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第千六話 軍師とは(七)

 空は、長らく閉ざされたままだ。

 ここ数日、ずっと鉛色の帳に覆われ、青空や太陽を覗き見ることさえかなわなかった。雨が降り出しそうな気配が続いているというのに、雨が降ったことはない。雨も降らさず、ただ空を多い続けているだけの雲の群れには、彼も微妙な表情を浮かべるだけのようだった。

 ルシオン王都セイラーンが、目前に迫っている。

「陛下の容体については王子殿下やリノンからよく聞いていたのだがな」

 レオンガンド・レイ=ガンディアが、馬車の窓から外の風景を見やりながらつぶやいた。

「まさか、こんなにも早く亡くなられるとは」

 レオンガンドは、深い悲しみを抑えるようにして、いった。

 レオンガンドとジルヴェール=ケルンノール、エリウス=ログナー、ゼフィル=マルディーンを乗せた馬車がルシオンの王都に至ろうとしている理由が、それだった。

 六月七日、ルシオン国王ハルワール・レイ=ルシオンが逝去されたのだ。

 ハルワールが体調を崩し、寝所から出られなくなったという話は、以前から聞いて知っていた。ルシオンはガンディアの同盟国であり、長く、深い付き合いをしていた国だ。ルシオンの内情についてガンディアが知らないことはないと言い切れるくらいに密な関係であり、ハルワールが寝所から出られないという、門外不出の極秘情報さえも、レオンガンドの耳に入っていた。そして、レオンガンドの耳に入っている情報は、ジルヴェールら側近の耳にも入るということであり、ハルワールの容体が快方に向かったという話を聞いては喜び、悪化したという話を聞けば悲しんだ。

 レオンガンドは、側近に対して、ほとんど隠し事をしない人物だった。レオンガンドの側近といえば、四友と呼ばれる四人以外にエリウス=ログナー、オーギュスト=サンシアンがいるが、ジルヴェールもその側近衆に加えられていることには驚きを禁じ得なかった。新参者であり、なによりジルヴェールはジゼルコートの子である。

 ジゼルコートは現在、レオンガンドやその周囲の人間によって疑いのまなざしを向けられている最中だ。ジルヴェールは、父ジゼルコートが領地ケルンノールに帰るため、代理人として王宮に差し出されている。ジゼルコートからなにかしら言い含められていると考えるのが普通であり、警戒するのが当たり前だ。レオンガンドから遠ざけられる覚悟さえしていた。だが、ジルヴェールを待っていたのは、想像を絶した厚遇であり、レオンガンドからの信頼だった。

 ジルヴェールがレオンガンドを終生の主と定めるまでに時間はかからなかった。

 それからというもの、ジルヴェールはレオンガンドのため、ガンディアのために全力を尽くして政務に当ってきた、ジルヴェールの提案した政策が初めて採用されたとき、彼は歓喜したものだった。やっと、レオンガンドに認められた、と思えたからだ。

 そんな折、飛び込んできたのは、ハルワール王が逝去されたという報せであり、王宮のみならず、王都ガンディオン全体が悲しみに包まれた。

 ルシオンは、先もいったようにガンディアと長い間同盟を結んできた国だ。数十年来、ガンディアの南西の守りの要として存在し、何度となく援軍を寄越してくれた盟友といってもいい。中でもハルワール王は、先の国王シウスクラウドの親友として知られ、幾度となくガンディアを訪れ、両国の紐帯を強くしていった。ハルワール王がシウスクラウドの英雄性に惹かれ、賛美していたという話は有名であり、ルシオンとガンディアの絆が強くなったのは、ハルワール王の働きかけによるところが大きいといわれている。王女リノンクレアが、ルシオン王子ハルベルクの元に嫁ぐことになったのも、ハルワール王とシウスクラウドの信頼関係によるものであるといい、ふたりの結婚が両国の関係をさらに友好的なものにしたのは両国民のだれもが知るところだ。

