセツナの眼前から掻き消えるように吹き飛んでいた。

「なんじゃこりゃあああああ!?」

 ベインの悲鳴だけが聞こえる中、セツナは、真紅の破片群の先にミリュウが立っているのを確認した。

「油断は禁物よ」

 彼女はそんなことをいって、敵陣の中に姿を消した。彼女の周囲の敵兵たちが無残にも切り刻まれていく。血しぶきが上がり、悲鳴が聞こえた。断末魔。それは、なにもミリュウの周囲からのみではない。レムもまた、騎士団騎士を相手に大立ち回りを演じている。ルウファもだ。しかし、ルウファはいまの攻撃で自分のなすべきことを把握したのか、翼を広げて主戦場から離脱した。飛翔し、ロウファの居場所に向かっていく。ガンディア軍で空中を制することができるのは、ルウファしかいない。

 セツナはというと、シーラの無事な姿を目撃している。

 ロウファの上空からの射撃(というよりは光線なのだが)は凄まじい威力を持っていたようだが、ラグナの魔法壁がシーラを守り抜いていたのだ。

「無事だったな」

「ああ。ラグナのおかげだ」

「しかし、そう何度も防げるものではないぞ?」

 ラグナが疲れたような顔でいってきた。実際、疲労しているのだろう。魔法を使うためには魔力がいる。魔力とは生命力、精神力の別名といってもいいらしい。魔法を使えば使うほど精神力を消耗しているということだ。そして、強力な魔法ほど、魔力の消耗は激しい。

「わかっている。もう二度と、シーラをこんな目には合わせない」

 セツナは、決意とともに告げて、シーラの目を見た。油断したつもりもないし、気を抜いたわけでもない。しかし、自分の不用意が、迂闊さが彼女を窮地に追いやったのは事実だ。ラグナがいなければ殺されていたかもしれない。

 ほかのなにかを頼りにするから、そんなことになる。

 セツナは考えを改めるとともに背後を振り返った。巨躯が聳えている。

「二度と? どうするってんだ?」

「もう来たのかよ」

 セツナはあきれる思いがした。あきれる思いで、その男を見ていた。ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコート。

「はっはっはっ! 俺たちを見くびるんじゃあねえよ」

「見くびってなんていねーっての」

 セツナは、ベインの目を睨み据えながら、黒き矛を構えた。

「だから、ぶちのめす」

 ベインが凶暴な笑みを浮かべた。


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