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第千三話 軍師とは(四)

「当然ですが、これはアバードのためです」

 ナーレスが奥面もなくいってきたのは、軍議の場で、である。

 ガンディアがアバードへの派兵するということが明らかになり、龍府のみならずザルワーン方面が騒然となっていた六月十日、ファリアたち《獅子の尾》の面々は、軍議の場に招集されていた。軍議の場として使われたのは天輪宮玄龍殿の広間だった。

 広い部屋に多数の机と椅子が並べられ、そこに龍府に招集された軍団幹部が集っていた。参謀局からは局長のナーレス=ラグナホルン、副局長のオーギュスト=サンシアン(話によれば、彼がナーレスに全権委任状を王都から持ってきたらしい)、第一作戦室長エイン=ラジャール、それにエインの部下三人。ガンディア軍ザルワーン方面軍からは大軍団長ユーラ=リバイエン、第一軍団長ミルディ=ハボック、同副長ケイオン=オード、第三軍団長ネクス=フェール、同副長、第七軍団長フォウ=ヴリディア、同副長。ログナー方面軍からは第四軍団長ドルカ=フォーム、同副長ニナ=セントール。そして、《獅子の尾》からは副隊長ルウファ・ゼノン=バルガザール、隊長補佐ファリア・ゼノン・ベルファリア=アスラリア、隊士ミリュウ・ゼノン=リヴァイアの三名。ミリュウに特別な肩書はないが、ナーレスからの要請によって参加することになっている。王宮召喚師という肩書を持っているのだから、別段、相応しくないということもないが。

「シーラ姫を窮状からお救い差し上げ、姫様に王位を継承していただくことこそ、アバードを救うことに繋がるからです」

(アバードを救う……ね)

 ファリアは、隣のミリュウがだれにも聞こえないような声でつぶやいた言葉を聞き逃さなかった。微妙な表情は、彼女なりにシーラの心情を察しているからのことだろう。ファリアだって、似たような顔をしているのかもしれない。

 アバードの発表、それに対するガンディアの声明からこっち、ファリアは心に重みを感じすにはいられなかった。シーラの心情を察すれば、当然、そうなる。

 シーラ。

 シーラ姫。

 彼女とは、それなりに付き合いがあった。シーラは、レオンガンドとナージュの婚儀のためにガンディオンを訪れてからというもの、度々セツナにちょっかいを出してきていた。セツナに関わるということは、ファリアたちにも関わるということであり、そういうことからシーラのひととなりを理解していった。クルセルク戦争では、戦場こそ別であることが多かったものの、彼女の勇壮ぶりについては耳にすることが度々あった。戦後、たまに言葉をかわしたりもした。

 そして、彼女が龍府を訪れ、セツナに匿われるようになってからというもの、接する機会が増えた。彼女の人柄もよくわかったし、彼女がいかにアバードのことを想い、国のために戦ってきたのかも、知れた。そんな彼女が国を捨てたのだ。身を裂くほどに辛い決断だったに違いない。これまでの人生すべてをみずから否定するようなものだ。ファリアには、少しは理解できる。もちろん、立場もなにかも違うのだから、完璧にわかるはずもない。しかし、故郷を失うという意味では、同じだ。

 それでも放っておけないから、再度故郷に戻ったのが、今回の事態の発端といえば発端だった。

 これ以上、自分のためにだれかが死ぬのは我慢ならない。

 シーラの想いが、セツナを動かした。セツナはナーレスに許可を取った上で動いたのだが、ナーレスがセツナに許可を出したのは、この状況を見越してのことだったのかもしれない。

(最初から……)

 最初からこうなることがわかっていたのだろうか。

 最初から、シーラの処刑阻止が失敗し、アバード政府がガンディアを糾弾するのを見越していたのだろうか。そして、ガンディアの行動にある程度の正当性を与えることができると踏んでいたのだろうか。だから、セツナとシーラのアバード潜入を認めたのか。

 そうでなければ考えられないほどの手際の良さで、物事が動いている

「アバードは現在、極めて不安定な状態にあります。それもこれも、まだ幼いセイル王子殿下を王位継承者とし、数多の成果を上げ、国のために尽力してきたシーラ姫を蔑ろにしてきたために起きた悲劇といっていいでしょう」

 ナーレスの説明は、続く。

 ここ数日で幾分か痩せた体とは裏腹に、以前にも増して鋭さを増した眼光は、彼の命が最期の炎を燃え上がらせているのではないかと思うほどに烈しく、強い。

「アバードがシーラ姫を蔑ろにしなければ、シーラ派が武装蜂起するようなことなどはなかった。逆に、シーラ姫が王位を継承することに不満を持つものが現れたとして、幼いセイル王子殿下の派閥では、シーラ派ほどの戦力を持つことなどできるわけもなく、国が二分されるような状況にもなりえなかった。つまり、最初からシーラ姫が王位継承者であればなんら問題はなかったわけです」

 それは、そのとおりだったのかもしれない。

 シーラ姫が王位継承権を維持したままなら、なんの問題も起きなかったのかもしれない。セイル王子は、まだ十歳にも満たない子供といっていい。リセルグ王の年齢を考えると、セイル王子が成人するよりもずっと早く王位を継承することになりかねないのだ。シーラ姫はとっくに成人していて、人望も実績もある。そういったものがなにもない王子が王になるよりは、シーラ姫が王位を継承するほうが、少なくともアバードの政情は安定するだろう。