 つまり、ハルワールは両国友好の立役者といってもいいのだ。

 そんな人物が逝去されたという情報が王都を駆け回れば、王都市民が嘆き悲しむのは当然といってよかった。

 レオンガンドは、すぐさまルシオン王都セイラーン行きの馬車を用意させた。同盟国の国王が亡くなられたのだ。同盟国の王としてはすぐにでも馳せ参じるべきであり、葬儀に参列するべきだった。王妃ナージュも葬儀への参列を願ったが、王妃の体調のことを考えると、やめておくべきだという判断が下された。ナージュは悲しみながらも納得し、レオンガンドにリノンクレアへの伝言を頼んだようだった。ナージュは、義理の妹に当たるリノンクレアをいたく気に入っており、彼女の心痛を想い、そのことで悲しんでいるようだった。

 数日、王都を空けることになったが、その間のことは、ケリウス=マグナート、スレイン=ストール、バレット=ワイズムーンらに任せている。大将軍らもいる。王都に万が一のことがあったとしても、なんら問題はない。王妃の身辺警護も完璧に近い。

 ガンディアがハルワール王の逝去を知ったのは、六月十二日のことだ。レオンガンドはその日のうちに馬を用意させると、陣容を整え、すぐさま出発している。

 ルシオンは、ガンディアの南部一帯に大きく横たわる国だ。以前は南西に位置するといってよかったのだが、ミオン征討後、その領土はガンディアの南東にまで至っている。その国土は、ガンディアに比べれば狭く小さいのだが、ルシオンの周辺諸国と比較すれば広く大きいといっていい。しかもルシオンには、ニウェールという飛び地がある。国土面積だけならば、そこら辺りの小国には負けようがなかった。

 ガンディオンからセイラーンまで四日ほどかかっている。

 無論、レオンガンドらを乗せた馬車だけではない。王立親衛隊《獅子の牙》と、ガンディア方面軍第三軍団が同道していた。

 十八日正午過ぎ。

 レオンガンドを乗せた馬車がルシオン王都セイラーンに到着すると、手厚い出迎えを受けた。無論、国王逝去の直後ということもあって派手なものではなかったし、大っぴらに迎え入れられたということでもない。王子夫妻みずから出迎えてくれた、ということだ。

「突然のことだというのに、レオンガンド陛下みずから出向いていただけるとは」

「大恩人であるハルワール陛下が亡くなられたとあらば、わたしが出向くのは当然のことだろう?」

 王宮への道中、ハルベルクの言葉に対して、レオンガンドはごく自然に言い返した。素直な気持ちだということは、彼のこれまでの言動からも明らかだ。

「ハルワール陛下は、父が病に倒れてからも、我が王家を見捨てず、対等な付き合いをしてくださった。同盟関係を継続し、ガンディア領土に危機が迫れば、すぐさま軍を寄越してくださった。ハルワール陛下なくしていまのガンディアはないといっていい。わたしは、ガンディア国民の代表として、ハルワール陛下に感謝を伝えなければならないのだ」

「陛下……」

「兄上……」

 ハルベルクとリノンクレアがレオンガンドの手を取り、涙さえ浮かべる様子に、ジルヴェールはもらい泣きしそうになりながら顔を伏せた。

 セイラーンへの道中、レオンガンドは同じようなことをいっていた。そして、こうもいっている。

『本当のことをいえば、ハルワール陛下が御健勝の頃にお逢いし、直接御礼申し上げるべきだったのだがな』

 機会に恵まれなかった。

 クルセルク戦争から今日に至るまで、レオンガンドに休まる日はなかったといっていい。

 クルセルクから王都に凱旋を果たした日、レオンガンドはナージュ王妃の懐妊を知り、そのことで王都全体が沸き立ったことは記憶に新しい。残念なことにジルヴェールは当時ケルンノールに籠もっており、魔王を打ち破ったという歓喜と王妃御懐妊の喜びに包まれた王都の雰囲気というのは皆目見当もつかないが、物凄まじいものだったということは想像に難くない。ガンディア国民は昔から騒ぐのが好きだなのだ。理由さえあればすぐにお祭り騒ぎをするのがガンディアの国民性といってよく、戦勝と御懐妊という二重の喜びを前に騒がないはずがなかった。

 その騒ぎが一段落すれば、政務が待っている。

 四月半ばから六月の頭に至るまで、レオンガンドは一日も休むことなく政務に忙殺された。長らく王都を空け、国政をジゼルコートに一任していたことのツケが回ってきた、というべきか。無論、ジゼルコートは、政治家として有能極まる人物であり、その点についてはジルヴェールも誇りに想うところだった。ジゼルコートは現在、レオンガンドたちに疑念を抱かれてこそいるものの、彼の政治手腕について疑うものはひとりとしてしなかったし、レオンガンドが外征に出ている間、ガンディアの国情が乱れなかったのはジゼルコートが手腕を振るっていたからにほかならない。

 内政のみならず、外交にも力を発揮するのがジゼルコートの凄まじいところだった。

 ガンディアは、クルセルク戦争にほとんどすべての戦力を投入している。そうでもしなければクルセルクの魔王軍に対抗できなかったからだが、そのためにガンディア全土の防衛力が激減したのはいうまでもない。

 ガンディア領の近隣には、連合軍参加国が多く、そういった国々に面した場所は、いい。連合軍参加国が防壁となってくれるからだ。しかし、防壁として利用できる国がない場所は、放っておけば他国に攻め込まれる可能性があった。ラクシャがそうだ。ミオンの東に隣接する国は、ミオン北部がガンディア領となったことで、ガンディアの隣国となったのだ。

 そのラクシャのガンディア侵攻を、なだめ、透かし、抑えつけたのがジゼルコートなのだ。外交官としての才腕もあるということであり、ジゼルコートの政治力の際限のなさには、実子のジルヴェールが舌を巻くほどだった。

 ともかく、ジゼルコートがレオンガンドの不在中に行っていた仕事の後始末をしなければならなかった。ラクシャとの関係を維持しつつ、軍の再編、再配置、軍師ナーレス=ラグナホルンとの話し合いや、新式装備のお披露目などを行ったりもした。

 自然、ルシオンへの足が遠のいた。

 レオンガンドがハルワールを敬愛していたのは間違いなく、すぐにでも逢いに行き、感謝の言葉を伝えたかったに違いない。しかし、そうする暇がなかった。隙がないまま、時が流れた。ルシオンから届くハルワールの容体の報せにレオンガンドが一喜一憂するのも、当然だったのかもしれない。

 残念なことに、レオンガンドは、ハルワールの訃報に触れた。彼が即座に馬を用意させたのも、そういった経緯があるからだ。

 ハルベルクとリノンクレアに案内されままま、レオンガンドたちはセイラーン城に入った。

 ハルワール王の葬儀は、三日後の二十一日、王都を上げて行われる予定だという。

 ハルワール・レイ=ルシオンは、ルシオン国民のみならず、ガンディア国民からも広く慕われていた名君であり、彼の葬儀に参列したいというガンディア国民は多い。実際、ガンディア本土の各所からセイラーンに向かっているガンディア国民は少なくなく、そのためにルシオンの街道には、ルシオン軍の兵が出張っていた。ガンディアからの葬儀参列者がセイラーンへの移動中、皇魔や野盗に襲われてはルシオンの恥だからだという考えがあるのだ。

 そういった話の最中、ハルベルクはぽつりといった。

「父上は、義兄上にお逢いしたいと何度も申されておりました」

「わたしも、何度そう思ったことか」

 政務さえ忙しくなければ、すぐにでも会いに行けたというのに――レオンガンドは、無念そうな顔をして、首を横に振った。

「これは言い訳だな」

「なにを仰られるのです。自国のことを優先するのは当然です。しかも義兄上は、ガンディアという大国の王であらせられる。政務に忙殺されるのは、致し方のないことです」

「そうはいうがな……」

 レオンガンドは、ハルベルクの目を見つめながら、告げた。

「わたしは、ハルワール陛下ともう一度、お話したかったよ」

 そのとき、レオンガンドの片目は、どこか遠くを見ていた。きっと、ジルヴェールさえ知らないハルワールとの過去を見ていたのだろう。


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