 とはいえ、リセルグ王があと十年ほど生きるというのなら話は別だ。その間、セイル王子に王として必要なことを教え、伝えきることができれば、なんの問題もない。立派な王になれるかどうかはともかく、幼子が王位を継承することによる問題などは起きない。

「なにもかも、アバードの愚かな判断が悪いとしかいいようがない。我々は、そのアバードの愚かな決断を覆し、シーラ姫こそアバードの王となるにふさわしい人物であることを知らしめ、アバードそのものを救うのです」

(救う……)

 ファリアがナーレスの言葉の中で引っ掛かりを覚えたのは、その救うという言葉の空々しさだった。虚しく、ファリアの耳に突き刺さる。なぜ虚しく感じるのか。それは、ナーレスが本気でそう思っているとは、考えられないからだ。救う気などはない。きっと、ナーレスには、シーラがどうなろうと関係なく、心情も感情もどうだっていいのだ。だから、派兵という結論に至る。シーラのことを考えれば、戦争を回避しようとするだろう。

 シーラは、アバードとガンディアの関係が悪化することを恐れていた。

 アバードとガンディアの友好関係の架け橋になったのが、シーラなのだ。両国の関係が悪化し、戦争状態になるということは、自分の成してきたことが台無しになるということにほかならない。シーラはたまったものではないだろう。

「シーラ姫は、アバードによって売国奴の謗りを受けています。それは、姫様が我らがガンディアの英雄にしてこの龍府の領伯セツナ様と行動をともにしておられたからであり、シーラ様の真意を無視した言葉だといわざるをえません。アバードは、シーラ姫がどれほどの覚悟で祖国に潜り込み、処刑を阻止しようとしたのかなどわからないのです。となれば、我々が手を差し伸べて差し上げなければなりません。でなければ、姫様はアバードに売国奴の烙印を押されたまま生き続けることになるのです。それではあまりにお可哀想だ。そうは想いませんか?」

 室内がざわついたのは、ナーレスの軍団長たちの心に訴えかけるような演説が効果を発揮したからかもしれない。もっとも、ファリアの胸には響かなかったし、隣のミリュウも冷めた目でナーレスの演説に耳を傾けていたが。

「シーラ姫をお救い差し上げ、アバードまでも救う。それが此度の派兵の目的です」

 ナーレスは断言して、軍議の参加者に理解を求めた。

 求められるまでもなく、ファリアは理解している。今回の派兵が、ナーレス個人の意思によるものだということも、そのナーレス個人の意思は、ガンディア領土を一刻も早く拡大しなければならないという強迫観念に近いなにかしらの想いから来ていることも、理解している。そして、それこそがガンディアの、国王レオンガンドの望みだということもわかっている。

 大陸小国家群の統一。

 そんなだいそれたものを掲げた以上、手段を選んではいられない。

 従わなければ同盟国でも滅ぼし、救援に向かった国も、圧倒的な武力を背景にして支配下に置く。そうやって、ガンディアはその支配地を拡大していった。今回もそれと同じだ。他人の感情、想いを踏みにじることになろうと、ナーレスには関係がない。悪逆非道と謗られようと、彼は彼の正義のために動いている。そして、彼の正義はガンディアの正義でもあるのだ。だれも文句はいえない。ファリアたちとて、沈黙するしかない。元より、ここは軍議の場である。ガンディアの方針について討論する場ではなかった。

「しつも~ん」

 軍議の場の沈黙を破ったのは、ドルカ=フォームだった。ナーレスがにこやかに彼を名指しする。

「はい、ドルカ軍団長」

 その言葉に合わせて、ファリアは左後方に視線を向けた。ドルカとニナは、広間に並べられた椅子のうち、二列目中央の席に座っているからだ。ちなみに《獅子の尾》は一列目右手の席であり、一列目中央にザルワーン方面軍第一軍団、一列目左手にザルワーン方面軍第三軍団、二列目左手にザルワーン方面軍第七軍団の席となっている。

 ドルカは、普段とは違って至って真面目な顔をしている。まともにしていると、ただの美丈夫であり、そうしている限りファリアたちが不快感を覚えることもないのだが、おそらく軍議が終わればいつもの彼に戻るのだろう。

「話を聞く限りだと、アバードを支配下に置くつもりはなさそうなんですが、ほんとうのところ、どうなんです?」

「ええ。アバードは同盟国ですよ。支配下に置く必要がない」

「派兵なんてすれば、同盟破棄も同じじゃないですか」

 ドルカのいうことももっともだった。そもそも、ガンディアを非難するアバードの声明文を非難し、糾弾している以上、どのみち同盟関係に亀裂が入るのは間違いないのだが。

「そうなりますが、我々の想いは、変わりません」

 ナーレスは涼しい顔で続ける。

「アバードの国王の座にシーラ姫について頂くこと。これがこの度の戦いの目的といっていいのです。シーラ姫が女王として君臨なされれば、アバードとガンディアの同盟はなんの問題もなく復活することでしょう」

「まあ……そうかもしれませんが」

「無論、必ずしも上手くいくとも限りませんし、アバードが最後までシーラ姫の王位継承を認めないというのならば、滅ぼすよりほかありませんが」

 ナーレスがさらりといった一言こそ、彼の目論見ではないか。

 ファリアは、そんなことを考えながら、軍議を聞いていた。

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